父が先か、母が先か…「お父さんをおいて自分は絶対に死なない」という母に「お母さんの財産のすべてを私に譲ると遺書に書いてほしい」と詰め寄った理由
集英社オンライン / 2024年3月9日 10時1分
ライフスタイルの大きな変化は、何がきっかけになるかわからない。「本当は商店街のそばで暮らしたい」そんな母の一言から、目に留まった小さなマンションとの出会い。実家売却、遺言書作り、家財道具を手放して親子で目指した新たな暮らし方とは? 新しい老後の過ごし方を描くエッセイ『最後は住みたい町に暮らす 80代両親の家じまいと人生整理』(集英社)より一部抜粋・再編集してお届けする。
父が先か、母が先か、2通り想定した遺言書
ある夜、実家のトイレと洗面所の掃除を終え、お茶を飲んでいると母が「遺言書ノート」なるものを持ってきた。随分、私への警戒心も緩んだようで、広げたノートは反対側から丸見えだ。細かい文字は読めないが、色んな項目を3等分している様子。
私の前で「お父さんがいなくなったら、これはどうするかな」と一人ごちてノートを眺めている。その様子を見て、肝心なことが抜けていることに気が付いた。
もし母になにかあったとき、つまり父が一人残されたとき、誰がどのように父の面倒を見るのか。その視点が丸ごと抜けていたのだ。
私としたことが最もシリアスな課題をスルーしていたではないか。
「お母さんが先に死んだら、お父さんはどうするの」
問いただす私に母はまたしても、シャットアウト。
「そんなことはないわよ。順番で行けばお父さんが先よ」
とんでもない、よくよく考えると、これはまずい。
もし、母が父より先に亡くなったら、もの忘れ、神経痛、人見知りなどで自立生活が怪しい父はアウトだ。
「お母さんがいないとご飯も食べれない。寂しくて生きていけない」とは父の口癖。母なきあと、こんな父を郷里に一人残すことはできない。子どもが誰もいない長崎の施設に入れて様子を見ることも、飛行機代など考えれば現実的ではない。
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2024/03/06042153071958/800/thumb.jpg)
妹たちが家庭事情で介護に時間をさけないことを想定すると、十中八九、私が父を引き取ることになるだろう。だが、母をなくせば、ショックのあまり父は寝込むかもしれない。もしくは自暴自棄?うつになる?母を求めて徘徊?
頭をよぎるのは、尋常ではない、変わり果てた父の姿ばかりだ。
母の葬儀を済ませ、両親のマンションを片付け、父を東京まで連れて行く。妹たちにも手伝ってもらい、業者も入れて。そうなったら長崎じまいと父の東京移住だ。
東京に迎えれば、在宅が困難な状態でも、自宅近くの施設を使って日常的に行き来しながら父を看ていける。だが、東京都下とはいえ、高齢者住宅や看取りまで引き受ける老人ホームはン千万円の入居費用とン十万の月額費用が発生する。とんでもなく高いではないか。
お金のことが原因で父を孤独にしてはならない
そこで母に詰め寄り、お母さんが先に死んだ場合は、お母さんの財産のすべてを私に譲ると書いてほしいといった。ギョッとする母に「お父さんを東京に引き取るための経費に充てたい」と説明した。妹たちも大好きな父のことは常に案じているゆえ、異論はないはずだ。子どもたちに譲るものがあるなら、父が安心して生きていくために使うべきだと考えるはずだし、父のためにならないことは反対するだろう。ここで妥協してはならないのだ。
だが。私の力説を前にしても、母は「お父さんをおいて自分は絶対に死なない」と繰り返すばかり。自分が父を見送るという信念は揺るがない。そんな母からすれば、想定外のことを言い出され、戸惑っているのもよく分かるが、遺言はあらゆることを想定して作るべきだ。
説明するうち、しぶしぶ母は承諾した。そこで母のノートをたぐり寄せ、3等分した表の上に司法書士にわかるよう「父が存命で母亡き場合はすべてを長女へ相続」と赤字を入れ母に見せた。相続の文字の下に(父に充てる経費)と記して。
そして万が一、私が母より先に亡くなった場合には、その部分を書き変え、妹のどちらかにすべてを相続させるよう書いた。母も「そうか、こうすればお父さんの介護費用になるのね」と納得した。
強引なようだが、これで母がうまく説明できずとも、司法書士にノートを見せればこちらの意図は理解してくれるだろう。
誰が父を引き受けても金銭的な不安にかられることなく、プロの手を借りながら安心して寄り添えるだろう。時には孫やひ孫と父の団らんの費用に充ててもいいではないか。
お金のことが原因で父を孤独にしてはならないのだ。
最後は住みたい町に暮らす 80代両親の家じまいと人生整理
井形 慶子
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2024/03/06042304315431/0/syoei.jpg)
2024年2月26日発売
1,870円(税込)
四六判/256ページ
978-4-08-781749-2
人生の大きな変化は、何がきっかけになるかわからない。
「本当は商店街のそばで暮らしたい」
母の一言から小さなマンションに出会った。
実家売却、遺言書作り、家財道具を手放し
親子で目指した、新たな暮らし方とは?
感動の日々を描くエッセイ。
『年34日だけの洋品店』に続く50代からの生き方を綴る第二弾!
<本文より>
この歳で住み替えて本当に良いのだろうか、心は揺れたが、
これから二人が助け合って生活するにはマンションの方がいい。
今の場所で頑張り続けるより「無理をやめる」決断をする方が
どれだけ難しく、前向きなことか。
<もくじより>
1 親の老いに気づくとき
2 最後に住みたい商店街の町
3 80代でマンションを買う
4 待ったなしの遺言書作り
5 親の思いと子の現実
6「住みたい家」と「売れる家」
7 目標6ヶ月で実家売却
8 住み替えの不安を払拭するために
9 何でも売ってみる「家じまい」
10 一週間でお片付け
11 必要最低限の整理しやすくくつろげる家
12 2LKDの新しい家
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