取材を断られ続けて待ち受けていたのは、とにかく厚い壁だった……。
『教育と愛国』が2022年5月に劇場公開されることが決まりました。映画化を実現するまでの道のりは、ひとつひとつ壁を突破する苦しい闘いでした。
取材を申し入れても受けてもらえない、取材拒否がずっと続きます。たとえば、教科書検定制度の内実を詳しく伝える上で、検定意見の原案を作成する教科書調査官をインタビューしたいと考えました。
書籍や論文を発表している大学研究者の元調査官に次々手紙を送って交渉を試みるも、誰も応じてくれません。インタビューに協力することがこんなにハードルが高いのかとため息が出ますが、教科書調査官を槍玉にあげ、個人攻撃する月刊誌などを目にしても感じるように、慎重にならざるを得ない政治圧力が充満している証左なのでしょう。
他にも検定合格後の教科書が印刷されている場面を撮影したいと考え、大手印刷会社に企画書を送り続けます。日本の教科書は、軽くて薄い用紙に表裏の文字や写真が透けないよう優れた印刷技術で作られています。しかし、「発行元である教科書会社の了解が得られない」「コロナ禍で応じられない」と断られ続け、諦めるしかありませんでした。
教科書の中身には一切触れない撮影なのに、取材を受けるその行為自体が「中立性を疑われる」「宣伝だと思われたら目をつけられる」と教科書会社関係者は難色を示します。同調圧力によって身動きが取れなくなっているとしたら、心配でなりません。企画書を送って交渉してはしばらくして断られる、その繰り返しが続く中で、さすがの私も気が滅入りました。
しかし、そうした中でも少しずつ得た情報に、へえーと驚くものがいくつかありました。
出版労連や教科書編集者側への取材でイメージする教科書調査官は、「検定意見」つまり行政処分を突きつけて過剰な忖度に追い込んでゆく威圧的な人物像に感じられます。
ですが、実際はそうとばかりも言えず、調査官自身が専門性に依拠し、編集者と粘り強く意見交換したり助言したりするケースもあるようです。学術的に質の高い教科書を作り上げる上で当然のプロセスですが、こうした大切なことが伝えられず、私たちには見えてきません。
また、文科省は教科用図書検定調査審議会の報告書で次のように指摘します。
「近年、教科書として求められる水準に遠く及ばない図書が申請され、教科書の編集や校閲といった、本来発行者が注意深く行うべき部分について、実際上、検定が本来の趣旨から離れて利用されているような事態が生じている」
教科については特定していませんが、たぶん歴史がそのひとつでしょう。歴史は、史料に基づいて書かれるものですが、日本史担当の元調査官への取材によれば、発行元の編集者に記述の根拠を求めたところ、歴史小説や絵本を示してきたケースがあったというのです。これには驚きました。司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』もそのひとつだとか。
絵本は『きゅーはくの絵本 海のむこうのずっとむこう』で、図書館で探して読みましたが、江戸時代の絵巻物にフィクションの会話を貼り付けている子ども向けの本です。さすがにこれには調査官も困惑するだろうと想像できます。
学術的知見に基づく教科書が、うっかりすると学術から逸れてしまう恐れがある、その典型例のひとつと言えます。インタビューが撮れないために、こうした貴重なエピソードが盛り込めなかったことが残念でなりません。