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暴言・命令形・ハラスメント…ルール違反のコミュニケーションに人はなぜ惹かれてしまうのか? 人気Podcast『奇奇怪怪』が提示した「うるせえ」「黙れ」の効用【玉置×水野】

集英社オンライン / 2024年2月11日 18時1分

Podcastブームを牽引してきた『奇奇怪怪』と『ゆる言語学ラジオ』。それぞれの番組でホストを務める玉置周啓氏と水野太貴氏の初顔合わせが実現した。対談の後編では、2人が気に入った歌詞とコピーを出し、日本語の面白さを語るところから始まり、それぞれの番組の魅力の秘密にまで迫っていく。

<気づいたら俺は夏だった>と<夏をはじめよう>

水野太貴(以下、水野) 玉置さんには「こういう歌詞を書きたい」というようなモデルやイメージはあるのでしょうか?

玉置周啓(以下、玉置) なんでしょう……自分が書いた歌詞じゃなくて、いちリスナーとして感動した歌詞でいうと、NUMBER GIRLの「透明少女」という曲ですね。<気づいたら 俺は なんとなく夏だった>という一節があって、言語の組み合わせによって、自分の想像を超える景色に連れて行かれたんですよね。



水野 夏という言葉を使った言語の組み合わせなら、僕も類例を出せますよ。

玉置 さすが、すぐ出ますね。

水野 雑誌の「MEN'S NON-NO」を読んでいたら、<爽やかな白シャツで、夏をはじめよう>というコピーが書いてあったんです。でも夏って、人間の意思とは関係なく、勝手に始まるものじゃないですか。

玉置 日本語としておかしい、ってことですか?

水野 非常にレトリカルだなと思って。意味的には不自然なのに、誰しもニュアンスがわかるところがおもしろい。それでいて、「そんな言葉の使い方はおかしい」って怒られるような感じでもなく。むしろ、このコピーでなんとなく気分が上がったりしますよね。僕はサイエンスの人間なので、こういうコピーは絶対に書けないです。

水野太貴氏

玉置 <俺は なんとなく夏だった>も<夏をはじめよう>も、張り切って言葉遊びをしているわけではなく、まるでそういう言葉の使い方があったかのように、自然と使われていますよね。僕はそこに感動するんです。

水野 もっと凝った使い方をすると、それはやりにいってる感じが出ちゃいますよね。

玉置 説明的になり過ぎず、詩的にもなり過ぎない。伝達という意味で、言葉としてちゃんと機能している。そういう言語の組み合わせを掘り起こしていきたい、という気持ちはずっとありますね。

水野 広告のコピーライティングにはそういう言葉が多くあるので、広告コピーの本はわりと読むんですけど、興味深いと思った言葉は全部データベースに入れてあるんです。個人的には、非文法的に見える表現が好きですね。

玉置 例えば、どういう?

水野 『ゆる言語学ラジオ』でも扱ったことがあるんですが、1983年の<少しずつ、結婚しようよ。>という有名なコピー。松屋のブライダルフェアのコピーです。

玉置 あぁ、いいですね。

水野 結婚とは離散的なものなので、「少しずつ」というのは厳密にはあり得ない。でもなんか、意味がわかるじゃないですか。同棲を始めるとか、二人で少しずつ結婚に向かっている感覚。

玉置 たしかに結婚って、制度としては、しているかしていないかしかないけれど、現実には「少しずつ結婚」している状況がある。そこに言葉を当てはめることで、生活に光を当てるというか。僕も曲や歌詞にはそういう機能を持たせたいとは思っているんです。言語の組み合わせによって、取りこぼしていた過去を取り戻すようなことができるんじゃないか、っていう。こんな視点あったのか、みたいな新鮮な驚きではなく、これはもともと自分が持っていた視点なんだ、というのを言語によって誘発することができたらいいなって。

玉置周啓氏

水野 なるほど。普通の人が捉えていない諸相を、言葉なり逸脱した表現の先にイメージさせたい、ということでしょうか。

玉置 難しいな……でも、かっこよく言うと、そういうことです。

水野 もし僕が<少しずつ、結婚しようよ。>的な歌詞を書けと言われたら、やっぱり構造を分解して、段階性のある副詞と、離散的な意味を持つ動詞のペアを大量にリストアップして、1つ1つ組み合わせる、という作業になっちゃいますね。

玉置 再現性のある方法で。

水野 はい。方法論を与えて、それをひたすら。創作とは程遠いでしょう。

玉置 さっきも言いましたけど、それが水野さんにとって幸福なら、いいじゃないですか。考えごとをしないとか、感受性がないとかおっしゃってますけど、夢中になれる瞬間があれば、それでいいと思いますよ。リストアップすることが好きなんだから。

水野 ただ、それゆえの危険もあるんですよね。これは非常に極端な例ですけど、戦争中、夢中になって研究している研究者が、実はとんでもない殺人兵器を開発していた、みたいな話があるじゃないですか。

玉置 あぁ……気づかないうちに。

水野 僕のようなサイエンスの人間は、自分の幸福や夢中の先に、たとえ巨大な悪があったとしても、きっと気づかないんですよね。美学がある人間は悪に手を染めないと思うんですけど、僕には美学がなくて、論理しかないんです。

玉置 たしかにそれはこわいなぁ。

言葉が溢れる世界は言語学にとっては革命的

──インターネット以降、SNSやYouTube、Podcastに至るまで、世界中で発生する言葉の量が格段に増えたと思うのですが、そのことについて水野さんはどう考えていますか?

水野 単純に、言葉が増えたことは望ましいなと思っています。テキストでも音声でも、言語学的に分析できるデータの量が増えるので、ありがたいなって。しかも、データなら検索をかけられるので、いつその言葉が発生して、普及していったとか、すぐわかる。さらに歴史的な視点で考えると、明治より以前に残された言葉の資料を研究しても、当時読み書きができた、極めて少数の母数しか集まらない。要は超インテリの言葉しか残ってないんです。でも今は、一般の人たちが使う日常語から、特定のコミュニティでしか使われない言葉まで、誰でもアクセスできるところへ大量に残るので、研究する立場から見ると、革命的なことなんです。あと、Podcastに関して言えば、方言でしゃべる番組が増えてほしいですね。

玉置 方言か、おもしろい視点ですね。

水野 玉置さんは八丈島のご出身なんですよね。八丈語はしゃべれますか?

玉置 いや、僕の世代はもう、全然しゃべれないんです。方言撲滅運動みたいなのもあって。僕らの祖父母の世代ぐらいが若い頃、東京に出稼ぎに行かなきゃいけなくて、そこで標準語も覚える必要があって、島の人たちも標準語で話すようになったんです。だから、ぎり僕の親世代くらいまでで、八丈島の言葉を話す人たちはいなくなりました。

水野 やはりそうですか。八丈語は、ユネスコが認定した「消滅の危機にある言語・方言」のうちのひとつなんですよね。

玉置 そうですね。方言の保存って、具体的にどう言語学に貢献するんですか。

水野 昔ながらの日本語の形を残している、という意味でも興味深いですし、前提として、標準語と比べた時に、方言が言語として劣っているということは決してありません。方言には独自の整合性やルールがきちんとあって、それを分析することは、言語の本質を探る意味でもかなりの資料的価値と意味があります。それに、撲滅運動の話が出ましたが、この先おそらく方言が増える可能性はなくて、減る一方です。世界的に見ても、日本は方言の調査を頑張ってはいるほうなんですが、それでも途絶える傾向にあるのは間違いない。

玉置 単純に地方の言葉というだけじゃなく、昔から使われている言語である、という側面が重要なんですね。

水野 まさに。例えば、奈良時代よりも前の日本語を復元しようと思った時に、方言の中に「こういう言い方がある」というのがわかると、想定できる候補を見つけられたりします。逆に、方言の中に見つからなければ、可能性を絞ることもできる。それはアクセントに関しても同様で。

肌に合わない言葉、というのはあるのか?

玉置 普段の会話とは別で、ライブで歌う時に、自分の中で血肉になっていない言葉って出てこないんですよね。あんまり使わない言葉だけど、こっちのほうがかっこいいな、とか思って書いた歌詞ほどライブで飛ばしやすい。

水野 それはおもしろい報告ですね。身体化された語彙じゃないと、いざという時に出てこない。

玉置 めっちゃトレーニングとか経験を積めば出てくるようになるとは思うんですけど、明らかに普段の語彙で書いた歌詞との違いはあります。

水野 その話は言葉と身体に関わるテーマなので、最近ホットなジャンルですよ。

──『ゆる言語学ラジオ』の中でも話題になっていましたが、水野さんは普段の会話でも学術用語を普通に使ってるって

水野 よく指摘されますね。「その言葉、人文書では見るけど、しゃべってる人は初めて見た」とかって言われがちです。

玉置 めっちゃおもしろい。

番組の書籍版となる『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』が2023年に刊行された

水野 僕は辞書が大好きで、文語と口語という区別が存在することを知らない小学生時代から辞書を読んでいたせいで、どの言葉も口語で使っていいと思っていたんですよ。だから小学校の作文でも、友だちと話している時でも、普通にことわざとか入れちゃう。知をひけらかしたいとかでは全然なく、ごく自然に、覚えた言葉を使っちゃう感覚で。

玉置 それすごくわかります。水野さんほどではないですけど、僕も飲み屋で「お前に言っても釈迦に説法だと思うけど」って言ったら、一緒にいた友人たちに感心されました。「このタイミングでよくその言葉出たな、感動したよ」って。

水野 感動したっていうのがいいですね。僕も人の語彙に感動すること、ありますよ。それでいつか自分も使ってやろうって。

玉置 でもさっきの血肉になってない話と同じで、いいなと思ってしばらく使ってみたけど、どうしても肌に合わない言葉ってありません?

水野 え、言葉に対して、肌に合うとか合わないって、あるんですか?

玉置 水野さんはないですか?

水野 僕はないですね。肌に合わないというのは、キザだからとか、格式高く思われたくないとか、そういう感覚ですか?

玉置 というより、やっぱり自分の生活圏にはない言葉というか。無理して経済用語を使っても、結局使いこなせない、みたいな。

水野 ボックス相場とか、ネットワーク外部性とか、そういうやつですか?

玉置 そんなんじゃないです!

水野 限界効用逓減の法則とか?

玉置 違います! すみません、じゃあ経済用語じゃないです! なんとなくカタカナのビジネス用語くらいの意味です。

水野 まぁでも、言いたいことはわかりました。ただ、それもやっぱり玉置さんの美学ですよね。自分はこういう言葉は使いたくない、っていう。

玉置 水野さんにはそういう感覚ないんですか?

水野 僕には美学が乏しいので、その感覚もありません。すべて取り入れたい。自分が辞書になったら最強だと思っているので。

玉置 すごすぎる。

水野 もし玉置さんが、目新しい言葉をあまり取り入れないとしたら、『岩波国語辞典』タイプですね。僕は新語も網羅したいので『現代例解国語辞典』タイプです。

ルール違反のコミュニケーションに人はなぜ惹かれるのか

──水野さんに、言語学的な見地からうかがいたいのですが、『奇奇怪怪』では、もちろん玉置さんとTaiTanさんの関係性を前提として、「うるせえ」とか「黙れ」とか、時には「死ね」といった言葉が交わされているのですが、これについてはどう考えますか。

水野 その話、しちゃいますか。

玉置 言葉だけ抜き出すと、とんでもない番組ですよね。

水野 玉置さんと対談するなら、この話は避けて通れないなと思っていました。

──要は、別に黙ってほしいと思っていなくても、人は「黙れ」という言葉を使う時がありますよね。

水野 「黙れ」は命令形ですから、たしかに言葉だけで考えると、相手を黙らせたい時に使います。だけど、人間は言葉を意味だけで解釈しているわけではなくて、言葉の奥にある含意を読みとります。これはポール・グライスという言語哲学の学者が言っていることですが、簡単にいうと、会話には4つのルールがあって、そのルールに違反しているにもかかわらず、あえて発せられた言葉というのは、何かしら別の意味があるんだ、と。違反してでも伝えたいメッセージがあるはずだ、ということです。

玉置 ちゃんと研究されているんですね。

水野 ルール違反を共有している間柄で「黙れ」という言葉が発せられた時、これは黙ってほしい以外の含意があるはずだと、人は爆速で推論します。その結果、大きなトラブルにもならず、コミュニケーションが行われている。というのが言語学的な説明になるでしょうか。

玉置 へぇ、すげえ。めっちゃおもしろい。

水野 同じPodcast番組だと、『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』でも、たびたび「私たちの間では問題ないけど、これほかの人が言ったら完全にハラスメントだからね」みたいな会話をしてますよね。関係性に依存したコミュニケーションであることを自覚しているからこその発言。

──『奇奇怪怪』も『OVER THE SUN』も人気番組ですから、そんなルール違反のコミュニケーションに多くの人が魅了されている、というのも興味深いです。

水野 ある雑誌の編集長が言っていたんですけど、「紙の雑誌は炎上しにくいプラットフォームなので、フィルターバブル疲れした人に寄り添えるんじゃないか」って。わざわざお金を払う人しか読まないので、関係性に依存したコミュニケーションが成立しやすい。それを聞いて、Podcastにも通じる話だなと思いました。

玉置 ネットのフィルターバブル疲れもあると思いますけど、そういう罵詈雑言だったり、ハラスメントになり得る言葉を言い合えるような関係性、つまり、仲のいい友人だったり、言語を雑に使っても大丈夫な相手がいない人が多いんじゃないかなって思います。とくに若い世代は、乱暴な言葉を使わないことがだいぶ内面化されているだろうし。

水野 おもしろい視点ですね。「黙れ」と言える相手がいない。

玉置 大人になるにつれて、社会的に補正されるのは当然ですけど、TaiTanとしゃべっていると、子ども時代にただおもしろいからって快楽的に口にしていた語彙を再現しているような気分になることがあるんです。

水野 なるほど。リスナーはその関係性に憧れる、というのはよくわかります。

玉置 別に僕とTaiTanの乱暴な言葉のやりとりが正解だなんて決して思わないし、推奨もしないですけど、こういうコミュニケーションもありなんだ、っていうのがPodcastとしてアーカイブされることは、意味があるのかもしれないなって思うようになりました。

水野 TaiTanさんとの関係性は、ずっと変わらず、ですか?

玉置 最近はもう二人で一人になってきたなっていう感じですね。

水野 え、どういうことですか?

玉置 僕とTaiTanのキメラがしゃべってる、みたいな。お互いに、自分が思っていることや言いたいことを相手が先に言ってくれる状況というのがけっこうあって、それってもう対話じゃなくて、同じ意識の一人が別々の口からしゃべってるみたいな感覚なんですよね。

水野 それは本当にすごい関係ですよ。

玉置 僕なんてほとんどあいづち打ってるだけですけど、TaiTanが言葉に詰まった時ほど、僕のほうが口がまわったりするんです。あとは、TaiTanの話を聞いていると、実際は初めて聞く話なのに、まるで自分も前からそう思っていて、TaiTanの声を聞きながら整理しているような気分になることもあったりとか。

水野 それは関係性とかではなく、もう思考が繋がってますよ。長い時間ずっとしゃべっていると、考え方や使う言葉も近くなってくるでしょうから。

玉置 あまりに一体化すると、それはそれで危険だなとも思うんですけどね。

水野 僕もそうですけど、相方によって、自分でも知らなかった一面を引き出されているなと感じることは多々あるので、それだけでも貴重な体験ですよ。今後どうなっていくか、楽しみですね。

玉置 言語学の変なサンプルとして、使ってください。

最後は肩を組んだ2ショット。玉置氏が手にしているのは『奇奇怪怪』(2023年)

取材・文/おぐらりゅうじ
撮影/野﨑慧嗣

〈番組詳細〉


2020年5月にPodcastで配信開始。2023年5月、番組名を『奇奇怪怪明解事典』から『奇奇怪怪』にリニューアル。2024年より、全プラットフォームへの配信がスタート。パーソナリティは、ヒップホップユニット「Dos Monos」のラッパーTaiTanと、バンド「MONO NO AWARE」と「MIZ」のギターボーカル玉置周啓。日々を薄く支配する言葉の謎や不条理、カルチャー、社会現象を強引に面白がる。ガンダーラを漂う耳の旅。2022年7月にはTBSラジオ『脳盗』としても放送開始した。著書に、『奇奇怪怪』(2023年、石原書房)などがある。


2021年1月にPodcastとYouTubeで配信開始。パーソナリティは、編集者の水野太貴と、YouTuberで著述家の堀元見。「ゆるく楽しく言語の話をする」をコンセプトに、水野が持ち込んだ言語にまつわる身近なトピックを、堀元が聞き役として進行する。著書に『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(2023年、バリューブックス・パブリッシング)などがある。

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