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テレビにとってスポーツイベントは最後の聖域…スポーツウォッシングがいまだ大きく報じられない理由とは

集英社オンライン / 2024年1月5日 11時1分

2021年の東京五輪をきっかけに日本でも注目されはじめてきたスポーツウォッシング。すなわち「為政者に都合の悪い政治や社会の歪みをスポーツを利用して覆い隠す行為」である。新聞や書籍ではちらほら目にするようになってきたが、依然としてテレビでは報道されることはない。スポンサーへの忖度にまみれた日本のテレビの問題について、作家の本間龍氏に解説してもらった。

テレビがスポーツウォッシングを
絶対に報道しない理由

――本間 龍氏に訊く

本間龍(ほんま・りゅう)
1962年生まれ。著述家。1989年に博報堂入社。2006年に退社するまで一貫して営業を担当。広告が政治や社会に与える影響、メディアとの癒着について追及。近年は憲法改正の国民投票に与える影響力について調べ、発表している。主な著書に『東京五輪の大罪―政府・電通・メディア・IOC』(ちくま新書)、『ブラックボランティア』(角川新書)、『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)、『広告が憲法を殺す日─国民投票とプロパガンダCM』(集英社新書・共著)、ほか多数。



2021年の東京オリンピックを機に注目が集まり、日本でもようやく議論され始めたスポーツウォッシングは、2022年のサッカーワールドカップ・カタール大会でさらに注目を集める用語になった。しかし、活字メディアで「スポーツウォッシング」という用語が散見されるようになったのとは対照的に、テレビでは依然としてこの言葉を耳にすることがない。

なぜ、放送メディアはスポーツウォッシングに対して沈黙を守り続けるのか。広告代理店博報堂出身の著述家・本間龍氏に「テレビ業界のロジック」について訊いた。

写真提供/清水有高

なぜテレビはスポーツウォッシングを報じないのか

2022年のサッカーワールドカップ・カタール大会以降、オンラインや紙媒体を問わず「スポーツウォッシング」という文字を活字メディアで目にする機会が増えた。

オンラインメディア記事はGoogleなどで検索すれば即座に多数ヒットするため、ひとまずここでの例示は控えるが、たとえば新聞記事には以下のような例がある。

〈不都合を覆い隠すな「スポーツウオッシング」に警鐘サッカーW杯〉(「毎日新聞」2022年11月26日付)

〈浪速風/スポーツウォッシング〉(「産経新聞」2022年12月23日付)

〈ゴルフやサッカー投資への「ウォッシング」批判サウジ閣僚が反論〉(「朝日新聞」2023年1月20日付)等々……。

とはいえ、これはあくまでも活字情報に限った話だ。映像情報の場合、スポーツウォッシングについてテレビなどの放送メディアで解説・議論されるような機会はまず目にすることがない。

東京オリンピック、サッカーワールドカップの実況中継や関連スポーツニュースで、スポーツウォッシングについて言及した番組はおそらく皆無に近かったのではないか。地上波・BS・CS、あるいはネット番組などの関連番組をしらみつぶしにチェックしたわけではないので拙速な断言はできないけれども、少なくとも自分が目にした範囲では、「スポーツウォッシング」という言葉をこれらの大会中継やニュース番組などで耳にしたことは一度もなかった。

2022年の北京冬季オリンピック開催時期には、時事トピックを扱う番組でコメンテーターが「スポーツウォッシング」という言葉を使っていたのを見かけたことがあったので、映像メディアがまったく触れないようにしているわけではないのかもしれない。

とはいえ、オリンピックや各種競技の中継番組、スポーツニュースでは、「スポーツウォッシング」という言葉はまったく耳にする機会がない。

サッカーワールドカップ・カタール大会の開催前には、ホスト国カタールの国営放送局・アルジャジーラも大会に対する批判が高まっていることを、隠すことなく取り上げている*1。だが、日本のスポーツニュースを観ているだけだと、まるでそんなものは最初からこの世に存在していないかのように錯覚してしまうほどだった。テレビのスポーツ番組は、スポーツウォッシングという問題にとって大きな当事者のひとりであるはずなのに、なぜ、徹底して見て見ぬ振りを続けるいびつな状況が続くのか。

テレビはスポンサーの機嫌を
損ねることは絶対にしない

「テレビにとって、スポーツイベントは最後の聖域だからですよ。文句なしに視聴率が獲れるし、いいカードであればあるほど安定したスポンサーがつく。だから、テレビ業界的にいえばスポーツウォッシングという問題は『あり得ないこと』なのだと思います」

そう指摘するのは、元博報堂社員という経歴を持つ著述家の本間龍氏だ。広告が社会に与える影響やメディアとの癒着などについて多くの著書がある本間氏によると、スポーツウォッシングという言葉がテレビの中継やスポーツニュースでいっさい取り上げられないのは、番組を支えるスポンサーの影響力がやはり大きいからだ、という。

「新聞の社会面や活字メディアなどのように、報道では軽く触れることがあるかもしれません。とはいえ、テレビの場合は報道番組といえどもスポンサーがついているわけです。それらの中でも、たとえばゴールデンタイムといわれる時間帯にスポンサーをしている企業は、スポーツ大会や選手たちのスポンサーになっている場合も多い。そうすると、番組や実況中継で『じつはスポーツウォッシングというものがあって、目隠しされている問題が山のようにある。スポーツがそれに利用されている』という話は、テレビとしてはタブーになりますよね。まずはスポンサーありき、で考えるテレビにとって、スポンサーの機嫌を損ねるようなことは絶対にやりたくないわけですから。

そのスポンサーとテレビ局の間に介在しているのが、電通や博報堂という広告代理店です。広告代理店ならスポンサーの顔色をうかがって、テレビ局に『そういうものを番組で取り扱うのはやめてくれ』と当然言いますよね。スポーツウォッシングの話題に触れることがスポンサーを直接批判する行為ではないにしても、間接的とはいえスポンサーが行なっている活動の否定につながりかねない。そんな地雷を踏むと、スポンサーが機嫌を損ねて離れてしまうかもしれない。

視聴率が高いスポーツ中継のスポンサーは、億単位のスポンサー料を支払える大企業が多い。そういう企業の機嫌を損ねて、もしスポンサーを降りられたら、その企業がスポンサーになっているほかの番組の提供にも悪影響が出るかもしれない。そういう恐怖感が彼らにはとても強い。『それならば、そんな危なっかしいことには最初から手を出さないでおきましょう』というわけです。

たとえば、サッカーなどの競技に出資をしていて、テレビ番組にも広告を出している企業はたくさんあります。テレビで、ある番組がスポーツウォッシングを取り上げたとすると、視聴者の中にはそれをスポンサー企業に対する批判だと解釈する人が出てくるかもしれない。広告代理店やテレビ局の立場からすれば、そんなことは絶対にあってはならないわけです。日本的な事なかれ主義であり忖度文化とは、そういうことです。海外の場合だと、こういうことにはならないと思うんですが」

目の前にある問題に対して〈事なかれ主義〉を全開にして、そんなものはまるで存在しないかのように振る舞う日本企業と、問題を直視してあくまで正面から向き合おうとする外国企業の姿勢の差が典型的に表れた例がある。大坂なおみ選手をめぐる、日清食品とNIKEの対応の〈差〉だ。

大坂なおみの行動に対するNIKEと
日清食品の姿勢の差

2020年の全米オープンテニスの際に、BLM運動を支持する彼女は、警官の暴行で犠牲になったアフリカ系アメリカ人たちの名前を記した黒いマスクを着用して会場に登場した。このアピールは、運動の盛り上がりともあいまって世界的にも大きな話題になった。

大坂選手のスポンサー企業であるNIKEは、即座に彼女の行動を支持すると表明してファンやユーザーからの共感を集め、世界のメディアにも高く評価された。一方、日清はこの大坂選手の姿勢にはいっさい言及せず、「かわいい」というイメージを押し出すような応援メッセージを自社の公式SNSに寄せた。だが、このあまりに露骨な事なかれ主義的姿勢は、かえって大きな批判と反発を招く事態になった。

日清はこの前年にも、大坂選手の肌の色を白く演出したアニメーション広告で物議を醸したことがある。この日清とNIKEの対応の差は、企業の社会責任に対する姿勢が明確に分かれた典型的な例だろう。この事例は、日清が日本企業の中でもことさら波風を立てることを嫌う社風だったから発生した特殊な出来事ではなく、おそらくどの日本の企業にも通底している社会的な体質の一端が表れたにすぎない。

これらの問題についても、本間氏は、

「日本の場合、あまりとがったことはしたくない、という姿勢がどのスポンサー企業にも共通していますよね」

と指摘する。

「NIKEのように、大坂なおみさんの主張を全面的にバックアップする姿勢を見せたり、人種・民族差別に反対するCMを率先して制作するようなことは、日本企業の場合はまずあり得ない。

では、広告代理店はまったく骨太の提案をしないのかというと、じつはそうでもないんですよ。たとえばA、B、C案と出してくる中には『一応こういう方向性もありますよ』といったふうに、社会的なメッセージの入った提案もする。だけど、そういうものを提案はしてみても、まず採用されることがない。

日本の企業は、そもそも社会的な問題を議論することに慣れていないし、メッセージに賛成してくれるユーザーがいたとしても、反発してくるであろうユーザーに対応することが面倒くさいんですよ。それなら、いっそのこと最初からやらないほうがいい。波風を立てないこと、これは昔も今も日本企業の不文律です。

そういう(社会的主張やメッセージ色が強い)ものを求める視聴者がこれだけいる、という確固たる〈数字〉が出てくれば変わる可能性もあるのかもしれないけれども、自らそれを探りにいこうとする気概は日本企業(スポンサー)にもテレビ局にも見られません。メディアの体質として、テレビ局は特にそうです。広告代理店の売り上げのうち4割近くはいまだにテレビで、つまりテレビはそれだけ彼らに依存しているわけだから、売り上げ減につながるようなことを自分たちでやるわけがない。そういう危険なことはいっさいしない、というのがテレビ局側の論理でしょう。

スポーツ番組や実況中継は、いわば〈映しておけばいいだけ〉の最高級コンテンツなんだから、そのコンテンツを危うくするようなことを自ら言うはずがない。(スポーツウォッシングに言及することが)スポーツ自体の否定ではないとしても、わずかでもそういう臭いのしそうなものは全部徹底的に排除する、という考え方ですね」

電通抜きではオリンピック開催は無理。
贈収賄・談合はまた起こる

スポーツウォッシングという今日的な問題は、日本のスポーツ番組の中ではあくまでも存在しないことになっている。しかし、東京オリンピックについていえば、この巨大イベントがつくり出した陰の部分は、次々と白日のもとにさらされてきた。

電通元専務の大会組織委員会元理事が収賄容疑などで逮捕され、KADOKAWA会長は贈賄で逮捕、組織委員会元次長ほか数名も独禁法違反容疑で逮捕され、電通グループ・博報堂・東急エージェンシーなど6社が起訴された。そもそも、招致当初にはコンパクトな大会を標榜していたはずが、大会予算はどんどん膨れ上がってゆき、最後には談合汚職事件として「清算」されることになってしまうのは、予想されたこととはいえ、今さらながら「お粗末」以外の言葉が見あたらない。

この組織委員会元次長が逮捕される前日には、車椅子テニスの世界的スーパースター、国枝慎吾氏が引退会見を行ない「東京パラリンピックで優勝したことが一番の思い出になった」と述べていた。プロフェッショナルアスリートの最高のステージが、利権と私欲の温床として、いわば「スポーツマネーロンダリング」の道具に利用されていたという事実は、そのアスリートの業績が偉大で輝かしいほど、どうしようもないむなしさや無常観がさらに強く漂う。

本間氏もこのように言う。

「この談合事件では、フジテレビの子会社であるフジクリエイティブコーポレーションの専務も逮捕されました。しかし、フジテレビはその事実を隠したいためか、逮捕に関するニュースをほとんど報じていません。つまり、フジテレビしか見ていない視聴者は、談合事件で4人が逮捕された事実さえ知らないことになるわけです。自社の犯罪とすらまともに向き合えないテレビ局が、より大きな問題であるスポーツウォッシングについて報道できるはずがありません」

この一連の事件は、捜査と裁判を通じて問題の根幹まで徹底的に洗い出され、旧弊な贈収賄と談合の日本的体質が是正されていく契機になるのだろうか。おそらくそんなふうに楽観視している人はきわめて少数だろうし、同じようなことはかたちや場所を変えて今後も繰り返されていくのだろう。

実際に、この東京オリンピック・パラリンピックをめぐる汚職談合事件は、あくまで属人的な私利私欲の事件として落着しそうな流れに見える。オリンピックという「スポーツマネーロンダリング」装置の徹底的な検証に踏み込むことは、どうやらなさそうだ。同じことは、今後もきっとまた繰り返される。

本間氏が危惧し指摘するのも、この点だ。

「収賄で逮捕されたとか談合で逮捕されたとかは報じるけれども、オリンピック全体の総括をしたのかというと、どこもやらないわけです。誰もまともな総括をせずに税金と集めたカネを垂れ流して終わる。みんなが一番心配していた最悪のパターンを堂々とやっている。だから、札幌オリンピックを招致したって同じことが起きますよ。

札幌市の秋元市長は『特定の広告代理店に依存した体質を見直す』と言っているようですが、電通を使わずに自治体主導であれだけの巨大なオリンピック業務をはたしてできるのか。現実問題としてそんなものは〈絵に描いた餅〉で、かなり難しいでしょう。だから、一番いい対策は札幌にオリンピックを最初から招致しないことです」

「北海道新聞」が2022年12月に行なった調査によると、札幌オリンピック招致は札幌市民の67%が反対、道全体でも61%が反対と回答している。全国に対象を広げたとしても、おそらくこの傾向に大きな差はないだろう。だが、2023年4月に行なわれた統一地方選挙では札幌市長選で現職の秋元氏が勝利し、選挙終了後も招致活動を継続していく、とした。しかし、その後も市民の機運が盛り上がることはなく、同年10月11日に2030年に向けた招致の断念を正式発表した。

それにしても、競技に参加する当事者であるアスリートたちは、札幌オリンピック招致の是非についていったいどう思っていたのだろう。やはり世界一のメガスポーツイベントである以上、一世一代の晴れ舞台で栄光を掴むために母国開催を望んでいたのか。あるいは、巨大な集金装置の客寄せパンダとして扱われるのであれば、そんなところでは競技をしたくない、と考えたのか。それともその狭間で思い悩み、現在の歪んだ運営体質が改まれば参加をしたい、と組織の健全化を要求するつもりだったのか。

今に始まったことではないが、競技場やトレーニングで汗をかいているとき以外の日本人アスリートたちの「表情」は、なぜかまったく見えてこない。彼ら彼女らの声や意見を糾合できるのは招致委員会やスポーツ庁、各競技団体なのだろうが、彼らこそが〈日本的事なかれ主義〉の権化のようにも見える。これらの諸団体からはむしろ、アスリートたちが声を上げないことをよしとしているような雰囲気すら漂ってくる。

サッカーワールドカップ・カタール大会でも、それは顕著だった。日本サッカー協会会長の田嶋幸三氏が「サッカー以外の話題は好ましくない」と、選手たちが意見を表明しないことを推奨する旨の発言を行なったときには、それを好意的に受け止めたファンの声も多かった。

実際に、この章の冒頭でも述べたとおり、日本のテレビ放送は徹底して無色透明なスポーツ中継に終始した。視聴者の話題が、日本代表チームの劇的な試合内容に集中するのは当然とはいえ、波風を立てず当たり障りのない中継をよしとするメディアや企業の姿勢は、スポーツを観賞するファン/視聴者の態度の合わせ鏡でもある。

つまり、「スポーツに政治を持ち込まない」という大義名分の傘の下で社会に無関心であり続ける姿は、日本のメディアや企業姿勢の問題であると当時に、アスリートたちや、そしてそれを支えている我々自身の問題でもある。

「スポーツに政治を持ち込まない」ことはオリンピック憲章にも記されている。だが、はたしてそれは、アスリートたちが世情に背を向け黙っていることと同義なのか。



*1
https://www.youtube.com/watch?v=T7OO1mOk7_g


写真/shutterstock

スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか

西村章

2023年11月17日発売

1,144円

240ページ

ISBN:

978-4-08-721290-7

「為政者に都合の悪い政治や社会の歪みをスポーツを利用して覆い隠す行為」として、2020東京オリンピックの頃から日本でも注目され始めたスポーツウォッシング。
スポーツはなぜ”悪事の洗濯”に利用されるのか。
その歴史やメカニズムをひもとき、識者への取材を通して考察したところ、スポーツに対する我々の認識が類型的で旧態依然としていることが原因の一端だと見えてきた。
洪水のように連日報じられるスポーツニュース。
我々は知らないうちに”洗濯”の渦の中に巻き込まれている!

「なぜスポーツに政治を持ち込むなと言われるのか」「なぜ日本のアスリートは声をあげないのか」「ナショナリズムとヘテロセクシャルを基本とした現代スポーツの旧さ」「スポーツと国家の関係」「スポーツと人権・差別・ジェンダー・平和の望ましいあり方」などを考える、日本初「スポーツウォッシング」をタイトルに冠した一冊。

第一部 スポーツウォッシングとは何か
身近に潜むスポーツウォッシング
スポーツウォッシングの歴史
主催者・競技者・メディア・ファン 四者の作用によるスポーツウォッシングのメカニズム
第二部 スポーツウォッシングについて考える
「社会にとってスポーツとは何か?」を問い直す必要がある――平尾剛氏に訊く
「国家によるスポーツの目的外使用」その最たるオリンピックのあり方を考える時期――二宮清純氏に訊く
テレビがスポーツウォッシングを絶対に報道しない理由――本間龍氏に訊く
植民地主義的オリンピックはすでに<オワコン>である――山本敦久氏に訊く
スポーツをとりまく旧い考えを変えるべきときがきている――山口香氏との一問一答

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