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〈風俗通いでHIV感染の「死」を覚悟〉一度はあきらめたプロレスラーになり、「年間最高試合賞」も獲得した葛西純の生き様。「どうせ死ぬんだったらやりたいことをやって死のうと決意したんです」【2023スポーツ(男性編) 2位】

集英社オンライン / 2023年12月23日 17時1分

2023年度(1月~12月)に反響の大きかったスポーツ記事ベスト5をお届けする。男性編第2位は、プロレスラー葛西純選手のインタビュー記事だった(初公開日:2023年4月1日)。「生きて生きて生きてリングを下りなきゃいけねぇんだろうが!」。“デスマッチのカリスマ”と謳われる葛西純が昨年9月12日、国立代々木競技場第二体育館で行われた新日本プロレスのジュニアヘビー級でトップ選手のエル・デスペラードとの試合後に発した魂の言葉は、今もプロレスファンの心に深く刻まれている。(全3回の2回目)

2023年度(1月~12月)に反響の大きかった記事をジャンル別でお届けする。今回は「スポーツ記事(男性編)ベスト5」第2位、「生きて帰ることがデスマッチ」という信念を持つプロレスラー葛西純選手のインタビュー記事だった。(初公開日:2023年4月1日。記事は公開日の状況。ご注意ください)

「どうせ死ぬんだったらやりたいことをやって死のう」

デスマッチという「死」を連想させる闘いに挑む葛西は「生きて帰ることがデスマッチ」との信念を持ってリングに上がっている。ただ、この哲学に辿り着くまでの道のりには、紆余曲折、波乱万丈があった。

北海道帯広市で生まれ育った葛西は、小学生の時に地元にやってきた全日本プロレスの試合でブルーザー・ブロディを見た時にプロレスラーになりたいと志した。中学、高校ではプロレスラーになるために柔道部で体を鍛えたが、173センチという小柄な体格から夢はあきらめ、高校卒業後に上京して警備会社に就職した。

北海道帯広市出身だが、「自称・ヒラデルヒア出身」という葛西選手

転機は雑誌で見た「性病特集」だった。その特集には「HIV感染」の可能性がある項目が掲載されていた。試しにチェックすると、風俗で遊んでいた葛西は、そのすべてが当てはまり、HIV感染を覚悟したという。すぐに病院へ駆け込み検査すると結果は陰性だったが、その時に「死」を意識した。

「一瞬でも“死”というものを意識した時に『どうせ死ぬんだったらやりたいことをやって死のう』と決意したんです」

後悔しない人生とは、葛西にとって子どもの頃に抱いた「プロレスラー」になることだった。そして、23歳の1998年に大日本プロレスへ入門し同年8月23日にデビューする。初陣から2年目に先輩レスラーとのタッグでデスマッチを初めて経験。危険な凶器攻撃を真っ向から受け止める果敢なファイトスタイルがファンに支持され、大日本の中で一気に注目される若手レスラーとなる。

不敵な笑みを浮かべる葛西選手

「ただ、その頃は、どれだけ危険なことをやって、どれだけ客を驚かせて、ドン引きさせてやるかってことしか考えていませんでした。俺っちのデスマッチで会場が沸けば、それでいいやぐらいにしか考えてなかったですね」

プロレスラーの価値は、どれだけ観客を呼ぶか――この一点に尽きる。鍛え上げられた肉体を駆使し会場を熱狂させ、満足させ家路につかせ、そして、さらに多くの観客を再び会場へ来場させることができるレスラーだけがトップに君臨できる。

アントニオ猪木と葛西純の共通点

興行であるプロレスは、ある意味、勝敗で評価される競技スポーツよりも過酷な闘いの連続で、レスラーは日々、会場で自らの存在価値を観客に値踏みされているのだ。だからこそ、若手時代の葛西が「会場を盛り上げる」ことだけに没頭して過激なデスマッチに飛び込んでいったのは、プロレスラーとしての「性」で当たり前の考えだった。

葛西選手のデスマッチはどの試合よりも会場をガン沸きさせる

しかし、トップ中のトップレスラーになると、観客を熱狂させることは当たり前で、それ以上に見ている者の人生をも揺さぶる影響力、メッセージを発する。その代表的なレスラーが「信者」とまで呼ばれるファンを獲得した「燃える闘魂」アントニオ猪木だろう。

猪木は「プロレスこそ最強」を掲げ、ボクシング世界ヘビー級王者のモハメド・アリとの格闘技世界一決定戦を実現させた。常識を超えた闘いの連続、そして「こんな闘いを続けていれば十年持つレスラー人生が一年で終わるかもしれない。それでも俺は闘う」などのメッセージを残し、多くのファンの人生観にも深く食い込んできた。

プロレス界を超えた国民的なカリスマの猪木と葛西を同列に語ることは、もしかしたら間違いなのかもしれない。ただ、闘いを通じて観客の心を揺さぶるメッセージを発した唯一無二の存在では猪木も葛西も差異はないと思う。

「会場が沸けばいい」としか思っていなかった葛西が猪木のように限界に挑み、鮮烈なメッセージを発しカリスマとなった一戦が2009年11月20日、後楽園ホールでの伊東竜二戦だった。

現在も大日本プロレスに所属する伊東は葛西の一年後輩で1999年に入門した。葛西が2002年8月に大日本を退団しZERO-ONEへ移籍すると、デスマッチで脚光を浴び、いつしか大日本のエースとなっていた。一方の葛西は新天地でデスマッチは封印され、不本意な「猿キャラ」を強いられていた。大日本時代のような輝きを失っていた2004年12月18日に自宅のCS放送で葛西は、伊東のデスマッチを見ていた。

その試合後、大流血の伊東が今後の対戦相手として「葛西純を指名する」と発言したのだ。

試合中に引退を翻意した理由

対戦へ向けて何の下交渉もない完全なフライング発言で葛西の気持ちは「俺がやりたい試合はデスマッチなんだ。ゼロワンを辞めて伊東と戦う」と固まった。後輩からの挑戦状に突き動かされ、団体を退団してまで伊東との戦いへと進んだ。

ところが、2005年10月に小腸に腫瘍が見つかり欠場を余儀なくされる。大病から復帰したものの今度は、両膝の靭帯を断裂、一方の伊東も重傷を負い対戦は宙に浮いた。
欠場が続いたこの間、ファイトマネーがない葛西は、妻と子どもを養うためにアルバイトでホテルの清掃員をしていた。こうして伊東のフライング指名から瞬く間に5年の日々が過ぎ、ようやく両雄が対決した舞台が2009年11月20日、後楽園ホールだった。

倒れても倒れても這い上がる葛西選手

試合は「カミソリ十字架ボード+αデスマッチ」。会場は葛西と伊東のドラマを知るファンで超満員札止めに膨れ上がった。蛍光灯、サボテン、画鋲、パイプ椅子が飛び交い二人は夥しい血を流した。クライマックスは、葛西が高さ6メートルある後楽園ホールのバルコニーから机の上に寝かした伊東へのバルコニーダイブだった。

30分1本勝負の試合は、時間切れ目前の29分45秒で葛西が伊東を破った。

対戦に至るまでのドラマ、そんな感傷をふき飛ばす凄まじい流血戦に観客は総立ちとなり拍手を送った。実は、この試合で葛西は「伊東竜二と戦ったら思い残すことはない。これが最後の試合と自分だけが決めていた」と引退を決断していた。ところが、試合が進むうちに「こんな楽しいことをやめたら俺の人生どうなっちゃうんだ」と自問自答する。そして、試合が終わるとマイクを持ってこう語った。

「年内で引退も考えたけどよ、この両膝がぶっ壊れるまでやってやるよ」

この時、葛西は「生きる」喜びをリングで実感した。「観客を沸かせればいい」だけのプロレスから「命」の尊さを観客に訴えたいという考えに変わった。

「プロレス大賞」年間最高試合賞を獲得した一戦

この試合はデスマッチでは19年ぶりとなる、東京スポーツが制定する「プロレス大賞」で年間最高試合賞を獲得し、プロレス界の新たな歴史を葛西は築いた。

「生きて帰ることがデスマッチ」

「伊東竜二戦がプロレス人生のターニングポイントになります。あの試合を経験して、それまでの自分の考えは幼稚だったと思い始めました」

そして、2012年に「生きて帰ることがデスマッチ」との信念が固まる。試合は、8月27日、後楽園ホールでのMASADA戦だった。自身がプロデュースした興行でデスマッチトーナメントを開催。戦前、葛西は「負けたら引退」を公約してトーナメントに臨んだ。結果、決勝戦でMASADAを破り生き残った。

このトーナメントを開催する5か月前、試合中に右膝の内側側副靭帯と前十字靭帯を断裂、半月板も損傷し、歩くこともできない状況に追い込まれた。肉体的にも進退でも窮地を乗り越えたトーナメント優勝でプロレス界に生き残った時、「生きて帰ることがデスマッチ」という信念が固まった。

「伊東竜二戦は、口に出さず自分の中だけでやめようと思った試合。このデスマッチトーナメントは逆でした。自分の中では引退したくないのに、負けたら引退しなければならない状況になって闘って、そして生き残りました。だから、あの試合が終わった時に『生きて帰ることがデスマッチ』という考えに完全にシフトチェンジしたんです」

背中には目をそむけたくなるほどの傷跡が刻まれている。生きているからこそ血を流し傷を負う。背中の傷跡は葛西にとって生きる証なのだ。

そして、今、葛西は、さらなるメッセージをリングから発している。

(#3へつづく)

壮絶な傷跡が生き方を物語るプロレスラー葛西純の写真集(すべての画像を見るをクリック)

取材・文/中井浩一 撮影/下城英悟

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