日本茶のあれこれを「見て」「買えて」「味わえ」る、まるで“日本茶のワンダーランド”〜鎌倉の茶寮小町
集英社オンライン / 2024年1月18日 11時0分
鎌倉で育ち、今も鎌倉に住み、当地を愛し続ける作家の甘糟りり子氏。食に関するエッセイも多い氏が、鎌倉だから味わえる美味のあれこれをお届けする。今回は、小町通りにある日本茶の味と世界を堪能できる空間へ。「茶寮」といっても敷居の高いことはない、ジム帰りにふらりと立ち寄ってしまう「日本茶のワンダーランド」ともいうべき、その魅力を語る。
毎朝、父の記憶とともに味わっているうちに、
日本茶をしみじみおいしいと感じるようになった
亡くなった父の位牌に煎茶を備えるのが、毎朝の習慣だ。線香の煙を眺めながら、私も朝の一杯を味わう。父は、母に「お茶呑みマシーン」とからかわれるほど日本茶が好きだった。女の子らしくしなさいみたいなことは一切言われなかったけれど、お茶はていねいに淹れるように教えられた。教えられた通りにしながらも、内心、お薄じゃあるまいし、淹れ方でそんなに変わるものなのかなあ、なんてあの頃は思っていた。
毎朝、父の記憶とともに味わっているうちに、日本茶をしみじみおいしいと感じるようになった。お湯を急須に注ぎ、茶葉が開くのを待つ時間が楽しい。
日本茶がぐっと身近になったのは、年齢もあるだろうし、酒量が減ったせいもあるのかもしれないが、「鎌倉倶楽部 茶寮小町」によく足を運ぶようになったのが大きかった。通っているジムへの通り道にあるので、しょっちゅう立ち寄る。
ここは日本茶のワンダーランド。日本茶やそれにまつわるあれこれを「見て」「買えて」「味わえ」るのだ。お茶にあまり関心がない人が訪れたなら、その多種多様さに驚くかもしれない。
店の奥の棚には日本全国の茶葉がずらりと並ぶ。煎茶はもちろん、ほうじ茶に玉露、発酵茶など、種類もさまざまだ。パッケージには日本地図が描かれていて、わかりやすいように茶葉の産地に印がつけてある。そして、クリップでメモが留められており、そこにはグラム数にお湯の量、温度、蒸らす時間が記されている。今まで、なんとなくお湯を冷ましてお茶を淹れていたけれど、茶葉によって適している温度が五十五度〜だったり八十度〜だったりする。
コーヒー用に買った計りを使い、温度計を片手に湯冷しを用いて、お茶を淹れるようになった。気分はほとんど「実験」だ。指定の温度より熱く淹れたものと指定通りのものを比べてみたり、一煎目と二煎目を比べてみたり。そうこうしているうちに、自分の好みがわかってくる。
味覚は食べ物飲み物だけでなく、あらゆる嗜好と通じている
先日は、「やぶきた」という茶葉を産地違いで飲み比べた。鹿児島は霧島産の「やぶきた」と京都は宇治の「やぶきた」である。霧島は「お茶の味ってこういうことでしょう?」といっているような強い主張を感じた。宇治は角のない、主張もない印象の味わい。今の私の好みは宇治のほう。何にも主張はしてこないのだけれど、お茶の味わいが舌に染み入って、いつまでも心に残る。
こんなふうに自分の好みを探る過程は楽しい。大げさを承知で言うと、お茶を通して改めて自分を知るといったらいいだろうか。味覚は食べ物飲み物だけでなく、あらゆる嗜好と通じている。
この店では、茶葉だけでなく、急須や土瓶、湯呑み茶碗などの「お道具」もたくさん販売されている。ちなみに、別の素材の取っ手が付いているものが土瓶で、胴体と同じ素材の取手が側面に付いているものが急須。土瓶にも急須にも、さまざまな素材、形、色合いのものがあって、その土地の風土や作家の手の温もりが伝わってくる。
私が次に買いたいと狙っているのは、極平型の生成色の急須。常滑の甚秋という作家のもの。蓋には深緑の藻がかかったような柄がある。美しいだけではなくて、生きているようで一種の不気味さも含んでいて、だから印象的だ。これは常滑の「藻がけ」という技法で、作陶の過程で実際に常滑の藻を使って柄を作るのだそう。
中央のカウンターでは、煎茶をはじめ、発酵茶、和紅茶などさまざまな献立が味わえる。奥の棚にはおびただしい数の急須があって、好きな急須を指定できるのが楽しい。煎茶を頼むと、女性の店主は昔ながらの天秤ばかりで茶葉を量り、柄杓でお湯を注いで、お茶を淹れてくれる。
蒸し時間を計るのは砂時計。デジタルに慣れきってかちかちになった心が、この一連の流れで解かれていく気がする。そうして淹れられたお茶を口にすると、思わず温泉に浸かった時と同じ声(「はあ〜、極楽極楽」みたいな)が出そうになるのが、我ながらおかしい。
日本茶の意奥深さには改めて驚嘆する
私はジムの帰りに寄ることが多いので、たいてい小腹が空いている。そんな時には玄米餅の磯辺焼きを頼む。餅は発芽玄米と青大豆の入ったものの二種類。小さく切った餅が市松模様に並べられ、柚餅子とわさび漬けが少量添えてある。磯辺焼きは碁石茶とのセットだ。碁石茶とは発酵茶で、葉っぱを広げて乾かし、それが碁盤のように見えることからこの名が付いたという。
発酵させた日本茶があるなんてことも、最近知ったことだ。長年身近にあって、それなりに知っていると思っていた日本茶の意奥深さに改めて驚嘆する。日本茶についての本を読んでいるのだけれど、本を読んだりいろいろ試したりして、もう少し体験と知識が積み重なってから、同じ煎茶や碁石茶を味わうと、また別の感想を持つかもしれない。それがおもしろいし、自分でも楽しみなのだ。
さて、この店にも「映え」なアイテムが存在する。季節のパフェがそれだ。林檎、サンシャインマスカット、栗、レモンなど、その時々の果物がパフェとなって献立に登場する。どれもが味はもちろんルックスも日本茶との相性を考えて作られていて、なるほどと感心してしまう。
軽食の献立も用意されているのだが、そこにあるカレーも同様。お茶に合うよう、スパイスが主張しすぎない「和」のカレーである。
「茶寮小町」はその店名の通り、小町通りと鶴岡八幡宮の参道を結ぶ本の短い通りにある。小町通りからなら、この通りを小さく左折して竹垣のアプローチを行くと、奥まった場所にこの店はある。目と鼻の先の小町通りの喧騒が嘘のようにひっそりとしていた空間だ。ひっそりとしていながら、敷居の高い雰囲気がなく、私はついついトレーニングの帰りに眉毛も描かず、ワンマイルウエアのまま飛び込んでしまうのだ。
写真・文/甘糟りり子
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