なぜ少年マンガからメガヒットが生まれるのか? マンガ家・里中満智子が男性読者の傾向に笑ってしまった瞬間「みんな戦いに勝ったシーンを気に入る」
集英社オンライン / 2024年3月22日 11時0分
〈「男性のペンネームを使った女性のマンガ家だろう」マンガ家・里中満智子が、ちばてつやの性別を勘違いしていた理由〉から続く
性別によってマンガの読み方は変わる。だからこそ、男と女がいることにも、ふたつの性には分けられない人がいることも意味があるはず。そう語るのは、マンガ家の里中満智子。そんな彼女の自伝的一冊『漫画を描く 凜としたヒロインは美しい』より一部抜粋、再構成してお届けする。
私のマンガに登場する「いい男」
いつも女が決断して物語を引っ張っていくので、私はなかなかいい男が描けません。
「今度こそいい男かな」と思っても、途中で卑怯になったりします。でも初めてまっとうで、「彼ならいいな」と思ったのは『あした輝く』の香です。
その次は、『あすなろ坂』に登場する芙美の初恋の相手、新吾です。会津で死んだと思われていたのですが、実は生きていたという設定です。そして芙美が結婚する武史。私には珍しく、ひとつの作品の中で2人も素敵な男性が描けたと思っています。
あとは、芙美の孫の武雄。子どものうちに死んでしまうんですが、あの子が生きていたら、きっとすごくいい男になっていたのではないでしょうか。実在した子みたいに言っていておかしな話ですが、本当に好きな作品です。いろんな人からも「生きていく上で励みになる」と言われて、すごく嬉しいです。
連載マンガの場合、ラストを決めて描く場合と、「えいや」とはじめて、勢いで描いていくものとがあります。『あした輝く』も『あすなろ坂』も、だいたいの方向は決めていました。
ただ、途中で回り道するかもしれないといった予定変更はあります。ラストシーンはどうあれ、とにかくイメージとしては、すべてを肯定する形にして終わりたい。『あすなろ坂』は、芙美が若い頃に明治維新を迎え、昭和まで生きて、亡くなったところまで話は続きます。
連載が人気を得ると編集部も安心して「あとは好きなように続けてください」となるので、すごく嬉しいですね。
実は、『あすなろ坂』の何年か前に『アカシア物語』という作品を描いたのですが、1回目を描いた後ぐらいに病気になって休まなければいけなくなってしまい、当時は話が途中のまま連載を休むわけにはいかなくて、結局お話自体を終わらせることになり、中途半端になってしまったのです。
それが不完全燃焼で。そのときの担当者が「あれはやっぱりちゃんと描いたほうがいい。体力が戻ったらしっかり描きましょう」と言ってくださって。体調が戻ってから『あすなろ坂』を描いたのです。
一作で全世代に届く男性向けマンガ
少年誌と少女誌には、大きく違うところがありました。
少女誌は、読者の年代別にたくさんの種類があるのに対し、男性は、小学生も30代も、同じ雑誌を楽しめます。「少年マガジン」は、ほとんど全世代の男性が手に取っていました。
あるとき、ものすごく眠くて「ダメだ、15分だけ寝よう」と思って、横になって寝るまでの2~3分で本を読もうと、そこにあった「少年マガジン」に手を伸ばしたら、雑誌の最後に「今週号であなたが一番気に入ったのはどのマンガのどのシーンですか?」というアンケートがありました。
それが気になったので、編集部に「あのアンケートの年代別の好みを知りたい」とお願いしたのです。そうしたら「年代別は関係ないのです」と言われました。「えっ、どうして?」と思いますよね。
その理由は「小学生でも高校生でも大学生でも、30代の大人でも、だいたい読者が気に入ったシーンは決まっていて、年代ごとの差はない」からだとか。「どんなシーンですか?」と聞いたら、「戦いに勝ったシーンです」だそうです。
笑ってしまいました。でも大人になっても子どもの頃と同じ「戦いに勝ったシーンがいい」と素直に言えるのは素晴らしいとも思いました。
簡単にいえば、男性はいつまでも子どもの頃と同じ感覚を持つロマンチストなのですね。
女はリアリストなので、手に入らない夢は見なくなるのです。手に入りそうな夢には頑張るし、目の前の現実に関心がある。だから年代ごと、置かれた立場ごとに一番気になる事柄が違ってきます。
私がよく仕事をした講談社のマンガ誌を例にすると「なかよし」は小学生向けだから友情や親子関係、「少女フレンド」では中学生向けに初恋、高校生以上が読む「mimi」では恋の葛藤、「ヤングレディ」や「BE・LOVE」では離婚や不倫など、雑誌ごとにマンガを描き分けていました。
常々、男女は平等であるべきだと願っている私ですが、この2つの性の精神構造には、無視できない違いもあるのかもしれません。むろん、性を男女2つだけに分けて考えるわけにはいかないし、多くの人が、男女両方の要素を持っていると思います。
それに今は、ウェブで発表される作品も多く、男の子向け、女の子向けなどターゲットを明確にしない作品が増えたので、それはすごく気持ちがいいです。
一方で、昔ながらの少年マンガは、男の子を理解するとても分かりやすいツールでした。男の子は「どうしたら勝てるんだろう」と考え、たとえ叶わない夢に向かってでも頑張れるのです。
女の子は「この戦いはなんのためにやるのか、戦わないほうがいいのではないか」とあれこれ考えます。世の中全員が女性だったら、間違いはないかもしれないけれど、無駄を排除してしまうので、潤いがなくなってしまうし、男性ばかりだと、ロマンと意地のぶつかり合いで立ちゆかなくなってしまう。うまくできていますね。
男と女がいることにも、ふたつの性には分けられない人がいることも、意味があるはずです。きっと、お互いがお互いを分かり合うために存在する、世の中のことはすべてそうなんだと思います。
男性向け雑誌だからこそ自由に描けた
それにしても、ちばてつや先生は「少年マガジン」と「ビッグコミック」で連載を2本描いていらした時期がありましたが、男性の雑誌にマンガを描けば一作で全世代に届くなんて、羨ましいです。そんな風に考えていたとき、青年誌での話があり引き受けました。
まず小学館の「ビッグコミック」で、75年から『パンドラ』を連載しました。さいとう・たかを先生の『ゴルゴ13』などが載っている雑誌だから、これらとの差別化を考えて、それまでの私の少女マンガにはあまり出てこなかった、男を陥れる悪い女の話にしました。男性に、女性の怖さを伝えたかったのです。
講談社の「モーニング(コミックモーニング)」で86年から連載した『愛生子』も思い出深い作品です。ヒロインは当時の私より少し年上。男たちの裏切りにめげず、学生運動のあおりで東大入試が中止になっても、それをチャンスと捉え、塾の経営者としてたくましく生きていく女性です。
男性向けの雑誌だからといっても制約はなく、自由に描かせてもらって楽しかったです。少女誌には少々馴染まないテーマにも挑戦しました。
かつて小学館から出ていた雑誌で、50代以上の読者の開拓を目指していた「ビッグゴールド」では、長く構想を温めていた渋めの歴史ものを連載しました。古代エジプトのツタンカーメン王とその妻の物語である『アトンの娘』です。
20世紀前半に発掘されたツタンカーメン王のミイラ。その人生を取り巻く謎に長く興味を持っていました。カイロのエジプト考古学博物館に出かけて史料を見学し「いつかこの物語を描けますように」と祈ったこともあります。その念願が叶ったのです。
高齢者のケアハウスを舞台にした『鶴亀ワルツ』も「ビッグゴールド」で描きました。
アクの強い老人たちと個性的なスタッフとのユーモラスな人間模様で、時折心理テストを差し挟むなど、遊びの要素を入れてコミカルな作品にしました。連載は90年代、高齢者の群像劇はまだ珍しかったのです。反響は大きく、テレビドラマになり、舞台化もされました。
昔は少年誌で連載する女性マンガ家は少なかったですが、今や、青年誌でしか描かない女性マンガ家が当たり前のようにいて、名作を生み出しています。
文/里中満智子
#1 「なぜ自分が少女マンガなんかの担当に」マンガ家・里中満智子が目撃した1970年代の現場…編集者はおじさんばかりで、マンガが下に見られていた時代
#2 「男性のペンネームを使った女性のマンガ家だろう」マンガ家・里中満智子が、ちばてつやの性別を勘違いしていた理由
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