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『鬼滅の刃』『呪術廻戦』だけじゃない! 出版不況、少子化でも好調な児童小説「みらい文庫」の現在

集英社オンライン / 2022年6月8日 8時1分

2021年の児童書の推定販売金額は前年比4%増の967億円と4年連続プラス成長となった(出版科学研究所調べ)。堅調に売上を伸ばしている児童書だが、なかでも「児童文庫」は、戦国時代と呼ばれるほど競争が激しくなっている。 そのレーベル数、刊行点数は増え続け、今では1か月ごとに数十点の新刊が書店店頭に並ぶ。好調な市場のなかで、業界を牽引する「集英社みらい文庫編集部」の鈴木秀幸編集長と岩井未央子副編集長に、みらい文庫の現状と恋愛系のヒット作品について訊いた。

拡大する子ども向け小説の読者層

集英社みらい文庫は『鬼滅の刃』『呪術廻戦』などの有名マンガや映画ノベライズ、『絶望鬼ごっこ』(シリーズ累計88万部)『生き残りゲーム ラストサバイバル』(累計36万部)などのデスゲーム/ホラー系の作品が話題を集めてきたが、近年では恋愛系の作品の人気が高まっている。



【みらい文庫の恋愛系作品一例】
『渚くんをお兄ちゃんとは呼ばない』(既刊13冊 累計43万部)
『キミと、いつか。』(15巻完結・累計38万部)
『青星学園 チームEYE-Sの事件ノート』(既刊14冊累計30万部)
『海色ダイアリー』(既刊7冊累計27万部)
『霧島くんは普通じゃない』(既刊5冊累計18万部)
※部数は6月6日現在


レーベルの男子向け女子向けの刊行比率は4:6から5:5だが、読者数は圧倒的に女子が多い。読者の年齢は小学4~中学1年生がメインとなっている。

「最近では以前よりも少し上(中高生)まで読者が広がっています。カバーや挿絵のイラストも子どもっぽさをやや控えるようになり、中学生も読んでくれるようになったことで、部数が伸びている面もあると思います」(鈴木秀幸編集長)

みらい文庫の恋愛系作品のキャラクターは中学1年生という設定が多い。読者層が広がったことで、読者の好みのキャラクターデザインの傾向も変化している。これまでは頭を少し大きく描く頭身で、幼い印象を与えていたが、最近では少女マンガに登場する「女子高生」のような、頭身は高めで少し大人びたおしゃれな服装が好まれるという。

「読者が好きな頭身は、顏は中1らしい丸くてかわいい系、身体は手足細めのスラっと系、というものです。キャラデザは非常に重要なポイントなのでイラストレーターさんにこだわって描いていただいています」(岩井未央子副編集長)

顔はかわいい丸顔系、身体はスラっと体型が読者には人気(『海色ダイアリー』より)©みゆ・加々見絵里/集英社

また、みらい文庫の恋愛系作品ではカバーイラストのキャラクターだけでなく背景もこだわって作り込んでいるという。

「一枚の絵から物語が感じられるように、夕暮れの放課後など、背景と一体となった細やかなシチュエーションを大事にしています。読者には、鮮やかな色彩の美しいイラストが人気ですね。イラストレーターさんはレイヤーをいくつも重ねたりと、発光の表現にもこだわってくださっています」(岩井副編集長)。

圧倒的に人気な「逆ハー」という設定

作品のストーリーのほうに目を向けるとどうだろうか。

「最近では男女が1対1の恋愛系作品よりも、ひとりの女の子が複数の男の子に囲まれる『逆ハー(逆ハーレム)」作品が強いですね。男子が4~5人登場し、その巻によってスポットの当たるキャラが替わっていくので、その中から読者が自分の好きなキャラを探していく楽しみがあるのではないでしょうか? それが人気の秘訣だと思います」(鈴木編集長)

ひとりの女子が複数の男子に囲まれる逆ハー設定が人気

「キャラ設定を考える際にはアイドルをプロデュースするような気持ちで作家さんに作り込んでいただいています。ジャニーズやKPOPグループなど現実のアイドルもそれぞれのキャラクター性が多様になっているので、とても参考になっています」(岩井副編集長)

「ただストーリーはというと、今の少女マンガは付き合ってからの話も多かったりしますが、児童文庫では恋だと気付かないまま男女がだんだん仲良くなっていって付き合うまでをしっかり描くという、古き良き少女マンガの世界観が生きている印象です」(鈴木編集長)

恋愛描写は基本的にはキス未満までで、よほどのことがなければキスもしない。両思いになることが物語のゴールという作品が多いという。

ヒット作『霧島くんは普通じゃない』は児童文庫として普通じゃない!?

2020年10月に第1弾が刊行された麻井深雪作『霧島くんは普通じゃない』は近年スタートした児童文庫の恋愛系作品の中では、異例のスピードで売り上げを伸ばしている。そして、内容も異色のものなのだという。

主人公の日向美羽の通う中学校に、霧島セイ、レン、コウのイケメン3兄弟が転校してくるが、この3人が実はヴァンパイアで、人間を魅了する能力や高速移動する力を持ち、血を吸うという設定。今の児童文庫でファンタジー作品のヒットは非常に珍しいことだという。

女子向け恋愛ものではめずらしいファンタジー設定のヒット作(『霧島くんは普通じゃない』より)©麻井美雪・那流/集英社

「『霧島くん』は、みらい文庫の女子向け作品の中では久しぶりとなるファンタジー作品です。作家の麻井先生はかっこいい男の子キャラを描くのがとてもお上手なのですが、ヴァンパイアの男の子たちの人間にはない魅力、躍動感のあるアクションなどが読者にとって新鮮なのだと思います。【特別な血】の持ち主である主人公・美羽をめぐる恋模様も見逃せません。ヴァンパイアと人間の異文化交流も読んでいて楽しいポイントだと思います」(岩井副編集長)

ヴァンパイア同士の争いは異能バトルとしても楽しまれており、徐々に男子読者も増えているという。

みらい文庫読者に見る小中高生の特徴

みらい文庫のホームページは出版社が運営する子ども向け書籍のサイトとしては閲覧数が多い。人気の理由は、作品別に読者が感想を書き込めること。作品によっては数百件の感想が届く。読者同士の掲示板としても機能するほど、頻繁に訪れる熱心な読者が多いという。

「『鬼滅の刃』をはじめとするノベライズ作品には『初めて小説を買いました』とか『本を読むきっかけになりました』という読者も多いですが、オリジナル作品は熱心なヘビーユーザーが支えてくれていると感じています。

熱心に小説を読んでくれる読書家な子どもたちなので大人っぽい感性を持っていますし、みなさん学校の成績もいい子が多いのかなという印象です。書き込まれるコメントも気が利いていておもしろいんですよ。ですから、作家さんにも『“子ども向け”と思って変に手加減しなくていいですよ』と言っています」(鈴木編集長)

2021年からスタートしたLINEでの配信も、カバーイラストのラフや色違いのデザイン案などコアなファンに喜んでもらえる情報を発信し、順調に「友だち」(登録者)を増やしている。これまで「小学生はSNSをやらないからTwitterなどで発信しても届かない」と言われていたが、今では小学校高学年から中学入学の時期にスマホを持つ子が多く、公式サイトやLINEからの情報も十分届くという手応えを感じているという。

「ファンレターもたくさん届くのですが、マンガ、アニメがこれだけ流行っているなか、児童文庫についても友だち同士の楽しい話題の一つにしてくれているのをひしひしと感じます。昔は本が好きであることに『オタクっぽい』とかネガティブなイメージもあったかもしれませんが、今は本が好きなことはかっこいいことになっていると感じています。

マンガでもアニメでも本でも、好きなものがあるということはかっこいいことですよね。『自分も将来作家になりたい』『こんな絵を描きたい』という読者も多く、作品に対する『好き!』という気持ちがキラキラ輝いて見えます」(岩井副編集長)

2021年の学校読書調査によれば小学生の1か月の平均読書冊数は12.7冊、中学生は5.3冊。過去半世紀の中で今の小中学生が最も本をたくさん読んでいる。

この大量の読書をした世代が作り手に回ったときにどんな物語が生まれるのかが今から楽しみである。

また、こうした目の肥えた読者を熱狂させる作品がおもしろくないわけがない。
児童文庫の変化、みらい文庫の進化には、大人にも注目してもらいたい。

取材・文/飯田一史

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