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「人は孤立死、孤独死をとても辛いものと強く思っているものなのだ」〝血縁〟ではなく〝つながり〟から生まれたホームレスの共同墓〈椎名誠の死生観〉

集英社オンライン / 2024年1月20日 19時1分

ホームレスは死後、親兄弟や親戚などとの連絡が取れず、「無縁仏」になってしまうケースが圧倒的に多いという。NPO法人「山友会」にある「元ホームレスの人の共同墓」への取材を通じ、「死」の象徴的なものである墓への認識を深めた著者の視点を、書籍『遺言未満、』より一部抜粋して紹介する。

いちばんのモンダイは「孤立」

山友会はかつての山谷と呼ばれた町のありふれた路地の奥にあった。そこに至る道端の建物の多くは簡易宿泊所(ドヤ)で1泊2000円とか2200円などの看板がある。早い午後だったが通りをいく人や自転車なども少なく、路地の奥に10人ほどの人の姿があり、ひっそりとそれなりに賑わっているのが山友会の出入口近辺なのだった。



あとでわかったがその時間、診療所の中がいっぱいで入れず路上でぼんやり世間話をしている人は、その日行われている無料診療の順番を待っている人たちなのであった。

山友会の代表ジャン・ルボさん(1972年にカトリックの宣教師を志して来日。山友会の活動に参加、1999年より代表)と、理事をしている油井和徳さんに話を伺う。

この組織の実質的な運営全般に携わっている人で、具体的には通称「山谷地域」においてホームレス状態にある人をはじめ元ホームレスなど生活困窮状態にある人(このような人たちのことを山友会では「おじさん」と呼んでいる)に無料診療、生活相談、炊き出し、などさまざまな活動を行っている。

支援のひとつ、ケア付き宿泊所「山友荘」を油井さんに案内され見せてもらった。介助が必要だったりひとりでは生活困難な病気や障碍を抱える元路上生活者が入居している。急患などのための「一時的なシェルター」としての部屋もあるそうだ。歩いて30秒ぐらいのところに長屋ふうの2階建ての宿とも病院ともつかない建物があり、1階と2階にタタミ3畳分ほどの部屋が廊下沿いに並んでいる。

写真はイメージです

エアコン完備、テレビ付き。どの部屋もベッドが半分を占め、あとは雑多にその部屋の住人ごとにいろんな荷物が置かれている。交代で入る風呂があり、食事付き、学校給食のように毎日献立の違う食事を食堂でみんなで食べる。

ここはかつてドヤとして営業していた建物で、このあたりのドヤはどこもこんな感じのつくりだそうだ(いま外国人観光客向けのホテルに改装するドヤも増えているそうだが、3畳といえど段ボール、ブルーシートづくりの路上の仮の住まいよりははるかにいい暮らしの環境だ)。

「無縁仏」になってしまうケースが圧倒的に多い

少しすいたクリニックに戻ると本田徹医師が本日最後の患者を診察していた。

本田医師は山友会クリニックのボランティア医師のひとり。国際保健NGOシェア代表理事でもあり、常勤の浅草病院(当時)の勤務休みの日に診察に来てくれている。

ここでは年間300人ほどが受診。「診療も処方薬も完全無料」という日本でも珍しい形態でボランティア医師がまわりもちしている。保険証がなくとも偽名でも診療は受けられ、無料のクスリはおもに個人の寄付でまかなっている。

山友会では無料診療につなげるためにフードバンク(セカンドハーベスト・ジャパン)から提供を受けた食品を使っての炊き出しやボランティア医師と一緒に隅田川沿いのブルーテントを回るアウトリーチの活動にも力をいれている。路上で生活している人を支援につなげるための入り口が、炊き出しやアウトリーチなのだ。家がないことも問題だが、「おじさんたちのいちばんの問題は『孤独』と『孤立』、つまり、つながりがないこと」だとルボさんと油井さんは言う。

写真はイメージです

ホームレス関係の資料を集めていくとだんだん迷路のようなところにはまりこんでいく。まず実態を把握したいのだがもともと住民票など登録がない人が多いわけだし、それを支援する活動、排除する権力などが入り乱れ、最終的にはホームレスそのものを生み出す社会性などが巨大にひろがっていき分析や思考の行き場を失う。

求めたいテーマにむかっていっても簡単に片づけられないいくつもの問題にぶつかり、どこから取材し考えていけばいいのかわからなくなってしまう。

もともとホームレスのエンディングには確固たるデータがない。いろいろな取材をへて知っていったことは、支援組織や保健所が、死んでいるホームレスや元ホームレスを偶発的に発見することを憂慮している、ということだ。

彼らの多くはその本人を証明する書類など持たないケースが多い。さらに親兄弟や親戚などとの連絡を自分で強引に断って(断たれて)いる場合が多い。したがって死んだあとは「無縁仏」になってしまうケースが圧倒的に多いのだ。いろいろな事例を見ていくと、なにかで血縁筋がわかっても、連絡を受けた側がその「死」を受け止めない、具体的には「葬礼拒否」や「遺骨の引き取り拒否」になることも多いという。

これからは「血縁」より「つながり」の墓

山友会には「元ホームレスの人の共同墓」がある、というのが今回いろいろ話を聞くきっかけとなっている。

山友会に集う人たちが亡くなったとき、家族や親族との縁が途絶えている人でも死後「無縁」とならないように、つまり生きているあいだのつながりを感じられるように彼らにお墓を、という思いから近くの浄土宗光照院に「山友会のお墓」を建立した。

資金はクラウドファンディング(プロジェクトに賛同した人からの資金援助を得るための仕組み)で募った支援総額255万円(目標200万円)を用立てた。「山友会」と白く墓標に刻まれた彼らの墓ができたのは2015年。この山友会独自のお墓の建立については光照院の吉水岳彦副住職(当時。現、住職)の尽力も大きかった。

「墓が完成したときに一人のおじさんが、ありがとうございますっておっしゃった。死んでも仲間とずっと一緒にいられるんだ、という安心感が生まれた。皆と一緒の墓に入れるんだという思いが、長いこと居場所がなかった方のひとつの救いになったんでしょうねえ」

写真はイメージです

また吉水さんはこうもおっしゃる。

「おじさんたちはけっこう散歩のついでなどにお参りにいらっしゃるようです。お彼岸、お盆、大みそかなどには集まってお参りもします。墓の完成後にお亡くなりになった3人を、2017年8月のお盆に納骨しましたが、3人まとまって、というのがいいねえ、とみなさんおっしゃっていた。仏教、キリスト教、無宗教に関係なく今は10名納骨されていますが、お骨になってもやはりみんなと一緒がいい、とみんな思っているんですね。お墓といえば家族単位、と思われていますがこれは近代になってからの形。少子高齢化でお墓の維持存続も厳しくなっている時代の流れもあります。個人的には今後はこのような〝血縁〟ではなく〝つながり〟をもとにした共同体の墓が、一般的なものになるといいなあという願望もあります」

人は孤立死、孤独死をとても辛いものと強く思っている

この共同墓を作ろう、というきっかけになったいきさつを山友会のメンバーの薗部富士夫さんの思い出からまとめよう。

10年ほど前のこと。毎日のように上野公園から歩いてかよってくる老人のホームレスがいた。通称「やまちゃん」、70歳。山友会に来ては自分にできる範囲の手伝いをして夕方になるとまた歩いて上野公園に帰る。山友会の勧めで生活保護を受給し、ドヤで暮らすことになったがドヤに迷惑をかけてしまうことがあり退去しなければならなくなった。

姿をみせなくなったやまちゃんのことが心配で皆で上野公園などに探しにいったが見つからない。1年後のある日、上野駅周辺を夜回りしていると偶然やまちゃんと出会った。一人さびしそうにたっていた。

「また山友会においで」と言うと再び戻ってくれた。そうしてやまちゃんは今度こそドヤの住人になった。彼のような人も安定して暮らすことができるような場所を作りたいという思いが今のケア付きの宿泊施設「山友荘」を作るきっかけになったという。

入居したやまちゃんはそれからしばらくして脳卒中で倒れ、なんとか回復したものの80歳を迎えたときにがんで死去した。しかし戸籍もなにもなく連絡する親族もいない、という状況だった。遺骨の行き場がない。無縁仏となると空いている共同墓地に入れられるため、どこに埋葬されることになるかもわからず、仲間との縁も途切れてしまう。

それまでもそういうおじさんのことがしばしば問題になっていたが、このやまちゃんの死が大きなきっかけになって、山友会の仲間のためにお墓を建立する話が具体的になったという。

写真はイメージです

春のお彼岸。ぼくは前年亡くなった、山友会の仲間(2人ともひとりで亡くなっていたそうだ)の納骨式に光照院に行った。その日も風の冷たい日だった。かなり大勢の山友会の仲間が来て拝礼し、線香をあげた。

人は孤立死、孤独死をとても辛いものと強く思っているものなのだ、とそれまでそういうことを考えたことのないぼくは墓という「死」の象徴的なものへの認識を寒さのなかで真剣に考えていたのだった。


文/椎名誠
写真/shutterstock

遺言未満、

椎名誠

11月17日発売

726円

288ページ

ISBN:

978-4-08-744589-3

その時、何を見て何を想い どう果てるのか。

空は蒼く広がっているのだろうか。風は感じられるのだろうか――
作家、ときどき写真家がカメラを抱えて迷い込んだ“エンディングノート”をめぐる旅17。

お骨でできた仏像、人とのつながりの希薄さが生む孤独死の問題、ハイテクを組み合わせた最新葬祭業界の実情――。

「死とその周辺」がテーマの取材は、かつて経験した九死に一生の出来事、異国で出合った変わった葬送、鬼籍に入った友人たちの思い出などと重なり、やがて真剣に「自分の仕舞い方」と向き合うことになる。

シーナが見出した新たな命の風景とは?

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