11月某日、著者のファン・ボルムさんが来日し、下北沢の「本屋B&B」でトークショーが実現しました。ファンさん、タレントでラジオパーソナリティの山崎怜奈さん、神楽坂にある書店「かもめブックス」店主の柳下恭平さんの3人が集まり、「コミュニティースペースとしての書店の魅力」や「人生につまずいたときにどんなふうに休むか」といった、作品とも通底するテーマで熱く語られた内容をダイジェストでお伝えします!
休むって難しい? 韓国25万部突破! 『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』から学ぶ人生の休み方
集英社オンライン / 2023年12月27日 17時1分
『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』は、韓国ではすでに25万部超のベストセラーを記録し、日本での発売後も「癒された」「読んでよかった」と温かい感想が寄せられています。『ヒュナム洞』は、ソウルの住宅地にオープンした書店です。この書店に集う誰もが悩みを抱え、語り合うことで力をもらう。そんな物語です。
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左から、山崎怜奈さん、ファン・ボルムさん、柳下恭平さん
柳下恭平(以下、柳下)日本でも『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(以下、『ヒュナム洞』)は早くも重版が決まったそうで、おめでとうございます。
ファン・ボルム(以下、ファン)ファン・ボルムと申します。拙著を読んでくださった方、またこれから読んでくださる方に心から感謝します。
山崎怜奈(以下、山崎)山崎怜奈です。よろしくお願いします。
柳下 この物語は、バリバリのキャリア組だった主人公ヨンジュが大企業を退社後に本屋さんを立ち上げて、1年くらい経ったあたりからストーリーは始まります。あちこちに出てくる決めゼリフというか、パンチラインのすごさ、作中で紹介されている映画や書籍がたくさんあって、僕はもうそれだけでもそそられる本になっているなと思ったんです。
山崎 ヒュナム洞書店は、日常生活で心がザワザワしたときや、ひとりでいたら壊れそうなときに、避難したくなる場所だなと思いました。この書店で出会う人たち同士が尊重し合いながら繊細に人と関わる姿に憧れます。この書店でくつろぐ自分を想像しました。
ファン いま山崎さんが「避難所」と言ってくださったんですけれど、この小説を書いていた時間が私にとってもそんな場所でした。どこか逃げ出したいような気持ちになったときに、この小説を書くことになったんです。本書の登場人物たちも、逃げているとまでは言わなくても、立ち止まってどこに向かっていけばいいのか、迷っている人たちです。そんな人たちが少しずつ前に進もうとしている物語でもあると思うので、そのように共感してくださって、とてもうれしく思いました。
山崎 若者や子どもに夢を聞くのはハラスメントになるのかという議論を聞いたことがあるんです。この本でも、書店でバリスタとして働くミンジュンや進路に悩む男子高校生のミンジュンは「夢がないのは寂しい」と言われて悩みますよね。店主のヨンジュはいわゆる書店を開くという夢を叶えた人になるんだろうけれど、順風満帆に生きていけるほど人生は単純じゃないということも描かれています。夢があってもなくても結局あれこれ言われるというのは、実体験としてすごく「わかる」と思いました。
ファン 私も作家になる夢に向かってがんばってきましたが、その夢を叶えたからといって、すべてがうまくいくわけではないんだなというのを身に沁みて感じたんです。夢を成し遂げることがすべてでもないという自分の体験も踏まえて、また、夢を持つことに対する韓国社会の最近の変化も、作品に少し込められればと思いました。
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「夢を持つことに対する韓国社会の最近の変化も、作品に少し込められればと」
柳下 実感がこもったセリフだからこそ響くんでしょうね。
ファン 韓国では、自分の考えていること、人生についての意味や夢についての深い考えや悩み事をなかなか打ち明けて深く話せる場や関係が不足していると思うんです。だからこそ、私は人々がじっくりと対話をしている姿を見たくて、作品にもそうした場面をたくさん書きました。
柳下 一方で、心の孤独は自分が気づかないところで蓄積されていくように思います。どうしたら、心をオープンにして自分の悩みを相談できる存在を作れると思いますか。
ファン 私もどうしたらそういう存在に出会えるか、作れるのかという質問については簡単に答えが出せません。けれど、もしそういう誰かがいたら、最高の贈り物のような存在ですよね。いまふと思ったのは、まずは自分が誰かのそういう存在になってみたらいいのではないか、ということです。相手の話すことを自分がしっかりと受け止めて聞いてあげる。そうするうちに、自分もいつかそんな贈り物を手にすることができるかもしれないですよね。
本屋さんでのひとときを大切にする
柳下 本の中で重要な役割を果たす「書店」についてちょっとフォーカスして、本屋に対する思いを聞いていきたいと思います。おふたりはお気に入りの書店などありますか。
ファン 本屋さんに行くのは習慣のようなものです。最近韓国の本屋さんたちはみんなインスタなどを通じて、本当に情熱的に本屋さんのことを熱くPRしているので、その中からひとつ選ぶのはすごく難しいのですが、印象的だったのは、ご夫婦ふたりで運営されていた小さな本屋さんですね。夫婦がこの上なく相思相愛なのが伝わってきて、本の紹介をする言葉もステキで、そこで出してくださるコーヒーもすごくおいしかったんです。
山崎 私もどこかひとつと言われると悩みます。ただ、仕事でよく六本木のテレビ局に行くので、収録の待ち時間などがあると六本木ヒルズの蔦屋書店に行きますね。1階がカフェになっていて、選んだ本を珈琲を飲みながら読めて、買ってもいいし、返してもいい。ほかに、キャンドルやお香などの雑貨も売っていて「この作品読むときにこの香りは相性がよさそう」とか、一緒に買って帰ったりします。そういうコンセプト書店は、読書をするときの楽しみ方を広げてくれるので好きですね。かもめブックスにも、何度も行っています。
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「コンセプト書店は、読書をするときの楽しみ方を広げてくれるので好きです」
柳下 ありがとうございます。うれしいです。ところで、今回の本のテーマのひとつが「立ち止まって休む」ということですよね。ヒュナムの「ヒュ」を漢字にすると「休」という字が入るのだそうです。おふたりにそれぞれ、「このままでいいだろうか」とか不安になったときに何をされていたか、どう脱出したのでしょうか。
ファン 人生でいちばん不安だったのは、会社を辞め、7年間ずっと部屋にこもって文章ばかり書いていた30代のときだったと思います。もちろん、好きな文章が書けるというのはとても幸せなことではあったのですが、なかなか思うようにはうまくいかなくて、「続けていて大丈夫なんだろうか」と絶えず自問自答していた気がします。
山崎 会社を辞めて専業作家を目指すというのは、勇気がいることですよね。それでも決意できたのはなぜですか。
ファン 私はヨンジュと同じように大企業に勤めている時は、燃えつき症候群にもなりましたし、本当に会社人間のように過ごしていました。両親の家で暮らしていたので、お給料はひたすら貯めていくことができました。ただ、お金を稼いでいたこと以外、私はすべてを失ってしまったという感覚でした。「これまで稼ぐことはやってきたから、そうじゃない方向に一度向かっていこう」という気持ちになれたのは、勇気というよりもすごく自然なことだったのです。私は大学の専攻が工学部でしたので、周囲に物を書くような人たちはいなくて、もの書きの暮らしがどんなものなのかという情報も一切ありませんでした。知らなかったからこそ逆に飛び込んでいけたのかもしれません(笑)。
山崎 柔軟ですね。すごくフットワークが軽い。
ファン 私が7年間堪えられた理由のひとつは、読書のおかげで、自分の人生を深刻に捉えすぎずに済んだからかもしれません。読書のいいところは、実際の己の人生だけでなく、本の中に登場する人物たちの人生に自分を置き換えて考えたりできることです。そうすると、自分の人生に対して客観的になれて、興味深い他人事のように見ていられます。
山崎 いい話。
柳下 山崎さんもお忙しいですよね。休めていますか。
山崎 何カ月も連続で働いていて、朝ちょっと早く起きて自分の時間を作るとか、好きなものを欠かさず食べるとか、いまはそういうことをして自分で自分の機嫌を取っていくしかない時期もありましたが、その時期を脱したかなと思います。ただ、自分が得てきた負の感情やしんどかった経験は「無駄にしてたまるか、いつか執筆やラジオのトークのネタにしてお金に変えてやる」と考えています(笑)。
ファン お話をうかがっていて、山崎さんは本当に芯が強い方だなと思いました。もともとの資質なのか、鍛えられたからなのかはわかりませんが、いずれにしても、そういう強固な精神を持てたのだから、これからはもっとスムーズに人生を生きられる気がします。
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心の支えになった本
柳下 さて、つまずいたときに心の支えになった本の紹介をひとりずつしていきましょうか。まず僕から。伊丹十三さんが訳したサローヤンの『パパ・ユーア クレイジー』。売れない小説家の父が、自分についての小説を書けと10歳の息子に言い、父がそのためのアドバイスをするという風変わりな小説なんですけれど、不思議なほど支えられました。ファンさんはいかがですか。
ファン 私にとっての「人生の師」と呼べる一冊があるんですが、『Living The Good Life: How to Live Sanely and Simply in a Troubled World』(未邦訳。ヘレン・ニアリング、スコット・ニアリングの共著)という本を紹介したいと思います。ふたりは作家で、あるとき人生につまずいてしまうんですね。経歴も途絶えてしまい、社会からは排除され、経済活動もできなくなってしまう。そんな時に、彼らはアメリカ・バーモント州の森の中に入り、自給自足の生活をしながら暮らしたという20年間を綴ったエッセイです。「このように生きなさい」というわけではありません。対案として「こんな風に生きていく術(すべ)もあるんだ」と気づかされます。
山崎 一例として『もものかんづめ』を上げますけれど、さくらももこ先生の本はどれも支えになってくれると思います。生きていれば踏んだり蹴ったりなことがあるし、なんで自分ばかり……と思ってしまうようなこともたまに起きるじゃないですか。受け止める時に苦しいことも楽しいことも納得できないこととかも全部さくら先生ならきっと面白く書いてくださるだろうなと思うんです。私は、さくら先生になったつもりで、どんな会話を拾って、どんなふうに組み立てたら面白くなるだろうと想像しています。そのマインドでいると、くじけずにいられるかなと。
柳下 本から得られるものって多いですよね。ファンさんの本もまた誰かの励みになったり癒しになっているのではないでしょうか。
ファン 作家としてはこのように自分の本が目の前に置かれて、海外の読者の方たちとお会いして、温かい雰囲気の中でお話ししたり共感していただいたりというのはこの上なく幸せだと、そんな思いを強く持っています。
『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』には、書店店主とお店に集う人たちの本とともにある“ささやかな毎日”が描かれます。彼女たちの思いやりや互いを尊重し合う距離感が心地よく、お守りにしたくなるようなフレーズもたくさん詰まっている一冊。この寒い時期にコーヒーを片手にぜひご一読ください。
取材・文/三浦天紗子 撮影/五十嵐和博
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『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』特設サイト
https://lp.shueisha.co.jp/hyunam-dou/
ようこそ、ヒュナム洞書店へ
ファン・ボルム
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2023/9/26
2640円
四六判 368ページ
978-4087735246
韓国25万部のベストセラー!
ソウル市内の住宅街にできた『ヒュナム洞書店』。会社を辞めたヨンジュは、追いつめられたかのようにその店を立ち上げた。書店にやってくるのは、就活に失敗したアルバイトのバリスタ・ミンジュン、夫の愚痴をこぼすコーヒー業者のジミ、無気力な高校生ミンチョルとその母ミンチョルオンマ、ネットでブログが炎上した作家のスンウ……。
それぞれに悩みを抱えたふつうの人々が、今日もヒュナム洞書店で出会う。
ネットの電子出版プロジェクトから
瞬く間に人気を博した、本と書店が人をつなぐ物語
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