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「夫婦とは、大事な話題を避けたり、遠ざけたりするもの」――映画『冬薔薇(ふゆそうび)』で夫婦を演じた小林薫×余貴美子

集英社オンライン / 2022年6月3日 9時1分

日本映画界の鬼才・阪本順治監督の新作は、俳優・伊藤健太郎のために書き下ろした『冬薔薇(ふゆそうび)』。流されるままに生きてきた伊藤演じる主人公の両親に扮した小林薫と余貴美子は、完成した作品を見て「リアルだった」と口を揃えた。わかりやすい展開や説明的な演出が氾濫する現代の映画界で、異質ともいえる本作の魅力を、ベテラン俳優たちが紐解いていく。また、長く第一線で活躍するふたりが敬愛する映画スターについても伺った。

生きることは、ドラマティックじゃないことの連続

――小林さんは阪本順治監督作品に初出演、余さんは3度目の出演となりますね。

小林 監督とはこれまでプライベートで2度ほどお酒を飲んだことがあるのですが、お仕事をご一緒したことはありませんでした。嫌われているんだなーって思っていたくらい(笑)。だから初出演できてうれしかったですよ。本当に、素直に。



ただ、脚本を通して読んだときに、主人公の淳はもちろん、僕らが演じた両親も含めてみんなが八方塞がりで出口が見つけられないんですよね。最後までアップグレードできないまま。それが映画的にどうなんだろうって思って、一抹の不安を覚えたんです。ところが試写を見たときにそれまでとは違う気持ちになりまして。自分が違う人生を歩んでいたら、淳のようになっていたかもしれない。むしろ、淳は僕だったんじないか?って思えたんです。そんな思いになるとは想像していなかった。まあ、脚本を読み解く力がなかったということなんですが(笑)。

監督とは『傷だらけの天使』(1997)、『新・仁義なき戦い。』(2000)でご一緒していますが、作品のテイストと同じように、当時は監督もなんだか怖かったんです。でも今回はものすごく現場でお話ができました。完全オリジナル脚本ですが、監督は独身で子供もいないのに、夫婦や子供のことをよく書けるなと思いましたね。人のことをよく見ているなーって。

阪本順治監督
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

――息子や妻に対して何も言わない臆病な夫と、そんな夫に不満を抱えながらも逃れられない妻。夫婦の諦めや不思議な連帯感が画面からにじみ出てくるようでした。

夫婦って、あまりしゃべらないのよね。普通。子供とだって、今起きていることしかしゃべらないじゃないですか。過去にどんなことがあったとか、そういうことをじっくり話し合うどころじゃない。それでも、映画としては彼らの過去をわからせなければいけないですからね。その描き方は“監督、よくわかってる“って思いました。

小林 会話にテーマみたいなものがあったら大抵ケンカになるもんね。息子のことについてだって、夫婦で気持ちのずれがあるからわかりあうことには限界がある。そういう意味では、夫婦って大事な話題を避けたり、遠ざけたりするものなんですよね。

ガット船の船長、渡口義一役を演じた小林さん
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

事務所を切り盛りする妻の道子役を演じた余さん
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

映画で飛び交う台詞にも、あまり意味はないんです。料理に「小エビが入っている」とか、「これは刻んだ普通のエビ」だとか、ただただ状況をしゃべっている。それがなんだか生々しかったです。感情を吐露したり、何かを訴えたりするわけではない会話の連続が、この作品の魅力だと思いましたね。

あとは今回、役名に名字があってよかった。よく“謎の女“とか名前のない役を演じることも多いので、渡口道子(とぐち・みちこ)っていう名前、結構気に入ったんです。名前があると演じる上でイメージが湧きやすいですし。小林さんは渡口カズヨシでしょ?

小林 義一(よしかず)ね。

あはは! そうでした。でも女って日常にドラマがないのが嫌って感覚、あるじゃないですか。変わり映えのしない生活の中で、息子が家業を継ぐわけでもなく、いずれ仕事が立ち行かなくなることがわかっている……。船が停まっている港にある小さな事務所の佇まいを見て、“つまんない“と不満を溜めている妻の気持ちがわかるなと思いました。生きることは、ドラマティックじゃないことの連続なんですよね。

小林 あの夫婦だって、若かりし頃は燃え上がってよく語り合った、ドラマティックな日々があったはずなのにね。

想像するとね(笑)。

小林 いつの間にかそこから抜け出せなくなっている。この映画を見終わったら、そんな簡単に答えは見つかんないよなって。人と人の間にあるわだかまりは、そう簡単にほぐれてこないよなって、思いました。

息子の渡口淳役に扮したのは伊藤健太郎さん(左)
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

――息子から「何か言ってくれよ」と乞われながらも、何も言ってあげられない父の姿も印象的でした。

小林 息子からしたら、苛立つでしょうね(笑)。

でも淳と不良仲間とのラストシーンがあるじゃないですか。私は、淳なりに頑張って生きていこうとしているんだって解釈したんです。生きることに執着しているから。人によっては最悪な人生を選んだなって思うかもしれないけど、見え方は人それぞれだと感じました。

小林 こういう映画の成立のさせ方もあるんだな、って思いますよね。僕が最初に考えていたように、簡単に出口が提示されるような展開だったら安っぽい映画になっていたはず。妙に感動しました。

石橋蓮司さん(左)は、淳を子供の頃から知るガット船の乗組員を演じた
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

――息子を演じた伊藤健太郎さんとの共演はいかがでしたか?

すぐに家族のようになって、おじさんやおばさんのつまんない話も「うん、うん」って聞いてくれました(笑)。若い俳優さんだと、控室にいづらいこともあると思うんです。でも彼は何の違和感もなく、息子としていてくれました。すごく距離感が近かったですね。

小林 一度、石橋蓮司さんと伊武雅刀さんと僕、笠松伴助くんと伊藤くんの5人で、小料理屋で食事会をしたんです。蓮司さんは80歳だし、伊武さんも僕も70代。笠松くんだって50代だから、思わずその場で「おもしろい?」って聞いたんです。そしたら「すげーおもしろいです」って(笑)。僕が伊藤くんの年頃だったらそう思えなかっただろうな。まあ、リップサービスだったかもしれないけど、あのメンバーが揃う景色は、今後簡単に見られるものじゃないだろうなとも思いました。

私も仲間に入りたかったな。撮影中も、乗組員を演じたおじさんたちを集めてガット船の前で写真を撮ってもらったんです。私にとってもスペシャルなメンバーだったし、思い出の写真になりました。

左から伊武雅刀さん、笠松伴助さん、小林薫さん、石橋蓮司さん
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

感動するのは、見たことのない存在

――おふたりはどんな映画スターに憧れてきましたか?

劇団員の頃は、淡島千景さんとか淡路恵子さんのタバコの吸い方とかをマネしたりしましたね。泉鏡花の小説を映画化した『日本橋』(1956)という作品があるのですが、若尾文子さんと淡島千景さんの動きが本当に美しくて。それもよくマネをしました。あと、緑魔子さんのつけまつげをちょっとずらすメイクをマネしたり。映画の中の女優さんは、私にとって“ああなりたい“と思う、ファッションリーダーのような憧れの存在でしたね。

洋画だと、『ひまわり』(1970)とか『小さな恋のメロディ』(1971)を劇場で見たことを覚えています。『おくりびと』(2008)でアカデミー賞授賞式に出席したときに、ソフィア・ローレンさんがちょうどいらっしゃって。“生ソフィア・ローレンだ!”って、大いに興奮しました。

小林 僕の子供の頃のスターといえば、中村錦之助(萬屋錦之介)さん。あと、三船敏郎さんの作品を今になって見直すと、やっぱりいいんですよ。三船さんって不器用な俳優さんの代表みたいにいわれていたけど、『馬喰一代』(1951)を見たときに、“名優じゃねえか!”って思って。とても感動しましたね。

――同じ俳優から見て、どんなところに感動するのでしょう?

小林 例えば『日本のいちばん長い日』(1967)で阿南惟幾役を演じているんだけど、割腹自殺するシーンがすんごい迫力なの。腹を切った経験なんてないはずなのに、なんであんなことができるんだろうって思いましたね。自分だったらこうできるなんて発想が浮かばないくらい。僕ごときにはマネできないね。

あと、一番憧れている存在といえば麿赤兒(まろ・あかじ)さん。学生時代に“紅テント”(小林さんも後に所属する劇団・状況劇場)で見たんですけど、あんな芝居があるんだという驚きと、こんな役者さんがいるのかという感動で衝撃を受けました。後にも先にも、麿赤兒さんみたいな役者は見たことないもん。

そうよね。見たことない存在って、本当に感動します。

――プライベートで映画をご覧になることも多いですか?

うちの夫が美術をやっているので、映画ではセットを見るのも楽しみ。作り手の熱意を感じるとワクワクしますね。話題になっている作品はよく見に行きます。

小林 妻がちょっと変な映画を勧めてくれることがあるので、見ることはありますね。ただ、僕は情報をキャッチするアンテナが段々と弱くなっているので、積極的に映画を見に行こうっていうことは、減っちゃったかもしれない。

――映画を見るときに、お芝居が気になったりすることは?

プライベートで見るときは、純粋に楽しめるかな。どうですか? あの人の演技が……とか、思っちゃうタイプですか?

小林 気になることはありますよ。

あはは!

小林 この人何やってんだって、怒りが込み上げてきたこともあります。

えー! 私もそう思われないようにしなくちゃ。まあ、それは監督の演出の責任でもありますけどね。

小林 そう。そういう映画だったらそれでいいんだろうけどね。やりすぎている芝居を見ると、あなたが気持ちいいだけでしょって思っちゃう。監督でも俳優でも、おもしろいでしょって感じを出すものって、ひとつもおもしろくなかったりするんだよね(笑)。

この映画もそうだけど、見る人の判断ですよね。俳優はどうしても俳優のことを見ちゃうから。

小林 そりゃもう、自分もいろんなことを言われていると思いますよ。何を言われても、その通りでございますって感じ(笑)。

――ドラマのない日常を描いた『冬薔薇(ふゆそうび)』は、どんな受け取られ方をすると思いますか?

小林 それがわからないんだよね。小学生や中学生くらいの子が見たら、なかなか理解できないかもしれない。でも18〜19歳くらいになったら、いろんな人がいるからね。人生経験はもちろん、どんな角度で映画と出会うかは、人それぞれだから。いろんな見方をしてもらえたらと思います。

『冬薔薇(ふゆそうび)』みたいにモヤモヤっとする映画もあるし、見終わって「気持ちがいい! 楽しかったー!」っていう映画もある。一方で残酷な韓国映画もあるし、色々あっていいんですよね。今は制限があったりするじゃないですか。ドラマでもタバコを極力吸うなと言われたり、これは言っちゃいけない、こういう表現はいけないとか……。だんだんやりにくい世の中になってきていると思うので、色々できることを許されている時代がいいなって思います。

小林薫 こばやし・かおる
1951年9月4日生まれ、京都府出身。1971年から1980年まで唐十郎が主宰する状況劇場に在籍。退団後は多くの映画やドラマに出演する。近年の主な出演作は映画『深夜食堂』(2015)、『武曲-MUKOKU-』(2017)、『夜明け』(2019)、『ねことじいちゃん』(2019)、『花束みたいな恋をした』(2021)、『Arc-アーク-』(2021)、『はい、泳げません』(2022)など。

余貴美子 よ・きみこ
1956年5月12日生まれ、神奈川県出身。劇団オンシアター自由劇場、東京壱組を経て、映画、TVドラマ、ナレーションなどへと活動の場を広げる。2019年紫綬褒章を受章。近年の主な出演作は『ホテルローヤル』(2020)、『泣く子はいねぇが』(2020)、『ノイズ』(2022)など。


『冬薔薇(ふゆそうび)』(2022) 上映時間:1時間49分/日本
舞台は横須賀の港町。渡口淳(伊藤健太郎)は25歳の今まで定職に就いた経験はない。服飾の専門学校に在籍はしているが、授業にほとんど出ずに地元の不良グループとつるんで虚勢を張る毎日。実家はガット船と呼ばれる特殊な船で、大量の土砂や砂利を埋め立て地まで運ぶ小さな海運業を営んでいる。父親で船長の渡口義一(小林薫)とは、もう何年もまともに口をきいていないし、事務所を切り盛りする母・道子(余貴美子)から気にかけてもらった記憶も薄い。そんな鬱屈したある日、淳は不良グループ同士の揉め事で、足に大怪我を負う。入院中、仲間からも距離を置かれた淳は、何か別の道を探すことになるのだが……。

©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS
配給:キノフィルムズ
6月3日(金) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー

公式サイト
https://www.fuyusoubi.jp

撮影/小田原リエ 取材・文/松山梢

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