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子どもが抱える「闇」と「孤立」を測りながら、巧妙に手なずけるグルーミングの手口。性加害者が使い分けるアメとムチ

集英社オンライン / 2023年12月20日 17時1分

子どもへの性加害者は驚くほど入念にターゲットを選定し、アメとムチを使い分けながらグルーミングをしていくという。子どもの性被害の実態を詳らかにした書籍『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)から、著者の斉藤章佳氏と、被害者支援を行っている弁護士の川本瑞紀氏が加害者について分析した対談を一部抜粋・再構成してお届けする。

加害者が使い分けるアメとムチ

斉藤 グルーミングをする加害者はとても巧妙に子どもを手なずけます。まさに「加害者はマジックを使う」といっても過言ではない。

川本 被害者支援の立場から見ても、彼らは「アメとムチ」を巧妙に使い分けていると思えます。頻繁にLINEやDMを送って、どこまでもやさしく子どもに接していたと思いきや、なんらかの事情で子ども側からの返信が滞ると、そこで「ムチ」を与えます。



「なんで昨日は返事してくれなかったの?」「こっちは寝ないで待ってたのに」「ほかの友達と一緒にいるほうが楽しいなら、もう自分は用済みだね」などと駆け引きする。すると、ターゲットにされた子ども側も「嫌だ!いなくならないで!」と懇願し、ふたたびアメを与えられることを繰り返していくと、やがて「自分たちは相思相愛だ」と思い込んでいく。

斉藤 大人同士でも、相手を試すような言動をするモラハラ気質の人もいますね。

川本 さらに加害者は、一度に何十人もの子どもを同時並行的にグルーミングすることも珍しくありません。彼らは魚を寄せるためにコマセ(寄せ餌)を撒いているわけです。釣りでも最初からコマセを撒きすぎてしまうと、魚も満腹になって針のついた餌には見向きもしなくなってしまいますよね。グルーミングも最初からアメだけを与えすぎず、アメとムチを巧妙に使い分ける点も釣りと通じるものがあると思います。

斉藤 コマセ、言い得て妙ですね。ターゲットに狙いを定める際の、加害者のアセスメント(評価・査定)能力の高さには驚くべきものがあります。加害者は、ターゲットにする子どもについて「家庭では親と仲がいいか」「学校では教師とうまくやっているか」「信頼できる友人はいるのか」など入念なリサーチを行い、子どもの孤立具合を査定します。子どもが抱える「闇の深さ」「孤立具合」を、社会との関係性のなかからアセスメントして、アプローチしていくわけです。

川本 その手法は繰り返していくほど、システム化されて無駄がなくなってきますね。社会生活で孤立感を抱いている子がグルーミングの標的にされやすい一方で、いわゆる「普通の子」が被害にあうケースも少なくありません。

とくに中学生頃になると、クラスでも美男美女がモテる、スポーツの成績上位の生徒が人気を集めるといった「スクールカースト」ができますよね。スクールカースト上位者は、他者からの性的な目線にも意識的になりますが、上位にランクインできない子は、「別に自分はモテるタイプじゃないし」「自分には性的な話は関係ないよね」と思いがちだったりします。

斉藤 他者から性的に見られることに極めて無自覚である。

川本 けれど大人から見たら、その時期の子どもたちは皆一様に若い生命力がほとばしってるじゃないですか。大人からするとスクールカーストなんて関係なくて、若いだけで魅力的です。しかし、当人はそんなことはつゆ知らず、他者からの性的な視線に無自覚な「普通の子」が無防備なままグルーミングのターゲットにされる、といった例も付け加えておきたいです。

斉藤 小児性犯罪の加害者はよく「承認欲求を転がす」という表現を使うのですが、ターゲットに対して、いまここでどのような言葉を使えば、子どもたちが「自分は承認された」と感じるかをとてもよく知っているんです。そういった意味でも彼らは「いまここで」という感覚にとても長けているように思えます。

この「いまここで」という概念は、カウンセリングでは「ヒア・アンド・ナウ」と呼ばれ、とても重視されます。研鑽を積めば敏腕カウンセラーになれたのではないか、とさえ思ってしまう加害者が何人もいるのは、なんとも皮肉な話です。

ジャニーズ事務所で行われた「環境ごとグルーミング」

川本 私が担当した事案のなかでも、部活の顧問の教師が何人もの生徒を同時並行的にグルーミングし、その上の代の生徒たちにまで性加害に及んでいたことが発覚した件もよくあります。

そこでは、たとえ子どもの帰りが遅くなっても「あの部活は帰りが遅いから」とか、その顧問教師とLINEを個人的に交換していても「あの部活は指導が熱心だから」と保護者までも見過ごしがちになったり、教師が「セックスすると集中力が上がるんだ」など性的な表現をしても「あの先生はよくそういう下ネタを言うから」とスルーしてしまうなど、部活という環境ごとグルーミングされていきます。

周囲に絶大な影響を及ぼし、コントロールするという意味では、加害者はまるで小さな教祖様のような立ち位置になります。

斉藤 環境ごとグルーミングされてしまっては、性加害の実態が「わが部の伝統だから」と隠蔽され、受け継がれていくことがあります。逆にいえば環境ごとグルーミングしなければ、どんな権力者でもひとりだけで性加害行為を続けることは至難の業です。構造としては、ジャニーズ事務所の一件と相似だと思います。

川本 刑事訴訟法では、起訴するにあたって犯行が行われた日時・場所・方法を可能な限り特定することが定められているんです(刑訴256条第3項)。

ただ、こうした長期に及ぶグルーミングや子どもへの性暴力の場合、被害が長期間にわたるため、「いつ行われたか」という日時を特定するのが難しいので、起訴のハードルが上がってしまうんです。

斉藤 とくに幼児から小学校低学年くらいだと、性加害を受けていても記憶があいまいになっていたり、そもそも自分が何をされているのかもよくわかっていなかった、ということもあります。

写真はイメージです

川本 運動会などのイベントがあったときは記憶に残りやすいので、もし被害者が記憶をたどった末に「運動会の日にも被害にあいました」と言えば、その日だけは立件してくれる……というわけです。よくインターネットでは「こんなに性加害が長期間に及んでいるのに、懲役はこれだけ?」といった意見も交わされますが、その場合も起訴されているのは「運動会の日、1件だけ」だったりします。

斉藤 被害者としては加害を受けたことはわかっているのに、それがいつだったか日時が特定できない限り、事件として取り上げられないんですね。これは法律の世界では常識なんでしょうか?

川本 とくに性犯罪の場合は立件できません。覚醒剤だと、尿から成分が検出されれば、使用した日時や場所について厳密に特定できなくても有罪とする裁判例もありますが、覚醒剤とパラレルに考えるのは甘いです。

斉藤 私も仕事柄、加害者側の調書をよく見るのですが、「こんなに性犯罪を繰り返しているのに、なぜ起訴されたのはこれだけなのだろう?」と感じるケースも多かったのはこのためだったんですね。これも法の専門家の間ではもはや常識的なことだと思うのですが、上限が有期刑だと、何十人、何百人と子どもへの性加害を繰り返しても無期懲役にはならないのですか?

川本 刑事裁判の場合、1件の有期懲役の上限は20年、2件以上の場合は「併合罪」となり、法定刑の長期のほうが1.5倍になります。30年が上限ということです。つまり不同意性交等罪では30年を超える判決は出ません。ただ被害者がケガをした場合は、不同意性交等致傷罪(旧・強制性交等致傷罪)となり、無期懲役が法定刑に含まれてきます。

性的同意、親子でどう学ぶ?

斉藤 加害者臨床の立場からすると、不同意性交等罪の罪名の中に「同意」という言葉が入った意義はとても大きいと思っています。私は10代の少年事件を担当することもあるのですが、彼らに「性的同意っていう言葉を知ってる?」と聞くと、皆一様に首をかしげます。

川本 「性的同意」という言葉自体を知らない、聞いたことがないんですね。

斉藤 そうなんです。そこで私がひとつひとつ説明すると、「このことをちゃんと学んでいたら、今回のような事件は起こさなかったかもしれない」という反応が返ってくるんです。これは驚くべきことです。学校や家庭などで性的同意の概念を学ぶこともなく、YouTubeやSNS、友達との会話から得た知識だけで、自分なりの性的同意の概念をつくり上げてしまった結果、事件を起こしてしまった。

そう考えると、やはり幼少期から家庭や学校の中において、包括的性教育のなかで「同意」について大人たちが教えていくことが大事だと強く思います。

川本 わが家の話で恐縮ですが、『子どもを守る言葉「同意」って何?YES、NOは自分が決める!』(レイチェル・ブライアン著、中井はるの訳、集英社)という本を小学校1年生のときから読ませています。この本、本当にいいんですよ。バウンダリー(境界線)、体の自己決定権、同意といった概念が、ハッピー感のあるイラストと文体で伝わるようになってるんです。

斉藤 この著者は、世界的な人気動画〝Tea Consent(お茶と同意*2)〞をつくったアニメーターで、自身の娘が「学校で突然男の子にキスされた」と話すのを聞いて、「子どもこそ『同意』を知るべき!」と考えて子ども向けのビデオをつくり、この本を書いたといわれています。

この本で取り上げられている「バウンダリー」は、中高年にとってはあまり耳なじみのない言葉かもしれませんが、人によって「大丈夫」や「嫌だ」と感じるバウンダリーが違うことがわかりやすく説明されているのも画期的です。これは大人もあらためて読むべき内容です。

川本 「キミはキミ自身の『王』なんだよ」「キミのからだはキミのものなんだ!」というのもとても教えやすいですね。いまの段階では、うちの性教育はバウンダリー教育に近いですね。

斉藤 もう少し年齢が上のお子さんには、『10代のための性の世界の歩き方』(櫻井裕子著、イゴカオリ漫画、時事通信社)もおすすめです。櫻井裕子さんはベテランの助産師で、小・中・高・大学生や保護者に包括的性教育に関する講演を全国で行っている方です。

実は櫻井さんとは、2022年9月から大船榎本クリニックで月に1回、性加害者を対象とした包括的性教育プログラム「性的同意は世界を救うプロジェクト」を一緒にやっています。このプログラムは参加者、つまり加害当事者からの「性教育を学び直したい」という強い希望がきっかけで始まった、日本で初めての試みです。

うちも上の息子が今年中学に上がったのですが、とくに男の子は思春期にさしかかると自分の世界を持つようになります。そうなるとなかなか親と話す機会も少なくなってくるので、その手前の段階で包括的性教育を通したコミュニケーションができるのが理想だなと感じます。父親も自身の性を語る言語を持っているわけですから、まずは自分の体験から話を始めるのがいいと思います。

以前、仕事でご一緒したタレントの小島慶子さんは、子どもの性的な疑問や質問には「とにかく親が恥ずかしがったり照れたりしたらダメ」とおっしゃっていました。男女の体の仕組みや違いを子どもにわかる言葉で説明することを心がけているようです。これは目から鱗でした。

川本 私もわりと、そんな感じです。そもそも体のパーツはどれもつながっているのに、指の話はなぜよくて、ちんちんの話はなぜダメなのか私にはわからない。でもそのテンションでママ友の集まりに行くと引かれるので、そういう人の前では黙ってますけど(苦笑)。

写真/shutterstock

『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎)

斉藤章佳

2023/11/29

1078円

221ページ

ISBN:

978-4344987135

「熱心な先生」「やさしいお兄さん」の“裏の顔”をどう見抜いたらいいのか?

学校、塾、公園、トイレ、SNS……
危険な環境から子どもを守る!

子どもへの性加害は、心身に深い傷を残す卑劣な行為だ。なかでも問題なのが、顔見知りやSNS上にいる“普通の大人”が子どもと信頼関係を築き、優位な立場を利用して性的な接触をする性的グルーミング(性的懐柔)である。「かわいいね」「君は特別だ」などと言葉巧みに近づく性的グルーミングでは、子ども本人が性暴力だと思わず、周囲も気づきにくいため、被害はより深刻になる。加害者は何を考え、どんな手口で迫るのか。子どもの異変やSOSをいかに察知するか。性犯罪者治療の専門家が、子どもを守るために大人や社会がすべきことを提言。

「かわいいね」から始まる性的グルーミングの実態……

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