高橋大輔「どこが最終か、わからないから知りたい」…かなだいの“成熟”のシーズンを紐解く【2023スポーツ(男性編) 5位】
集英社オンライン / 2023年12月23日 17時1分
2023年度(1月~12月)に反響の大きかったスポーツ記事ベスト5をお届けする。男性編第5位は、シリーズ「氷上の表現者たち」より村元哉中(かな)&高橋大輔ペアの活躍を振り返った記事だ(初公開日:2023年4月20日)。フィギュアスケートの現場取材ルポや、小説も手掛けるスポーツライターの小宮良之氏が、スケーターたちのパーソナリティを丹念に描くシリーズ「氷上の表現者たち」。第10回は、“かなだい”の愛称で親しまれるアイスダンスの村元哉中(かな)&高橋大輔。結成3季目“成熟”のシーズンを振り返る。
2023年度(1月~12月)に反響の大きかったスポーツ記事ベスト5をお届けする。男性編第5位は、シリーズ「氷上の表現者たち」より村元哉中(かな)&高橋大輔ペアの活躍を振り返った記事だった。(初公開日:2023年4月20日。記事は公開日の状況。ご注意ください)
結成3年で日本勢最高位の快挙
2023年3月、さいたまスーパーアリーナ。
世界選手権のキス・アンド・クライでは、村元哉中(30歳、関西大学KFSC)、高橋大輔(37歳、関西大学KFSC)のカップルが着席したところだった。両脇にはコーチが陣取り、4人の間からは喜びが溢れ返っていた。
「楽しかった?」
マリナ・ズエワコーチが、隣に座った高橋の顔をのぞき込みながら尋ねた。
「楽しかったよ、最後まで!」
高橋は荒い息遣いを整えながら、自然な英語で応えた。
村元は、隣のイリヤ・トカチェンココーチと「スピンのとき、どこにいるかわからなくなるから、目印として赤い席を見てたの」と振り返っていた。流暢な英語だった。
4人は、得点が出る瞬間を待っていた。
「何点でもいい」
村元の凛とした声に遅れて、高橋も同じことを呟いた。本音だっただろう。しかし高得点の表示に、全員がうれしさを爆発させた。
村元は頭上で手を叩いて、足でバタバタと床を踏んだ。高橋も右手でこぶしをつくって何度も振りながら、同じく足を踏み鳴らした。抱擁を交わし、お互いを称え、喜びを分かち合った。
そして“かなだい”と呼ばれるふたりは、テレビカメラに手を振り、感謝と歓喜を伝えた。
「誰かと合わせるって大変なことで。でもふたりだからこそ、終わった後の喜びが倍になるんです。最高の瞬間を分かち合えるのは、すごいことなんです!」
村元は、演技後に取材エリアで実感を込めてそう洩らしていた。アイスダンスという競技の神髄だ。
「この年齢でも成長できるんだってことを証明できてうれしいです」
高橋はそう言って、いつになく饒舌になっていた。シングル時代に歴史をつくった男でも、細胞が騒ぎ出すほどの興奮だった。
フリーダンスは、自己ベストの115.95点で10位。総合でも188.87点を叩き出した。カップル結成3年では快挙といえる総合11位で、アイスダンスの日本勢史上最高位に並んだ。
2022-2023シーズン、かなだいはいかにして「永遠の一瞬」ともいえる演技にたどり着いたのか?
「まだ物語の途中」挑んだ3季目
2022年3月、前回の世界選手権出場後、ふたりは現役続行を迷っていた。
激動のシーズンを過ごした後だった。グランプリ(GP)シリーズのNHK杯では日本勢最高の6位に入ったが北京五輪出場を逃し、四大陸選手権で準優勝も世界選手権は16位に終わっていた。
結成2年目を戦い切り、4年後の五輪は遠すぎ、表現者として他の選択肢もあり、肉体的限界も迫るだけに迷うのは当然だった。
「私は(2022年)世界選手権に、最後の演技かもしれないと、挑んでいました」
村元は神妙に振り返っている。
「もし(高橋)大ちゃんが現役続行しないって決めたら、次のパートナーは探さないって腹をくくっていました。
ただ、世界選手権が終わっていろいろ話して、やり切っていない感がありました。全力は出したんですが、すっきりしていないって……」
彼女は高橋の決断をじっと待った。
「四大陸選手権、世界選手権を戦って終わった後も……第1章を終えていない感じ? まだ、物語の途中のページで」
高橋はそう言って、現役続行の理由を説明した。
「ここでやめてもいいんですけど、(物語を)書き終えていないなって。だから、覚悟をするっていうよりは、もう少し続けられるかなってくらいで。
流されたくはなかったので一回リセットして、スケートから2週間くらい離れて、どんな気持ちになるか。それで気持ちは変わらなかったし、それは『やれ』っていうことかなって」
真剣に進路と向き合ったことで、3年目のスタートは出遅れた。しかし納得して踏み出せたからこそ、彼らはとても初々しく、新緑のようなエネルギーに満ちていた。
「超進化」
そう謳ってきたふたりの挑戦は、3年目で「成熟」に入った。
2年目までは華々しい演技で観客を沸かせた一方、思いがけないミスも出た。出来に波があった。アイスダンスは「減点競技」で、時間をかけて精度を上げる側面が大きく、どこかで粗が出た。
しかし、3年目は違った。
国際大会で初優勝を経験
GPシリーズ・スケートアメリカでいきなり好成績を収める。
リズムダンス(RD)は課題のラテンダンス『コンガ』で艶めかしい色気を匂わせている。体の奥から生きる喜びが湧き上がってくるようなダンスで、呼吸もぴったり。
黒を基調に原色が散りばめられたふたりの衣装が混ざり合うと、野性のパワーに満ち、69.67点というスコア以上の期待感だった。
フリーダンスは『オペラ座の怪人』で、この時点で完成度の高い世界観をつくり出していた。怪人ファントムと歌手クリスティーヌの倒錯した愛が、氷上に描かれる。
100.01点は辛口のジャッジで、観客のブーイングが出たほどだ。
続くチャレンジシリーズ・デニステンメモリアルチャレンジでは、スケートアメリカのスコアを軽々上回った。RDでは79.56点と自己ベスト、フリーでも108.74点と大躍進。トータル188.30点で、国際スケート連盟(ISU)公認の国際大会で初優勝を果たした。
顕著な変化が見えたのは、昨年11月のNHK杯だった。
「スケートアメリカ、デニス・テンは2試合連続で調子がよく、何も考えずに挑めたんですが、NHK杯はタイミングが合わないところがちょこちょこあって。
プログラムを通して最後まで滑り切る体力が必要で、リズムダンスはまとまってきましたが、フリーは(内容を)かなり変えているのでまだ数をこなせていなくて」
高橋はそう語って、苦戦の理由を明かしていた。シーズンスタートの出遅れのツケが出て、アメリカでのハリケーン被害もあり、練習に支障が出た。本調子ではなかった。
しかし、大きく崩れてもいない。
「うまくいかないながら、調整したパフォーマンスになりました。公式練習、ウォーミングアップ、本番と、ひとつやるごとに修正できたのは収穫です。100%じゃなくても、それに近いものを出せたのは成長かなと思います」
そう語った高橋は、3年目の手応えを感じていた。
上位が集うグループでの5分間練習では、独特の気配があった。それぞれのカップルがギリギリまでコースを譲らず、何度かぶつかりそうになっている。
「あれはけっこう怖かったですね。ロシア勢が抜けて、誰にでも表彰台のチャンスがあったんでピリピリしていて。
自分たちは氷に乗ったら集中が一番ですが、トップ選手のエネルギーを感じながら、自分たちにもエネルギーがあると思いました」
村元の言葉にも、培ってきた自信がにじんでいた。
結果は、178.78点で総合6位。日本勢ではトップだった。調子が悪いなりに、滑りをまとめられたのは成長だ。
失敗の風景に見えた真価
年末、全日本選手権での優勝も必然だったと言えるだろう。
「自信? あるように振る舞っています。そう自分に言い聞かせて」
大会前、高橋はそう言って笑っていたが、ポジティブな言動が目立った。
「(五輪シーズンと比べて)変なプレッシャーを感じず、練習から動けているという違いはあります。いろいろと考えすぎたので、今回は『何も考えない』っていうのをお互いで言い出して。
それをテーマに、欲を出さず、練習を信じて、練習してきた以上のことはできないと」。
RDでズレを調整できたのも進化の証だった。
前日練習と比べると表情に気負いがあったのか。最後のリフト、7秒間の時間制限を超え、1点の減点を受けた。ポジションの切り替えで動きが詰まって、足を下ろすのが遅れてしまった。
「練習からいい感じだったのですが。氷の上に立ったとき、急に緊張が高まってきて。自分の中で、少し動きが固かったかもしれません」
村元は正直にそう明かした。
「音のはまりはよかったんですが、お互いのリズムのズレが少し出ました。バシッといくと本当に気持ちいいんですけど」
高橋も悔しがった。しかし、彼らは高い次元で戦っていた。ミスは最小限だった。77.70点で、首位発進した。
フリーでは、すでに作品性が極まり、国内では他を寄せ付けなかった。108.91点で1位。トータル186.61点で全日本初優勝を成し遂げた。
最後で転倒するアクシデントはあったが、失敗の風景にこそ、かなだいの真価はあった。
演技直後、怪人役から素に戻った高橋は、人懐っこい表情で悔しがる。それを見る村元が、自分の胸をポンポンと叩いて励ました。微笑ましい様子に、満員の観客が共感し、万雷の拍手を送る。のどかな熱気が会場全体に広がった。
「(転倒で)何が起こっているのか、理解できないくらいショックで。お客さん、なんで笑っているんだろう?って(笑)」
高橋は言うが、それだけ役に入り切っていたのだろう。一方で、改善の分析も怠っていなかった。
「(転倒したリフトは)タイミンングのところで。僕が早く起き上がってしまい、哉中ちゃんがまだ上がり切っていなくて。そこから持ち上げないといけなかったんですが、上げきれずに。
踏ん張ったんですが、そのまま前にバランスを崩してしまって。体力的なところで、もう少しあれば力でいけたかもしれないし、タイミングと両方ですかね」
かなだいのアイスダンスの色とは?
その向上心が、冒頭で記した世界選手権での快演に結びついた。
RDから本領発揮だった。高橋がツイズルを回りすぎるハプニングはあったが、動揺していない。
「(景色が)スローモーションになるくらい、めちゃくちゃいろいろ考えていました。ヒヤッとしましたね。アイスダンス1年目だったら焦ってしまい、最後まで引きずっていたかもしれません」
高橋は語ったが、そのリカバリーに彼らの「歴史」が見えた。72.92点と11位でのスタートだった。
そしてフリー『オペラ座の怪人』で冒頭から観客の気持ちをつかんだ。ストレートラインリフト+ローテーショナルリフトとレベル4で高得点を得る。苦労してきたツイズルもベストに近かった。ステーショナリーリフト、ダンススピンもレベル4を叩き出した。
「後半、ダンススピンが終わった後、今日はバテずにパワーが残っていて。むしろ最後に向け、どんどん行ける感じでした」
高橋はそう振り返った。アイスダンサーとしてパワーを効率よく使えるようになっていた。
「いい練習を重ねてきた成果だと思います。おかげで緊張度が高い中でも、メンタルコントロールができたかなって。お互いの息が合っていたからこそ、体力を削ることなくよかったのかなと思います」
最後はコレオリフトを成功させ、大団円となった。氷上のふたりが発した熱で、観客も含めて全員が結びつく。会場がまるでひとつの生き物のようにうごめき、ふたりはその心臓のように力強く脈打った。
「自分の場合は今まで(アイスダンスを始めたばかりで)情報量が多すぎたから、それを整理しているところで」
高橋は全日本選手権後のインタビューで、「今シーズンのアイスダンスを色に例えると?」という問いにこう返していた。
「気持ちの中でいろんなものを削いでいって、シンプルに過ごしていれば、自分の色になるって思っています。白いキャンバスというよりも、一回、色がついたものをなくしていく作業みたいな。
もうちょっと細かいところ、見えないところまで、どこが汚れているのか、それを落として白くしていく。そんな感じかな」
真っ白への衝動が、「永遠の一瞬」の風景をつくり上げた。
一方、村元にはこう訊いていた。
――もしアイスダンスを始めたときの自分にタイムマシンで会えたら、なんと伝えますか?
「私はシングルからダンスに変わり、自分でもびっくりするくらい練習熱心になったんです。シングル時代は練習してなかったなって(笑)。
ダンスに打ち込み、スケート大好きって思いました。だから、『とにかく辛くても練習続けろ!』って言いますね。
『いつか大ちゃんと組む』とかは絶対に言いません! 『自分が信じたことを貫いていきなさい』って。そしたら、ここに来られるはずなので」
来た道は間違っていなかった。
結成から3年、彼らはアイスダンス界で名前を刻んだ。金字塔を打ち立てた。特に高橋は“初心者”だったのである。
「だって、大輔やもん」
4月、東京。シーズンを締めくくる世界国別対抗戦で、かなだいはさらなる進化を見せている。
ほとんどの選手たちが、長いシーズンの疲労を引きずり、パフォーマンスレベルを落としていたにもかかわらず、ふたりは解き放たれたようだった。
RDでは、世界選手権のスコアを5点以上も上回ったのである。
「後半も考えずに(同じ)テンションのままに滑れて、それがうまくいきました」
高橋が言うと、村元もうなずいた。
――どんなプログラムをやりたいですか?
2019年9月のカップル結成時、村元に訊いたことがあった。
「ふたりとも顔が濃いんで、ラテンダンスとか面白そう!」
何気ない言葉もつながっていた。RDの『コンガ』も運命的なプログラムだった。
フリーでは、高橋が16年ぶりに同じ東京体育館でシングル時代と同じ『オペラ座の怪人』を滑った。当時、世界選手権で初のメダルを勝ち獲っていた。
また、師弟関係を結んでいた長光歌子コーチが、マリナ・ズエワコーチ不在により、時を超えてキス・アンド・クライで同席。あらゆる縁がひとつに結びついて、空から降ってきたようだった。
ピタリと重なった運命が、奇跡をつくり出したのか。ふたりは世界選手権を上回るシーズンベストスコアを記録している。
「自分の中で、記憶に残る演技をしたいというのがスケート人生の目標でした。それが叶ったのがうれしいです」
村元は言った。
「いろいろ運命的なプログラムを、思い入れがある場所で、最高の演技ができました。ここに来るために今シーズンがあった!って感じちゃおうかなって思っています(笑)」
高橋は悪戯っぽく笑った。
3年目、彼らは走り抜けた。長光コーチは、啓示的にこう語っていた。
「アイスダンスに転向したときも別種目だし、関係者が聞いたら鼻で笑う挑戦だったかもしれません。でも、彼に関わったことがある人は、『いけるかもね』と思ったはず。
なんかやるんじゃないかっていつも思ってしまう。『だって、大輔やもん』って(笑)。彼は夢を見せてくれるんです」
この先、かなだいはどこへ向かうのか?
「何を見せられるか、わかり切れていません。どこが最終か、ピークがわからないから、何を見せたいかも言えなくて。もし続けるなら、それを知りたい。何を見せられるのかを知りたいです」
高橋の言葉は、いつも誇張や嘘がない。
文/小宮良之
写真/AFLO
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