電飾がきらめく夜の街・秋葉原を練り歩く、ひときわ異彩と光彩を放つ人物がいる。
「日本の夜が暗くなっている」ー“サイバーおかん”タナゴが目指す「日本サイバー化計画」ってナニ?
集英社オンライン / 2022年6月8日 18時1分
ピンクの髪に着物姿、背中には光り輝く「電脳」の文字。夜の街をゆく人々の視線を一身に集める彼女の名は「サイバーおかん」。日本をサイバー化するために活動するミステリアスな女性の正体に迫った。
サイバーおかん誕生のきっかけは東京オリンピック2020
電飾の付いたサンバイザーに基板柄の着物、そして背中には「電脳」の文字が輝くネオン管のディスプレイ……。“歩くSF映画”とでも呼ぶべき非現実的雰囲気で人々の注目の的となる彼女は、「サイバーおかん」こと、タナゴさん。自身が管理する個人サイトには、「日本の文化をハックして新しいエモい日本を生み出す」という一文とともに、彼女の目指す“日本サイバー化促進活動”なる謎の活動の様子が綴られている。
「いわば、サイバーおかんというのは、私がアーティストとして変身したときの姿ですね」(サイバーおかん・タナゴ、以下同)
大阪の高校卒業後、進学先のデザイン専門学校を1日で中退。パチンコを中心とした自堕落な生活を5年間送った後に、『ビックリマンシール』を製作するデザイン会社「グリーンハウス」で1年間、デザイン業務に従事、その後パチスロメーカーのデザイナーを経て独立。現在は、パチンコ、パチスロ等遊技機の図柄や、パネルのデザイン、さらには液晶に流れる文字デザインといったものを制作するフリーデザイナーだ。
しかし、2018年からこれら本業とは別に、サイバーおかんとしての活動を開始。サイバーなアイテムを工作してイベントで出展したり、企業オフィスのサイバー化をプロデュースしたり、さらには正体を隠したヒーローのように、夜な夜な電飾に身を包み、街を練り歩くようになった。なぜいきなりサイバーな活動をするようになったのか。それは2020年に開催が予定されていた東京オリンピックがきっかけだった。
「オリンピックで訪れる訪日外国人に、日本に抱いているイメージ通りのサイバーパンクな街を見せて、『ニッポン、ヤッパリスゴイネ!』と思ってもらいたい。なのに実際はどうか。東京の夜には圧倒的にサイバー感が足りない。『なんだ、この体たらくは!』と腹が立ちましたね」
「サイバーパンク」とは、1980年代に流行し、今でも根強い人気を誇っているSFのサブジャンル。高度に進化した生体・機械技術が人々の文化に浸透した未来社会を舞台に、人間性を鮮烈に描き出すような作品が多い。そんなサイバーパンクのモデルとしてバブル期日本の高層都市群イメージがよく使われていたのだ。
実は中学二年生の息子さんがいるというサイバーおかん、「おかん」の肩書きに偽りなし!
「サイバーパンク映画の金字塔『AKIRA』(アニメ映画は1988年公開)はオリンピックを控えた2019年の東京が舞台ですし、同じく金字塔の映画『ブレードランナー』(1982年公開)だって2019年が舞台です。でも、そういう“フィクションと現実の垣根”を揺さぶるような試みは日本でいつまで経っても登場しなかった。じゃあ、もう自分でやるか、と」
ネオンからLEDへ……「電飾」の変革をきっかけに分岐した“来なかった未来”
サイバーパンクな世界観を表現するのに欠かせないのが「電飾」。サイバーおかんの服装にもそうした意匠が取り入れられているが、目をひくのは『セオイネオン』という作品だ。
タナゴさんの作品群。「電脳」の文字が光るのがネオン管の製造会社と相談して作り上げた力作『セオイネオン』
文字通り背負えるネオン管で、まさに“サイバーおかんの相棒”ともいえる作品。実はこれよりも前にLEDの電光板を組み込んだ着物の帯を作っており、そちらが『セオイネオン』の前身とも呼べる作品だった。当初はこの着物を着てサイバー活動をしていたが、ふと自身がとんでもない過ちを犯していることに気付く。
「80年代のサイバーパンク作品の電光ってLEDじゃないんですよ。というか、LEDで三原色を表現できたのって、1993年に青色LEDが発明されてから。それまでは“ネオン管”だったんです。80年代のサイバーパンク感を下地に活動している自分が、ネオンを背負っていなかったとは……」
大いに反省したタナゴさんは、そこからネオン管でサイバー作品を作ることを決意。しかし、ネオン管はそう簡単に手に入るものではない。そのもどかしさをTwitterでつぶやいていたところ、知り合いのツテで静岡のアオイネオン株式会社というネオン管の製造も手掛ける看板デザイン会社の人とつながり、ネオン管を都合してもらえることに。そして、誕生したのがこの『セオイネオン』というわけだ。
ネオンのギラギラとした光は、なぜこれほどまでにタナゴさんを惹きつけるのか。
「そうですねぇ……ネオン管からLEDへのシフトって、『80年代のSF作品が描いてきた21世紀』と『現実の21世紀』の分岐点に思えるからです。LEDの登場でごついネオンの光に満ちた21世紀は、『分岐した未来』になってしまったんですよね」
おもしろいことに、「分岐した未来」に回帰するムーブメントは、形を変えて海の向こうでも起きている。
今、海外で人気の音楽ジャンル“シンセウェイブ”。これは20代後半から30代のアーティストが中心の音楽ジャンルで、80年代SFをベースとしたシンセサイザーの旋律と、ネオンのイメージを取り入れたビジュアルがキーとなっている。この音楽の根幹となる思想が、まさに彼女の求める「分岐した未来への回帰」なのだ。
「ネオン管を通して『分岐した未来への回帰』に気がついた時は叫んじゃいましたね。それが同時期に音楽でも起きているんだから、『サイバー、来てるんとちゃう?』って」
日本の電飾文化の代表として取り入れた“デコトラ要素”にも注目!
タナゴさんのサイバーおかんとしての活動が、“来なかった未来を現実社会に呼び戻そうとすること”であるならば、それはある意味、ヒロイックですらある。夜な夜な変身するヒーローのようにサイバーおかんになるタナゴさんは、80年代回帰を叫ぶ世代にとっては本当の意味でヒーローなのかもしれない。
日本をサイバー化するには「皆さんに光ってもらうしかない!」
求めていた未来を横目に、来てしまった現実で彼女は思う。
「ここ数年、日本の夜の町が暗くなっているんです。昭和ってもっとネオンの灯りでギラギラと明るかったと思いませんか? 今はパチンコ屋さんや屋外看板など規制されて昔より明るくないですし、『セオイネオン』を背負い出したのも今、規制がない場所は人体だけなんじゃないかと思ったから。だから私は自分を光らせて夜の街を練り歩いてるんです」
ハンディ扇風機ブームに先駆けて作ったと自負する「扇風機ハンドバッグ」
そんな特異な活動をするタナゴさんは、日本よりもむしろ海外から注目を集めている。その理由を聞いてみると、
「 『伝統』と『最先端の未来技術』が両立する日本風サイバーパンクが、いまでも世界で根強い人気だからでしょう。一方で日本人からは、物珍しい笑いの対象として捉えられることが多いですね。本来は日本らしさであるはずなのに……もどかしいですね。いつまでこの活動を続けていくかですって? みなさんにサイバーの素晴らしさを布教して、夜は私のように電飾で歩く人が当たり前にいる世の中になるまでです。そうすれば、日本の夜がまた明るくなりますから」
彼女の背中に光る「電脳」の文字は、存在しなかったパラレル世界の光であると同時に、来るかもしれない未来への道案内なのかもしれない。
(写真/下城英悟)
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