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メガサイズのガラパゴスだった中国の本気IT革命…世界の最先端を行く中国の「スーパーアプリ」がインフラ化した理由

集英社オンライン / 2024年1月6日 17時1分

無人タクシーやライドシェア、ドローンを使った配達など、近年急速な進化を遂げた中国のIT・デジタル事情。その成長の中心には、もはや中国のインフラとなった「スーパーアプリ」の存在がある。中国社会の利便性を一変させたスーパーアプリと、その革新性について解説する。

中国のインフラとなったモンスターアプリ

「中国のIT製品・サービスは、安いけれど品質は悪い」という通説は、令和の時代において、完全に過去のものになってしまった。

世界的に有名な通信機器大手・ファーウェイは、スマートフォンのチップ「Kirin9000S」を独自開発し、現在iPhoneの中国市場におけるセールスに大きな打撃を与えている。また、北京市では無人運転タクシーが営業運転を始め、深圳市ではドローンが高層ビル群の間をすり抜けて食品をデリバリーし、上海市では無人カートが宅配便を運んでいる。



そういったデジタル化のなかでも、2016年ごろから一気に普及したQRコードを使ったスマートフォン決済は、中国社会の利便性を一変させた。その象徴となっているのが「スーパーアプリ」だ。

実業家のイーロン・マスク氏は、Twitter(現X)買収当初から同サービスを「スーパーアプリにする」と語っている。これは「ひとつのアプリで、さまざまなことができるプラットフォームアプリにする」という意味であり、日本においても、「PayPay」や「LINE」といった大手サービスが「スーパーアプリ化を目指す」としている。

彼らが口にするスーパーアプリには、ひとつのモデルがある。それは、中国のIT大手・テンセントが開発したSNS「WeChat」だ(中国語では「微信」)。

広東省深圳市に本拠を置く中国のIT大手・テンセント。ソーシャル・ネットワーキング・サービス「WeChat」をはじめ、オンラインゲームコミュニティや動画配信プラットフォームなど、多くの事業を展開する

テンセントの2023年9月期の有価証券報告書によると、WeChatの月間アクティブユーザー数(MAU)は13.36億人。これは海外利用も含んだ数字だが、人口14億人の中国でほぼ全員が月に一度はアクセスしている“モンスターアプリ”で、すでに中国のインフラのひとつになっている。

タクシーの配車やホテルの予約にも対応

なぜ、中国人はWeChatを使うのか。それは「生活に必要なことが、ほとんどすべてWeChatの中で完結できる」からである。

WeChatの軸となっているのは、バーコード決済「WeChatペイ」だ。多くの店舗やオンラインサービスが対応しており、日々の支払いをWeChatに一本化できる。

WeChatでは、タッチ決済やQRコードを使ったバスや地下鉄の乗車はもちろんのこと、タクシーやライドシェアも呼ぶことも可能だ。現在地が自動的に認識され、目的地を設定すると車を呼ぶことができ、ライドシェアの場合は、先に乗車料金が表示される。ユーザーは車が到着したら乗り、目的地に着いたら降りるだけ。料金は先に決まっていて、降りたら自動的にWeChatペイで決済される。

「WeChat」のライドシェア/タクシー予約画面。ライドシェアの場合は、乗る前に料金が確定している

また、中国版新幹線「高鉄」や飛行機のチケットもアプリ内で購入できる。日時・目的地などを設定すると、すべての便が表示され、空席情報もチェック可能。高鉄も飛行機もダイナミックプライシング(需要と供給を考慮し、商品やサービスの価格を変動させる手法)が進んでいるため、自分のスケジュールと料金を考慮しながらチケットを購入できる。もちろん、決済にはWeChatペイが使われる。

「WeChat」内での交通チケット予約。新幹線、列車、飛行機、長距離バスのチケットが購入できる。購入したチケットは、WeChatペイ内に電子チケットとして格納される

そのほかにもホテル予約、フードデリバリー、EC、病院の予約、光熱費の支払い、保険の加入、投資信託の購入、ゲームなど……生活に必要なことは、ほとんどWeChatの中で実現できるようになっている。なかにはTikTokのようなショート動画が楽しめる「WeChat Channels」まで用意されており、生活に必要なサービスから暇潰しまで、中国ではWeChatで間に合ってしまうのだ。

「WeChat」のサービス一覧画面。光熱費の支払いやホテル予約、病院予約のほか、ECや映画館のチケット購入まで用意されている

700万種類を超える「ミニプログラム」の存在

ここで重要なのが、「スーパーアプリ」という言葉が持つ意味だ。

WeChatは、単に「さまざまなサービスが用意されている」というだけではなく、それらを利用するのにアカウントをそれぞれ作成したり、クレジットカード情報を登録したり、といった煩わしさがない。WeChatのメインアカウント1つで各種サービスにも自動的にログインされ、決済にもWeChatペイが使われる。これによって、はじめて使うサービスでもすぐに利用開始できる。

ネイティブアプリ(デバイスにダウンロードして利用するアプリ)のように、インストールやアカウント設定、決済情報の入力という手間が必要ない。展開されている多様なサービスをシームレスに利用できることこそが、WeChatがスーパーアプリと呼ばれる理由だ。

このような“アプリ内アプリ”ともいえる仕組みは、一般的に「ミニプログラム」と呼ばれる。

ミニプログラムはわずかな登録料でWeChat内に公開できるため、サービスを展開する事業会社としても参入のハードルが低い。また、開発コストはネイティブアプリの3分の1程度であるうえ、開発者も比較的確保しやすい。

そのため、多くの事業会社がネイティブアプリ開発からミニプログラム開発にシフトしており、その結果、現在WeChat内のミニプログラム数は700万種類を超えている。

WeChatからは700万種類の「ミニプログラム」を呼び出すことができる(写真はラッキンコーヒーのミニプログラム)

事業会社がミニプログラム開発を志向するのは、コストの抑制だけが理由ではない。ミニプログラムのメリットとしては、「新規顧客を獲得しやすい」ことも挙げられる。

たとえば、あるカフェチェーンがモバイルオーダー会員を募って、業務プロセスの効率化とマーケティングを行いたいとする。その場合、日本であればネイティブアプリをリリースし、ユーザーにアカウント登録とクレジットカード入力を求める、といった手法が現在の主流になっている。

しかし、顧客がモバイルオーダー会員に登録する強い動機となるのは「店舗に行ったら長い行列ができていたが、並びたくない」という状況だ。

この場合、ネイティブアプリでは店頭でアプリをインストールし、アカウントや決済情報を入力する必要があるが、公共の場でパスワードを設定したり、財布からクレジットカードを取り出して番号を入力したりといったことは、多くの人にとって心理的にもハードルが高い。

一方でWeChat内のミニプログラムであれば、アプリを開いて、店頭の二次元コードをスキャンまたは検索で目的のサービスを探し出せば、すぐに注文ができる。便利さが、圧倒的に違うのだ。

加えて、WeChatはLINEとよく似たSNSサービスであるため、公式アカウントをフォローさせれば、その利用客にキャンペーン情報や優待クーポンを配信できるようになる。ユーザー側の利便性だけでなく、顧客の新規獲得や囲い込み、優待施策といった企業側の行いたい施策までもが、WeChatの中で完結するように設計されているのだ。

独自の進化を遂げた中国のIT

イーロン・マスク氏もこのミニプログラム方式を活用し、Xのスーパーアプリ化を目指している。

また2020年9月には、アップルがiPhoneに「App Clip」という機能を実装させた。これはレストランでのテイクアウトや自転車のレンタルなど、その場で必要に応じて使える“小さなアプリ”のことで、ネイティブアプリをインストールせずに機能を部分的に利用できるというもの。グーグルも「Google Play Instant」をAndroidに実装し、アプリの一部を体験できるような機能を提供している。

いずれも念頭にあるのは、WeChatとミニプログラムの仕組みであることは明らかだ。

アップルがiPhoneに実装している「App Clip」

中国はグーグルなどの海外サービスを排除し、類似したサービスを国内で始めることによって、ITの成長が始まった。「海外のパクリで成長した」と感じている人も多いだろうが、それは10年も前の話だ。

人口14億人というメガサイズのガラパゴスの中で、中国のITは独自の進化を遂げ、その中から優れたものが生まれ始めた。今度は世界中の企業が中国のサービスに学び、取り入れるということが始まっている。


文/牧野武文

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