能代工9冠“田臥勇太の次のキャプテン”は今? 屈辱の無冠から指導者として中学日本一になった男が推し進める「部活動改革」
集英社オンライン / 2023年12月23日 12時1分
絶対的エース・田臥勇太を擁し、前人未踏となる3年連続3冠=「9冠」を達成した能代工業(現・能代科技)バスケットボール部。社会現象ともなったこの「能代9冠」と25年後の今に迫ったノンフィクション『9冠無敗 能代工バスケットボール部 熱狂と憂鬱と』刊行を記念し、現役時代は屈辱にまみれた“田臥勇太の次のキャプテン”の今を追った。
「能代9冠」からの転落
1998年のバスケットボール界は能代工一色に染まっていた。田臥勇太を象徴としたチームは、インターハイ、国体、ウインターカップの主要大会を3年連続で制する「9冠」という前人未到の偉業を成し遂げたのである。
この輝きの一方で、翌年の物語はあまり語られていない。最たる理由は、全国優勝が一度もなく、無冠に終わったからだ。
田臥たちの1学年下で1年生からベンチ入りメンバーだった堀里也は、キャプテンとしてチームの苦悩を一身に背負ったような存在だった。やや感情的だった性格もあって監督である加藤三彦とそりが合わず、何度も衝突した。
当時すでに50回の日本一を誇り、勝利を義務づけられたチームにおいて無冠という現実は、人生の痛恨として堀に残った。
心の傷が癒えたのは、中学校の教師になってからなのだという。2016年のジュニアオールスター(現在のU15バスケットボール選手権大会)で、新潟選抜を率いて優勝を果たした堀は、「高校での苦労が報われたような気がした」と語っている。同時にバスケットボールの指導者となった堀には、いつしかこのような理念が息づくようにもなっていた。
「選手や監督、競技に関わる全ての人たちのベクトルが同じ方向じゃないとチームって、うまく機能しないんだなと思いました」
この想いが、堀の意欲を掻き立てた。
文部科学省が教育現場の働き方改革の一環として、公立中学校を対象に部活動の地域移行を推奨していた21年。白新中の監督の堀は、コロナ禍により同校の部活動が「練習は1時間」と定められていたなか全国大会優勝と結果を出した。
くわえて文科省が、23年には休日から段階的に地域と連携した部活動運営をしていく旨を発表していただけに、堀にとっては“新たな行動”を起こす理由づけにもなった。拳に自然と力が入る。握りしめているのは「今の自分が発信していけば説得できるかもしれない」という使命感だ。
この年の冬、堀は当時の大橋伸夫校長に自らのプランを直談判し、「いいじゃない。やってみればいいよ」と快諾を得た。これが、白新中における「部活動改革」の第一歩となった。
主なシステムと活動内容はこうだ。
「部活動」という名目にとらわれず、放課後の活動をレクリエーションと位置づけて生徒に企画させる。ドッジボール、バドミントン、卓球といったスポーツに、美術や科学などの文化系と、生徒が興味を示せば放課後の16時から17時までの1時間、自由に参加できる。各クラブに顧問はいるが指導者ではなく、あくまで教員として現場を見守るのみ。これを、「放課後デザイナー活動」と命名した。
そして、17時から19時までの2時間が部活動の地域移行、「白新ユナイテッド」と銘打つクラブ運営である。ここでは原則、教員を介在させることなく、民間の指導者のもとで選手を技術向上させることが目的だ。
外部指導者を招聘しての部活動改革
現時点ではバスケットボール、サッカー、ソフトテニス、野球、音楽がそれに該当し、中体連など規定をクリアすれば大会にエントリー可能。地域の指導者や団体が白新中に申請し、同校の運営協議会の承認を経て活動を開始できる流れで、今後はクラブ数を増やすことを目指す。
システムのメリットは、生徒の選択肢の多さだ。「放課後はドッジボール。17時からはサッカー」「放課後から19時まで通しでバスケットボール」といったように、白新中の部活動改革には、合理化と多様性がある。
堀が標榜するのは、生徒たちが自発的かつ精力的にスポーツや文化に溶け込めるコミュニティの構築だ。それはつまり、生徒を誰ひとりとして置き去りにしないことに結びつく。
「真剣に打ち込む生徒であれば、放課後から時間をフル活用して取り組めばいいし、そうじゃない生徒は遊び感覚で放課後の1時間を過ごしてもらうだけでいいんです。大事なのはスポーツと文化活動にアクセスしやすく、楽しめる環境を整えることなのかなと」
選手として、監督としても成果を上げた。その過程では痛みも伴ってきた。そんな堀が描く改革だからこそ、ただの絵空事ではない説得力があり、その意義に深みが加わる。
「一生懸命にやりたい生徒にとって僕はいいコーチなのかもしれないけど、悪いコーチの側面もあったと思うんですね。中学あたりまでだと初心者の生徒もそれなりに入部してくれるんです。彼らにとって『この環境がプラスなのかな? 入部したからといって指導者の価値観を押しつけるのは傲慢じゃないか』と、だんだん思うようになっていったんです」
白新中の部活動改革。おそらくは多くの課題が浮き彫りとなり、その度に外部からの指摘だって受けるだろう。
だが、堀に悲観はない。「それも、産みの苦しみだと思って」と困ったそぶりを見せながらも、発する言葉は実に明るい。
「まずはやってみる、続けることが大事なので。そのなかで問題点が生じれば、真剣に向き合って改善していければいいというか。将来的には学習塾のように、世の中に認知してもらえれば素敵ですよね。いい講師がいれば、優秀な学生が集まる。要は、白新中学だけではない受け皿がたくさんできれば、部活動改革も『塾に通うことと同じくらい価値のあることだ』と思ってもらえるはずなんです」
部活動改革によって、おそらく堀はこれまでのようにバスケットボールの指導に熱を入れる機会が少なくなると予想される。
物足りなさはないか? 堀に尋ねると、今度は弾力性のある言葉が返ってきた。
「教員の自分がクラブを持って日本一になりました、だと、これまでと変わらないんですよね。それよりも、子供たちにとって理想の環境を少しでも増やしていく、地域でスポーツと文化を楽しめるコミュニティを作っていく。今はそこに楽しさを覚えているんで」
改革者は勇ましく、意志を未来に繋ぐ。
文/田口元義
9冠無敗 能代工バスケットボール部 熱狂と憂鬱と
著者:田口 元義
2023年12月15日発売
1,980円(税込)
四六判/336ページ
978-4-08-788098-4
のちに日本人初のNBAプレーヤーとなる絶対的エース・田臥勇太(現・宇都宮ブレックス)を擁し、前人未踏となる3年連続3冠=「9冠」を達成した1996~1998年の能代工業(現・能代科技)バスケットボール部。
東京体育館を超満員にし、社会的な現象となった「9冠」から25年。田臥とともに9冠を支えた菊地勇樹、若月徹ら能代工メンバーはもちろん、当時の監督である加藤三彦、現能代科技監督の小松元、能代工OBの長谷川暢(現・秋田ノーザンハピネッツ)ら能代工関係者、また、当時監督や選手として能代工と対戦した、安里幸男、渡邉拓馬など総勢30名以上を徹底取材!
最強チームの強さの秘密、常勝ゆえのプレッシャー、無冠に終わった世代の監督と選手の軋轢、時代の波に翻弄されるバスケ部、そして卒業後の選手たち……
秋田県北部にある「バスケの街」の高校生が巻き起こした奇跡の理由と、25年後の今に迫る感動のスポーツ・ノンフィクション。
【目次】
▼序章 9冠の狂騒(1998年)
▼第1章 伝説の始まりの3冠(1996年)
▼第2章 「必勝不敗」の6冠(1997年)
▼第3章 謙虚な挑戦者の9冠(1998年)
▼第4章 無冠の憂鬱(1999年)
▼第5章 能代工から能代科技へ(2000-2023年)
▼第6章 その後の9冠世代(2023年)
▼終章 25年後の「必勝不敗」(2023年)
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