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東京・東中野、最強の銭湯サウナ「松本湯」はいかにして爆誕したか。老舗銭湯・三代目の挑戦――「町の銭湯がここまでやるんだ、と思わせたかった」

集英社オンライン / 2022年6月7日 14時1分

世の万事、振り返ればすべてそこには理由がある。失敗には原因が、成功にも要因・根拠がある――。「空前のサウナブーム」といわれ、メディアでもさまざまな特集を目にする昨今だが、その中でも圧倒的に支持されている銭湯がある。東京・東中野の「松本湯」。2021年8月のリニューアルオープン以来、評判が評判を呼び、全国各地から“遠征”してくる愛好家やリピーターも数多いるという。今やブームの牽引役にまで躍り出たといえる松本湯。その成功にはもちろん理由があった。サウナブームに挑戦した老舗銭湯の奮闘に迫ってみよう(トップ画像/「松本湯」店主・松本元伸さん。中野区浴場組合の組合長も務める)

改築を決意した背景には、こんな思いがあった…

「松本湯」は昭和11年(1936)に創業された老舗の銭湯。同年が「2.26事件」の年というと、その歴史が実感できるかもしれない。それから50年ほどを経た昭和63年(1988)に、ビル(マンション)型の銭湯に改築され、そのときにサウナが併設された。

「サウナ室」で体をあたためて発汗し、その後「水風呂」でクールダウンしたあと「イスなどで休憩」する。これが現在、王道とされているサウナのルーティーンだが、松本湯では創業以来ずっと地下から汲み上げた水を使用していて、その水風呂のまろやかな気持ち良さは知る人ぞ知るところ。コアなサウナ好きにはひそかに注目される、そんな銭湯だった。

「でも、前回の改築から30年が経ち、配管などもだいぶくたびれてきて。そろそろ修繕…リニューアルの時期かな、と思い始めたのが3~4年前(2018年頃)のことで。お客さんも緩やかにだけど、確かに減っていて、正直、そういう意味での危機感もありました。
もちろん銭湯は地域にとっての大切な場所ですし、もっと盛り上げていかなくちゃいけない。これからこの銭湯をどうすればいいんだろうかと真剣に考え始めたんです」(店主・松本元伸さん。以下同)

「町の銭湯がここまでやるんだ、と思わせたかった」

そんな中で思いついたのが、サウナにより力を入れた銭湯にする構想。松本湯のストロングポイントである「素晴らしい水風呂」も活かせて、新規客を呼び込むことにも繋がるのではないか、と。

「私自身、もともとサウナは大好きだったし、ちょうどその頃マンガやテレビの『サ道』の影響もあって、サウナが注目され始めていて。それで“よし!”と。もう、いろんな施設さんを見て回りました。
東京はもちろん、東海、近畿や九州まで。松本湯と同じ条件…都市部にある銭湯やスーパー銭湯、サウナ専門施設を300軒くらいは訪ねましたね」

全国に点在する人気や話題の施設に足を運んでは、サウナ室や水風呂の温度なども含め、設備を自ら体感。さらにそこでくつろぐ“お客さんの動き”にも注目し、時には感想を語り合ったりもしたそう。

「評判のいいところはどこも素晴らしくて。それぞれ特色や工夫がある。サウナ室がとてつもなく気持ちいい、とか、『ここの水風呂は最高』とか。とんでもない“ととのい”を味わえる施設とか。
でもね、悔しいことに、そういうサウナはどれもがサウナ専門施設や大型のスーパー銭湯のもの。『町の銭湯じゃ勝てないのかな…』とも痛感したんです。それで、『いや、だったら、銭湯でこれ以上のことをやってやろう』『いろんな施設の良さを、全部いいとこ取りしてやる』って、逆に闘志が湧いてきたんですけどね(笑)」

男湯全景。良質な地下水と同様、広々としたスペースがあるのも松本湯の強みのひとつ

心地よさの秘密その①、「とにかくすべてにこだわった」

まずはサウナ室。リニューアル前は、多くの銭湯で見られる遠赤外線のサウナヒーターを使っていたのを、満載したサウナストーンに水をかけて蒸気を発生(ロウリュ)させられる、フィンランド製のパワフルなストーブに。広さもそれまでの6~7人が入れるサイズから、座面が3段の、20人ほどが入れる大きさにまで拡張(※男湯)。室内の明るさや、温度や蒸気がうまく室内をめぐるよう換気孔の位置も研究し、座るベンチ(座面)の「高さ」や「幅」「奥行き」に至るまで、徹底的に検討したそう。

より自分に向き合えるよう光の量も抑え、音楽も静かなジャジーなものを、とこだわりは多岐に…。写真では撮影のため明るくしているが、実際は隣の人の顔がやっとわかる程度の暗さ

「よく“一番こだわったのはどこですか?”って聞かれるんだけど、答えられないんです。“全部”なんだよね(笑)。自分が行ってみてよかったものを徹底的に検証して、いいと思ったものはすべて取り入れたいと。
ただ、いろんな要素が複雑に絡み合うので、設計段階でも、工事が始まってからも『ここをこうしたら、あっちはこうなるね』『ここをこうすればかなり良くなるけど、今度はあっちが…』って、そういう変更や微調整の繰り返し。サウナストーブも『もっといい熱さにできるんじゃないか』って、メインのストーブに加えて座面の下にもボナストーブというヒーターを入れ、熱源を“ダブル”にしてみようかって。実際に結果がどうなるかは分からないけど、まずはやってみよう。試してダメだったら、また修正だ!って(笑)。もう、ずっとそんなことをやってました」

20分に一度、自動で石に水がかかる「オートロウリュ」が発動。ダブル熱源が作る温度と湿度とのセッティングも徹底的に調整、毎日最高の状態を目指している

心地よさの秘密その②、アレンジした「いいとこ取り」

水風呂もしかり。徹底的に考え抜き、全国の名施設で実際に体感して素晴らしいと思ったものを、松本さんなりのアレンジも加えて落とし込んだそう。その結果、男湯には水深150センチ、女湯には135センチの「立ったまま浸かれる」深さの浴槽を設置することに。ステップを下りて一番深いところまでいけば、全身を一気に冷やすことができる…サウナ好きにとっては最高にして究極の水風呂だ。


「サウナ室を出てすぐ、という動線がいいなっていうのがまずあって。そのうえで熊本の『湯らっくす』さんなどにもある、立ったまま入れる水風呂にしたいな、と。全身のどこも曲げずに水中で大の字になると、体の表面全体がどこも隠れず水に包まれて冷やされるので、気持ち良さが全然違うんですよね。
でも、下に足が着いたほうが安心感はあるし安全だな、とか、階段を一回上ってから下りるのはやめて、ただ下りるだけにしたいなとか…いろいろ考えて設計してもらいました。できるだけお客さまのストレスはなくしたいし、銭湯なんで高齢の方もいらっしゃるから、やっぱり安全は大事なんですよね」

地下135メートルから汲み上げたまろやかな水に全身をあずける。至福の瞬間

「いいとこ取り」だけではない。さまざまな施設で実際のお客さんの動きにまで細かく注目してきた“成果”、そしてこれまでに松本湯で経験したことが、すべて反映されている。


「深い水風呂には16℃前後に冷やした水を使っているんですが、その横にもう少しマイルドな温度・・・28℃前後の水を入れた浴槽を置きたいなと。
これを大阪の『大東洋』さんや浅草の『湯どんぶり栄湯』さんで見た『泡風呂』にしたらめちゃくちゃ気持ちいいだろうなと思って。冷たい水風呂から少しぬるめへ、という、いわゆる“冷冷交代浴”を、泡が体をなぞるあの気持ち良さで味わったら最高なんじゃないかなって」

冷たい水から、ぬるめの水へ。一度ハマるとクセになる「水風呂のはしご」。もちろん、その温度差も研究を重ねた最適解だ

そして、水風呂を出たあとに休憩するスポットとして、体を横にできて、やさしいそよ風を上方から浴びられるエリアを設置。松本湯と同じく屋外スペースがない施設でも、このギミックを導入しているところは多い。

「『スカイスパYOKOHAMA』さんとかですよね。ご想像にお任せしますが、これもたしかに影響を受けています(笑)。あれ、気持ちいいもんね。あれを畳の小上がりでやったらどうだろうって。ここも完成直前に設計変更して作ったんですよ」

上のファンから優しい風が。混んでいるとなかなか出来ないが…横になって浴びるそよ風は控えめに言って極楽

ほかにも、レイアウトや設置するものにも徹底的にこだわりまくる日々。その結果、実際に完成したのはなんとリニューアルオープン当日。開店まで2時間ほどというタイミングだったそう。

「さすがに焦りましたけどね。“あぁ~、出来た! 急いで掃除しないと、お客さん入って来ちゃうよ”って(笑)。でも…そこまでしてでも最高のサウナを作って『銭湯でもここまでやるんだ、銭湯も捨てたもんじゃないな』って思ってもらいたかったんです」

知名度を上げるために…もうひとつの作戦とは

話は5年ほど前に遡る。2021年のリニューアル計画とは別に、もう一つ松本さんにはやっておきたいことがあった。それは“松本湯の知名度を上げていく”こと。リニューアル工事や設計を視野に入れつつ、それに先立ちスタートさせたのは「イベント」だった。

「最初にやったのは『熱波』のイベント。“アウフグース”っていうんですが、サウナストーンにロウリュして発生する蒸気を体に向けて仰ぐと、一気に体感温度があがってものすごく発汗するんです。
これが気持ち良くて。もともと知り合いだった熱波師さんや、さらにご縁ができた熱波師さんに来てもらい、それを告知していきました」

この熱波イベントが回を重ねるごとに、松本湯にはサウナ愛好家が続々と集うように。

「愛好家さんたちといろいろ話すようになって。どんなサウナが気持ちいいかを尋ねてみたり、“こんなイベントもできたらいいよね”とか。私からも『こんなサウナにしたいんだ』って相談して意見を聞いたりもして。集客や宣伝効果もそうだけど、そうした“サウナ仲間が増えた”というのも、とても大きかったですね」

熱いサウナ愛。その思いに共感して心強い仲間が!

そんな“仲間”の一人が蒸しゴリくん。サウナが大好きで、東京都内のサウナ施設約400か所を1年半で制覇した、サウナ界隈では有名な存在だ。現在、会社員として働きつつ、スタッフとして主に夕方以降、松本湯をサポートしている。

「レジェンドゆうさんという熱波師さんから、2017年くらいに松本湯の存在を聞いて。僕はサウナのほかにキャンプも好きで、当時からテントサウナを楽しんでいたんですが、基本、大自然の中でやるじゃないですか。だから実はテントサウナをやった後って…銭湯に寄って、もう一度汗を流してから帰ったりするんですよね(笑)。
そんなこともあって、2018年くらいに『松本湯の屋上でテントサウナを組めないですか?』って松本さんに提案したんです。ここなら終わった後に1Fでお風呂に入れる。水風呂も、銭湯でも使っているあの最高の地下水をプールに貯めて楽しめる。もう、最高じゃないですか、って(笑)」(蒸しゴリくん。以下同)

蒸しゴリくん。全国を回る生粋の愛好家。これまでに印象に残ったサウナを聞くと「熊本の『八代センターサウナ』ですかね」とディープな答えが

松本さんも即、賛同し、実際にイベントとして開催したところ、これも大成功。1ヵ月に2~3回のペースで1年間、およそ50回ほど開催するうち、サウナ好きの間で、さらに松本湯の名は広まっていったそう。もちろんそうした交流の中、松本さんと蒸しゴリくんとの間では、リニューアルに関する会話や意見交換も活発にかわされてきた


「松本さんはすごい真っすぐな方で。“こんなサウナがいいと思う”とか、“水風呂はこういうのを実現したい”とか、アイデアを熱く話してくれるんで、こっちも真っすぐに答えますよね(笑)。
『それはいいですね』『実現できたらすごいっす!』って。アドバイスとか提案というほどではないんですが、僕自身がいいなって思うこともいくつかお伝えもしました」


筋金入りのサウナ好き同士の熱い交流により、知見やアイデアがどんどん膨らんできた。実際にどんなことを提案されたのかを聞くと


「たとえば、以前の・・・旧松本湯で使っていたもので残せるものはそのまま残したら? とかですね。現在、受付の横の待合スペースにあるステンドグラスは創業以来のもので、あれはぜひ残すべきじゃないか、とか。
あとは、サウナ室の壁に輻射熱(※壁に反射して返ってくる熱)が楽しめるように石が貼ってあるんですが、それも旧松本湯のサウナ室の壁のものを捨てずに再利用されています。同じ材質のものが今はもう入手できないって聞いたんで、あれは残したいですよねって。『けっこう大変で、逆にお金がかかった』なんて言われちゃいましたけど(笑)」

受付奥の休憩スペース。左に見えるのが、創業時からあるステンドグラスだ

リニューアル成功に向けて仕込んだ、最後の秘策

いやいや、素晴らしい! あのサウナ室の重厚な熱さには、こうした裏話がいったいどれだけあるんだろう。そしてさらに、ある重大&画期的な提案も明かしてくれた。それが、リニューアルにあたっての「クラウドファンディング」の実施。

「クラウドファンディングは、資金を応援してもらうという側面だけじゃなく、リニューアルの告知や宣伝にもなるじゃないですか。そこが大きな狙いだったんですよね。
『松本湯が、こんなにすごいサウナになる』って知ってほしかった。なので金額というよりは支援者数にこだわって、返礼品のコースも多めに、細かく設計しました」

“僕は文才ゼロ。国語は昔からぜんぜん自信がなかった(笑)”という蒸しゴリくんですが、熱い思いをしたためたページを作成。公開するやいなや、サウナ好きたちがSNSで拡散したことなどもあって、300万円に設定した目標金額をわずか11時間で達成。最終的には1000人以上の支援者から、設定目標の倍以上の金額が集まったそう。

ついに迎えたリニューアルオープン日にまさかのトラブルも…
まだまだドラマは終わらない!?

銭湯への思い。そしてお客さんに少しでも気持ち良いものを提供したいという熱い情熱。あらゆる施設を訪ね歩いて研究する努力と熱量。そのうえでギリギリまで粘り、最後に決断する胆力も…。松本さんという人間は本当に魅力的である。

そのキャラクターに共感し魅せられた人たちが「繋がり」を持ったことで、さらなるアイデアも生まれ、世に伝えられていく。リニューアルを考え始めてから約3年。そして改装工事を開始してから約半年が経ち、ついに2021年8月、“シン・松本湯”が完成。オープンの日を迎えた。

ただ、そのオープン当日。思いもよらないハプニングが…。果たしてどんなハプニングだったのか、そして松本湯のもうひとつの特徴である「女性にもとことん優しい」ところを、次回のくだりでお伝えする。

完全女性優遇銭湯・松本湯」に続く

杉並バイブラさん。彼も松本湯で働くスタッフの一人で某有名通信企業に勤めながら、副業で松本湯を手伝っている。言うまでもなくサウナ愛好家だ

松本湯 https://www.matsumoto-yu.com/
〒164-0003
東京都中野区東中野5-29-12
JR総武線 東中野駅 東口出口左側階段より徒歩8分
地下鉄東西線 落合駅 小瀧橋方面3番出口より徒歩3分
西武新宿線 下落合駅 南口より徒歩8分

TEL:03-3371-8392
(受付は14:00~24:00)
e-mail:info@matsumoto-yu.com

各種SNS
Twitter:@matsumoto_1010
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後編「まだまだ続くサウナをめぐる物語」に続く


撮影/八坂悠司 取材・文/坂津つかさ

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