体育座りは実は腰や内臓に負担? 体育座り、整列、行進…「こんな軍隊みたいなことを、なぜ体育でやらなきゃいけないの?」
集英社オンライン / 2023年12月21日 8時1分
これまでなんとなくやっていた体育座り。これを「体の自由を一切奪う、規律としての座り方」ととらえる人はいるだろうか。なるほど確かに手が固定されることにより、ほぼ動くことができなくなる。そのほかにも整列や行進など、体育には軍隊を思わせるような行動が多い。書籍『体育がきらい』より一部抜粋・再構成してその謎を考察する。
体育授業のイメージは「失礼シマース」?
日本の小学校から中学校においては、全員が体育の授業を受けることになっています。つまり、日本の学校教育を受けてきた人は漏れなく、体育の授業を経験しているということです。
このことが示唆するように、「体育ぎらい」はやはり体育の授業から生み出されていると考えられます。それもそのはずで、体育の授業を経験したことのない「体育ぎらい」というのは、ちょっと(まったく?)想像できないわけです。このように言うと、当たり前のことを言っているように聞こえるかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか。
ここで考えてみたいことは、みなさんが経験してきた体育の授業とは一体何を指しているのか、という点です。もう少し具体的に言うと、その「イメージ」は、実はみんなバラバラなのではないか、ということです。具体例を挙げて、このことを確認してみましょう。
たとえば、みなさんは中学校の体育の授業で、授業開始の挨拶のあと、「失礼シマース」と言いながら体育座りをしたことがありますか。頭に「?」が浮かんだ人もいれば、「やってた!」と思い出した人もいるかもしれません。
私の経験上、大学生のおよそ半数は、そのような体育の授業を経験してきています。ちなみに、体育座りをする際に「失礼シマース」と言うかどうかは、地域によって異なるというよりは、学校や先生によって異なっているようです。
この「失礼シマース」と言うか言わないかという、小さな一点を見ても明らかなように、私たちが受けてきた体育の授業は、実際には非常に多様で、むしろ同じ授業はほとんどないと言ってもよいかもしれません。
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このことは、「体育ぎらい」を考えるための重要なヒントになります。なぜなら、その多様さを知っておくことは、みなさん自身の体育授業の経験から、少し距離をとって考えることに役立つからです。
この「失礼シマース」の例は、もう一つのことを示唆してもいます。それは、体育の授業における小さな出来事が「体育ぎらい」にとっては大きな意味を持っている可能性があるということです。
たとえば、「失礼シマース」と大きな声で言うことに違和感を持っていた人が、もしそう言わなくてもよい体育の授業を受けていたとしたら、その人は「体育ぎらい」にならなかったかもしれません。つまり、ほんの些細なことがきっかけとなって、「体育ぎらい」になるかどうかが決まってしまう可能性があるということです。そうだとすると、そのような一見些細に見える事柄にこそ、「体育ぎらい」を考えるためのヒントが隠されているのかもしれません。
「体育座り」のイロイロ
さらに具体的な例を挙げてみます。それは、「失礼シマース」とセットで行われている、いわゆる「体育座り」です。
体育座りと聞いて、すぐにイメージできる人と、「あれのコトかな?」と少し確認を要する人がいると思います。それもそのはずで、地域や学校によっては、同じ座り方のことを「三角座り」や「体操座り」と呼んでいますし、また幼稚園や保育園では「お山座り」と呼んでいるところもあるようです。このように同じ座り方でも、その呼び方にはイロイロあるわけです。本書では、「体育座り」と呼びたいと思います。
なぜここで体育座りに触れたかというと、これまでに、それを巡ってさまざまな議論がなされてきたからです。つまり、この体育座りは、「たかが一つの座り方」と侮ることのできない意味を持っているということです。
たとえば最近では、腰や内臓に負担がかかるため、体育座りは健康によくないという話が聞かれます。確かに、両腕で両足を抱えて、からだをあれだけ丸めていると、いろいろなところに負担がかかりそうです。ただし、一方では、体育座りをすることによって安心や落ち着きを感じることのできる人も、少なからずいるようです。
ここで考えてみたいことは、「だから体育座りは禁止すべき」という主張ではなく、むしろ、その背景にある問題です。それは、体育の授業において体育座りを児童生徒に強制することに関する問題です。一気に、「体育ぎらい」に関係しそうな感じになってきました!
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規律としての体育座り
体育座りは、そもそも学校において、集団行動の一つとして始まったものです。つまり、大勢いる児童生徒を、先生たちがコントロールするための方法だったわけです。もちろん、これが必要な場面もあります。
たとえば、小学校で大勢の児童が校庭に並んで座り、校長先生の話を聞くことがあります。集会や学校行事の開会式などがそうですね。そのようなとき、小さな子どもは、当たり前ですが、すぐに飽きてしまいます。そして何が始まるのかというと、そうです、砂いじり(砂遊び)です。足やお尻のあたりの地面に、丸や線を描いてみたりするわけです。さらに、それでも話が終わらないと、小さな砂粒を拾い上げて、前に座っている友達に指で飛ばしたりし始めます。みなさんにも、このような経験があるかもしれません(私だけ?)。
同じ場面で、今度は目線を先生の立場に移してみましょう。先生としては、もちろん子どもたちに話を聞いてほしいわけですが、一方で、まだ成長段階の子どもの集中力が長くは続かないことも理解しています。
また、砂いじりをしている子全員を、いちいち注意するのも大変です。そして、ひらめいたわけです。足を両手で抱えて、その両手を自分でつないでいてくれれば、砂遊びできないじゃん!と。もうお気づきですね。そうです、まさにその姿勢が体育座りなのです。
ちょっと簡略化しすぎた気もしますが、体育座りが必要とされる状況は、少なくとも実践的にはこのように考えることができます。ここで重要なことは、体育座りがみなさんのからだをコントロールする技術として用いられているということです。
少し言い換えると、体育座りは、みなさんのからだの自由を縛るもの、すなわち、一つの「規律」として生み出され、機能しているということです。どうやらここに、体育座りと「体育ぎらい」の一つの接点がありそうです。
整列、行進、身だしなみ
このような私たちのからだにかかわる規律は、体育の授業において、ほかにも多く見ることができます。たとえば、授業の始まりや終わりの際に行われる整列と挨拶があります。この整列がイヤだったという人も、少なからずいると思います。
少し列から外れていたり、よそ見をしていたりすると、すかさず先生の指導が飛んできます。また、挨拶を大きな声でしなければ、何度もやり直しをさせられ、「これ、何か意味あるのかな?」と疑問に思った人もいることでしょう(私もその一人です)。
さらに、運動会などのために、体育の授業で行進の練習をすることもあります。これも、前後左右の間隔や手と足の細かい動きなど、クラスや学年のみんながそろうまで、繰り返しやらされた人もいるかもしれません。「こんな軍隊みたいなことを、なんでやらなきゃいけないの?」という不満は、今でも大学生からよく聞かれます。
これらのほかにも、体育の授業における服装に関するルールも、規律の現れと言えます。体育着(体操服)の裾がズボンから出ていたり、腰パン(死語?)をしていたりすれば、指導の対象となるはずです。また、少し前までは、冬でも半袖と半ズボンで体育の授業を受けるのが当たり前でした(先生は暖かそうなジャージを着ているのに……)。
最近では、長袖のシャツやジャージを着用できるところも増えてきたようですが、それでもやはり、その「着方=身だしなみ」は指導の対象となっているわけです。この点については、体育着よりも、むしろ学校の制服の方に、規律の問題が顕著に現れていると言えます。
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以上の例はすべて、体育座りと同じように、みなさんのからだをコントロールすることです。そこでは、列を乱したり体育着を着崩したりすることが、授業の規律を乱すこととして捉えられています。つまり、体育の授業において、みなさんを集団としてコントロールするためには、座り方から並び方、声の出し方から体育着の着方まで、みなさんのからだを徹底的に画一化することが必要だと考えられているわけです。
もちろん、そのようなからだのコントロールが、ある面では必要なことも確かです。たとえば、小学校一年生が遠足に行くときに、学校の外ではしっかりと列を作って歩いたり、静かに並んで座っていたりすることは、安全の面からも、またマナーの面からも大切なことです。
そのような場合、先生の注意がしっかりと伝わらないことは、致命的な問題になり得ます。付言すると、日本が地震などの自然災害の多い国であり、避難のスムーズさが重要であるという特殊な事情も、体育を含む学校教育において、これほどまでに規律が重視されてきたことと無関係ではないように思います。
とはいえ、そのような体育授業における規律の強制には、当然、反発が生まれます。ここまでの話を踏まえると、むしろ「体育ぎらい」とは、体育授業における規律の強制に反発しているのだと言えるかもしれません。
その反発は、頭で考えてというよりも、むしろ感覚的に、からだのレベルで起きています。このことは同時に、「体育ぎらい」が豊かな感性を持っていることを示唆しています。なぜなら、さまざまな規律の強制に何も違和感を抱かない人は、権力に従順な感性を身につけていると考えられるからです。
このように考えると、「体育ぎらい」が必ずしも悪いとは言えない可能性が見えてきます。なお、この感性の問題については、本章の最後に再び触れたいと思います。
写真/shutterstock
『体育がきらい』(ちくまプリマー新書)
坂本拓弥
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/12/08073543702870/400/61TfSMdVdUL._SL1200_.jpg)
2023/10/6
968円
224ページ
978-4480684615
先生はエラそうだし、ボールは怖い!
体育なんか嫌いだ!という児童生徒が増えています。なぜ、体育嫌いは生まれてしまうのでしょうか。
授業、教員、部活動。問題は色々なところに潜んでいます。そんな「嫌い」を哲学で解きほぐせば、体育の本質が見えてきます。強さや速さよりも重要なこととは?
「『体育』なんて好きにならなくてもいい」のです。最も重要なことは、みなさんが多様な他者とともに、自分自身のからだで、賢く、幸せに生きていくことです。そのためにも、たとえ体育の授業や先生、運動部やスポーツが嫌いになったとしても、みなさん自身のからだだけは、どうか嫌いにならないでください。(「おわりに」より)
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