ユーミン、細野晴臣、大滝詠一らが一堂に会した伝説のライブハウス「荻窪ロフト」のオープニングセレモニーの舞台裏「“日本のロックの夜明け”が見えてきた」
集英社オンライン / 2024年2月6日 18時1分
日本のロック・ミュージックが真の意味で市民権を勝ち取る前哨戦があった。そのメインステージとなったライブハウス「ロフト」の創設者である平野悠が回顧する壮大なクロニクルがある。『1976年の新宿ロフト』(星海社新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
1974年にオープンした本格的なロックのライブハウス
ロフト3軒目の荻窪ロフトは、1974年11月に中央線・荻窪にオープンした、当時はまだ珍しかったロック系ライブハウスだ。広さは35坪で、隣近所に遠慮なく音が出せるようにと地下へ潜ることになった。
細野晴臣、坂本龍一、はちみつぱい、シュガー・ベイブ、ハイ・ファイ・セット、イルカ、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド、大貫妙子、鈴木茂、RCサクセション、サンハウス、四人囃子、桑名正博、ティン・パン・アレー、矢野顕子などのライブを行なった。
その動員力はニューミュージックというジャンルを不動のものとし、以後の第一次ライブハウス・ブームの火付け役となった。1980年に閉店。
西荻窪ロフトをオープンしてからまだ半年足らずだった頃、私は自由に爆音を出せる「ロックの空間創作」を夢想した。それが荻窪ロフトとして結実したのだ。
そうした本格的なライブハウスを作るには、地下室が絶対的に必要だった。そうでないとまともな音が出せない。それでまた借金をして、地下空間のライブハウスを作ることに決めた。
1974年と言えば、福島県郡山市内で『ワンステップ・フェスティバル』という内田裕也と石坂敬一がプロデュースしたロックフェスが開催され、オノ・ヨーコのバンドに交じり、サンハウス、イエロー、外道、めんたんぴん、四人囃子、クリエイション、シュガー・ベイブ、センチメンタル・シティ・ロマンスといった次世代を担うロック・バンドが大挙出演していた。
今こそ日本のロックが熱い、この熱を大事にしたい、私はその一心で、ロックを志す若者たちが安心して演奏できる地下空間をなんとか探し求めた。その結果、荻窪駅の南口周辺で探し当てたのは、地下倉庫を改造した、天井がものすごく低い35坪の空間だった。
だが、この店はなぜか多くの音楽関係者が絶賛するほどの素晴らしい音を出すことで知られるようになった。フィリップスの30インチ・フルレンジのスピーカー4台は確かに自慢できる良い音だった。
それは、荻窪ロフトのスピーカーとコンソールを今は亡き大瀧詠一事務所のコーチングのもと作られたことが功を奏したのだろうし、天井が極端に低いために音の鳴りが実にシンプルかつストレートに響いたからなのだろう。
そうした音響設備の充実も、テイクワンという事務所の協力を得られたからこそだった。また、本格的なジャズやロックのピアノ演奏を聴きたいために、立派なグランドピアノも買った。
荻窪ロフトで行われた伝説のオープニング・セレモニー
この荻窪ロフトは、ティン・パン・アレー系ミュージシャンのたまり場となった。オープニング・セレモニーは、歴史的にもう二度とあり得ない一大セッションが繰り広げられた。
細野晴臣、大滝詠一、鈴木茂、松任谷正隆、林立夫、大村憲司、浜口茂外也、小坂忠、ジョン山崎、小原礼、今井裕、ユーミン(荒井由実)、吉田美奈子……大貫妙子は歌う場所がなくて、カウンターの中から歌っていた。
この時代、私たちが支持する音楽はまだ全くのマイナーだったが、当時の高校生相手の深夜ラジオははっぴいえんどを筆頭に日本のロックの生演奏を流すようになったし、『ヤング・ギター』のような雑誌もロフトに興味を持ってページを割いてくれるようになった。
荻窪ロフトからの録音中継も何度かあり、たとえば山下達郎や大貫妙子が在籍したシュガー・ベイブの荻窪ロフトでの解散ライブも録音中継されたのだ(シュガー・ベイブのライブにはお客さんがたくさん入るようになっていたし、これから動員を増やしていけば「ロフトの柱になれる」と思っていた矢先だったので、私は彼らの解散には大きな衝撃を受けた)。
それが大きな宣伝効果となり、荻窪ロフトは次第にその名を知られ、ライブ以外のロック喫茶、ロック居酒屋の時間でもお客さんが入り始めた。若者たちはリクエストしたレコードから流れる爆音を聴きながら友人たちと酒を飲むようになった。
当時はロックの輸入盤が高価で、裸電球、四畳半、煎餅布団で暮らす若者は自由にレコードを買うことができない。そのため、ロック居酒屋に音楽マニアが集まるといった方程式が確立していった。
“日本のロックの夜明け”が見えてきた
しかし今でもそうだろうが、名もなきミュージシャンにお金を払ってまで聴きに来る客は数少ない。だが、ライブが終わった後の居酒屋営業では演者も打ち上げとして店に残り、朝まで酒を飲む。お客さんがそれに交わり、演者と一緒に飲むのを目当てに来店するようになる。
その結果、お客さんが入り始めて店は黒字となり、当日のライブでどんなにお客さんが少なくても居酒屋で稼いでいるので、儲けのないライブでも続けることができたのだ。私には儲からないライブをやめようという発想はなかった。
その一方で、当時の私は「急がなくては」と常に焦っていた。「このままうかうかしていたら、ロフトは今のロックのスピードについていけない。私たちが築いてきたロック・シーンをなんとしても先頭で切り開いていくんだ」と肝に銘じた。
毎日が熱い気持ちだった。全国から押し寄せてくる新しいバンドの斬新な演奏に感動していた。実に楽しかった。ささやかではあったが、「日本のロックの夜明け」が見えてきた。
そして荻窪ロフト誕生の3カ月後に高円寺に次郎吉、吉祥寺に曼荼羅、新宿に開拓地、約1年後に渋谷に屋根裏が誕生して首都圏におけるロック文化の礎が出来上がった。こちらから特に声をかけなくてもロフトに出演したいというバンドは全国各地からどんどん集まってくるようになった。だが、毎日ライブをやれるほどではなかった。バンドもお客さんもまだまだ少なかった。
私は断固として、店の経営を維持するために週3日限定のライブにこだわっていた。
文/平野悠
『1976年の新宿ロフト』(星海社新書)
平野悠(著) 牧村憲一(監修)
2024/1/24
¥1,540 税込
224ページ
978-4065347874
日本のロック・ミュージックが真の意味で市民権を勝ち取る前哨戦を、ライブハウス「ロフト」の創設者が回顧する壮大なクロニクル
1970年代に日本のロック・シーンはわずか数年で怒涛の如く成長し、やがて国内の音楽業界全体を席巻する存在として巨大な発展を遂げていった。この熱狂の先頭をいく気鋭の音楽家たちと常に併走してきたのが、ライブハウス「ロフト」だ。本書は、日本のロック及びフォーク界のスーパースターを育てた「聖地」の創設者である著者が、いまや伝説として語り継がれる「1976年の新宿ロフト」のエピソードを大きな軸として、日本のロック・ミュージックの長く曲がりくねった歴史を、アーティストたちの素顔や業界の生々しい実情とともに明らかにする。歌謡曲に対するカウンターカルチャーとして、ロックが市民権を得ていった軌跡を堪能してほしい。
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