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源氏物語で、身分も容姿もよくない女性をスパダリの妻や恋人として描いた紫式部の革命的手法の意図とは

集英社オンライン / 2024年1月28日 18時1分

平安時代の物語において、容姿の醜い女性が悪役で描かれ“ない”ことは、革命的だったそうだ。しかし、紫式部の著した源氏物語では位も低く、容姿が悪い醜女が主人公の寵愛を受ける描写がある。日本史を専門に研究する大塚ひかり氏の新著、『やばい源氏物語』より、古典における「ブス」の描かれ方を一部抜粋して紹介する。(サムネイル画像/イラストはイメージ)

#1

『源氏物語』はブスだらけ

『源氏物語』が、当時の物語としては異端で革命的だと思われる要素は多々ありますが、その最たるものは、「ブス」の扱いです。

詳細は拙著『ブス論』や『『源氏物語』の身体測定』(大幅に加筆訂正して『「ブス論」で読む源氏物語』として文庫化)で考察したんですが、まず『源氏物語』にはブスが三人も出てくる。これだけでも『源氏物語』以前の物語とは大違いです。



しかもその描写が異様に詳しい。

有名なのが末摘花で、その容姿を描写した箇所の原文を逐語訳すると……。

「まず座高が高く、胴長にお見えになるので、源氏の君はああやっぱりと胸がつぶれた。次に〝あなかたは〞(なんと不細工な)と思えるのは鼻だった。〝普賢菩薩の乗物〞(象)かと思える。異様に長く伸びていて、先のほうが少し垂れて色づいているのがことのほか嫌な感じである。肌の色は雪も顔負けに白く、青みがかって、おでこはこの上もなく腫れている上、下にもまだ顔が続いているのを見ると、おおかた恐ろしく長い顔なのだろう。しかも痩せていることといったら痛々しいほど骨張って、肩のあたりなどは服の上からも痛そうなほどに見える」(「末摘花」巻)

こんな容姿の上、寒夜のこととて、黒てんの毛皮のコートを着ている。それは通常、男が着るもので、紫式部の時代には流行遅れだったのに、貧しくて、そんなものしかなかったのです。唯一、髪だけは源氏が美人と思う人にもひけを取らないほどではありましたが、その姿を見た源氏は、

「どうしてこうも一つ残らず見てしまったのか」

と悔やんでしまうほど。しかし、物珍しさにしぜんと目が釘付けになってしまうという醜貌なのです。

『源氏物語』の美女の描写はあっさりしています。

なのになぜブスに限ってこんなに詳しいのか。私は、マイナスの描写が異様に詳しい『法華経』などの仏典の影響があるのではないかと考えていて、かつて『ブス論』などで考察したので詳細はそちらをご覧頂くとして……。

そもそもなぜこれほどのブスが『源氏物語』には登場するのか、という問題があります。

よく言われるのは、源氏や紫の上といった主要人物の美を引き立てるためという説ですが、それならブスは末摘花一人で良さそうなのに、ほかにも人妻の空蟬は、

「目は少し腫れた感じで、鼻などもすっきりしたところがなく老けた感じで、つややかなところもない。〝言ひ立つればわろきによれる容貌〞(はっきり言えば悪いほうに属する容貌)」(「空蟬」巻)

だし、花散里は、養子となった夕霧が、

「〝容貌のまほならずもおはしけるかな〞(ずいぶん不細工な方だったんだな)。こんな人でも父はお見捨てにならなかったのか」(「少女」巻)

と驚くほどのブスです。

悪役だった『源氏物語』以前のブス

いや、ブスというだけなら、『源氏物語』以前の文学にも出てくるんですよ。

『古事記』『日本書紀』はもちろん、『源氏物語』より少し前にできた平安文学の『うつほ物語』にも出てきます。

けれど、それらの文学と『源氏物語』の違いは、ブスを悪役にしていないこと、これに尽きます。

『古事記』『日本書紀』のブスといえば、天皇家の先祖であるニニギノ命が地上で初めて妻にしたコノハナノサクヤビメの姉のイハナガヒメですが、彼女は人類を短命にした悪役です。というのも彼女は、ニニギが見そめたコノハナノサクヤビメとセットで、ニニギの妻になるはずでした。ところがその醜さを見たニニギが恐れをなして、結婚せずに返してしまったために、『古事記』によれば〝天皇命等〞が短命となり、『日本書紀』によれば〝世人〞が短命となります。

コノハナノサクヤビメは繁栄を、イハナガヒメは長寿を司る神だったからですが、イハナガヒメは結果的に人を短命にしたわけで、悪役を担わされているのです。

ブスが悪役というのは『うつほ物語』でも同様です。〝年老い、かたち醜き〞故左大臣の北の方はその財力で男を通わせるものの、男が冷たいので、代わりに継子に恋文を贈るも相手にされず、果ては継子に罪を着せて捨てられたあげく、零落してしまうという憎まれ役です(「忠こそ」巻)。

『うつほ物語』では、悪役は醜いという法則があって、東宮妃である昭陽殿も〝あるが中に年老い、かたちも憎し〞さらに〝心のさがなきこと二つなし〞という見た目も性格もブスという設定で、もちろん、東宮には嫌われています(「あて宮」巻)。

『源氏物語』以前ではこのようにブスは悪役でした。

それが『源氏物語』では、ブスが3人も登場する上、全員が源氏の妻や恋人となり、しかも悪役ではありません。

末摘花はブスの上、極貧であるにもかかわらず、源氏の正式な妻の一人となり、二条東院に迎えられますし、空蟬は源氏の妻でもないのに、夫の死後、やはり二条東院に迎えられます。花散里は、紫の上に次ぐ地位の妻となり、母・葵の上を亡くした夕霧や、養女の玉鬘の世話役として信頼され、源氏死後は二条東院を相続しています(「匂宮」巻)。

しかも3人とも、強い実家がなく、経済的にも苦しい立場にあるのに、です。新婚家庭の経済は妻方で担う、通い婚が基本の当時にあって、貧乏であることは、ブスであること以上に、女の結婚を妨げる欠点です。それは、『うつほ物語』に、

「今の世の男は、まず結婚しようとすると、何はともあれ、『父母は揃っているか、家土地はあるか、洗濯や綻びの繕いはしてくれるか、供の者にものをくれたり、馬や牛を飼っていたりするのか』と尋ねる。顔形が美しく、上品で聡明な人であっても、荒れた所にあるかなきかのわび住まいをして、貧しそうに暮らしているのを見ると、ああむさくるしい、自分の負担や苦労のもとになるとあわてふためいて、あたりの土をすら踏まない」(「嵯峨の院」巻)

などとあることからも、うかがえます。

一方の『源氏物語』ですよ。

ブス3人、金持ちでもない。

『源氏物語』の何がいちばんやばいって、3人ものブスを主要人物にして、しかも悪役ではないということなんですよ。

これを私は『源氏物語』の「ブス革命」と名づけているほどです。


写真/shutterstock

『やばい源氏物語』(ポプラ新書)

大塚ひかり

11月29日発売

979円

222ページ

ISBN:

978-4591179758

『源氏物語』は、ヤバかった――。
2024年大河ドラマの主人公にもなっている紫式部。彼女が千年以上前に書いた「源氏物語」は、当時の人々からすると【異端】といえるほど、革命的なものだった――。

本書では、その革新的な点を「○○がやばい」と様々な角度からユーモラスに紹介。源氏物語の知られざる魅力を存分に綴った一冊です。
これを読めば、源氏物語が何倍も楽しめること間違いなし!

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