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「暴力はいけません」と決めつけることに潜む“暴力性”を考える。「人口の3.5%が非暴力的な運動で立ち上がれば世の中は変わる」の欺瞞〈森元斎×ブレイディみかこ〉

集英社オンライン / 2024年3月8日 17時1分

暴力はいけません――。この当たり前に思える言葉に対して、「本当にそうだろうか」と投げかける過激な主張をする新刊『死なないための暴力論』(インターナショナル新書)。その著者である長崎大学教員の森元斎さんと、イギリス在住のエッセイスト・ブレイディみかこさんが2月15日、池袋ジュンク堂にて刊行記念イベントを行った。旧知の二人が「暴力と日本」について語った内容を抜粋して紹介する。

「尊厳を守るための暴力」も否定するのか

ブレイディ 前の新書(『アナキズム入門』)でも思ったけど、森さんはやっぱり先生ですよね。教え方がすごく上手。「暴力」というテーマを、とてもわかりやすく整理されていて、見事に新書らしい本になっていると思いました。



ありがとうございます。

ブレイディ 本の「あとがき」で執筆のきっかけを語っているじゃないですか。「ゆるふわアナキズム」に対する違和感という部分を読んで、森さんの意識がどこにあるのかわかった気がしました。

最近は非暴力でお行儀がよいデモこそがアナキズムだ、みたいな言説が流行って、そこには僕の責任もあると思うんですけど、「本当は『ゆるふわ』なだけじゃないだろう」っていうことなんですよね。

『死なないための暴力論』の著者で長崎大学教員の森元斎さん

ブレイディ イギリスから見ていると、今の日本は「暴力」という言葉が氾濫しているように感じます。対話の暴力、解釈の暴力、恋愛の暴力……。最近は若い女性向けの雑誌にエッセイを書くとき、「今の読者は『戦う』といった言葉に引いてしまうので、そういう勇ましい言葉は使わえないほうがいい」と言われるようになりました。「暴力」という言葉が氾濫しているからこそ、それを過剰にイヤがる気持ちも生まれています。

私が帯に書かせてもらった言葉(「暴力はいけません」と決めつけることの暴力性に、私たちは気づいているだろうか)は、まさに森さんの本から引用しています。この言葉に触れたとき、ふと思ったんですよ。

自分は保育士をしていたので、私も「暴力はいけません」とは子どもたちに何百回も言ってきました。でも、これって統治者の視点の言葉なんですよね。一律のルールにして、その場を回すための言葉です。

保育の現場だと、たまにいじめられても反撃しない子がいます。当然、私たちは「暴力はいけません」と注意する。でも、いじめられっ子が耐えかねてついに反撃したとき、私たちはスタッフルームで、こっそり「よくやった!」と言っちゃうんです、やっぱり。

その「よくやった!」と言いたくなる「暴力」って、尊厳と結びついたものなんですよね。やむにやまれぬ行為としての「暴力」。単に「暴力はいけません」と言うだけでは、そういう「尊厳を守るための暴力」も否定することになってしまいます。

「3.5%ルール」の問題

僕が学生の頃って、東京はまだ生々しい暴力の匂いがある街でした。良くも悪くも緊張感があって、「ここなら何か起こるかも」と思わせてくれる魅力があった。でも、今はどこに行ってもきれいに脱色されています。「暴力」が十把一絡げにされて丸ごと否定される今の論調は、そことつながっていると思うんですよね。

暴力って、本当は「誰が行使しているのか」を踏まえて考えないといけない。そうじゃないと、世界各地の抵抗運動の歴史も否定されることになります。パレスチナの子どもがイスラエルの戦車に向かって石を投げたら、それも暴力ということになるのか。それはおかしいと普通は思いますよ。

だから、この本を書くときには、まず「暴力」を「暴力的/非暴力的」の軸、「武装/非武装」の軸という4つのレイヤーで整理しました。これはベンジャミン・S・ケースという学者の『Street Rebellion: Resistance Beyond Violence and Nonviolence』(未訳)を参考にしています。

そういう整理をしないと、みかこさんがおっしゃるように、今の日本では「尊厳を守るための暴力」も否定されてしまう。それでまず「暴力」を整理するところから書き始めたんです。

ブレイディ 本の中で「3.5%ルール」(※1)を批判しているじゃないですか。2回も出てくるから、「これは怒っているな」と思ったんですけど(笑)。「人口の3.5%が非暴力的な運動で立ち上がれば世の中は変わる。だから暴力的抵抗はいらない」という理論ですが、実はイギリスでもちょっと前に言われてましたけど、すぐ忘れられた。

というのも、イギリス人はまさに暴力も辞さない抵抗で社会を変えてきた歴史があるからです。うちのパートナーは運動家じゃないですけど、それでもサッチャー政権の際にはデモで戦っていました。そうやって一般的には忘れ去られた「3.5%ルール」が、日本では偉い学者さんがテレビで紹介していたりして、ここでリバイバルしたかって。これも個人的に違和感があって。

イギリス在住のエッセイスト・ブレイディみかこさん

ああいう言説って、ジーン・シャープ(※2)の「非暴力闘争論」あたりからずっとありますよね。それこそ僕が参考にしたベンジャミン・S・ケースは、「3.5%ルール」のおかしさを実証した人です。

例えば、非暴力抵抗の最大の成功例とされるネルソン・マンデラのアパルトヘイト撤廃運動でも、「3.5%ルール」の統計では運動が成功した年とその前年しか取り上げられてない。だから、「非暴力で権利を勝ち取った」となっている。でも、マンデラには長い闘争の歴史があります。ケースはそこを見る。

マンデラはずっと非暴力を貫いていたわけではありません。武器を手に取ったこともある。ただし、破壊の対象にするのは政府の施設だけで、運動の仲間には殺人も禁じていました。この運動でマンデラは逮捕され、長い獄中生活を送ることになります。

マンデラが不当に収監されたことによって、彼の抵抗運動は世界の注目を集めました。市民の暴動も活発になり、世論をアパルトヘイト撤廃に向かわせました。つまり、暴力的抵抗も大きな要因だったのです。

※1:ハーバード大学の政治学者、エリカ・チェノウェスらが提唱した「3.5%ルール」の議論に関しては、チェノウェス『市民的抵抗 非暴力が社会を変える』に詳しい。

※2:ジーン・シャープはアメリカの政治学者であり、非暴力抵抗運動の理論的支柱として世界的に有名。

どの抵抗運動にも複雑なレイヤーがある

ブレイディみかこさんは英国からオンラインでの参加となった。お二人の対談は数年ぶりだという

これを“非武装だけの運動”として評価するのは無理があります。そもそもマンデラの非武装抵抗も決してゆるふわなデモではなく、警察に殴られたり蹴られたりしながらバリケードに突っ込んでいくような過激なものでした。

そうやって世界中の抵抗運動を見ていくと、「非暴力かどうか」だけでは評価できないことがわかります。武装した暴力的運動があれば、武装したけど非暴力だった運動もある。非武装の暴力運動があれば、非武装で非暴力だった運動もある。すべての抵抗運動に「暴力」をめぐる複雑なレイヤーがあるのに、「3.5%ルール」はそこを無視してます。

ちなみに、非暴力抵抗を理論化したジーン・シャープは、近年の研究でCIAや国防総省と深い関係にあったことがわかっています。「3.5%ルール」の研究者にも、NATOや国務省に勤めていた人がいる。陰謀論っぽいけど、事実だから仕方ない。

すごい欺瞞ですよね。もし僕が、「非暴力でいこうぜ!」と言いながら官房機密費もらっていたら、「おかしいだろ!」ってなるじゃないですか。この本はそういう違和感が積み重なってできあがっています(笑)。

ブレイディ 「3.5%ルール」も「暴力はいけません」と同じで、結局は統治者の視点なんですよね。「戦え」という言葉がイヤがられる空気とつながっています。

どんどん支配する側にとって都合のいい思想が広がっているわけですよ。

ブレイディ ……という感じで大学でも教えてらっしゃるんだなとわかって、すごく感慨深い本でした(笑)。

構成/小山田裕哉

死なないための暴力論

森 元斎

2024年2月7日発売

1,012円(税込)

新書判/256ページ

ISBN:

978-4-7976-8136-9

ブレイディみかこさん、推薦!!
「『暴力はいけません』と決めつけることの暴力性に、私たちは気づいているだろうか」

「暴力反対」とはよく聞くけれど、じつは世の中は暴力にあふれている。
国は警察という暴力装置を持っており、問答無用で私たちから徴税する(そして増税する)。資本主義は、私たちを搾取し、格差を生み出す。家父長制は男性優位・女性劣位のシステムをつくりあげる。一方で、こうした暴力に対抗して、民主化や差別の撤廃などを成し遂げてきたのも、また暴力である。世の中にあふれる暴力には、否定すべきものと、肯定せざるをえないものがあるのだ。
思考停止の「暴力反対」から抜け出し、世界の思想・運動から倫理的な力のあり方を学ぶ。

【内容の一部抜粋】
・人間は、そもそも暴力的な存在である
・暴力は、ヒエラルキー(階級)の上位がふるうものと、下位がふるうものに大別される
・新自由主義経済がチリの軍事クーデターの要因となった
・刑務所では、受刑者は搾取され、受刑者自身が対象となるビジネスを生み出す(産獄複合体)
・インド独立も、アパルトヘイトの撤廃も、公民権運動も、女性参政権獲得も、「暴力と非暴力のセット」によって達成された
・メキシコには権力を求めない「サパティスタ民族解放軍」という反政府武装組織がある
・クルド人たちは、国家樹立を目指さない男女平等の運動「ロジャヴァ革命」を起こした
・抵抗運動の多くは、中長期的に見れば成功している
・相互扶助もまた、(暴)力のひとつの表れである

【目次】
・第一章 世界は暴力にあふれている
・第二章 支配・搾取する、上からの暴力
・第三章 自律・抵抗する、下からの反暴力
・第四章 暴力の手前にあるもの

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