校閲の仕事をしながら小説を書く、三十九歳の「ひの子」。本書は彼女が経験した、コロナ禍の二〇二〇年七月から四ヶ月間の出来事が描かれている。
一度は別れた十四歳年下の男を好きでいることに迷いはあっても、その男の子供を産むという決断には迷いがない。自身の孤独を埋めるように、彼女は産むことを決めるのだが、そこにはちいさなつまずきや、思うようにはゆかぬ現実が待っている。
出来ちゃった(仕方ない)結婚から、授かり(ここが起点)婚へ、時代と共に婚前妊娠のとらえ方も変化した。女は、選べると同時に選ばなくてはいけなくなった。腹の子は日一日と大きくなる。短期間のうちに、男の肚を見抜き自分と子供の運命を決める責任は女が負う。当然、ひとりで産み育てるという選択もある。
五年前にひの子の弟を翻弄した女、沙穂との関係も読みどころ。ふたりは炭鉱町筑豊の出身だ。炭坑夫は日々命がけで石炭を掘る。炭鉱町に生まれ育たなければ、あたりまえになり得ない生き方もあるだろう。
産むことを決意した女の前では、男たちはどこかやわやわとした印象だ。たった一度の射精と快楽にどんな衣装を着せたところで、その時点で望んでいなかったことは、負担と悔いになる。身勝手だと気づいていればなお、口には出せない。女と妊娠については古今も東西もさまざま描かれて来たが、著者は本書で男の誠実と不誠実の谷間へと踏み込んだ。
己の生き方を選び取ってゆくひの子を支えたのは、故郷の筑豊で炭坑夫として働いた女たちの聞き書き本だった。作者はここで、経験もなく共感を口にする人の、心の甘さを静かにしかし鋭く説く。
妊娠、決断、別れといった、自らを鉄にするような時間のなかで、女たちは手を取り合い生きることの意味を悟ってゆく。
タイトルにある「コークス」とは、石炭を高温加熱した、純粋な鉄を作り出すために必要な固形燃料だ。
一冊の本に光を見いだし、自分をつよくしてゆく熱を感じ取りながら、ただ前を向き歩いてゆくひの子。自身の明日をまっすぐ見つめる人に、この一冊が届きますように。