2023年度(1月~12月)に反響の大きかった記事をジャンル別でお届けする。今回は「国際情勢記事ベスト5」第3位、ウクライナの破壊工作の裏にあったCIAの暗躍に迫った記事だ。(初公開日:2023年10月27日。記事は公開日の状況。ご注意ください)
【CIAの暗躍を暴露】ロシア軍の侵攻をウクライナが押し返せた最大の要因にCIAの秘密工作があった【2023国際情勢記事 3位】
集英社オンライン / 2023年12月26日 11時1分
2023年度(1月~12月)に反響の大きかった国際情勢記事ベスト5をお届けする。第3位は、ウクライナの破壊工作の裏にあったCIAの暗躍に迫った記事だった(初公開日:2023年10月27日)。10月23日、米紙『ワシントン・ポスト』が興味深いスクープを報じた。ロシアによるウクライナ侵攻での、ウクライナの善戦の背景には米CIAの存在があったという。ジャーナリストの黒井文太郎氏が解説する。
ウクライナの破壊工作の実態
その秘密の多さから接触が最も難しいとされる「情報機関」の活動を知る、ウクライナや米国、他の西側諸国の関係者を20人以上も取材し、ウクライナの戦いに米中央情報局(CIA)がどう関与していたか。つまり、どう助けていたのかの詳細を米紙『ワシントン・ポスト』が初めて明らかにした。
同記事では同時に、ウクライナ側の情報機関による対ロシア秘密工作、とくに要人暗殺や破壊工作など、ダーティな活動をも明らかにした。そのうち、今回初めて報道された工作内容は以下のとおりだ。
▼昨年8月、モスクワでロシアの著名な戦争推進派の車に爆弾を仕掛け、偶然乗車していた娘の戦争推進派ジャーナリストを爆殺したのは、ウクライナの国内治安情報機関「保安庁」(SBU)
▼今年7月、ロシア南西部のクラスノダールでジョギング中だったロシア海軍元潜水艦艦長を射殺したのはウクライナ国防省の情報工作機関「情報総局」(GUR)
▼今年4月、サンクトペテルブルクのカフェで軍事ブロガーを爆殺したのもウクライナ機関
▼過去20か月の間に、SBUとGURは数十件の暗殺を実行
▼GURは無人機でロシア国内を何十回も攻撃した。モスクワの高層ビルに命中したのも、クレムリン屋上で爆破したのもGURの作戦――。
また、昨年9月にバルト海のパイプライン「ノルド・ストリーム2」が爆破された工作について、米国や他の西側情報機関は、ウクライナ機関が関係していると結論付けているという。なお、こうしたSBUやGURによる秘密工作は、ゼレンスキー大統領の了解がなければ実行されないとのことである。
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ウクライナのゼレンスキー大統領
ウクライナの情報機関を支援しているCIAなど西側の情報機関は、こうした破壊工作に基本的には参加しておらず、特に直接的な暗殺には西側情報機関は関わっていないとのことだ。
もっとも、一部の破壊工作の計画を事前に知らされることはあり、CIAがロシア側の反応を警戒してウクライナ側に懸念を伝えることもあった。ただ、黒海でロシア艦艇を水上ドローンで攻撃した際には、ロシア側の過剰反応の懸念が少なかったため、西側情報機関が作戦に協力しているという(※筆者注/おそらく遠隔操作用の通信手段を提供)。
CIAによるウクライナ情報機関の能力強化
今回のポスト紙の記事については、日本の主要な報道各社も伝えている。
しかし、いずれも冒頭に紹介した「モスクワでの暗殺はウクライナ機関が実行していた」という点に焦点を置いたものだ。たしかに新しい情報なので報道する価値はあるが、実はこの記事の注目情報はさらりと書かれた別の部分にある。
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ゼレンスキー大統領
それは、なんと2014年のロシアのクリミア侵略の時期からCIAが介入してSBUやGURを育成し、最新の情報収集用機材・施設を提供し、それが昨年のロシア軍の攻撃に対し、戦力に劣るウクライナ軍の善戦に繋がったというのだ。
ウクライナ軍の善戦に貢献した西側諸国の支援については、武器の供与がこれまでずっと大きく報じられてきた。しかし、実際はそれだけではない。ロシア側の情報を収集するウクライナ側の活動を支え、同時にロシア情報機関からウクライナ側を守る、いわゆる「情報戦」でCIAが決定的な役割を果たしていた。
この情報支援については、ときおりメディアでも推測されていたが(※筆者も自分なりの分析でこのテーマの記事を複数のメディアで発表している)、実際の詳細は最高機密情報であり、確認が難しかった。それが今回、初めて明らかになった。
CIAはこれまで数千万ドルを投じて、ウクライナの情報機関の能力強化を進めてきた。まず、元ロシア連邦保安庁(FSB)ウクライナ支部だったSBUにはロシア側の内通者がいる懸念があったため、新たに第5局という部局を作り、そこから支援を始めた。その後、イギリスの情報機関のMI6と連携する第6局という新部局も作られている。
そこから信頼できるSBU工作員と連携し、強化していった。CIAによる訓練施設はキーウ郊外に設置された。目的はウクライナ東部の親ロシア派支配地域で情報収集し、敵陣営に情報提供者を獲得するために、敵地に潜入して活動できる要員を育成することだった。ロシア側の電話や電子メールを傍受する機器を供与したほか、潜入用の敵陣営の制服まで準備した。
対ロシア戦でのCIAの暗躍ぶり
こうした支援を得て、ウクライナのSBUはロシア側の情報を入手する手段をある程度、獲得した。
そのため、昨年のロシア軍侵攻の後も、SBUはロシア側の重要な標的について決定的な情報入手に成功し、数人のロシア軍司令官を殺害した。ゲラシモフ参謀総長を間一髪で逃した攻撃も、作戦の一環だったという。
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ウクライナ軍の若い女性兵士
ただ、戦場以外での非軍人への多くの暗殺工作を実行することもあり、CIAとは適度な距離感を保ちつつ、現在も協力関係は続いている。キーウにはいまだにCIAの工作員がおり、充分に活動しているとのこと。なお、昨年、SBUは自分たちの通信網にロシア製モデムが使用されていることを発見し、大規模な撤去作業を行ったという。SBU自身、いまだにロシア情報機関の標的なのだ。
一方、ウクライナのGURとCIAの関係はもっと密接だ。
GURの将校は若手が多く、ロシアの内通者がいる懸念はほとんどなかった。若手中心のため、CIAは将校たちを一から育成し、要員をウクライナと米国の両方で訓練した。高度な監視システムに加えて、各部局にはそれぞれ設備の整った本部施設を供与したという。SBUよりはるかに少ない5000人以下の陣容だったので、部隊の整備も容易だったようだ。
そして、この少数精鋭のGURが実戦で大活躍した。
まず、CIAはかねてGURの電子戦部隊専用の施設を建設しており、そこでは毎日、ロシア軍とFSBの25万~30万本の通信を傍受してきたという。もちろんGURだけですべての分析は無理なので、そのデータは米国に送られ、CIAと米国防総省の信号情報機関「国家安全保障局」(NSA)の分析官が解析した。つまり、現場で情報を集めるのはウクライナの要員だが、ロシアとの情報をめぐる戦いに米情報機関は直接、参戦していたことになる。
そうなれば、IT技術力で優る米国の圧勝。ウクライナ軍はロシア側の筒抜けの情報を随時入手し、戦場で有利に戦うことができた。なお、GURに供与したものには、たとえばロシア支配地域の回線に設置できるモバイル機器だとか、あるいはモスクワからロシア占領地を訪問するロシア政府高官の携帯電話に仕込むマルウェアのツールなどもあった。
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10月20日、最前線の国境警備隊情報部隊を訪問し、諜報員らに演説するウクライナのゼレンスキー大統領 写真/共同通信
ハイテク機器だけではない。CIAはGURの若い将校に、敵陣営でスパイを獲得する手段の訓練を施している。実際、FSBを含むロシア治安機関内に独自の情報網を構築したという。
ポスト紙がここまで公表してしまって大丈夫なのかと心配になるくらいだが、供与した最新機材・施設もほとんど無傷で運用されており、対ロシア戦でのCIAとウクライナ情報機関の共同戦線は今後も盤石なようだ。
取材・文/黒井文太郎
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