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<斎藤幸平>近い将来、何を食べるかもChat GPTが決める時代がやってくる!? 〈コモン〉と〈自治〉が危機の時代を生き抜くためのカギになる理由

集英社オンライン / 2024年1月1日 16時1分

昨今は、スマホに表示される商品のレビューやGoogle Mapの指示に従って行動している人も多いだろう。もうあと数年もすれば、何を食べるか、休日に何をするかといったことまでChat GPTに決めてもらう日が来るかもしれない。このように自分では何も決めることのできない他律的な存在になりつつある私たちが、「自治」の力を磨くにはどうすればよいのだろうか。

今、なぜ〈コモン〉の「自治」なのか?

戦争、インフレ、気候危機など、さまざまな困難が折り重なって、一筋縄では何も解決しない危機の時代に突入している。その事実には、誰もが気づいているはずだ。多くの要因が絡み合ったこの複雑な危機を、魔法のように一気に解決することはできない。



それでも、いや、だからこそ、〈コモン〉の再生とその共同管理を通して「自治」の力を育てていかねばならない。これが、『コモンの「自治」論』というタイトルに込めた決意である。

斎藤幸平氏(撮影/五十嵐和弘)

では、〈コモン〉とは、そもそも何だろうか。日本語では〈共〉とも訳される概念で、誰かや企業が独占するのではない「共有物」という意味だ。ひとまずは宇沢弘文氏の「社会的共通資本」を思い浮かべてもいいだろう。

たとえば、村落全体で共同管理されてきた入会地や河川水などは〈コモン〉の典型だ。ところが、資本主義が浸透するにつれ、こうした共有資源は私有化されていく。それどころか、今やあらゆる〈コモン〉が解体されようとしているのだ。

公営事業である水道も民営化推進の動きがあり、大企業がそこに利益獲得の活路を見出そうとしている。公園などの公共の場を、市民の議論を排除しながら、商業施設に変えてしまおうという大資本の動きも〈コモン〉解体の一例だろう。

資本は〈コモン〉であったものを独占することで容易に利潤を手にしていくのだ。これを「略奪による蓄積」と地理学者デヴィッド・ハーヴェイは批判する。

そうした資本による略奪に抵抗して行う〈コモン〉の再生とは、他者と協働しながら、市場の競争や独占に抗い、商品や貨幣とは違う論理で動く空間を取り戻していくことだ。『コモンの「自治」論』でも触れられている、水やエネルギーや食、教育や医療、あるいは科学など、あらゆる人々が生きていくのに必要とするものは、〈コモン〉として扱われ、共有財として多くの人が積極的に関与しながら管理されるべきものなのだ。

では、なぜ、その〈コモン〉と「自治」が危機の時代を生き抜くためのカギになるのか。その理由は私たちの時代の背景について理解することで浮かび上がってくる。

人新世の複合危機

現代の困難な状況を「複合危機」(ポリクライシス)と呼ぶようになっている。新型コロナ・ウイルスのパンデミックもその危機のひとつであったし、止まらない気候変動の影響で食糧危機や水不足、難民問題などが今後もさらに深刻化していくだろう。

そうなれば当然、資源獲得競争や排外主義の台頭によって世界がさらに分断されていく。それが、今度はインフレや戦争のリスクを増大させる。

つまり、自然環境破壊や経済危機、地政学リスクなどの複数のリスク要因が増幅し合い、文明と平和、生存を脅かすのだ。

今後、複合危機によって事態が悪化することはあっても、急激に改善することはない。私たち人類の経済活動がこの惑星全体で不可逆的な変化を起こした結果、慢性的な緊急事態に突入しているからだ。それが「人新世」という時代なのである。

「人新世」とは、資本主義のもとでの人類の経済活動が、この惑星のあり方を根底から変えてしまった時代を指す、地質学の概念だ。地層というのは本来、非常にゆっくりとしたペースで形成される。

しかし、化石燃料を大量に消費する資本主義の発展に伴い、自然の時間とはまったく違う急速なスピードで、人類が地球全体を改変するまでに至った。資本の終わりなき利潤獲得が、地球という人類共通の財産=〈コモン〉を痛めつけたせいで、もはや地球環境は修復不可能な臨界点に近づいている。その帰結が、「人新世」の複合危機だ。

「人新世」の危機が深まれば、市場は効率的だという新自由主義の楽観的考えは終わりを告げる。むしろ、コロナ禍でのロックダウンであるとか、物資の配給、現金給付、ワクチン接種計画のように、大きな国家が経済や社会に介入して、人々の生を管理する「戦時経済」に変わらざるをえないからだ。ここに、資本主義の危機がある。

近い将来、「何を食べるか」もChat GPTが決める⁉

その戦時経済は、民主主義の危機をも引き起こす。慢性的な緊急事態に対処するために、より大きな政治権力が要請されるからである。要は政治がトップダウン型に傾いていくのだ。

そんななかで、もし排外主義的なポピュリストが権力を握って、暴走を始めれば、民主主義は失われてしまうだろう。全体主義の到来だ。

こうした最悪の事態を避けるために、トップダウン型とは違う形で、「人新世の複合危機」へと対処する道を見出す必要がある。

そして、それが「自治」という道にほかならない。

もちろん「自治」に希望を見出すことについて、あまりに理想主義だと感じる方もいるだろう。実際、私たちはこの社会のルールや仕組みについて、責任を持って自分たちで決め、運用していると胸を張って言えないはずだ。

日常生活において、自分たちで決められることはとても限られている。自由に決められるのは、コンビニでどのお菓子を買うかとか、休みの日にどこに遊びに行くかを決めることくらいではないか。

その際にも、スマホに表示される商品のレビューやGoogle Mapの指示に従って私たちは行動している。もうあと数年すれば、何を食べるか、休日に何をするかをChat GPTに決めてもらう日が来るかもしれない。

そう、私たちは、自分たちでは何も決めることのできない他律的な存在になっている。日々の生活でもこんな状況なのに、政治や社会についての重大な決定を、私たちが責任を持って行うことなど想像すらできない。それは当然のことだろう。

しかも、競争の激しい自己責任型社会に生きる私たちは、他者と協働して、大きな課題に取り組む力を失いつつある。それよりお金を稼いで、自分たちの個人的な欲求を満たすほうに関心を持つようになっている。

けれども、そうやって「自治」の力が弱まるうちに、一部の政治家や富裕層、そして大企業が自分たちに有利になるルールをつくって、ますます社会を私物化するという悪循環に陥っていないだろうか。

コモンの「再生」と「共同管理」

この悪循環を断ち切るために求められているのが、冒頭で述べた〈コモン〉の再生であり、〈コモン〉の共同管理である。それは、簡単なことではない。しかし、〈コモン〉の共同管理をめざす場で、私たちは「自治」の力を磨いていくしかない。

そして、〈コモン〉のあり方を外部に開きつつ、平等な関係をつくることが重要なのである。なぜ、〈コモン〉が「開かれている」ことが大事なのかと言えば、外部の人たちに対しては攻撃的で、排他的な「自治」もあるからである。

たとえば、移民排斥を訴える右派ポピュリズム政党も「自治」の取り組みと言えるかもしれないが、それでは「自治」がファシズムを生み出すことになってしまう。

また、不平等な「自治」も存在する。たとえば、古い体育会系の考え方に凝り固まったスポーツ協会があれば、それは不平等な「自治」の典型である。その内部で年功序列や能力主義が蔓延していれば、それがパワハラやセクハラの温床になるわけだ。

さらに、その団体の外部にある〈コモン〉を壊すことも、自分たちの組織の利益のためなら「良し」とされ、内側から異議を唱える声も圧殺されることになる。

つまり、「自治」であれば何でもいいというわけではない。より「良い」自治を考えるために、〈コモン〉という考えが欠かせないのである。

〈コモン〉とは、単に「自治」をするだけでなく、それを民主的で、平等な形で運営することをめざすものだ。必要なのは、〈コモン〉の再生に依拠した「自治」の実践なのだ。

『コモンの「自治」論』のために集まった七人の執筆者たちはこの困難な時代を認識したうえで、「自治」の力を日本社会で取り戻すためのヒントを提示しようとしている。〈コモン〉を耕し、それを管理する方法を模索するなかで、私たちの「自治」の力を鍛えていく。それこそが「人新世」の複合危機を乗り越える唯一の方法なのだ。

その試みの始まりは、小規模でもいい。それが大きくなっていけば、社会を変える力になるはずだ。『人新世の「資本論」』でも述べたように、ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェスによれば、3.5%の人々が立ち上がることで社会は変わる。その第一歩を、私たちは今こそ決意して、踏み出すべきである。

文/斎藤幸平 写真/shutterstock

コモンの「自治」論

著者:斎藤 幸平 著者:松本 卓也 著者:白井 聡 著者:松村 圭一郎
著者:岸本 聡子 著者:木村 あや 著者:藤原 辰史

2023年8月25日発売

1,870円(税込)

四六判/288ページ

ISBN:

978-4-08-737001-0

【『人新世の「資本論」』、次なる実践へ! 斎藤幸平、渾身のプロジェクト】
戦争、インフレ、気候危機。資本主義がもたらした環境危機や貧困格差で、「人新世」の複合危機が始まった。
国々も人々も生存をかけて過剰に競争をし、そのせいでさらに分断が拡がっている。
崖っぷちの資本主義と民主主義。
この危機を乗り越えるには、破壊された「コモン」(共有財・公共財)を再生し、その管理に市民が参画していくなかで、「自治」の力を育てていくしかない。

『人新世の「資本論」』の斎藤幸平をはじめ、時代を背負う気鋭の論客や実務家が集結。
危機のさなかに、未来を拓く実践の書。

【目次】
はじめに――今、なぜ〈コモン〉の「自治」なのか? 斎藤幸平
第一章 大学における「自治」の危機 白井 聡
第二章 資本主義で「自治」は可能か?――店がともに生きる拠点になる 松村圭一郎
第三章 〈コモン〉と〈ケア〉のミュニシパリズムへ 岸本聡子
第四章 武器としての市民科学を 木村あや
第五章 精神医療とその周辺から「自治」を考える 松本卓也
第六章 食と農から始まる「自治」――権藤成卿自治論の批判の先に 藤原辰史
第七章 「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場 斎藤幸平
おわりに――どろくさく、面倒で、ややこしい「自治」のために 松本卓也

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