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〈日本の就職活動の悲劇〉祖父母の教えと部活とゼミとインターンが統合された結果、「広告を通じて環境問題を解決する」という意味不明な志望動機が生まれる謎

集英社オンライン / 2024年2月20日 11時1分

競い合うようにたくさんの会社を受けている就活生のほとんどが、「自分にとって何が大切なことなのか」を理解できていないはずだ。この記事を読めば、自分のいまの状況が如何に滑稽なものか、そして今後の人生で自分にとって大切なものが何なのか、冷静に判断できるきっかけになるはずだ。いま大人気の書籍『世界は経営でできている』より、悲劇的な日本の就職活動の実態を一部抜粋して紹介する。

就活は経営でできている

就職活動は三文芝居の笑えない喜劇で満ち溢れている。

しかもほとんどの就活生はそれを演じていることに気が付いてすらいない。

たとえば就職活動において数100社から無残にも入社をお断りされた悲劇的な就活生の話題は日常的に耳にする。だが、よくよくきいてみると、そして冷静に一歩引いてみると、そうした就活生は明らかな経営の失敗によってみずから悲劇的状況に陥っていることが分かるだろう。



しかも書類上の学歴・経歴が人一倍立派な就活生ほどこの罠にはまる。

こうした就活生は、まず、大抵において真面目である。だから日商簿記2級、英検準1級、普通自動車第一種運転免許、お洒落カフェ会員証くらいは持っていたりする。しかしいざ就職活動が始まって副ゼミ長と副部長まみれの(実に人口の半分が副ゼミ長・副部長経験者と思えるほどだ)有能アピール大会に参加しているうちに不安になる。

そこで「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式で、50社、100社と他の就活生の何倍もの数の企業に入社希望を出す。

するとひとつの企業の応募書類(志望理由、学生時代に力を入れたこと=通称ガクチカ、自己PRなどなど)にかける時間と労力が相対的に少なくなる。そのため、たとえその就活生が他者と同じ能力を持っていたとしても、出来上がった応募書類の出来栄えは当然ながらライバルたちの数分の一以下だ。

その結果これまた当然ながら書類審査で落選する。あるいは運よく面接に進めても、そこで改めて応募書類を読まれてその稚拙さに呆れられる結果となる。応募書類を使い回しすぎて貿易商社の志望理由に自動車製造企業の志望理由と同じことが書いてあったりするのだから、怒られないだけましだろう。

俺たちに明日はない?:何のためのランキング、何のための就職

こうしたマシンガン乱れ撃ち式就活では内定が出るかどうかはほとんど神頼み/ご祈祷状態である。

だからこうした就活生たちがめでたくお祈りの嵐を受けるのは「祈ったり」叶ったりというわけである(補足:就活生の間では入社お断りのメールに記載されている「今後のご活躍をお祈りいたします」といった定型文から、落選通知は「お祈り」と呼ばれている)。

さらに「就活時応募書類乱射型学生」の周りには、ほんの数社の入社試験しか受けない「3年寝太郎型の学生」がいるものだ。

こうした学生はさきほどと反対の論理で、実は1社当たりにかけている時間・労力が大きいという利点があることと、持ち前の図太い神経による何ともいえない大物感から案外にすぐ内定がもらえたりする。

すると「あの寝太郎でさえも○○に!」と、就活時応募書類乱射型学生の焦りはピークを迎える。

そうなってしまっては、悶々としながら寝太郎が受かった○○株式会社について「○○株式会社年収」とか「○○株式会社入社難易度」「○○株式会社コネ」「○○株式会社やばい」などと検索してみるが、そんなことでは焦燥感と劣等感は払拭できない。

就活時応募書類乱射型学生は、こうしてもう100社、もう200社とさらに悪手を重ねてしまうわけである。

ここまでは一応は喜劇だが、就活生本人は笑えないだろう。それどころかこうした状況で自信を失ってしまい、正気でいられないかもしれない。日本ではなくアメリカだったら応募書類の乱射ではなく本当の銃乱射事件という悲劇につながっていた可能性さえある。

だがこれを読んでいる就活生は落ち着いて欲しい。

こうした就活生は決して能力が低いわけではなく、真面目ゆえに経営失敗の罠にかかっただけである。だからこそ経営思考を取り入れて「自分にとっての究極の目的は何で、そのためにはどんな就職をすべきか」を問いなおすだけでも就職活動をめぐる悲喜劇の大部分は回避できる。

経営思考が欠如した就職活動をおこなった場合、たとえ運よく有名企業に内定を得た学生であっても、それは悲劇の序幕に過ぎないということにもなりかねない。

たとえば、何の信憑性も根拠もない、ネット上にあふれる「入社難易度ランキング」を気にして、とにかくランキングの高い会社を目指すような場合である。こうした発想で、外資系コンサル、外資系投資銀行、政府系企業、シンクタンク、総合商社、テレビ局、広告代理店、出版社……といった企業を想定年収の高い順に受けていくような就活生は多い。

こうした企業への就職を希望する学生は、その実、大学受験的発想で入社ランキング上位企業に入って周囲に自慢したいだけのこともよくある。しかしそれでは内定は得られないため、仕方なくとってつけたような「志望理由」を創作する。

祖父母の教えと部活とゼミとインターンシップ経験とが統合されて「広告を通じて環境問題を解決する」という壮大かつ意味不明なビジョンに至ったなどと奇妙奇天烈なことを言い出す。これまで文学に興味のかけらもなかったはずなのに突如として創作に目覚めるようだ。

しかしこれには裏がある。こうした就活生は就職活動が上手くいった先輩の力を借りたり、場合によっては就活塾などに大金を支払ったりして、こうした志望理由を練りに練っているからだ。

不幸なことに、度重なる面接練習を通じて、志望理由錬成型就活生は偽りの志望理由を真実だと信じ込んでしまうようになる。

放蕩記:遅れてやってくる就活の悲劇

もしや企業側はこうした「染まりやすさ」を評価しているのではと思いたくなるほどだが、こうした就活生の必死の努力が実ることもある。晴れて内定だ。

だが、就職のために作り上げた虚妄の志望理由など現実の前には無力である。

虚妄によって内定を得た学生は、実際に働きはじめるとすぐに「これは果たして自分が本当にやりたかったことなのか」という葛藤にさいなまれる。他人は騙せても自分を最後まで騙しとおすことは難しい。

なまじ入社難易度の高い企業に内定する頭のいい学生だからこそ、やがてはこうした矛盾に気づく。そうして入社のためにあんなに頑張った会社を、3年やそこらで簡単に辞めてしまうというわけである。

似たような例として、「とにかく年収の高い企業にいきたい」という拝金主義就活生もいる。

拝金主義就活生は、年収が高い企業を調べているうちに、典型的には外資系金融のような激務短期評価系の仕事を志望するようになる(なお、意外なことに、外資系コンサルはそこまで年収は高くない)。そして先ほどとまったく同じ顛末で、ごく少数だが内定にまで至る人もいる。

だがこうした拝金主義就活生は就職して初めて真実に気づく。

人はお金で豊かになれない(心で……という綺麗ごとではなくとも)、モノやサービスで豊かになるという真実である。

拝金主義就活生から激務短期評価金満型(金満と書いてゴールドマンと読む……わけではないので注意が必要である)ビジネスパーソンへと進化した人は、仕事が忙しすぎて消費にかける時間がなく、お世辞にも豊かとはいえない生活を送る羽目になる。

何のことはない。高年収職の時給に着目すると、他の仕事とそう大きくは変わらないのだ。

仕方がないので激務短期評価金満型の人は消費を他人に任せる。妻、2番目の妻、N番目の妻、N+1番目の妻、愛人、2番目の愛人、N……と、高校数学で必死に覚えた数学的帰納法に思いを馳せながら周囲にお金を配るしかない(その意味では激務短期評価金満型の人は周囲の人からすればそう悪い人でもないのかもしれない)。

とはいえ激務短期評価金満型の人は他人任せの消費に耐えきれなくなることもあり、ここぞとばかりに踊る方だろうが喋る方だろうがお構いなしに「クラブ」と名の付くありとあらゆる場所で、超高級シャンパンを何本も空けてみたりする。

しかし激務かつ短期評価の仕事を生き抜くために身に着けた「昭和頑張りズム的、早飯早糞早算用の癖」が抜けきれず、時間節約とばかりにシャンパン瓶ごとラッパ飲みと洒落こむわけだ。これでは味も香りも何も分かったものじゃない。

このように、たとえお金をどれだけ稼いでも消費ができなければ意味がない。

さらにはたとえ消費ができても、モノやサービスをじっくりと味わって満足を得るという時間と精神の余裕がなければ意味がない。幸福を得るための最初の制約は予算制約・お金の問題かもしれないが、この制約を超えると次に時間制約、身体制約(心身の健康の問題)が幸福への枷となる。

だから、とことん幸福を追求したいという強欲な人であっても、合理的に強欲を追求していけば、ある程度のお金を稼いだところでお金よりも時間と健康が大事になる。さらには社会貢献などの精神的満足が大事になるはずなのである。

まともな論理力があれば誰でもいずれはこの結論に至る。

冷酷:就活業者がもたらす不条理

繰り返しになるが、就職においては常に「自分の人生の究極の目的が何なのか」を考え続けないと、こうした悲喜劇を演じ続けることになる。しかも、就活生を取り巻く環境が不合理の塊だからこそこうした悲喜劇は拡大再生産されていく。

不安な就活生を食い物にする業者も後を絶たない。

たとえば典型的には地方都市に住んでいる大学生などに「学生時代にインターンシップにいってないと、東京の子たちに負けちゃうよ」などと不安を煽る業者がいる。就職活動という、大学受験とくらべて不透明な未知の競争に身構えている真面目な大学生ほど、こうした煽りに怯える(地方国立大学に通う学生が標的にされることが多い)。地方にはインターンシップを実施する企業が少ないからますます就活生の不安は募る。

そんな就活生の不安を読み取るやいなや、業者は怪しげな勧誘ビジネス/紹介営業活動への長期インターンシップを進める。スマホやサプリ、布団や壺まで、具体的に何を売るかは業者によりけりだが、実態としては友人、家族、祖父母といった人間関係を「その業者に売らせる」点は一緒である。

まだ年端もいかない初心な若者に「マルチレベルマーケティングを学べるよ。マルチって変なイメージがあるけど、料理を入れるタッパーが広まったマーケティング手法と一緒だから安心だよ。タッパーみんな使うよね?」などと業者は悪魔のように囁く(たしかにタッパーは持っているが、ほとんどの人は100円均一ショップあたりで買ったと思うのだが)。

だが別の意味で「マルチに活躍する学生」なぞ企業が欲しがるわけがない。

そんな人を雇っても友人や一族郎党を売り渡したのと同じ要領で、今度は企業情報や顧客名簿を業者に売られかねない。だからこうした勧誘ビジネスに引っかかってしまう就活生は、自分の将来さえも業者に売り渡しているわけだ(もちろん明確な目的意識があって、さまざまなリスクを考えた上でこうした業者で働きたいのならば個人の自由である)。

またSPIの代行業者や解答集販売業者にまんまと騙されるパターンもある。SPI代行は逮捕者も出ている犯罪行為である上、公式に出回っていない怪しげなSPI解答集は、怪しげなだけあって解答も解説も間違っていることが多い。そのためこうした業者を利用してかえって就職が不利になる就活生もいる。

その他にも就職が決まらない学生にワーキングホリデーや語学留学を勧める業者もいる(こうした業者は比較的悪気がない場合が多い)。

今度は就活生側が積極的に就職活動をやめて大学を卒業してワーホリに参加したいと言い出す。おそらく現実逃避として最適なのだろう。

だが、ワークしたいのかホリデーしたいのか、そもそも一生ホリデー状態になるのを恐れてワークを探していたのではなかったか。支離滅裂としか言いようがない。

なお、ここで取り上げた事例すべてにおいて、就活生が何度も自問自答した末にどう考えても自分の人生の目的において必要だと考えたのであれば、すべて正解だといえる。たとえば「SPI対策の日本一の塾を作りたい」のであれば怪しげなSPI対策を網羅しておくのもいいだろう(こうした塾に社会的意義があるのかは疑問符だが)。

今こそ就活生は自分の人生を経営する必要性を認識すべきだ。

参考文献
朝井リョウ『何者』、新潮社、2012年。
妹尾麻美『就活の社会学:大学生と「やりたいこと」』、晃洋書房、2023年。
常見陽平『「就活」と日本社会:平等幻想を超えて』、NHK出版、2015年。

写真/shutterstock

世界は経営でできている(講談社)

岩尾俊兵

2024年1月18日発売

990円

224ページ

ISBN:

978-4065346440

なぜ組織の上層部ほど無能だらけになるのか?
張り紙が増えると事故も増える理由とは?
飲み残しを置き忘れる夫は経営が下手?

仕事から家庭、恋愛、勉強、老後、科学、歴史まで、人生がうまくいかないのには理由があった! 一見経営と無関係なことに経営を見出すことで、世界の見方がガラリと変わる! 東大初の経営学博士が明かす「一生モノの思考法」

【本書の主張】
1 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。
2 誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。
3 誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。

「結論を先取りすれば、本来の経営は『価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること』だ。

この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。

幸せを求めない人間も、生まれてから死ぬまで一切他者と関わらない人間も存在しないからだ。他者から何かを奪って自分だけが幸せになることも、自分を疲弊させながら他者のために生きるのも、どちらも間違いである。『倫』理的な間違いではなく『論』理的な間違いだ」――「はじめに:日常は経営でできている」より

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