世界最高の知性が指摘「いまや世界的な対立は西対東ではなく、西洋対世界である」極端なフェミニズム、道徳的なリベラリズムの強要「西洋は、私たちが思っていたほど好かれていない」
集英社オンライン / 2024年3月27日 8時0分
フランスの人口統計学者・歴史学者・人類学者であり、世界最高の知性の一人とされるエマニュエル・トッド氏。氏いわく日本人にとって当たり前に感じられる「ロシアは悪者」「ウクライナ人は善人」というウクライナ戦争の構図は、経済的な観点からみると違うという。書籍『人類の終着点 戦争、AI、ヒューマニティの未来』より一部抜粋・再構成し、西洋対世界という構図を説明する。
西側諸国から実際の生産手段を奪ったグローバル化
――現在の世界情勢について、お聞きしたいと思います。ウクライナでの戦争は依然として続いており、アメリカ、イギリス、EU、日本などの西側諸国は、多額の軍事、財政、人道支援を行っています。
しかし、報道を見る限り、戦況は依然として流動的です。あなたは著書の中で多くの国が中立的な立場にとどまることさえせずに、ロシア寄りに傾いていると述べています。
また、あなたは世界的な対立を「西側対東側」ではなく、「西洋対世界」であると表現しています。国際秩序に反するロシアの侵略に、怒りを感じている日本人にとっては、非常に驚くべきことでしょう。
こうした動きを踏まえて、現在の国際情勢をどのように受け止めていますか。また、この戦争は国際秩序のどのような変化を象徴していると思いますか。
まず、現在の状況からお話ししましょう。戦争によって、私たちは現実をより良く認識するようになったと思います。とくに経済の現実です。
もちろん、戦争は恐ろしいもので、ウクライナの人々は、私たちが想像するのも難しいような苦しみを味わっています。多くの人々が殺され、負傷し、障害を負っています。戦争は嘆かわしいものです。
また当然ながら、戦争はロシアの侵攻によって始まりましたので、人々は「ロシアは悪者」「ウクライナ人は善人」と考える傾向を持っています。
しかし、私が基本的に関心を持っているのは、経済的な観点から見た「現実への落とし込み」です。
私たちは、西側諸国――あなたがおっしゃったようにアメリカ、EU、イギリス、日本など――が、GDPの面で途方もない経済力を持っているという考えに取りつかれていました。
たしかに、ロシアのGDPとベラルーシのGDPを合わせると、世界の西側のGDPの4.9%くらいだったと思います。
しかし今、私たちが目の当たりにしているのは、戦争がしばらく続いているということ、そして、西側諸国は信じられないほどの生産力不足に陥っており、アメリカは同盟国とともに、ウクライナ軍に必要な155ミリ砲弾を供給できていないという事実です。ミサイルなども同様です。
今、私たちが直面しているのは、もはや存在しないも同然と考えていたロシア経済や、ロシアの産業システムの力です。実際、ロシアの産業は西側諸国全体よりも生産性が高いようです。しかも、ロシアがより多くの武器を必要となった場合には、中国には提供できる力があります。
これは、この戦争の「最初の教訓」となりました。
つまり、西欧経済に対する私たちの認識は、バーチャルで、架空で、あるいはまったく非現実的であるという教訓です。ごく当然のことですが、これこそがグローバル化の要点でした。なぜなら、グローバル化は、現実には工場を海外に押し出し、西側諸国から実際の生産手段を奪ったからです。
私にとっては、これが中心的かつ本当に深刻な問題のように思えます。
西洋はもはや、「世界の嫌われ者」である
あなたは「西洋対世界」と、私がこの1年以上、言い続けてきたことをまとめてくださいました。ただまずはっきり言いますが、私は自分自身を西洋人だと思っています。私はフランス人で、イギリスともつながりがあります。だから、私が西洋人の視点から話していることは、念頭に置いて下さい。
そのうえで、私たち西洋人が今気づいたことは、「西洋は、私たちが思っていたほど好かれていない」という事実です。
ここでは、アメリカを例に挙げましょう。ここ数年、「世界中の人々はアメリカを嫌っており、ロシアの勝利を心から望んでいる」ということが、少しずつ見えてきました。
これは、驚くべきことです。
これに関して、多くの例を挙げることができます。ただ中国は良い例ではありません。ロシアと中国の間には古いつながりがあるからです。
またインドは現在、世界で最も人口の多い国ですが、これも良い例ではありません。旧ソ連時代のロシアとインドの間には、古くからのとくに軍事的なつながりがありますから。
そうではなくて、私にとって最も驚きだったのは、イスラム諸国が、ロシアを好んでいるように見えることです。最近では、イランだけではなく、サウジアラビアのようなアメリカの長年の同盟国もロシアとの取引を好んでいるようです。
実際、石油価格も、イスラム諸国やロシアが求めるものになっており、アメリカの石油はあまり考慮に入っていないかのようです。
さらに、NATO(北大西洋条約機構)の一員であるトルコとロシアとの間に生まれた新しい関係は、とても興味深いものです。また、フランスの元植民地である西アフリカでは、群衆がロシアの旗を振っています。この旗が彼らにとって何を意味するのかは、私にはわかりません。しかし、その光景は実に興味深いものです。
これらの事実は、私たちを現実に引き戻します。繰り返しますが、これこそがグローバル化の現実でした。
グローバル化が産み落とした「新たな搾取」
もともとグローバル化は、世界に繁栄をもたらし、生活水準の向上をもたらすと言われていました。たしかに、それは真実と言えるでしょう。
例えば、グローバル化のおかげで、中国やインドをはじめとする、多くの発展途上国には、新たな中産階級が生まれたという事実もあります。
ただ人々が見ようとしなかったのは、グローバル化とは、新しい種類の「グローバルな労働者階級」として、世界中の労働者を利用することを意味していたという点です。これによって生み出されたのが、フランス語や他の言語で言うところのまさに「プロレタリア」です。
そしてグローバル化の名の下に、「不労所得者国家」と化した欧米列強によって、グローバルな労働者階級に対する新たな搾取が行われているのです。
世界全体と西欧の間、西欧とそれ以外の国々との間には、19世紀のヨーロッパと同じような対立が生じています。
19世紀、ブルジョワジー(上流階級や中流階級)と、労働者階級の間には対立がありました。なぜなら、そこには搾取のメカニズムがもともと内在しているからです。
だから、新たな搾取を行う西洋に対して、それ以外の国が敵対心を抱くのは、当たり前のことなんです。
もちろん、西洋が生み出しているイデオロギー、極端なフェミニズム、道徳的なリベラリズムの強要などは、西洋以外のより保守的な国の多くを不快にさせています。
そして、もはや共産主義国ではないロシアは、近寄りやすい国になりました。かつての共産主義は、イスラム教徒や信仰心の厚い国々にとって恐ろしい存在でした。
しかし今の世界各国からすれば、プーチンのモラルの面における保守主義は、「ゲイの問題こそが組織や社会の最重要問題である」と強いる西欧の新たな傾向や、トランスジェンダーの問題に対する西洋の固執よりも、はるかに身近に感じられるのです。
西洋人である私は、どちらに賛同すると表明しているわけではありません。私は、欧米で起きていることにはショックを受けていません。ただ、周囲の人々が私たちをどのように受け止めているのかを、理解するべきだと言っているのです。
このように、「西洋対世界」の対立にはたくさんの理由があります。しかし、何よりも驚くべきは、私たち自身が驚いていることそのものです。
ロシアが世界から好かれる理由は、たくさんあります。それにもかかわらず、こうした指摘に対し、私たちが驚いていることに、私はただ驚いています。
写真/shutterstock
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