人間とそれ以外の生物との決定的な違いは、「自分がいつか死ぬ」ということを知っているか否か〈椎名誠が見た命の風景〉
集英社オンライン / 2024年1月18日 19時1分
いつか必ず「死ぬ」というのは、それぞれが違う人生を歩む人間にとってひとつだけ「平等」なこと。そのとき、何を見て何を想い、どう果てるのか。作家の椎名誠が「死とその周辺」をテーマとした取材から見出した新たな命の風景を、書籍『遺言未満、』より一部抜粋してお届けする。
「死」を知る生物
この数十年、世界のいろんな国を旅してきた。行けば最低1カ月はひとつの国のあちこちを歩き回る。インドなんかに行くとあの大きな国のいたるところに、日本にいては想像もできないくらいの密度で人々がごった返している。赤ちゃんから老人まで、人人人がひしめいている。
その逆に日本よりもずっと面積の小さな国でも人がぎっしり、というところもある。人種も違うし、文化や生活、幸福感や生き甲斐、悲しみや歓喜などというのにも甚だしい違いがある。同じ人間でも、何がどうしてこんなに違いがあるのか、フと疑問を抱くこともある。どうしてこんなに差異があるのか。
ある国を見ては羨ましく思うときもあるし、その逆に、利己的に「ああ、このような国に生まれてこなくてよかった」などと多少の傲岸不遜とか自己卑下なども感じながら、そう思うときもある。
世界中、同じ人間でありながらみんな違う人生を歩んでいる。あたりまえのことだが、それに本気で気がついたときに、単純ながら、世界の人々は凄まじく不平等ななかに生きているのだ、ということがわかり、錯覚かもしれないが、自分の内面思考が少し深まったかもしれない――という気分になった。
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そういうことを考えてからしばらくして、いやそれは違うのかもしれない、と思うようになった。我々人間はそれぞれの人生がみんな違うけれど、でもひとつだけ「平等」なことがある。
それは、これも単純な思考と知りつつ、敢えて書いていくが、みんないつか必ず「死ぬ」ということだ。子供から大人になる過程で、そのことにみんな気がつく。若い頃は、気がついてもさして動揺はしない。そこにはきっとみんな死ぬんだからしょうがない、自分にはまだまだ先のコトだろうけれど――、という余裕の気持ちが根底にあるからだろう。
「面倒」な生き物
動物行動学で知られる日髙敏隆さんの晩年の著作(タイトルがどうしても思いだせないのだが)のなかに興味深い問いかけがあった。それは、人間と、人間以外の生物、たとえばサルとか犬とかニワトリとかイモムシとかハエからアメーバまで、とにかく「人間とそれ以外の生物との決定的な違いは何か?」というものだ。
はじめ簡単そうに思えたが、しかしいくら考えても「これだ!」と自信を持って答えられるものは何も出てこなかった。
回答は要するに「人間は自分がいつか死ぬ、ということを知っているが、その他の生物はそのことを知らない」というものであった。
なるほど、たしかにそうなのだろう。
働きアリが生まれてからずっと行列を作ってたとえば食料の欠片をくわえて巣に運ぶ。その単純な仕事をずっと続けて、ある日力つきて「死ぬ」。死ぬアリは自分がついに死をむかえた、ということは知らないだろう。
ブタが毎日人間から豊富な餌を与えられて、とにかく毎日朝から夜までそれを食べている。どうして人間が毎日豊富な餌を与えてくれるのか、ブタは考えたことがないだろう。
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アリと違ってブタの場合はある程度成長したら、今まで見たこともないところに連れていかれてよく意味がわからないまま殺される。
賢いブタが生まれて、今までどのブタも思考したことのない、自分らに毎日食べ物を与えてくれる生物が最後には自分たちを食ってしまう、という単純な運命を理解してしまったら、そのブタは以降与えられる餌を食べなくなるかもしれない。
ブタぐらいの高度な脊椎動物でさえ、そういう自分らの「不幸な運命」を知らないのだから、虫ぐらいの小生物が自分におとずれる確実な死を知ることはまずないだろう。
その意味で地球という複雑な構造をした惑星は、生命に対して非常に不公平である。
人間は「死」を排除しようとしてきた
でも、こんなことも言えるかもしれない。人間は自分らがやがて到達する「死」を知っているだけに非常に「面倒」な生物になってしまった。「死」を恐れ、自分に「死」をもたらす可能性のあるものをどんどん考えていき、それを排除しようということが人生の最優先テーマということになる場合もある。その思考で繰り返されてきた巨大な災い行為のひとつが「戦争」だろう。
やがてくる確実な「死」への到達を知らなかったら、もっと好きなように自由に思ったとおりに生きていけるかもしれない。自分の「死」も他人の「死」もさして気にせず、そして悩むこともなく毎日が安楽でここちいい。
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人間はひとつのその状態を「天国」と考えた。死んだあとそういう幸せそうな天国に行くための方便のひとつが宗教だったかもしれない。そういうものがからんでくると人間の「生」と「死」の周辺はますます複雑になっていき、その思考は今日までゆるぎなく継続しさらに際限なく複雑化している。
ブタというのは、
実はぼくだった
これからしばらく人間の死を中心に据えて、その周辺の様々な事象を、さして明確な脈絡を求めずに、考えていこうと思っている。
2013年に『ぼくがいま、死について思うこと』(新潮社)という本を書いた。これを書くときの動機もまた単純だった。
知り合いの精神科の医師と、知り合いの親しい編集者がほぼ同じ時期にぼくにほぼ同じようなことを言ったのだ。
「あなたは(ぼくのことですね)自分がいつか確実に死ぬ、ということを一度も真剣に考えたことはないでしょう?」
与えられる餌をさしたる思考もはさまず、むさぼり食って毎日笑って生きているブタ――というのは、実はぼくだったのである。
言われてみればたしかにそうだなあ、とぼくは素直にその指摘に反応していた。
自分がいつか必ず「死ぬ」ということは理解していたが、そんなにつきつめてそのことを考えていたわけではなかったのだ。
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その指摘に反応してぼくは、自分が世界のいろんな国で見てきた葬儀であるとか、死者に対する人々の対応などの事例を中心に書き、それなりに自分も思考して1冊の「死」の本にまとめた。
ぼくが書いてきたこれまでの夥しい粗製濫造的著書のなかでは極端に異例のテーマだったからか、その本はけっこう多くの人に読まれたようだった。
あのブタおとっつあん(ぼくのことですが)もけっこういろいろ考えていたんだな……。読者はそう思ったことだろう。
その本を書いてから4年が経過した。にわかに「死」について慣れない思考を強いたからか、そのあともいろいろと、もう少し突っ込んで取材し、続編のようにして「死」のもっといろんな周辺を書いていかなければならないのではないか、と思うようになった。
文/椎名誠
写真/shutterstock
#2に続く
江戸時代日本での実質的な鳥葬
遺言未満、
椎名誠
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11月17日発売
726円
288ページ
978-4-08-744589-3
その時、何を見て何を想い どう果てるのか。
空は蒼く広がっているのだろうか。風は感じられるのだろうか――
作家、ときどき写真家がカメラを抱えて迷い込んだ“エンディングノート”をめぐる旅17。
お骨でできた仏像、人とのつながりの希薄さが生む孤独死の問題、ハイテクを組み合わせた最新葬祭業界の実情――。
「死とその周辺」がテーマの取材は、かつて経験した九死に一生の出来事、異国で出合った変わった葬送、鬼籍に入った友人たちの思い出などと重なり、やがて真剣に「自分の仕舞い方」と向き合うことになる。
シーナが見出した新たな命の風景とは?
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