うまい写真がいい写真とは限らない…「エモい」や「バズる」を超える「いい写真」の条件とは〈人気写真家が指南〉
集英社オンライン / 2024年2月7日 11時1分
「いい写真は誰でも撮れる」という超人気ワークショップを主宰する写真家の幡野広志氏。いい写真とはなにかを突き詰めた、最新著『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』は発売直後から大反響で重版を重ねている。本記事では特別にまさに「いい写真とはなにか」に気づかされる文章を一部抜粋・再構成してお届けする。まずはサムネイルカットをじっくりみてから読み進めてほしい。
いい写真とは
いい写真ってなんだろう?まずは写真を撮る前に考えてみてほしい。「いい写真ですねぇ」ってよく耳にはしますよね。写真学生やスタジオマンをしたり弟子をしたりしているときも、いい写真についてみんなよく考える。
主語をデカくするなって怒られそうだけど、マジでみんな若いうちは考える。いい写真について議論をしたりもする。ケンカになることもあれば説教をくらうときもある。たまに悟りを開いたかのような新しい答えを知るときもある。
写真学生ぐらいだと気づかないかもしれないけど、スタジオマン1年目の秋には「うまい写真がいい写真じゃない」ってことに気づく。スタジオにはタレントやフォトグラファーが撮影にやってくる。そこで手伝いをしていると「あれ、別にそんなにうまいってわけじゃないんだな」って感じる。
たくさんの人が誤解をしているんだけど、うまい写真はいい写真ではない。いい写真というのはもっと別次元の話になる。いい写真の答えは哲学のようにそれぞれが辿り着くものだけど、うまい写真がいい写真ってわけじゃないって答えはほとんどのフォトグラファーと写真家の共通認識だろう。うまいから……で?となる。
いい写真の答えは自分で出さないといけない。これまでぼくもいい写真についてたくさん考えてきたけど答えを押し付けるつもりはない。だけど答えを見つけるヒントになればいいなと思う。
まず大事なことは写真の勉強は写真以外から学ぶことだ。いい写真の答えも写真以外から考えてみよう。そこでこの「さしみ食わせろ」を見てほしい。
これ、うまいだろうか?ぼくが書いたわけじゃないです。書いたのは10歳の少年だ。もちろん本人を目の前にしたらヘタとはいわないけど、遠慮なく率直に感想をいえばヘタだ。うまくはない。
これを書いたのは野口晴輝くん10歳、享年も10歳である。この作品にはお母さんが書いた説明文がある。
「治療中は、火の通っていない生ものを食べることができません。刺身やお寿司が大好物だった息子は、我慢に我慢を重ねていて、病室で思いついた言葉を習字で書いているときにこの言葉を書きました。そして病室に貼りだして先生に毎日、『食べてもいい?』と聞いていました。今は我慢しなくていい世界でおいしいものをたくさん食べて、楽しい時間を過ごしているのかな。そうであることを願います。母」
おそらく小児がんで入院をして治療をしていたのだと思う。お母さんの説明文を読んでからまた「さしみ食わせろ」を見てほしい。どうですか?うまさは変わらないですよね、ヘタです。うまいヘタじゃなくて、作品としていいですか?それともダメですか?きっとほとんどの人の心を摑んで揺さぶりましたよね。
ぼくは作品として素晴らしいと思います。いいという言葉すら超越したものを感じます。習字ではなく書だと思います。いい作品のお手本だと思います。だけど、この作品はお母さんの説明文がないと成立しないんです。だって「さしみ食わせろ」だけじゃ背景がわからないからです。これは写真もおなじことなんです。
いい作品というのは、見た人に感情が伝わるものだとぼくは思います。だからぼくが辿り着いたいい写真の答えは、伝わる写真です。
写真も説明文がないと伝わりません。絵画だってちょっとよくわからないですよね。パリの最先端ファッションショーとかも。写真展に行ってもよくわからない写真っていっぱいありますよ。
逆に映画や漫画は伝わりやすいです。一度鑑賞しただけで人生を左右するような作品に出会うこともあります。映像や絵があってセリフで説明されているから、鑑賞者に伝わりやすいのだとぼくは思ってます。
「写真を見た人がそれぞれ感じてほしい」とか「言葉にならないことを撮りたい」なんてことをよく耳にします。撮った本人は説明せずとも自分が理解しているからいいんです。だけど写真を見た人にはわかりません。
言葉がなくても伝わる写真は確かにあります。だけどそんな写真を撮れる人は世界の写真史に名を残すぐらいの人物だと思います。
いい写真は伝わる写真です。だけど、言葉がないと伝わりません。
いい写真はうまい写真じゃない
写真には「いい写真」と「ダメな写真」があります。「写真にはいいも悪いもないんだ」っていう人もいるけど、本当に良し悪しがなかったら仕事になりません。写真が仕事になったり作品で賞をもらったりするのは他者から良し悪しの評価をされるからです。
だけど写真には明確な正解がないとはぼくも思います。本当はあるのかもしれないけど、その正解を見つけることがとにかく難しい。自分なりの正解を考えて、自信がなくても不安と一緒に写真を撮る。もしも最初から正解を明示されたらとても簡単です。
たぶんだいたいの技術職が似たようなものでしょ。お医者さんとか看護師さんも自分がやってる医療が本当に正解なのか不安を感じながら仕事をしているものです。だから写真って考える仕事なのよ。
だけど明確な正解はわからないだけで、だいたいの正解はあります。それから明確な不正解もあります。野球でいうところのストライクゾーンみたいなものです。まずはストライクゾーンを狙う。これはそんなに難しくない。これもたぶんだいたいの技術職が似たようなものでしょ。
「いい写真」と「ダメな写真」という評価軸とは別にもうひとつ「うまい写真」と「ヘタな写真」という評価軸があります。「うまい写真」=「いい写真」ではないんだよね。びっくりだよね。まずはここを誤解しないだけで、これからの写真ライフは豊かになります。
うまくて、いい写真
ヘタだけど、いい写真
うまいけど、ダメな写真
ヘタで、ダメな写真
おおまかに写真はこの4つに分類されます。歌で想像をしてほしいんです。うまくて感動する歌もあれば、うまいけどまったく心に響かない歌もありますよね。ヘタだけどずっと聴いていたい歌だってあるじゃないですか。写真は写真以外から学びましょうね。
写真はうまくならなくていいです。むしろうまさを目指さないほうがいいです。ヘタなままでいいです。ヘタだけどいい写真を目指したほうが圧倒的にいいです。そもそもみんな最初はヘタでだけどいい写真のポジションにいます。だから最初からずっとそのポジションに居続ければいいだけです。
ぼくは写真の専門学校をあっさり中退して、撮影スタジオで30人から50人ぐらいのフォトグラファーのアシスタントをしました。アシスタントとして技術を積んだら師匠のもとでさらに専門的に勉強をしました。それから独立をして仕事が安定するまでに数年かかりました。写真学生から10年ぐらいかかったけど、写真業界的にはありがちなパターンです。
アシスタント1年目で「写真ってうまくなくてもいいんだな」ってことに気づきました。もちろんアシスタントについた写真家は優秀な方々。だけどうまいってわけでもない。もちろんヘタというわけじゃなくて、うまいヘタじゃない良さがある。
「うまくて、いい写真」を目指したい気持ちはわかる。そういう写真を撮る人はいる。だけど全国の写真学生が1年間に1000人卒業したとして一人もいないと思う。数年に一人ぐらいの超天才だと思う。それくらい難しい。
文・写真/幡野広志 (すべて書籍『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』より)
うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真(ポプラ社)
幡野広志
2023/11/15
1650円
271ページ
978-4591179307
ほとんどの人に写真の才能がある。でも、多くの人が写真を誤解している――即完売の大人気ワークショップをベースに幡野広志が書き下ろす、できれば触れたくなかった「写真の話」。いい写真とうまい写真はちがう。だめな写真とへたな写真も同じ意味じゃない。うまくてだめな写真もあるし、ヘタだけどいい写真もある。「いい写真」を知り、「いい写真」を撮ろう。写真の価値観が変わる、写真初心者必読の1冊。
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