1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

「さくら」は50か所、「うめ」は19か所以上。日本に桜・梅がつく地名が多いのはなぜ? 京王車庫前が桜上水へと変わった理由

集英社オンライン / 2024年2月16日 18時1分

日本には「さくら」「うめ」といった花の名がついている土地が多いという。好ましい字を選ぶ「好字化」の影響や、桜の名所にはことごとく桜の名前を冠した背景など、地名の歴史を知るのはおもしろい。地図研究家、今尾恵介氏の新著『地名散歩 地図に隠された歴史をたどる』より、日本全国の花の名前の土地土地に思いを巡らせた章を一部抜粋して紹介する。

やはり梅と桜が多い「花」の地名

ひときわ寒い冬に待ち遠しくなるのは花の季節である。枯れ木の中でいち早く蕾をふくらませるのが梅であるが、「梅」のつく地名で最も有名なのは大阪の梅田だろうか。大阪駅の所在地(大阪市北区梅田三丁目)でもあるが、明治7年(1874)に関西初の鉄道が神戸までの間に開通した時、その停車場が建設されたのは大阪の旧市街から北に外れた曽根崎村の田んぼが広がる地域であった。



埋め立てにちなむ埋田が転じて梅田になったとされるが、梅田姓に由来する説もある。

『角川日本地名大辞典』に掲載されている大字レベルの現役の「梅田」(梅田町も含む)は全国に19あるが、このうち埼玉県春日部市、新潟県長岡市、和歌山県海南市、鳥取県琴浦町の梅田は「埋田」に関係すると説明しており、由来が記されていない梅田も沖積地が目立つ。

日本には古くから良い字を選ぶ「好字化」の伝統があり、梅の字が特に好まれたのだろう。長崎市の出島にほど近い梅香崎町も、幕末期に埋め立てられた場所に当時の長崎奉行が命名したという。

もちろん好字ではなく、新しい地名には文字通りの梅の木に由来する地名が目立つ。最も古そうなのが梅の名所・偕楽園で知られる水戸市の梅香(上梅香・下梅香)。梅を愛した佐竹氏の家臣・岡本禅哲(号は梅香斎)の居館に由来する。愛知県知多市梅が丘は昭和55年(1980)成立と新しいが、「古くから梅の花の咲く丘であったことに由来」(前出『角川』)するという。

太宰府天満宮

受験シーズンになると合格祈願の絵馬で賑わうのが各地の天満宮だが、菅原道真が左遷で大宰府へ流される時に詠んだ「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花……」の和歌でも知られる通り、太宰府市には梅ヶ丘と梅香苑がいずれも市域南端の新しい住宅地に昭和60年(1985)に生まれている。

京都府長岡京市の長岡天満宮のすぐ南側に阪急が造成した住宅地は昭和36年(1961)に「梅が丘」と命名された。

梅の地名より多いと思われるのが桜で、全国各地に見られる。桜ヶ丘(桜丘・桜が丘)を検索してみれば北海道根室管内から鹿児島県西之表市(種子島)まで日本中に多く分布しており、『角川』によれば「さくらがおか」と読む地名は全国で50か所を超える。

桜町はさらに多く、江戸期からの桜の名所として知られる東京都小金井市の桜町(昭和34年起立)をはじめ、全国的に戦前から戦後にかけて好んで命名された。昨今でも栃木県さくら市、さいたま市桜区など新しい市・区名に採用されるなど人気は相変わらずである。さいたま市桜区はサクラソウにちなむので似て非なるものではあるが。

京王車庫前から桜上水へ

小金井の桜に関連したものでは、元文2年(1737)に玉川上水沿いに植えられたこの桜並木は隣の武蔵野市にもまたがっており、同市には桜堤という町名が昭和37年(1962)に誕生した。

その上水をさらに下れば世田谷区に桜上水。これは京王電気軌道(現京王電鉄)の桜上水駅が先で、正式な町名となったのは昭和41年(1966)である。昭和12年(1937)に改称する前は京王車庫前という素っ気ない駅名で、これをおそらくイメージアップすべく「桜で有名な玉川上水」からイメージしたのだろう。

同様に駅名が先なのが小平市の花小金井である。西武鉄道村山線(現新宿線)に設けられた花小金井駅(昭和2年開業)が起源で、所在地は小平村大字野中新田与右衛門組であったが、小金井観桜の最寄り駅をアピールした創作駅名だ。駅の周囲に正式町名の花小金井・花小金井南町が誕生したのは昭和37年(1962)である。

桜の木に由来するものが多いとはいえ、歴史的地名の中には必ずしもそうではないものもあり、鎌倉時代以前からの地名である奈良県桜井市は、『角川』では崖に由来するクラに接頭語のサといった解釈もなされており、日本の地名に特有の当て字が相当数含まれているのは間違いないだろう。

茨城県水戸市の上梅香・下梅香(左下。現梅香)。梅を愛した岡本禅哲(梅香斎)の居館にちなむ。梅の名所・偕楽園は西方。塔文社1:15,000「水戸市地図」昭和28年(1953)

野アザミの里にちなむという高知市薊野(あぞうの)。JR土讃線に薊野駅がある。横浜市青葉区には今風の「あざみ野」の地名も。「地理院地図」令和4年(2022)2月3日ダウンロード

その他の花の名

その他の花の地名を思いつくままに挙げてみると、まずは北海道函館市の桔梗。江戸時代からの地名で、文字通りキキョウの群生地にちなむとされ、函館本線の桔梗駅は明治35年(1902)開業と古い。もうひとつ駅名になっているのは近鉄大阪線の桔梗が丘(三重県名張市)で、こちらは高度成長期の宅地開発に伴って昭和39年(1964)に設置された。その隣には百合が丘東・西の地名が昭和57年(1982)に誕生している。

百合は意外に少ないのだが、川崎市麻生区百合丘(昭和36年起立。小田急百合ヶ丘駅周辺)や百合ヶ丘(茨城県守谷市)、百合が丘(名古屋市守山区)などが全国に点在している。兵庫県宝塚市には宝塚歌劇のシンボルにちなむ「すみれガ丘」。神奈川県平塚市は漢字で菫平(昭和33年)。砂丘上でスミレの花がよく咲くことからの命名という。

東急田園都市線沿線のあざみ野は新地名で、町名が昭和51年(1976)、駅はその翌年に開業した。アザミを漢字で書けば「薊」という見慣れない字だが、これを用いたのが高知県の土讃線薊野駅。安土桃山時代から文献に見えるという古い地名だが、由来は「野アザミの里」とされている。京都市上京区の木瓜原町(明治初年から)はボケの木が多かったことにちなむというが、草木瓜の多摩方言が用いられた字名「シドメ窪」は立川バスの停留所に今も健在だ。


写真/shutterstock
図・地図/書籍 『地名散歩 地図に隠された歴史をたどる』より

地名散歩 地図に隠された歴史をたどる(KADOKAWA)

今尾恵介

2023年12月8日

1012円(本体920円+税)

240ページ

ISBN:

9784040824772

地名には、その土地の歴史がある

内陸にも多い「海」がつく地名、「町」という名の村、地図にないのに生きている「幻の地名」……全国の不思議な地名を取りあげ、土地や日本語の由来をたどる。ひとつひとつの地名にその土地の歴史が隠されている。

【目次】
第一章 モノの名前を冠する理由
やはり梅と桜が多い「花」の地名/市場が立つ日を表す/伝説を生む歌と踊りの地名

第二章 意外な名付けられ方
「令和」の町名も誕生/囲む地名は何を囲んでいたのか/北海道の「原形」を留める地名

第三章 一筋縄ではいかない「読み」
方言漢字をご存じですか?/親不知――「返り点」を付けて読む地名/同音を重ねる地名――「おおお」も

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください