かつて寺は死者にとっては「狭き門」で「エリートの死」だった…野ざらしでの風葬や鳥葬が当たり前だった江戸時代〈椎名誠が思う葬送〉
集英社オンライン / 2024年1月20日 10時1分
火葬、土葬、風葬。古代からその国の風土、気象、伝承などによって必然的に生まれてきた、それぞれの葬送がある。現代の日本では火葬した骨をお墓に入れるのが一般的だが、江戸時代は埋葬のために地面を掘るのも大変で、寺は死者にとっては「狭き門」だったという。墓という「終の住処」を巡る問題を、書籍『遺言未満、』より一部抜粋して紹介する。
不平等な惑星での必然
『葬送の原点』(上山龍一、大洋出版社)、『世界の葬送』(松濤弘道監修、「世界の葬送」研究会編、イカロス出版)などを見ると、葬送の基本が次のようにまとめられている。
火葬、土葬、風葬、樹上葬、ミイラ葬、水葬、鳥葬、舟葬、樹木葬。
古代からその国の風土、気象、伝承などによってそれぞれ必然的に(やむなく)生まれてきた、というのがわかる。
それに加えて宗教や死生観から葬送の方法が分化している。モンゴルの奥地へ馬で旅しているときに風葬の行われている場所を何度か見た。風葬という文字から見るとなにやらウツクシイ語感だが、実際には草原に遺体を放置する日本で言う「野ざらし」に近い。
遺体を放置しておくと大型の鳥や狼、山犬、虫、バクテリアなどがたちまち白骨にしてくれる。チベットの鳥葬は僧侶が魂の解放の儀式(これをポアと言う)を行ったあと、鳥葬場(寺の背後の山地や谷などにある)でいわゆる弔い師のような人が遺体を解体したのち禿鷹や犬などが始末する。チベットは根底に施しの思考が根づいており、魂を解放したあとの遺体を空腹の動物などに施す、という考えが基本にある。
チベットをよく旅している私の妻は友人の鳥葬の現場にたちあっているし、森林が多くなる東チベットでは大きな樹木の枝にぶらさげられている小さな子の遺体を見ている。1、2歳未満の子はまだ人間にまで至っていない、という思考が背景にあっての風習らしい。
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写真はイメージです
ぼくは水葬をインド、ネパールなどで実際に見た。火葬した後(火葬といっても日本のように骨まで焼けるわけではない)、大河に流す方法と遺体を布でくるんでそのまま流す方法がある。男は白、女は赤っぽい布にくるんであった。舟葬は舟形をした柩に遺体を乗せて海に流すものが多く、宗教によっては舟が天国に運ぶ乗り物、というおしえのもとに行われたらしい。
シルクロードの要衝、古代の砂漠の王国「楼蘭」にむかう日中共同楼蘭探検隊に同行したことがあるが、砂の王国「楼蘭」でも舟形をした柩をいくつか見た。砂漠に舟、という組み合わせがはかなくも美しく感じられた。
樹上葬はラオスの山中に住む山岳民族が行っていた。山奥深くに高さ2、3メートルの櫓をたてその上に遺体を置く。これも鳥や動物、太陽の熱が遺体を始末してくれる。
このように葬送の方法は基本的にはそこに住む人々の背景にある自然やその状態に左右されることが多い。火葬はそれができる素材――燃えるもの(むかしは木材など)がなければ成立しないから、山林がないところでは別の方法を考えなければならない。
寺は死者にとっては「狭き門」
ロシアの奥地、いわゆるシベリアやそのもっと北方の北極などに行くと、こうした凍結した大地では「土葬」はできない、ということに気がつく。表面の地層は3、4メートルほど永久凍土だから遺体を埋めるとたちまち凍結保存という状態になり、ずっとそのままになってしまう。シベリアなどはまだタイガという広大な針葉樹林地帯があるから火葬はできるだろうが、北緯66度より上の森林限界をすぎた北極になると、もはや燃やすものはまったくない。
アラスカ、カナダ、ロシアの極北地帯にも行ったがぼく自身が自然の猛威に耐えるのが精一杯で、葬送の方法を聞いてまわる余裕はなかった。想像するに海に流していたのだろうが、極寒の季節での葬送となると海も凍結するからその方法もとれない。
『江戸の町は骨だらけ』(鈴木理生、ちくま学芸文庫)では遠いむかしから人口過密が大前提であったお江戸では埋葬のために地面を掘るのも大変だったということがよくわかる。最後まで読んで思ったのは、この地で寺に埋葬される人は「しあわせなことこの上ない」ようだ、ということだった。
寺は宗派によって死者を選別する。その信者一族の寄進などからなりたち、しばしば時の為政者にも利用される。寺は死者にとっては「狭き門」であり、菩提寺に無事埋葬されるのが死者にとって本当の意味の安住の地、ということになっていたようである。要するにエリートの死者、というわけである。
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その背後にたくさんの流浪の者がいた。無宿者が飢餓などで行き倒れるとそれはまだあちこち地形の凹凸が激しかった江戸の荒れ谷や窪地、洞穴、湿地帯などの「人捨て場」に捨てられた。そういう遺体にカラスや野犬などが集まってきて、危険かつ不浄の一帯になっていく。つまり江戸時代の都はあちこちで実質的な鳥葬や風葬が行われていたのだ。
落語の「野ざらし」は大川(隅田川)に釣りに行ったご隠居さんが川の岸辺で人骨(されこうべ)を見かけ、気の毒にとふくべ(ひょうたん)から手向けの酒をそそぎ、祈って帰ると、その夜美しい女の訪問がある。大川で野ざらしだった骨は若い娘でそのお礼を言いにきた、という話だ。
きっとその時代は荒れ地などで人骨を見つける、ということがたくさんあったのだろう。
江戸時代に関東は何度か大規模な災害に見舞われてたくさんの人々が被災しているし、大火があるとたちまち広大な土地が焼き尽くされ、そこでも大勢の人がいちどきに亡くなった。生き残った人々では手がつけられないほどの死体が放置され、困ったあげくこれらは海岸に運ばれて埋め立ての基礎にもされたという。人の骨などが埋め立ての基礎にちょうどよかったのかもしれない。
地球は骨の堆積物
日髙さんを遠いお手本に、ぼくも幼稚な質問(疑問かな)をもとう。
「地球にはこれまでどのくらいの人の骨が残されてきたのだろう」
幼稚な質問だから答えは簡単である。
「これまで地球に生まれてきた人の数ぐらいである」
・人類誕生以降、現在までの人口累計数
・現在の人口数
・骨の自然風化の平均年数
とりあえずこの3つの要素を基礎に計算していくとなんらかのおおざっぱな数字が導きだされる筈である。
この基礎的要素に、
・人類誕生以降の、災害による死者数
・同じく、あらゆる戦争による死者数
なんていうのを加えていくと、生物的寿命を全うできなかったヒトの骨の数、などというものが導きだされるのではないだろうか。
「導きだしてどうする?」と、言われても困るのだが……。
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話は変わるが、ぼくの菩提寺は静岡の千本松原にある禅寺である。親族の葬儀があったりするとその墓に行く。そこそこ長い歴史のある家系だったらしくかなり大きな面積にいろいろな供養塔がたち、中央にある大きな花崗岩にわが一族の家紋が入っている。葬儀となるとその塔の下に骨を入れる地下埋葬スペースがあり、この仕組みの墓をカロウト式というらしい。
葬儀のたびにちょっとした墓あばきが繰り返されるのだ。
ぼくは視線を低くしてその中をちらりと見てしまう。暗い奥のほうにむかっていくつもの骨壺が置いてあるのが見える。名前は知っているが誰の骨がどの壺にあるのかなどということはまるでわからない。
やがてぼくもあのなかに入るのだろうか、と思うと歳ごとに陰々滅々とした気分になる。もっと明るく開放的な「終の住処」を求めてはいけないのだろうか。
文/椎名誠
写真/shutterstock
遺言未満、
椎名誠
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11月17日発売
726円
288ページ
978-4-08-744589-3
その時、何を見て何を想い どう果てるのか。
空は蒼く広がっているのだろうか。風は感じられるのだろうか――
作家、ときどき写真家がカメラを抱えて迷い込んだ“エンディングノート”をめぐる旅17。
お骨でできた仏像、人とのつながりの希薄さが生む孤独死の問題、ハイテクを組み合わせた最新葬祭業界の実情――。
「死とその周辺」がテーマの取材は、かつて経験した九死に一生の出来事、異国で出合った変わった葬送、鬼籍に入った友人たちの思い出などと重なり、やがて真剣に「自分の仕舞い方」と向き合うことになる。
シーナが見出した新たな命の風景とは?
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