1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

<斎藤幸平>あまりに乱暴な神宮外苑再開発の実態と、市民一人ひとりの「再開発反対運動」

集英社オンライン / 2023年12月31日 13時1分

100年の歴史をもつ外苑一帯の森が破壊され、高層ビルが林立――。今なお乱暴な形で続く神宮外苑の再開発計画。これらに対する反対運動も注目を集めたが、実はここには「たったひとりの指導者」の存在や、立派な組織をもつ「大きな団体」はいない。こうした大勢の「ひとり」による、多彩で地道な運動にこそ、市民が資本の支配から「自治」を取り戻すヒントがあるのではないか。

あまりに乱暴な神宮外苑開発計画

気候変動を主題にした『人新世の「資本論」』を上梓してからというもの、環境問題や過剰な「開発」をめぐって、さまざまな相談をもちかけられるようになった。大阪市の街路樹伐採、千葉の里山のメガソーラー建設、新宿御苑への放射性物質を含む汚染土持ち込み計画、そして神宮外苑再開発……。



ネットで情報を拡散したり、勉強会で話をしたりすることは簡単にできるが、それで十分なのか。当事者たちの深刻な訴えを前に、自分に何ができるかを自問する。

毎日新聞の連載の取材で、都営霞ヶ丘アパートに住んでいた菊池浩一さんに話をうかがったときもそうだった。2021年の東京五輪を前に、新国立競技場の建設と神宮外苑エリアの「整備」という名目で、菊池さんたちが長年暮らしてきた都営住宅は解体された。

斎藤幸平氏(撮影/五十嵐和弘)

高齢の住民たちによるアパート廃止反対の声は、五輪というお祭り騒ぎにかき消された。立ち退きに伴い斡旋された転居先は複数にわたり、住民同士助け合っていたコミュニティも失われたという。仕事で手を失った不自由な身体で転居を余儀なくされた菊池さんに取材しながら、「強い者が勝つ」という、そんな再開発でいいのか、と憤った。

実際、強者は五輪にまつわる再開発でおおいに得をしている。かつての霞ヶ丘アパートの隣には、新築されたJSC(日本スポーツ振興センター)の高層ビルと超高級タワーマンションがそびえ立つ。

五輪を理由に建物の高さ制限が大幅に緩和された結果、認可された高層建築だ。そもそも、高さ制限の撤廃が目的で、神宮外苑エリアが五輪の会場になったという話さえある。

そしてより深刻な問題は、あまりに乱暴な形でさらなる神宮外苑開発計画が続いていることである。これから神宮外苑エリアに三棟もの超高層ビルが新設される。つまり外苑一帯の100年の歴史をもつ森が破壊され、高層ビルが林立する計画なのだ。おかしなことに、SDGsを謳う大企業がその陣頭に立っている。

神宮外苑再開発で約3000本の樹木が伐採対象に

そのうえ、ビルの用地は神宮球場と秩父宮ラグビー場という歴史ある競技施設を移転したり、神宮第二球場などアマチュア・スポーツのための施設を廃止したりすることで捻出されるという。

そして新たな神宮球場の外壁が、あの美しい銀杏並木のすぐ脇にそびえ立つことになり、地中に深く打たれる壁の杭が木々の根を痛めつける。樹木の専門家たちが銀杏が枯死すると警鐘を鳴らしているのはそのためだ。

神宮外苑の樹木を守る署名運動を立ち上げ、20万人を超える賛同者を集めたロッシェル・カップさんによれば、伐採対象の樹木は3000本にのぼるという。つまり、100年前の先人が未来のために作った美しい森を、私たちが次世代に手渡せるかどうかの分岐点なのだ。

五輪などのビッグイベントを口実にして行われる、このような乱暴な開発を、アメリカの政治学者ジュールズ・ボイコフは「祝賀資本主義」と呼び、批判している。ビッグイベントの陰で、〈コモン〉の解体が静かに進められるというわけだ。

緑の少ない都心部において、神宮外苑の緑は貴重な〈コモン〉である。そしてこのエリアは、市民が手軽にスポーツを楽しめる場でもある。ところが、再開発の計画では、安価に利用できる軟式球場やバッティングセンターなどは廃止され、高級会員制テニスクラブだけが残る。

まさに〈コモン〉だけが狙いうちされている。五輪の前に奪われた菊池さんたちの都営アパートのコミュニティも、やはり〈コモン〉であった。

企業が目先の利益を生むために〈コモン〉を破壊して、金儲けのための道具に変えようとしているこうした事態を前に、これ以上、黙っていていいのか、としばらくひとりで考え込んでいた。

個人的にも、サッカー少年だった小学生の頃から国立競技場には通っていた。いや、そういうノスタルジックな話は脇においたとしても、この神宮外苑の再開発をまず止めることが、全国各地で進む他の乱開発の歯止めにもなるのではないか。資本の論理から〈コモン〉を守るには、市民が反対の声をあげるしかないのだから。

世界の流れと逆行する日本の「開発」

そう考えていた矢先に、神宮球場やラグビー場の移転・改革に反対する市民団体などから署名運動の賛同者になってほしいという相談があった。その後には、神宮外苑再開発の認可取り消しを求める訴訟の原告に加わらないかという誘いも受けた。もちろん、答えはすべて「イエス」だ。

大資本の儲けのために、樹木を伐採し、まだ使えるスタジアムを壊すことに合理性があるのか。気候危機の時代に、東京が進むべき開発の道ではないということは、自分の頭のなかでははっきりしていた。

神宮外苑のすぐ近く、渋谷駅周辺でも近年急速な再開発が進み、その結果、どこにでもある、つまらない商業施設やオフィスビルが増殖している。そんなものを増やすだけしか脳のない資本主義は、東京の魅力を低減するだけだろう。

大企業の短期的な利潤を優先した社会の開発は、社会のウェルビーイングや持続可能性を守ることにつながらないというのは欧米では共通認識になりつつある。

ニューヨークでは、2007年以降、100万本の街路樹を植え、さらに100万本を植えようとしている。パリでも、五輪に合わせ、凱旋門やコンコルド広場で緑化が進む。気候危機の時代にヒートアイランド現象を抑制するのが一つの狙いだ。

つまり、世界の流れと逆行する形で日本だけが、目先の利益のために木々を伐採しているのだ。もちろん、その利益で潤うのはごく一部の企業といわゆる「上級国民」だけだ。

さらなる経済成長のために、日本全国でさまざまな〈コモン〉が収奪されていく未来はすぐそこまでやってきている。東京でいえば「稼げる公園」をめざして、日比谷公園や芝公園などでも樹木を伐採し、商業施設に変える計画がある。

スポーツ庁が推進するスタジアム・アリーナ改革で新設される全国各地の施設についても、公園を潰す施設について住民の反対運動が巻き起こっている。

このままでは、日本の社会全体が資本の論理にのみ込まれてしまう。だからこそ、市民の声を無視して開発計画を推し進めようとすれば、必ず強い反対の声が起きることを企業に知らしめる必要がある。

それをきっかけとして、自分たちが暮らす街のあるべき姿を一緒に考えるようになってほしい。行政に任せっぱなしではなく、自分たちの地域をどうしたいのかを考えるのが、「自治」に向けた第一歩だ。

坂本龍一さんと「リーダーフル」な大衆

とはいえ、力の弱い市民が声をあげても効果がないと感じる人もまだ多いかもしれない。実際、神宮外苑再開発の問題が、全国的に知られるようになったのは、音楽家・坂本龍一さんが、亡くなる直前に小池百合子都知事などに宛てた手紙が報道されたことが大きい。もちろん坂本さんのような有名人が力を貸してくれれば、心強い。

しかし、スターが動かなければ、世の中は変わらないのだろうか。実は坂本さんはその後のメール・インタビューでこうも述べている。「私のように多少名前が世に知られた者の声ではなく、市民一人ひとりがこの問題を知り、直視し、将来はどのような姿であってほしいのか、それぞれが声を上げるべきだと思います」と。

それを部分的かもしれないにせよ、すでに体現しつつあるのが、今回の反対運動だ。自分も再開発反対の輪に加わって知ったのは、このムーブメントには「たったひとりの指導者」の存在や、立派な組織をもつ「大きな団体」がないということだった。

五輪開催前の新国立競技場問題のときから、10年以上にわたって、神宮外苑再開発の問題点を粘り強く情報発信している大人たちがいる一方で、大学生の団体がクラウド・ファンディングで、たちまち環境評価調査の費用をつくり、その結果を発表したりする。

地元の小学校の保護者たちは、住民の声を無視する事業者に対して、説明会を強く求める運動を始めた。神宮外苑の定期的なゴミ拾い活動を主催し、自分たちでこのエリアをケアする実践を始めたグループもある。デザインに強い人はチラシや動画の制作を頑張っているし、法律や条例に通じた人たちは都議会、区議会の傍聴に精を出し、議員たちとも連携を深めている。

つまり、大きな組織や有名人の力だけに頼るのでなく、むしろ、市民一人ひとりが、自分のアイディアや得意とする力を使って動き始めている。時に連携し、時に個人で動く。『コモンの「自治」論』の後半で解説する「リーダーフル」で自律分散型の動きがどんどん広まっているのだ。

こうした大勢の「ひとり」による、多彩で地道な運動があってこそ、神宮外苑の再開発反対の運動は世間の注目を集めるようになってきた。そもそも、あの坂本さんにこの問題にコミットするよう背中を押したのも、ひとりの市民が彼に宛てて送ったメールだったという。

また、坂本さんの遺志を継ぐというミュージシャンたちが音楽を使ったデモンストレーションで、神宮外苑に6000名を集めたこともニュースになったが、その運営にも手弁当で集まった「リーダーフル」な大衆が関わっている。ここでは、日本における新しい運動の可能性が、芽生えつつあるのかもしれない。

行き詰まる日本経済を前に、目先の利益のために、さらなる〈コモン〉の収奪を許すのか、それとも、資本の支配から市民が「自治」を取り戻すのか。日本の未来をめぐる選択は、自分たちが暮らす街づくりからすでに始まっているのである。

文/斎藤幸平 写真/shutterstock

コモンの「自治」論

著者:斎藤 幸平 著者:松本 卓也 著者:白井 聡 著者:松村 圭一郎
著者:岸本 聡子 著者:木村 あや 著者:藤原 辰史

2023年8月25日発売

1,870円(税込)

四六判/288ページ

ISBN:

978-4-08-737001-0

【『人新世の「資本論」』、次なる実践へ! 斎藤幸平、渾身のプロジェクト】
戦争、インフレ、気候危機。資本主義がもたらした環境危機や貧困格差で、「人新世」の複合危機が始まった。
国々も人々も生存をかけて過剰に競争をし、そのせいでさらに分断が拡がっている。
崖っぷちの資本主義と民主主義。
この危機を乗り越えるには、破壊された「コモン」(共有財・公共財)を再生し、その管理に市民が参画していくなかで、「自治」の力を育てていくしかない。

『人新世の「資本論」』の斎藤幸平をはじめ、時代を背負う気鋭の論客や実務家が集結。
危機のさなかに、未来を拓く実践の書。

【目次】
はじめに――今、なぜ〈コモン〉の「自治」なのか? 斎藤幸平
第一章 大学における「自治」の危機 白井 聡
第二章 資本主義で「自治」は可能か?――店がともに生きる拠点になる 松村圭一郎
第三章 〈コモン〉と〈ケア〉のミュニシパリズムへ 岸本聡子
第四章 武器としての市民科学を 木村あや
第五章 精神医療とその周辺から「自治」を考える 松本卓也
第六章 食と農から始まる「自治」――権藤成卿自治論の批判の先に 藤原辰史
第七章 「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場 斎藤幸平
おわりに――どろくさく、面倒で、ややこしい「自治」のために 松本卓也

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください