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【ガザでの出産】「ああ、赤ちゃんも私も生きている」陣痛が始まっても受け入れ困難…5万人の妊婦を抱えるガザの深刻な病院問題【2023国際情勢記事 4位】

集英社オンライン / 2023年12月26日 11時1分

2023年度(1月~12月)に反響の大きかった国際情勢記事ベスト5をお届けする。第4位は、ガザ南部で避難生活を送る女性から届いた心温まるニュースを紹介した記事だった(初公開日:2023年11月11日)。イスラム組織ハマスによるイスラエルへの奇襲を受けて、パレスチナへの空爆といった報復が始まってから約1か月が経過した。ガザ市民が深刻な戦時下におかれるなか、避難生活中に女児を出産したひとりのパレスチナ女性に話を聞いた。

2023年度(1月~12月)に反響の大きかった国際情勢記事ベスト5をお届けする。第4位は、ガザ南部で避難生活を送る女性から届いた心温まるニュースを紹介した記事だった。(初公開日:2023年11月11日。記事は公開日の状況。ご注意ください)

ガザでは陣痛が始まっても受け入れる病院が

パレスチナのイスラム主義組織ハマスとイスラエルの戦闘が始まってから、約1か月が経った。

双方の当局の発表によると、その死者数は合わせて1万2000人(11月10日時点)を上回り、大半がガザ地区に住むパレスチナ人の女性や子どもたちとされている。また、これまでに21万2000戸あまりの住居が破壊され、約150万人が避難を余儀なくされている。

11月9日、パレスチナ自治区ガザ北部から避難するパレスチナ人ら 写真/ゲッティ=共同

ガザ地区北部での戦闘激化を受け、多くのパレスチナ住民は同地区の南部で避難生活を送っている。だが水や電気の供給は止められたままで、食糧の調達も安定しない。爆撃の恐怖に加え、衛生環境の醜悪化にも悩まされている。

そんな中、ガザ南部で避難生活を送る女性から心温まるニュースが届いた。先月末、不安な避難生活についての思いを語った妊娠9か月のイスラさん(33歳)が次女となる赤ちゃんを無事出産したという。毎日ガザ地区で多くの命が奪われるなかで、ひとりの命の誕生はともに住む多くの人に希望をもたらした。今も避難先で爆撃の恐怖に怯える日々だが、母子ともに健康だと伝えてくれた。

避難生活中に出産したイスラさんと赤ちゃん (写真提供=イスラさん)

10月30日、イスラさんはひどい陣痛で目が覚めた。「赤ちゃんが産まれるかも」と母に伝え、しばらく家で休んでいたものの、痛みが増したことから最寄りの病院へ駆け込んだという。

だがこの病院は、空爆などで重傷を負った救急患者の治療に専念しており、それ以外の患者は受け入れていなかった。代わりに、少し離れた産婦人科病院へ行くことになった。

病院内には分娩室が2室あり、待合室には多くの女性がいたという。イスラさんは検査を受けた後、分娩室に入った。赤ちゃんが産まれてきたのは、それから約3時間後だった。

「泣き声を聞いたとき、『ああ、赤ちゃんも私も生きている』と大きな安堵感に包まれました。医師にも、そして神様にも心から感謝しました」

「大変な人生になると思うけれど、強く生きてほしい」

出産後、医師からは入院を勧められたが、イスラさんは出血が収まるまで病室で休んでから、夜10時ごろに避難先の家に戻った。夜間に移動するのは安全とはいえないが、病院で爆撃に遭う危険のほうが高いと感じたためだ。

ガザ地区では、この1か月で病院も「危険な場所」とみなされるようになった。実はイスラさんが出産した日も、北部の「トルコ・パレスチナ友好病院」が空爆によって深刻な被害を受けている。この病院は、ガザで唯一がん治療を提供している病院だったが、燃料不足と攻撃の影響ですでに診療を停止していた。10月17日には北部の別の病院で爆撃があり、患者や避難者ら数百人が死亡している。

ガザの病院でイスラエル軍の攻撃によりけがをした子どもらを治療する医師 写真/ゲッティ=共同

こうした背景から、イスラさんも病院にいる間は気が気でなかったという。家に着くまでの道は真っ暗で人影もなく、不気味な雰囲気に包まれていたが、避難先の家に帰ると同居する他の約60人の親族も新しい命の誕生を心から喜んでくれた。

赤ちゃんには、イスラム教で信心深い意味を持つ「マリアム」という名前にちなんで「マリア」と名付けた。

「わたし自身、3年前にスコットランドで国際経営の修士課程を終えたところ。欧米諸国でも通用する名前としてマリアを選びました。これから大変な人生になると思うけれど、強く生きてほしいと願っています」(イスラさん)

こんな過酷な状況で出産を終えたイスラさんだが、実はイスラさん自身も病院ではなく自宅で誕生した経験を持つ。1990年、イスラさんが生まれた当時もガザの情勢は悪く、住民に対して夜間外出禁止令が発令されていた。そんななか、イスラさんの母親は陣痛に見舞われ、やむを得ず自宅で出産することになったという。

「マリアを見ると、イスラを産んだ当時を思い出します。離れて暮らしていた母(イスラさんの祖母)は助けに来れず、隣に住む住民にこっそり駆けつけてもらいました。イスラは4000グラムほどあったので、出産は本当に大変で危険を伴うものでした」

出産前の不安そうなイスラさん(左)と3歳になる長女(中央)とイスラさんの母(右) (写真提供=イスラさん)

イスラさんの母は、当時をそう振り返る。

「あれから33年経った今、状況は変わらないどころか悪くなっています。でも私は、病院で出産できただけでも幸せ。マリアは、大変な環境で生まれ育った私から、さらに過酷な状況下で生まれてきてくれました」(イスラさん)

約5万人の妊婦がいるガザの病院の深刻な状況

マリアちゃんの誕生以来、これまで悪夢のようだった日々が少しだけ明るく感じられるようになった。身体的な疲れは解消されないままだが、精神的なストレスは以前よりもだいぶ軽くなったと話す。3歳の長女も妹が生まれたことを喜び、お姉ちゃんとして振る舞うようになった。

だが当然、この状況下で2人の子どもを世話するのは大変だとイスラさんは訴える。もう長いこと水道水は出ておらず、1リットルのペットボトル1本でシャワーを済ませている。それすらできない日には、濡らしたタオルで体を拭くのみだ。衣類を洗う頻度も限られ、衛生問題も深刻さを増している。

水を得ることも困難な状況で原始的な方法で煮沸した水を作っている (写真提供=イスラさん)

国連人口基金(UNFPA)が11月3日に発表した推計によると、ガザ地区にいる妊娠中の女性の数は約5万人に上り、うち約5500人が数週間以内に出産を控えているとされる。約160人もの女性が毎日出産している状況だ。

多くの病院は、重傷を負った患者の治療に追われているほか、電気と水の供給も不安定で、薬や医療器具、そして医師も不足しており、妊娠女性の受け入れが困難となっている。たとえ受け入れられても出産時の緊急事態に対処するのが難しく、推計840人の女性が妊娠や出産による合併症を経験する可能性があるとみられている。

病院で無事出産を終え、家に帰ることができたイスラさんは、そうした状況をふまえると幸運なほうだったといえるだろう。だが今も、爆撃音が響く中で60人の親族らと避難生活を送る日々が続く。マリアちゃんも、誕生して間もないうちから、空爆の音や建物が破壊される音を聞いて過ごしている。イスラエル軍とハマスの戦闘が終わらないかぎり、イスラさん一家の不安や恐怖が解消されることはない。

取材・文/鈴木美優

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