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「日本がいちばんうまくやり遂げた」という見地があるにもかかわらず、岸田首相と15分の面会で終了…なぜ日本のコロナ「専門家」は評価されないのか

集英社オンライン / 2024年1月18日 11時1分

コロナ禍の3年間、国家の命運を託された感染症専門家たちを取材し続けたノンフィクション作家の広野真嗣氏。彼らは何と闘い、なぜ国家から放逐されたのかに迫った新刊ノンフィクション『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)について話を聞いた。(前後編の前編)

人口あたりの死亡者数が先進国の中でも少ない

――新刊『奔流』を面白く読みました。サブタイトルの通り、日本を襲ったコロナ禍と最前線で闘った専門家たちが、「政治(家)」によって、どのように“消されていったのか”を追跡した迫真のドキュメントですね。

広野(以下、同)
ありがとうございます。コロナ危機は本当にみんな大変な思いをしていますし、誰しもが忘れたい3年半ではないかと思います。ただ世界のコロナの専門家を見渡すと、2023年、米国ではペンシルベニア大学のカタリン・カリコ氏がノーベル賞を受賞し、英国では政府の助言役が王室叙勲を受けるということで称賛を浴びています。



ところが日本では、尾身茂氏をはじめとしたコロナ「専門家」は、2023年8月末に岸田首相の15分の面会があっただけです。人口あたりの死亡者数が先進国の中でも少なく終えられた。「日本がいちばんうまくやり遂げた」という声すらあるにもかかわらず。これはなぜか――。

そんな素朴な疑問を縦糸にすれば、一つのストーリーとして提示できるのではないかという思いで書き進めました。

――専門家会議座長の尾身茂さん(当時JCHO理事長)を「ドーナガ」、厚生労働省クラスター対策班の中心人物だった押谷仁さん(東北大学・大学院教授)を「速足の男」、国立保健医療科学院の健康危機管理研究部長の齋藤智也さんを「アイスホッケーマン」と名付けるなど、作中で研究者たちそれぞれのキャラクターを際立たせているため、マーベル映画のアベンジャーズを観ているようでした。

わざわざキャラを立てたわけじゃないんです。公衆衛生の研究者の人たちは、本当に個性的な方ばかりだったので。

マスクをして記者会見する尾身茂会長 写真/共同通信

――もちろん、コロナ禍はフィクションではなく現実の出来事で、世界で約700万人、日本でも7万人以上もの方々が亡くなっています。まず、最初に、2024年1月現在において、いわゆる「コロナ禍」はどのような状況になっていると理解すればいいのでしょうか?

昨年8月から9月にかけての第9波の流行は、重症者や死者数が大きく増えることなく、医療逼迫が起きることもなくおさまりました。年末からまた、定点医療機関あたりの患者数は増加の兆しはあるものの、夜に繁華街に繰り出せば、多くの人で溢れています。
ワクチンや自然感染を通じて免疫を持つ人が増えたという面もあるけれど、現在も後遺症に苦しむ人が少なからずいる。とはいえ、こうした現象は日常に溶け込んでニュースとしてほとんど取り上げられなくなっています。

「部外者」として「内側にいる」ということ

――作品の中でも少しだけ触れられていますが、広野さんはもともと、あの猪瀬直樹さんの事務所のスタッフだったとか。

2002年から、フリーライターとして独立する2015年までですね。猪瀬さんが本や雑誌にレポートや作品を書くにあたっての取材や執筆のサポートなどをする、いわゆるデータマンです。

その間、猪瀬さんは小泉純一郎政権で政治イシューとなった道路公団民営化を具体化する政府の委員を務めたり、その仕事ぶりがきっかけで東京都の副知事に任命され、のちに知事にもなった。霞が関は取材対象ですが、都庁は一時、「職場」にもなったのです。

もともと私が猪瀬事務所に入ったのは、三島由紀夫の生涯を追った『ペルソナ』、太宰治の「生」への執着を描いた『ピカレスク』といった評伝作品に感銘を受けて手紙を出したことがきっかけでしたから、思いもよらぬことばかりの歳月でした。

広野真嗣氏

――読み始めてすぐ、最初にピンときた記述があります。それまで社会問題を「外部」から追及していた猪瀬さんが――2007年当時に都知事だった石原慎太郎さんの要請で――民間人として、東京都の副知事に就任することに。本書でも「戸惑い」を吐露した部分がとても心に響きました。引用させて下さい。

〈例えば道路公団改革で最大の問題は四十兆円の借金だった。借金返済だけを考えれば1キロも新規建設をしないほうがよいに決まっているが、その一方、医療へのアクセスや経済振興にかける地方の期待を軽んじることはできない。改革と恩恵を両立させようと、「建設を3割削減したらどうなるか」という試算をつくったとたん、こんどは「あの猪瀬は残り7割は建設しようとする建設推進派だ」などと批判が出て、どうしろというのだと感じて閉口した。
メディアは、行政に助言する“客観的な有識者”が“偏った政府”を指弾する構図に飢えており、そうでない姿は退屈に映る。無事やり遂げてあたりまえ、対立図式を超えて現実的な改善や改革を導き出そうとすれば、こんどは“政権におもねった”“国土交通省寄り”とレッテルを貼られるものだ。権力の助言者になることは、そんな損を引き受けることでもある。猪瀬事務所で青春をついやした先輩スタッフは、改革プロセスが終わるころには一人またひとりと事務所を去った〉(『奔流』より引用)

まさに、今回のコロナ対策に関わった専門家たちを彷彿とさせる状況です。

コロナが災害とは大きく異なるところ

コロナ対策とは単純に比べられませんが、民間人が「政策決定の内側」に巻き込まれていく構図を観察していくと、ひるがえってあの時の自分の立ち位置は何だったかといったことについて見えてくるものがあるのではないか、という感覚はありました。

その意味では、かつてのナイーブな時期の自分の“視角”が、「政府に助言する専門家の目線の近くから政治を観察する」という今回のアプローチの原点になっていると思います。

写真/Shutterstock

――ある種の「災害の目撃者」という立ち位置でしょうか。今日(取材当日/2024年1月16日)でいうなら、能登半島地震。

コロナ危機は災害に喩えられることもありますが、私は安全保障政策に近い側面があるように感じていました。災害はおおむね国内問題だけれど、コロナは国境をまたいで広がるから、より影響は深くまた広い。

考えてみると、ゼロコロナの中国で行われた都市封鎖は、いわば「戒厳令」ですよね。ヨーロッパでは私権制約を許容する法制度があるから、自由を重んじるフランス人でさえそうした制約を受け入れていました。

これに対して日本では、そうした議論はタブー視されてきた。過去の歴史を遡ろうとすると、戦前の2・26事件とかが出てきてナーバスな議論になる。日本の政治の地力が問われた事態だったと思います。

取材・文/山田傘

奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか

広野真嗣

2024年1月17日

1980円(税込)

単行本/304ページ
発行:講談社

ISBN:

978-4-06-534465-1

「嫌われたって、やるしかないんだ」

尾身茂、押谷仁、西浦博ー感染症専門家たちは、コロナ渦3年間、国家の命運を託された。彼らは何と闘い、なぜ放逐されたのか?政権と世論に翻弄されながら危機と戦った感染症専門家の悲劇!

小学館ノンフィクション賞大賞受賞の気鋭ライターの弩級ノンフィクション

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