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知られざる限界分譲地のトラブル。沼地を開発した第三セクター・秋住事件の顛末と、今なお続く難あり土地の宅地開発とは

集英社オンライン / 2024年3月4日 8時1分

日本全国の「所有者不明土地」の面積をすべて合わせると、国土の22%を占めるという衝撃のデータがある。都心の分譲マンションの価格が高騰し続けるいっぽうで、田舎には多くの問題を抱える土地が広がっている。書籍『限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話』より一部抜粋し、1998年に秋田で起きた住民訴訟を例に地方の土地問題を紹介する。

第三セクターへ総額7億円の損害賠償請求

1998年8月7日、秋田地方裁判所において、あるひとつの住民集団訴訟が提起された。原告は、秋田県からは遠く離れた千葉県山武町(現・山武市)の住民24名。被告は、秋田県、秋田銀行、北都銀行、そして、秋田杉の需要拡大を目的に1982年に設立された第三セクター「秋田県木造住宅株式会社(秋住)」(93年に経営再建を目的に、事業を子会社の「株式会社秋住」に移譲)の取締役や監査役など元幹部15名に及ぶ非常に大掛かりな住民訴訟であった。



のちに「秋住事件」として知られることになるこの住民訴訟は、提訴より遡ること8年、1990年より2年半ほどの間に、秋住が旧山武町にて開発した分譲地の建売住宅で、ことごとく地盤沈下や施工不良などの欠陥・不具合が発生し多大な損害を被ったとして、その購入者が共同で秋田県に対し総額7億円余の損害賠償請求を行ったものである。

施工会社である秋住は、バブル崩壊後より経営状況が悪化し多額の負債に苦しみ、その提訴より半年前の98年2月、すでに子会社と共に東京地裁において破産決定がくだされていた。いわゆる第三セクターは厳密には公的機関ではないのだが、原告側住民の主張によれば、販売パンフレットに当時の県知事が顔写真付きで推薦の言葉を寄せていたり、「秋田県が母体の企業」などと記載したりと、県自ら秋住の運営母体が秋田県であると誤認誘導させる役割を担っていたという。

写真はイメージです

欠陥住宅をめぐるトラブルはメディアでも定期的に報じられており、過去幾度となく訴訟も行われている。

ところが欠陥住宅をめぐる紛争は、建築士が申請書類を偽造して摘発されるケースはあるものの、刑事事件ではないため施工不良によってその施工業者が刑事罰に問われる事例がない。そのため一時的に注目は集めても、やがて時間の経過とともに風化してしまうのが常であった。

しかしこの秋住事件に関しては、第三セクターという、ある種公的な側面を持つ事業体が引き起こしたトラブルであり、なおかつ県を代表する銘木である秋田杉のブランドイメージを毀損しかねないスキャンダルということで、訴訟当時は秋田県内でも大きく問題視された。秋田県内では、事態を重く見た有志によって被害者の住宅の修復工事を無償で行うボランティア団体が発足し、秋田県はその団体に費用の助成を行っている。

それにしても、事件の舞台となった旧山武町もまた「山武杉」と呼ばれる杉の一大産地として知られた町であり、今も町内には広大な杉林が広がっている。なぜ秋住はよりによってそんな杉の名産地で秋田杉の拡販を企図したのか、今もって謎のままだ。

おそらく単純に、当時の旧山武町の地価の安さのみで立地が選定されたもので、率直に言って秋田杉の拡販については、どうでもよかったとまでは言わないが、優先順位は低かったのが実情ではないだろうか(秋住の住宅はコスト削減のため、秋田杉ではなく安価な集成材が使用されていたと報じたメディアもある)。秋住の建売住宅販売が開始された1990年当時は、すでにバブル期の勢いは減速し始めていたが、地価は依然ピークに近い状態にあった時期である。

秋住の分譲地は、住民訴訟から25年が経過した今も現役の住宅地として利用されている。いずれも戸数は20〜30戸程度の小規模な分譲地であるが、90年代以降の分譲地なので、1970年代の分譲地のような、車両のすれ違いも難しい狭い道でもなく、一見すると旧山武町のどこにでもあるミニ開発の住宅地のように見える。

田んぼや沼地に、
ろくな地盤改良工事も
施されることなく造成

しかし秋住の分譲地はそのほとんどが、元は軟弱地盤の田んぼや沼地に、ろくな地盤改良工事も施されることなく造成されているもので、結果としてそれが地盤沈下などの被害を引き起こした主要因となった。

1990年ともなれば、すでに旧山武町においても投機型分譲地の開発ラッシュが吹き荒れた後の時代で、当時の地価を考えても、デベロッパーとしての参入は遅かったと言わざるを得ない。秋住がどのような手法をもって旧山武町での用地買収に動いたのかはわからないが、早いところでは70年代初頭から開発の手が伸びていた同町においては、すでに良質な開発用地の確保は困難になっていたのではないだろうか。

実際、国土地理院が公開している地理院地図の色別標高図を見れば、秋住の分譲地が、周囲と比較して明らかに低地に開発されたものであることはすぐにわかる。地盤沈下が特に激しかった市内某所のある分譲地には、基礎が大きく浮き上がり、建物には亀裂が入り、既に基礎そのものまでもが損壊している空き家が今も残されている。

写真はイメージです

浮き上がった基礎と地面の隙間には土囊袋を置いて塞いだり、あとから継ぎ足すかのように基礎の補修を施した形跡はあるのだが、沈下はなおも止まらなかった模様がうかがえる。

事件発覚当時、秋住の建売住宅の補修工事に赴いた建築事務所の代表者が記したブログによれば、湿気の多い軟弱地盤であるために、近隣道路に大型車が通るたびに建物は大きく振動し、床下は湿気がひどくカビが多く発生していたとのことであった。

秋住の分譲地を歩くと、開発からまだ30年ほどしか経過していない割には空き家が目立つ。周辺地域では今も事件を記憶する住民が多数いるので、ただでさえ地価の下落が大きい旧山武町内においては、秋住の分譲地の物件はどうしても価格が安くなるためであろうか。

ある地元業者が、秋住の分譲地の中古住宅を広告に出していたことがあるが、その広告には、告知事項として秋住の施工であることが明記されていたほどだ。仮に伏せたところで、周囲を見れば今でも被害の跡が生々しく残るところがあるので、少し下見や下調べをすればすぐにわかってしまう。

東日本大震災の被害が甚大であった所も

後に聞いたところでは、秋住が開発した分譲地では、地盤が弱いために東日本大震災による被害が甚大であった所もあるらしい。確かに言われてみれば、いくら軟弱地盤であったとしても、自然に沈下したにしてはあまりに被害の度合いがひどすぎる箇所もある。

地盤沈下が発生したのは家屋だけではない。分譲地内の私道も沈下したために、今も降雨のたびに破損した側溝がオーバーフローして溢れてしまう。私道のため公共事業による補修工事も入らず、住民(私道持分者)の負担のみで、すでに造成が完了している道路の補強工事を行うことも難しいだろう。

秋住事件が発覚した際の旧山武町は大変な騒ぎとなり、原告側住民の自宅にはテレビ取材も入り、ついには町役場による住宅購入者向けの住民説明会が開催される事態となった。自分の両親も慌てて説明会に参加していた記憶があると、秋住の分譲地で幼少期を過ごした元住民は語る。

裁判では建築水準の低さや資材の劣悪さも問題視されたが、総じて軟弱地盤の沈下によって引き起こされている被害なので、同じ分譲地内でも被害の度合いにかなりの違いがある。最終的に、旧山武町内で秋住が開発した複数の分譲地において、100戸以上の家屋で欠陥箇所が確認されることになった。当の住民訴訟は和解に持ち込まれ、前述の通り有志によるある程度の支援は行われたのだが、問題の分譲地には今も住民が暮らしている。

写真はイメージです

欠陥住宅に限らず、自然災害の発生時にもよく見られる現象だが、こうした地盤や土地の地勢に起因した問題が取りざたされると、必ず出て来るのが、事前の下調べを怠った購入者に対する、ある種の自己責任論である。確かに、欠陥住宅被害者の救済が行われない現状では、被害を防ぐにはまず自分自身で念入りな調査をして防衛する以外の手段はない。しかし、いくら住宅建築が高額なものであるとは言え、専門外である一般市民が、専門知識で武装して被害を防止できなかったことを責めるのは酷な話だ。

また、今でこそ旧山武町内では恒常的に廉価な中古住宅の供給が続いているが、当時は給与所得で生計を立てるサラリーマンでは居住地を自由に選べる状況ではなかったことも、この事件の遠因のひとつとして考えられる。東京都内の新築戸建の販売価格は1億円を下ることがまずなかった地価狂乱の時代、予算的に、この利便性の低い軟弱地盤の住宅地を選択せざるを得なかった住民も当然いたはずである。被害住民が総額7億円にも及ぶ損害賠償請求に踏み切ったのも、その高額のローン負担を抱えたまま、さらに別のところに新たに住居を構えることが困難だったからだ。

今も続く、難ある土地の宅地開発

残念なことだが、地盤や立地に難のある宅地開発は、バブル期特有のものではなく今も続いている。その具体的な地名をここで挙げることはできないが、時代が変わっても、優先されるのはあくまで利便性で、その土地の持つリスクが後回しにされてしまう傾向は今もあまり変わっていない。

僕自身、こと災害リスクという観点では決して及第点ではない、海岸近くの分譲地で暮らしているので、リスクよりも別の要素を優先してしまう心情を責めるわけにもいかないが、それにしても、人生を懸けて返済を続けるような高額のローンを組んで購入した新築住宅でそのような事態が発生することなど考えるだけでも怖ろしい話だ。

もちろん、安い中古住宅であれば欠陥が出ても問題ないというわけではないが、少なくとも、これから空き家がさらに増加すると指摘されるこの時代、新規の住宅の供給にせよ、購入にせよ、もう少し慎重にならなくてはならない時代が来ていると思う。

分譲地にせよ、家屋にせよ、現代日本はもはやSDGsといった大仰なスローガンを持ち出すまでもなく、もっと切実に、後先を考えない使い捨てが許される情勢ではなくなっているはずだ。

モノクロ写真/書籍『限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話』より
写真/shutterstock

限界分譲地 繰り返される野放図な商法と開発秘話(朝日新聞出版)

吉川祐介

2024年1月12日発売

957円

240ページ

ISBN:

978-4022952523

各界より絶賛の声!

「独自取材を重ね日本社会の暗部に迫った一冊」――原武史(政治学者)

「興味津々で奇々怪々……不動産の魑魅魍魎!」――春日太一(時代劇研究家)

YouTube再生回数2000万回超! 「限界ニュータウン探訪記」配信者、渾身の書き下ろし!

嘘八百・誇大広告、デタラメ営業、乱開発……高度成長期・バブル期の仰天販売手口を紹介し、「資産価値マイナス物件」が再び分譲されている現状を明らかにする

(目次)
第1章 取り残される限界ニュータウン
第2章 限界ニュータウンはこうして売られた
第3章 原野商法の実相
第4章 変質するリゾートマンション
第5章 限界ニュータウンの住民
第6章 限界ニュータウンの売買
第7章 限界ニュータウンは二度作られる

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