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「取材をすればするほど赤字になる」“泡沫候補者”を取材しつづけ25年。自称“選挙ジャンキーライター”が廃業宣言!?<映画『NO選挙,NO LIFE』秘話>

集英社オンライン / 2023年12月21日 17時1分

選挙のたびに世間やマスメディアから「変人」と軽んじられてきたきらいのある“泡沫立候補者”たち。そんな彼らを、25年間ひたすら取材しつづけてきたライターを追ったドキュメンタリー『NO選挙,NO LIFE』が話題を呼んでいる。「コスパ、タイパ無視」のフリーライターにして本作の「主人公」畠山理仁を、延べ300時間にわたりカメラを向けつづけた前田亜紀監督がインタビューした。

#2

総収録300時間!? 映画製作秘話

前田亜紀(以下、前田) 全候補を取材するという畠山さんの肩越しに、目の前で起きていることを撮る。選挙期間中、日々あれはこうだったねという話をして一日が終わる。その繰り返しで、畠山さん自身のことはほぼ何も聞かずに終わってたんですよね。



畠山理仁(以下、畠山) そういえば僕も前田監督のことで知っているのは、大分県出身ということと、教員養成の大学に入ったのに教員免許をとらなかったということぐらいですね。

前田 今日はこの機会にいろいろ聞かせてもらおうと、映画のスクリプトを見返していたんですね。

畠山 撮影したものの文字起こしですか?

前田 編集のときにこれがあると便利なんですよね(ノートを見せる)。

畠山 これ全部自分で起こされたんですか? 何かのソフトを使ったりせず。

前田 画だけの場面もありますから。

畠山 すごい時間撮っていたでしょう?

前田 300時間ぐらい。でも編集の宮島亜紀さんに頼むのに、低く見積もって申告したこともあって、正確に数えてないです。

畠山 かなりコスパ無視ですよね。

前田 ええ(笑)。それで映画の本編に収録しなかった箇所も含めてきかせてください。参院選の二日目に「ごぼうの党」の取材に行きましたよね。

畠山 ありましたねえ。ゲストにボブ・サップとピーター・アーツを呼んで、天狗のお面を被った人が現れたんですよね。

ごぼうの党による演説(撮影/畠山理仁)

前田 そのとき「比例」で出るにはお金がかかるという話になり、「これは1億くらいかかっていそうだ」と畠山さんがおっしゃって。「1億あったら何に使いますか?」という話になったんですよね。

畠山 しましたねえ(笑)。

前田 「畠山さんは1億円あれば政党をつくりますか?」と聞いたら、「僕は、好きに選挙を見て回るかなあ」「だったら、いまやっているでしょう」というやりとりをして。

畠山 そうでした。でも、1億円あったら取材費の心配をしなくてすみます。

前田 ヘリで行ったり。

畠山 いや。ヘリは一瞬でお金がなくなるので、節約をしてたくさん回りたい。でも、そういう話をしたこと自体をすっかり忘れていました。

前田 しばらくどこに行っても、「1億あったら」という話をしていましたよ。

畠山 そういう質問がはじめてだったので、ずっと頭の中で考えていたんでしょうねえ。1億、1億と。

「フリーランスには融資額300万円が限度」

前田 それでお金の話なんですが。最初は冗談で、「(選挙ライターを)もうやめようと思っている」という話をしているのかと思っていたら、「取材費のやり繰りがキビシイから」というのを聞いて驚きました。聞かなかったことにしようかと。

畠山 聞こえていないのかと思っていました。

前田 そもそも私が畠山さんに取材の依頼をしたのは、選挙の魅力に取りつかれた畠山さんをフィルターに、私たちが知らない選挙の面白さを見たいというのが大きかったからです。その畠山さんが「やめたい」となると、この企画の根幹が揺るがされる、冗談で言うレベルならまだしも、どうやら本気っぽい、どうしよう?と思いました。

でも、結局聞かなかったことにはできず、畠山さんの揺れも含めて映画にしました。それで、改めて振り返ると、お金が稼げないというのは、社会に求められていないという絶望感との闘いでもあるのではないか?と思ったのですが、その辺りはいかがでしょうか。

映画『NO選挙,NO LIFE』ポスター

畠山 「週刊プレイボーイ」でやらせてもらっていた、インディーズ候補を取材する大川総裁(大川興業)との連載が終わるのが2007年だったかな。その後、民主党による政権交代があり「会見開放(永田町の記者会見のオープン化)」に取り組みはじめてから、ほかの仕事を断るようになったんです。それでどんどん経済的に苦しくなっていったんですよね。

前田 なるほど。

畠山 だけども「苦しい」というと、救いの手を差し伸べてくれる人が現れる。アルバイトを紹介してくれたり、仕事をふってくれたりして細々と工夫しながら続けこられています。

前田 工夫というのはnoteに原稿を書いて、課金してもらうということですか?

畠山 ただ、課金してもらえるものを出すまでに時間がかかり……取材は大好きですけど、書くのが遅くて。

前田 いつからそうなったんですか?

畠山 20代は、30分で原稿を1本書いていたんですよねえ。

前田 ほおう。

畠山 何文字×何行と言われたら、ピシッと埋める。求人情報誌で、働いている人の様子を取材して記事にする仕事も請けていました。知らない世界だけに発見があり、面白くもあったんです。それが、年を重ねるごとに時間がかかるようになってきて。

前田 それは30代ぐらいから?

畠山 筆が遅くなったのは、大川総裁との連載が終わり、ひとりでテーマを見つけて取材するようになってからですね。冒頭の5行目で離脱されず、最後まで読んでもらえる原稿を書こうと意識するようになりました。35歳ぐらいからですね。

前田 それ以外にターニングポイントとなるきっかけは?

畠山 うーん……。あるメディアで会社員になろうとしたことがあって、総裁にも相談しました。誘われた会社の社長面談が終わったタイミングで、迷いがあって妻に相談すると「断りなさい」と言われ、総裁にも「ハタケイには無理だと思うよ」と言われたんです。

妻が言うには、会社には人事異動があり、記者として入社しても違う仕事に回されることもあるんだからと諭されました。それで一生フリーランスでいくと決意したのが35歳。そう言いながらも、40になるまでに何回も履歴書は書いてはいるんですけど。

前田 それは?

畠山 新聞社の中途採用募集を見つけると、履歴書を書くんです。ただ「大学除籍」という経歴がネックで。卒業しておけばよかったなぁと思いました。それは家族には相談してませんけど。

あ、そうそう思い出しました。そのころ、妻とお金を出しあって家を買おうという話になったんです。ところが銀行からお金を借りようとしたら、「フリーランスには300万円が限度」と言われ、系列の金利の高いところを紹介されました。まったく足りなかった(笑)。

少しでも多く借り入れたいと職務経歴書を書いたのが35のとき。せっかく手間かけて書いたんだから、これは何かに使えないかと思いました。それで新聞社の中途採用を見つけたという。

前田 なるほど。そのジャンプの仕方は掴みづらいですけど、そのころ上のお子さんは小学校に入られるくらいだったんですよね。私もフリーランスが長かったので、心境はわかります。

“センキョジャンキー”へ候補者からのお礼

畠山 前田さんは?

前田 十数年フリーでやってきて、7、8年前から会社(大島新監督が立ち上げたネツゲン)に所属しています。フリーのときはもう本当にお金の心配をし、誰にも自分は求められていないと実感していましたから。

畠山 それは僕も選挙の取材をしていて、いつも思っています。

前田 これは果たして世の中の役に立っているのかという迷いを畠山さんは、どうやってクリアされてきたんですか?

畠山 「続けなきゃ」というよりも、「続けたい」なんですよね。見たことのないものを見たい。そこにワクワクする劇場があるとわかっているのに行けないのは悔しいので、行ってしまう。

前田 では、取材中に何度も「もうやめたい」と口にされていたのは?

畠山 交通費や宿泊費などの請求で、カードが止まる。困ったなぁと(笑)。取材に行けば赤字になる。だけど、やめられない。「センキョジャンキー」なんですね。依存というか、選挙の現場を見ない生活は考えられないというぐらいにおもしろさを知ってしまっている。

前田 やめられない自分がいる、と(笑)。

畠山 だからお金が潤沢にありさえすれば、原稿は書かずに取材だけ行って「やったあ!!」なんですよね。

ポレポレ東中野のロビーにて(撮影/朝山実)

前田 それだと取材は何のために?

畠山 もちろん、伝えるということが目的ではあります。何度も「やめたい」と言っていたのは、そういう負の連鎖を断ち切りたい、何とか続けられる方法を編み出せないかとずっと考えてきたからなんです。でも、答えが出ないままで。

前田 私は、「選挙取材に需要がない」と言われている畠山さんと、畠山さんが追いかける「独立系候補」の人たちが重なると思って見ていました。彼らも誰からも出てくれと頼まれたわけではないのに出ている。

畠山 候補者のみなさんは、選挙に出たことで何かを得られていると思いますよ。だって、数字に出るじゃないですか。

前田 参院選の比例区に立候補するのに300万円を供託し、街に立って演説しても、誰一人立ち止まるわけでもないのに?

畠山 それでも、名前を書いた人が3000人もいたりする。それ、ちょっとドキドキしませんか? まったく知らない人に自分の名前を書かれるんですよ。

前田 そこで回収されるんですか?

畠山 僕が取材に行くことで、候補の人たちに火をつけているところは多分にあるとは思いますけど。みなさんイキイキされていますから。見に行っていて、楽しいし。笑わしてもらえるし。冷笑というのではなくて、爆笑。ご本人を前にしてワッハッハと笑っても、「よかったですか」と喜ばれる。

前田 私が印象に残ったのは、畠山さんが候補者の人たちにお礼を言われている場面です。「あなたしか話を聞いてくれない」「会えて、よかった」と。

畠山 「探していたんだ」とか(笑)。

前田 そうそう(笑)。

(後編に続く)

構成/朝山実

『NO選挙,NO LIFE』(前田亜紀監督)は、東京・ポレポレ東中野ほか全国ロードショー公開中

コロナ時代の選挙漫遊記

畠山 理仁

2021年10月5日発売

1,760円(税込)

四六判/304ページ

ISBN:

978-4-08-788067-0

選挙取材歴20年以上! 『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞した著者による”楽しくてタメになる”選挙エッセイ。

2020年3月の熊本県知事選挙から2021年8月の横浜市長選挙まで、新型コロナウイルス禍に行われた全国15の選挙を、著者ならではの信念と視点をもって丹念に取材した現地ルポ。「NHKが出口調査をしない」「エア・ハイタッチ」「幻の選挙カー」など、コロナ禍だから生まれた選挙ワードから、「選挙モンスター河村たかし」「スーパークレイジー君」「ふたりの田中けん」など、多彩すぎる候補者たちも多数登場!

<掲載される選挙一覧>
熊本県知事選挙/衆議院静岡4区補欠選挙/東京都知事選挙/鹿児島県知事選挙/富山県知事選挙/大阪市住民投票/古河市長選挙/戸田市議会議員選挙/千葉県知事選挙/名古屋市長選挙/参議院広島県選出議員再選挙/静岡県知事選挙/東京都議会議員選挙/兵庫県知事選挙/横浜市長選挙

黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い

畠山 理仁

2019年11月20日発売

924円(税込)

文庫判/376ページ

ISBN:

978-4-08-744049-2

落選また落選! 供託金没収! それでもくじけずに再挑戦!
選挙の魔力に取り憑かれた泡沫候補(=無頼系独立候補)たちの「独自の戦い」を追い続けた20年間の記録。
候補者全員にドラマがある。各々が熱い思いで工夫をこらし、独自の選挙を戦っている。何度選挙に敗れても、また新たな戦いに挑む底抜けに明るい候補者たち。そんな彼・彼女らの人生を追いかけた記録である。

2017年 第15回 開高健ノンフィクション賞受賞作

【目次】
第一章/今、日本で最も有名な「無頼系独立候補」、スマイル党総裁・マック赤坂への10年に及ぶ密着取材報告。
第二章/公職選挙法の問題、大手メディアの姿勢など、〝平等"な選挙が行なわれない理由と、それに対して著者が実践したアイデアとは。
第三章/2016年東京都知事選挙における「主要3候補以外の18候補」の戦いをレポート。

【選考委員、大絶賛! 】
キワモノ扱いされる「無頼系独立候補」たちの、何と個性的で、ひたむきで、そして人間的なことか。――姜尚中氏(政治学者)
民主主義とメディアについて、今までとは別の観点で考えさせられる。何より、作品として実に面白い。――田中優子氏(法政大学総長)
ただただ、人であることの愛おしさと愚かさを描いた人間讃歌である。――藤沢 周氏(作家・法政大学教授)
著者の差し出した時代を映す「鏡」に、思わず身が引き締まる。――茂木健一郎氏(脳科学者)
日本の選挙報道が、まったくフェアではないことは同感。変えるべきとの意見も賛成。――森 達也氏(映画監督・作家)
(選評より・五十音順)

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