いつまで薬を飲ませ続ければいいのか。講談師・神田香織さんが“統合失調症の娘を持つ母”として落胆した「日本の精神医療の遅れ」
集英社オンライン / 2024年2月17日 11時1分
19歳で統合失調症を発症した娘のケアを10年以上、続けてきたことを初めて告白した講談師の神田香織さん。この10年間、ありとあらゆる治療法を試したと話すが、苦労したことのひとつが、娘が長年、服用しているという治療薬の副作用だという。
抗うつ剤を試し飲みして「死にたく」なった医師
さて、娘が19歳の時に発症した精神疾患のひとつ統合失調症。これについてはたくさんの書籍が出てますが、はっきり申し上げて玉石混交に思えます。
また、食生活も本当に大切です。昨今はミネラル分の抜けてしまった食品が多く、それらが精神疾患や発達障害などの増加遠因になっているという指摘もあります。
精神科医の、蟻塚亮二先生の著書『悲しむことは生きること』の中に、ミーがなぜあのような危険な行動に出たか、そのヒントに思えることが書かれていました。
「私は患者さんに処方する薬はほとんど試し飲みしている。ある時、新しい抗うつ剤が販売されたので、例によって試し飲みしていた。その数日後、外来診察していて突然『死にたく』なった。
おかしいな、今、自分は死ななければいけない理由は一つもないのに『死にたい』という気持ちが頭の中に浮かんでくる。
これは新型の抗うつ剤を『不規則でいい加減』に飲んでいたせいだと思い、医局にもどって机から安定剤を1錠取り出して飲んだら『死にたい』はなくなった。薬を不規則に飲むと血中濃度が上がったり下がったりを繰り返し、薬の副作用ばかり出る」
この蟻塚先生ご自身の体験、私は説得力があるように思います。
ミーはまさにこの「薬の副作用ばかりが出る」状態で、飲まなくなっては不安定になり、入院して落ち着く、退院してしばらくするとまた……この繰り返しでした。
ミーの担当医は誰もが「きちんと飲んでください」とは言うものの、「飲まないと薬の副作用が強くなり、最悪の場合死にたくなることがあるかもしれない」と具体的に話すことはありませんでした。
2023年8月に電車と接触し、両脚切断という大けがを負ったときもミーは幻聴から逃げるように電車に乗ろうとして足を滑らせて、動き始めた車両と車両の間に飛び込んでしまったのでした。
思えば治療についてこの10年間、ありとあらゆる方法を試したものです。「薬を抜けば治る」といった内容の本を読んでは、藁にもすがる思いでその病院に駆け込んだり、毛髪で栄養分を分析して高価なサプリを買い求めたり。しかし、本人はいつも妄想や幻聴と闘うのに忙しくて、私の言うこともうわの空で聞いていることが多かったように思います。
薬物治療なし、「対話」だけで回復は可能か?
それでも25歳の頃は就労継続支援A型の作業所で8ヶ月間働いたこともありました。しかし、作業所にストーカーがいるという被害妄想が出て、行かなくなりました。
個人差もあるでしょうが、なんとも厄介なこの病。どんなにだるく、眠くなっても精神薬は独断でやめてはいけないわけで、主治医と相談しながら少しずつ減薬するのが理想です。けれど、何年も飲み続けなければならない苦痛は想像するにあまりあります。
症状が悪くなるとまず医者へ行き、薬で治ったらもう飲む必要がないのが通常の病気です。しかし精神の病は違います。かなり長い間、服薬を続ける必要があり、それが何年も何十年も続く可能性があることを、一体どれほどの人が知っているでしょうか。
ミーが発症してほどなく、海外では「オープンダイアローグ」という方法があることを知りました。最近では日本でも教育研修が始まっており、精神医学の学会などでも講演やワークショップが盛んに行なわれているそうですが、10年前はまだまだ新しい治療法でした。
オープンダイアローグとは、統合失調症の患者を薬物治療を行わずに「対話」だけで回復に導くというものです。医師と患者が1対1で向き合うのではなく、患者、家族、専門家チーム(医師、看護師、心理士など臨床心理士など)が輪になって「開かれた対話」を行ないます。
散々に手を尽くして調べましたが、当時は対応している病院がなく、こんなに素晴らしい方法がなぜ、日本では普及していないのか、この方法だったらミーも救われたかもしれないと心底、日本の精神医療の遅れに落胆したことを覚えています。
他人に依存できることが真の自立
話は戻ります。整形外科での診察でミーの今後については、①義足を使わず車椅子で生活する場合はトイレ、お風呂の介助がずっと必要になること ②トイレだけでも一人できるようにするための義足をつけるか、その場合もリハビリが必要になること、などを本人、家族、病院の相談員、ケースワーカーの方々と相談することになりました。
診察の間ほとんど無言だったミーでしたが、12月10日に倉敷市で講談「はだしのゲン」を主催してくれた岡山「被爆2世・3世の会」の皆さんからの寄せ書きを手渡したときは、笑顔になって「もらえるの、うれしい」と言ってくれました。
2度にわたる大けがなど、ミーと生活していく中では心が張り裂けそうになることが何度もありましたが、私は他人に依存できることが真の自立なのだと蟻塚先生から教わりました。
一人で悩んでいると50の悩みが100の悩みになってしまいます。しかし、困ったとき、悲しいときは、それを他人に相談するすべきであるとあらためて考え直したのです。
まだ統合失調症という病気については、いわれなき偏見もつきまといます。けれど、今まで講談師として悲しみを背負った方々の話をかけてきた私は、私事だからとあえて封印してきた”自分語り”をこれからしていこうと決意しました。
講談も自分語りも、私の語りで元気になってくれる方がいるということ、それは講談師冥利に尽きると言っても言い過ぎではないのですから。長文おつきあい、ありがとうございました。
文/神田香織
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