覚えやすいことが必須な歌謡曲では、まず印象的なイントロのアタックが重要だ。そして歌詞においては歌い出しの一行が勝負である。
なぜ演歌の主人公は北へ北へと目指すのか? 『津軽海峡・冬景色』が決めた、石川さゆりのシンガーとしての方向性【1977年1月1日リリース】
集英社オンライン / 2024年1月1日 15時1分
1977年1月1日にアルバムからシングルカットされた石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』。デビューしてからなかなかヒット曲にめぐまれなかった彼女が、この曲で大成功を収められた理由とはなんだったのか。(サムネイル/『津軽海峡・冬景色』(コロムビア))
実は「北」には「逃げる」という意味がある
上野発の夜行列車 おりた時から
青森駅は雪の中
…
作詞:阿久悠 作曲:三木たかし 編曲:三木たかし
『津軽海峡・冬景色』はわずか一行で、主人公を上野駅から青森駅まで連れて行ってしまう。
阿久悠の物語性が強い歌詞は映像的で、三木たかしの三連のビートに言葉を乗せて北の風景を鮮やかに描いていく。
そして石川さゆりの切ない歌声は、うめき声のような海鳴りと重なって聴き手に迫ってくる。
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1977年1月1日に発売された『津軽海峡・冬景色』(コロムビア)。石川さゆりはこの年、「第19回日本レコード大賞歌唱賞」「'77FNS歌謡祭グランプリ・最優秀歌唱賞」を獲得した
「北」というと、今は誰もが方角のことを思い浮かべるが、実は「北」には「逃げる」という意味があるという。
「北」という漢字 は、左と右の人間が背を向けて立っている様子を表している。そこには「背を向ける・そむく」という意があり、「背を向けて逃げる」という意味にもつながる。
例えば「敗北」は「負けて逃げる」という意味だ。そう考えると、歌の中の孤独な主人公がなぜ北を目指すのか、かなり理解できるのではないだろうか。
日本の歌の主人公は、北へ北へと目指す。
北へいくほど風景は寂しくなり、行きあう人は少なくなる。
だから、北へ行こうとするのかもしれない。
肩をすくめ、心を凍らせて、歌の中の男や女は、独りうずくまる。
それが、わが国のロマンティシズムである。
(久世光彦)
当時の石川さゆりファンには、ふだんはロックを聴いている若者が多かった。日本語ロック論争の舞台となった『ニュー・ミュージックマガジン(現ミュージック・マガジン)』を1969年に創刊した故・中村とうようは、そのことについてこう述べていた。
演歌にロック・ビートがついている、ということだけなら、別に新しくも、物珍しくもない。
〈略〉
早い話が、八代亜紀にしたところで、伴奏には、控え目ではあるがロック・ビートがついている。だけど、石川さゆりの三部作(注)は、ただ演歌にロック・ビートがくっついているだけではない。最初からロックの形で作られた演歌なのである。
(注)石川さゆりの三部作とは『津軽海峡・冬景色』と、それに続いてヒットした『能登半島』『暖流』を指している。
「私は帰ります」に込められた自立した女性の強さとしなやかさ
1973(昭和48)年に『かくれんぼ』でデビューした石川さゆりは、なかなかヒット曲には恵まれず、13枚目のシングルからは阿久悠と三木たかしのソングライター・コンビに楽曲を提供してもらうようになった。
しかし、透明な声を持った18歳の少女・石川さゆりに似合う歌は何かと探りながら、阿久・三木コンビが書いたシングルの『十九の純情』と『あいあい傘』は、2曲続けて空振りに終わった。
3曲目の『花供養』でもヒットが出なかったので、次の1曲を選び出すために『365日恋もよう』というアルバムが作られる。
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1976年発売の『花供養』(コロムビア)。14作目のシングルレコードで、アルバム『365日恋もよう』にも収録された
それは1月から12月まで12曲、日本中を舞台に季節を組み合わせて女性の恋を歌にする試みだった。アルバムが発売されたのは1976年11月25日。『津軽海峡・冬景色』はその最後の12曲目に収まった。
1月:伊那谷『伊那の白梅』
2月:札幌『雪まつり』
3月:鳥取『流しびな』
4月:(既発のシングル曲)『花供養』
5月:九州の日豊本線『日豊本線』
6月:長崎『雨降り坂』
7月:琵琶湖『螢の宿』
8月:高松『瀬戸の花火』
9月:淡路島『私の心の赤とんぼ』
10月:静岡『千本松原富士を見て』
11月:横浜『横浜暮色』
12月:青森『津軽海峡・冬景色』
そして1977年1月1日にシングルとして『津軽海峡・冬景色』が発売されると大ヒットし、第19回日本レコード大賞歌唱賞を受賞。石川さゆりはNHK紅白歌合戦へ初出場も果たした。
アルバムからシングル・カットされた曲でヒットを放つのは、ロックの分野でよく起こる展開だ。このしっかりしたコンセプトがあったからこそ、必然的に生まれた名曲が『津軽海峡・冬景色』だったのだ。
石川さゆりはここで、傷ついた女心だけではなく、昭和という時代の空気、年の瀬といった季節感までを歌で表現できる歌手だと証明した。そして敗北から立ち直る意志を、「私は帰ります」と歌った。
そこもまた新しい女性の生き方を提示してきた作家、時代を先取りする阿久悠らしいところだった。自立した女性の強さとしなやかさは、石川さゆりというシンガーの方向を決定づけるものとなった。
文/佐藤剛 編集/TAP the POP
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