2023年度(1月~12月)に反響の大きかった国際情勢記事ベスト5をお届けする。第2位は、中国が開発する新型ステルス潜水艦に迫った記事。(初公開日:2023年11月20日。記事は公開日の状況。ご注意ください)
日米が青ざめる中国の“ジョーカー”…急ピッチで建造が進む「096型巨大ステルス原子力潜水艦」のヤバすぎる性能【2023国際情勢記事 2位】
集英社オンライン / 2023年12月26日 11時1分
2023年度(1月~12月)に反響の大きかった国際情勢記事ベスト5をお届けする。第2位は、中国が開発する新型ステルス潜水艦に迫った記事だった(初公開日:2023年11月20日)。搭載ミサイルは世界最多の24発で、その射程は中国沿岸部からほぼ米全土を射程に収めることが可能な約1万2000キローー。中国が現在、急ピッチで建造している「096型巨大ステルス原子力潜水艦」は、米中の軍事バランスを完全に崩壊させるだけでなく、日本の安全保障にとっても深刻な脅威となる“無双カード”といえる。
ポーカーゲームのようだった米中首脳会談
米サンフランシスコでバイデン大統領、習近平主席による1年ぶりとなる米中首脳会談が行われたのは11月15日のこと。
4時間を超す長丁場となったこの会談では、両国で中断している国防当局や軍高官による対話の一部再開が議論されたといわれるが、どちらかといえば、台湾周辺や東・南シナ海で威嚇行為を繰り返す中国に対し、アメリカ側が対話を望んだのではないか。
とはいえ、会談の席上では両首脳とも本音を口にせず、ポーカーゲームのように相手の持つ手札を探ったに違いない。特にバイデン大統領は、中国側の「ジョーカー」の存在がえらく気になったはずだ。
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バイデン米大統領
その「ジョーカー」とは中国のミサイル原潜である。11月1日にも米軍事サイト『ウォリアー・メイブン』が「中国海軍の新型である『096型』戦略弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の建造が急ピッチで進められている」と報じたばかりだ。この報道が事実なら、中国軍にはNATOコードで「晋」094クラスと呼ばれるSSBN6隻に加え、新たに「唐」級と呼ばれる巨大な原潜2隻が加わることになる。
「唐」級「096型」は中国遼寧省で建造中とされている。米国防総省議会報告によれば、搭載ミサイルは現在の「晋」級の12発から24発に倍増するという。これはアメリカの持つミサイル原潜「オハイオ級」と並んで世界最多搭載数となる。
潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は大陸間弾道ミサイル(ICBM)に次いで世界の核戦略の重要な要素となっており、本国が核で壊滅しても海中から核弾頭を相手国に打ち込む「報復ミサイル」としての役目を持つ。
こうした核による軍事バランスは米ロによる冷戦期以降、対話によってある程度コントロールされてきた。しかし、現在は中国の急激な軍拡によってそのバランスは「対話および制御が不能な状態」と言わざるをえない。
「崩壊」した米中のミリタリーバランス
今年の米国防総省発表では現在、中国の核弾頭保有数は500発超。それが2030年には1千発超になるという。ミサイル原潜に搭載される弾道ミサイルも「巨浪(JL)-2」から、より大型の「巨浪(JL)-3」になり、弾頭は1メガトンの単弾頭または個別誘導弾頭(MIRV)を最大10個程度搭載すると推測されている。
つまり、ここにきて米中のミリタリー・バランスは「崩壊」したと言っても過言ではない。そして「崩壊」は米国の「核の傘」による抑止力に依存する日本にとっても深刻な脅威となる。
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中国の『096型』戦略弾道ミサイル搭載原子力潜水艦
これまで中国の「晋」級潜水艦が米本土にミサイルを撃ち込むためには、ハワイ近海まで進出しなければならなかった。しかし、「巨浪3」の射程は約1万2000キロと長い。そのため、中国の沿岸部からほぼ米全土を射程に収めることができ、もはや危険を冒してまで太平洋中央部に進出する必要はなくなったのだ。米国のミサイル原潜の「オハイオ級」が米本土近くの海域から出ないのと同じ理屈だ。
こうした中国潜水艦の動きをどう見るのか? 潜水艦に詳しい軍事評論家の毒島刀也氏に聞いた。
「中国沿岸の東シナ海から台湾海峡までの沿岸部は水深100m未満と浅いので、潜水艦にとって隠れる場所がない。そのため、潜水艦は母港のある海南島近辺から安全に隠れられる深度とされる水深300m以上の海域、つまり南シナ海まで出なくてはなりません。それは中国によって南シナ海が同国原潜の『聖域』と化すことを意味しているのです」
中国がASEANなどの周辺諸国と対立してでも南シナ海を我が者顔で支配しようと目論むのは、戦略的に重要なミサイル原潜の「聖域」として、この海域を確保したいという意味合いが強い。
もうひとつ、中国が同じように潜水艦の「聖域」として確保したい海域として、尖閣諸島から沖縄本島と宮古島の間の宮古海峡を抜けて水深のある太平洋に抜けるルートがあるが、いずれにしろ太平洋をめぐる米中激突の舞台は陸軍主体ではなく、海軍を主体とする戦いとなるだろう。
米国防省が発表した年次報告書(2022年)でも、中国海軍の艦艇数は現状の340隻から25年までに400隻、30年までに425隻になると報告されている。
一方の米国は300隻未満で、中国の急速な軍備増強ペースに追いつけていない。「中国海軍は艦隊を大型化させ、建造能力も我が国をしのぐなど、米海軍より優位な立場にある」(米海軍長官)と憂慮しているのが現実だ。アメリカの海軍戦略を大きく変化させなければ、中国に対応することが困難になっているのは明らかだ。
中国新型ステルス原潜を海自は捕捉できるか?
中国海軍の勢いを誇示する意味でも、この新型原潜の持つ役割は大きい。米海軍大学の中国海事研究所によれば、096型原潜は全長150メートル、最高速度は29ノット(時速約54キロ)。先行艦の094型に著しい改良が加えられた096型は、水中排水量15000トンを超え、ロシア海軍の持つ「ボレイ」型ミサイル原潜や「アクラ1」型攻撃型原潜よりも性能的に優れているという。
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ステルス性能も高い中国の『096型』戦略弾道ミサイル搭載原子力潜水艦
また、そもそも潜水艦が海中深くを航行するという性格から隠密性が高いにもかかわらず、その形状もステルス性に最大限配慮されたものになっているようだ。ただし、その性能の詳細はまだ明らかになっていない。艦そのものがレーダーに映りにくくなっているのか、それともソナーに探知されにくい特性を持っているのか?
一説には原子炉による動力に加えて、電気駆動方式やウォーターポンプ推進装置、フローティング式静音装置などを採用することでステルス性をさらに強化しているとの情報もある。
はたして我が国の対潜哨戒網はこの中国新型原潜をきちんと捕捉できるのだろうか?
11月6日の読売新聞朝刊一面には「日本周辺での航行が増加する中露軍艦艇の警戒監視に護衛艦が不足し、小型艦や補助艦艇の投入を余儀なくされている」という記事が掲載された。運用する乗員も含め、自衛隊の護衛艦数はけっして十分とは言えず、捕捉に不安が残る。
対潜哨戒機P-3Cや哨戒機P-1、あるいは海自と連携する米国のSOSUS(音響監視システム)と呼ばれる水中固定型ソナーも心もとない。これまでの中国原潜は蒸気タービンを回す音が大きく、すぐに探知できたとされるが、096型はステルス性を備えているだけに、その捕捉効果は未知数だ。
前出の毒島氏が続ける。
「哨戒機が単独で原潜を捕捉するのは難関に近い。そのため、米軍運用のSOSUSでまずは海中の平常状態データを蓄積しておき、異常な音がすればその海域にすぐさま対潜装備を送り込んで探知する手順となっています。 ただ、現状の自衛隊が豊富な海中データ&対潜アセットを送り込むというふたつの段階を同時にクリアできるかというとかなり怪しい。これを補うために我が国はFFM(多機能護衛艦)の大量建造に踏み切ったと見ています」
米英豪に日本を加えた「中国包囲網」
では、海自が誇る最新鋭潜水艦の「たいげい」型(通常動力型)ならどうだろうか?
「対ミサイル原潜の戦術の基本は母港から出た当該艦を追尾し続けることなので、いくら性能が伸びたといっても海上に浮上して息継ぎが必要な通常動力艦では無理でしょう。米海軍が行っているミサイル原潜パトロールは通常4〜5週間なのに対し、『たいげい』型が潜航し続けられるのはせいぜい10~14日間にすぎないからです。
海自の潜水艦は狭い海峡での待ち伏せ運用に特化しているので、南シナ海の『聖域』から096型原潜が出てこないかぎり、交戦する機会も少ないでしょう。 ただ、フィリピン・パラワン州に設置されるアメリカ軍基地に『たいげい』が寄港し、そこから南シナ海に出撃するなら096型原潜の通り道に待ち伏せして探知・補足することはできるかもしれません」(前同)
基本的に我が国の潜水艦戦略は海峡などに潜んで、相手艦の発する音を探知するほかない。チェイスとなったら通常動力型の日本の潜水艦は原潜ほどスピードが出ないので、一度振り切られると追尾はできないだろう。
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となると、頼みは米海軍の原潜となるが――。
「中国潜水艦の大半は通常動力型なので、必ず海上に顔を出す。それを確実に捉えるために、米海軍のP-8哨戒機は対潜能力を犠牲にしてまでも無人機と連携して広範囲の海域を監視する能力を実装しており、中国海軍の主力である通常動力型潜水艦に対しては哨戒機、駆逐艦で探知・撃破する態勢を整えています。
ただ、原潜に対しては原潜による追尾での対応が基本です。そのため、096型の建造で中国の原潜数が増えると、米太平洋艦隊潜水艦隊の負担はますます重くなる一方でしょう」(前同)
各国の海洋を睨んでの“チキンレース”は水面下でますます加熱していくばかりだ。11月13日に自民党の麻生太郎副総裁が豪州キャンベラで、米英豪の安全保障協力の枠組み「AUKUS」に、日本の「J」を加えることを提唱した。
麻生氏は「中国の長期的目標は海軍力で第2列島線(伊豆諸島からグアムに至るラインの内側)を支配することだ」と分析し、その試みを妨げることができなければ米海軍の活動が抑え込まれるとの危機感を示しているが、まさにそのとおりだ。
「AUKUS」では対中国の柱として、豪の原潜開発に米英が一致協力している。ただ、中国も096型原潜の新造で対抗の姿勢を露わにしている。もはや、米英豪だけでなく、そこに日本が加わって結束しなければ対応できないのも事実だ。中国が仕込む次世代型ミサイル原潜を「ジョーカー」にしない国際協力が必要だろう。
取材・文/世良光弘 写真/shutterstock
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