天皇が通いたくなる文化的サロン創設に利用された紫式部…恋愛が政治や権力にそのまま影響した平安時代の女性の生き方〈大河『光る君へ』でも描かれる!?〉
集英社オンライン / 2024年1月8日 8時1分
2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』の主人公は、日本最古の物語にして、平安文学の金字塔『源氏物語』の作者・紫式部だ。彼女は時の為政者である藤原道長の娘である一条天皇の中宮・彰子に仕えていたが、なぜそもそも紫式部は彰子の元にいたのか。『愛憎の日本史』 (扶桑社新書) より、一部抜粋、再構成してお届けする。
『源氏物語』を読む上で、覚えておきたい天皇の妻たちの身分
天皇の妻には序列がありますが、基本的にはその女性が生まれた身分に応じて順番が決まっていました。
まず、正妻となるのが皇后、もしくは中宮です。
「なぜ、二つも呼び方があるの?」と不思議に思ったかもしれませんが、かつての内裏では中宮という位はほとんど使われていませんでした。この位を復活させたのが、藤原道長です。
当時の天皇である一条天皇には、すでに藤原定子という皇后がいました。しかし、藤原道長は自分の娘の彰子を一条天皇の元に入内させます。
そのとき、ライバルの定子と並び立つ存在はないものか……と考えた末、はるか昔に使われていた「中宮」という肩書を引っ張り出してきて、天皇の正妻を表す身分として使い始めたのではと考えられています。
皇后、中宮の次に身分が高いのが、摂政関白や太政大臣などの娘から選ばれるのが女御です。
皇后や中宮は、この女御たちの間から選ばれるのが一般的でした。そして、実家の身分が大納言以下の女性たちには、更衣という身分が与えられました。
なお、これは、平安時代にいつの間にか消えてしまったようで、鎌倉時代以降には出てきません。
『源氏物語』の光源氏の母である桐壺の宮は、更衣でした。更衣はあまり身分が高くはなかったので、彼女は天皇の寵愛を受けたせいで周囲のいじめに遭い、ついには死んでしまいます。源氏の君は父の天皇に愛されながらも、母の身分が低かったがゆえに皇族から外れ、臣籍降下されたのでした。
成長した源氏が、母の面影を追って出会ったのが藤壺の宮です。彼女は先帝の娘という非常に身分の高い女性だったので、最初から女御という立場で後宮に入り、桐壺帝の妃となっています。
なお、天皇の正妻である皇后が子どもを産み、その子が天皇になると皇太后となり、祖母になると太皇太后と呼ばれます。
今上上皇の奥様であられる美智子様も本来は皇太后と呼ばれるべきなのですが、現代では皇太后という名称を使わないので、上皇后という呼び方になったと聞いています。ちなみに、中宮には、皇太后のように、先代を呼ぶ名称はありません。
しかし、「皇太后」「太皇太后」という名前が出てきたとしても、必ずしも先代の皇后が皇太后と呼ばれるわけではありません。
ときに、天皇の姉や妹などにも、ときに皇太后や太皇太后という位を差し上げることがあったので、間違えないようにご注意ください。
『源氏物語』の時代に、恋愛が重要視されたわけ
日本最高峰の古典文学と言われる『源氏物語』。その主たる題材は、まさに「愛憎」です。
男性と女性の間で繰り広げられる恋愛やそこから生まれる憎しみや悲しみが、赤裸々に描かれた作品です。
なぜ、平安時代にこの物語が生まれたのか。それは、男女の恋愛が大きく政治に影響を与える時代だったからこそ、です。
政治というものは、基本的にはシステムで動くものなので、「ドロドロとした人間関係が影響するわけがない」「恋愛で政治が変わるわけがない」などと言われてしまうのですが、平安時代は男女関係が政治関係を大きく左右する重要事項だったのです。
『源氏物語』が生まれた一条天皇の時代は、藤原氏の内部で大きな権力闘争が起こっていました。対立していたのは、藤原定子の兄である藤原伊周と藤原彰子の父である藤原道長です。
定子と彰子は共に一条天皇の正妻であり、同じ立場にいるライバルのような存在。決め手となったのが、どちらの女性が天皇により多く愛してもらい、早く子をなすことができるのかでした。
「天皇の子どもを誰が生むかによって、誰が権力を握るか決まる」という権力構造は、偶然性が作用する非常に危ういものですが、これが摂関政治における一つの特徴です。
どこが危ういのかというと、すべてを偶然に頼らねばならない点でしょう。まず、自分に娘が生まれなければならない。しかも、その娘を天皇の妻にして、子どもを産ませなければならない。仮に子どもが生まれても、その子が男の子であるかもわかりません。これは、非常に不安定極まりない。
本来、政治というものは、システムさえ確立されていれば、どんな人が天皇であっても本来は構わないし、言ってしまえばお飾りでも構いません。
それを見事に体現したのが、江戸時代の徳川幕府です。徳川家康は「将軍はバカで良い」と割り切り、三代将軍の家光以降は、どんなに無才で問題のある人間であっても長子が跡を継ぐようにと決めていました。
要するに、将軍はお飾りに過ぎず、幕府というシステムでしっかりと政治を運営すれば問題がないと家康は考えていたわけです。実際、徳川家の家臣たちがしっかりとトップを支えていたので、将軍はお飾りでも全く構いませんでした。
しかし、藤原氏の摂関政治においては、誰が天皇の寵愛を受けるか、そして誰が天皇の子どもを先に産むか、という男女の交わりが、政治の行方を決める最大の比重を占めていました。
だからこそ、藤原氏で「自分がナンバーワンになりたい」という権力欲が強い人は、天皇の妻にするにふさわしい年ごろの娘がいることが、最大の武器になります。もしその家に娘が生まれると、息子が生まれたときよりも、一族は喜んだと言われます。
紫式部や清少納言は、妻たちの恋愛を演出する存在だった
でも、娘が生まれたからといって、安心はできません。自分の娘を天皇に嫁がせたからといっても、その娘が子どもを産まなければお話にならないからです。
紫式部の時代にも、藤原氏から嫁いだ定子か彰子のどちらが一条天皇の子どもを産むかでバトルが繰り広げられましたが、彰子が産んだ子どもが次の天皇になったことで、道長の権力が確立されたのです。平安時代では、恋愛関係が政治や権力にそのまま影響することがよくわかります。
仮に結婚しても、天皇が娘の元に通ってくれなければ子どもはできないので、気を引くためにどうしたらよいかを、貴族たちは必死に考えました。
そこで、藤原氏をはじめとする貴族たちが行ったのが、教養のある女性たちを娘の周囲に集め、文化的なサロンを作ることでした。
自分の娘のサロンが、華やかで賑やかで知的に洗練されたものであれば、天皇もその評判を聞きつけて、娘のもとに通う傾向があったため、定子の兄である藤原伊周も、彰子の父である藤原道長も、天皇が思わず立ち寄りたくなるようなサロンを一生懸命整えました。
文化的なサロンを支えてくれるであろう文化的な匂いがする教養のある女性たちを探した末、伊周がスカウトしてきたのが『枕草子』の清少納言でした。
一方、道長がスカウトしたのは歌の名手である和泉式部や『源氏物語』の紫式部でした。つまり、清少納言や紫式部たちは、天皇に通ってもらえるような良い空間を演出する役割を担っていたのです。
女性が大きな役割を果たす空間では、武力が優位であってはなりません。腕力や暴力といった武力が大きな価値を持つ場では、身体的な差がある以上、男性が大きな権力を持つ空間になりかねない。
だから、武力が幅を利かせる世界では、女性は活き活きとは活躍しづらいものでしょう。
しかし、平安時代の後宮のように、藤原氏という強い貴族の権力に守られながら、安全と平和が保証された空間であったからこそ、才能ある知的な女性たちが自らの才能を開花させ、『源氏物語』をはじめとする数々の女性文学が生まれたのだと僕は思います。
文/本郷和人
『愛憎の日本史』 (扶桑社新書)
本郷 和人 (著)
2023/12/21
¥968
208ページ
978-4594095833
大河ドラマ『光る君へ』が100倍面白くなる!史実の裏側に隠されたドロドロの人間模様
情愛、嫉妬、寵愛、慕情……歴史を動かしたのは、男女の「欲」!
・天智天皇と弟の天武天皇は、ディープな「三角関係」だった!?
・『源氏物語』の紫式部や『枕草子』の清少納言の役割は恋愛の演出家
・五十代の平清盛と十八歳の祇王の関係が「愛人」でなく「恋人」だったワケ
・なぜ源頼朝は北条政子を深く愛したのか
・織田信長は女性に対して愛情が薄かった?
・無類のお姫様好きだった豊臣秀吉
・浜松時代の徳川家康に性欲がなかった可能性
【目次】
第1章 天皇家の「愛」と「憎しみ」
第2章 『源氏物語』の時代は恋愛至上主義
第3章 源頼朝が政子を大切にしたのはなぜか
第4章 戦国時代の英雄と剛毅な妻たち
第5章 「三英傑」の知られざる女性観
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