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「倍速視聴」の加速で、映画や音楽を脳に“書き込む”時代がやってくる?

集英社オンライン / 2022年6月14日 16時1分

ビジネスパーソンも、そうでない人も「いまのトレンドを知りたい」「話題になっている本を読みたい」という欲望は持っているはず。そんな人たちのために、著述家・書評家の永田希さんが昨今の「バズワード」を解説しながら、話題書を紹介。今回は、ワイドショーやネットなどで議論を呼んでいる「倍速視聴」について。

映画の倍速視聴は定着するか?

「倍速視聴」という言葉がここ数か月話題になっています。

もともと、この言葉は『「映画を早送りで観る人たち」の出現が示す、恐ろしい未来』というWeb連載の記事(講談社現代ビジネス/2021年)をきっかけに広まり始めました。その記事で「若者たちは映画やアニメーションを早送りで観ている」と非常にセンセーショナルに紹介され、ネット上で話題になったのです。



そして、今年の4月にそのネット記事をまとめて加筆修正した『映画を早送りで観る若者たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』という本が発売されました。本書の刊行によって、マスメディアを巻き込んだ議論が再び巻き起こっているのです。

本書の著者は、映画誌編集部に在籍していたこともあるライター・編集者の稲田豊史。稲田は、映画ライターでもないような若者たちが、かつて自分が業務として仕方なく実践していた映画鑑賞方法と同じような仕方で映像コンテンツを消費していることを紹介しています。

若者たちが倍速視聴をする背景には、ネットフリックスやアマゾンプライムをはじめとするサブスクリプション動画サービスの普及があります。著者の指摘によれば、ネットフリックスが倍速再生が可能なサービスであること、月額定額サービスのため限られた時間のなかでできるだけ多くのタイトルを消化することが「コスパ」ならぬ「タイパ(タイムパフォーマンス)を向上させる、と考えられているようです。

また、LINEなどのメッセンジャーサービスとスマホによって常に友人たちとコミュニケーションすることが可能になり、仲間内のコミュニケーションから脱落しないために、話題作のあらすじくらいはフォローしておく必要が生じているのだとか。

わざわざ倍速にしてまで大量の作品を鑑賞するのだから、さぞかし映画が好きなのかと思いきや、YouTubeなどによって同世代の「オタク」の圧倒的な知識量を目の当たりにしている現代の若者は、オタクに憧れつつもオタクになれない諦めを前提にしている、と著者は言います。

一見、よくある「若者論」のように思えますが、言うまでもなくネットフリックスやメッセンジャーアプリは若者限定のサービスではありません。もちろん、自らも中高年である本書の著者は、かつて「作品」として「鑑賞」されていた「映画」が、「コンテンツ」として「消費」あるいは「消化」されるようになったという事実に戸惑っていることを率直に記しています。

しかしながら、著者は映画が「作品」たりうる芸術になってきた近代の歴史を振り返り、既存の絵画などの美術と比較して下等なものとされていた事実を参照します。映画館などの席に座り、ある作品の始まりから終わりまでそこから動かず、作品の時間的な長さと鑑賞体験の時間が一致する――このことは映画というジャンルの芸術性と深く結びつけられてきました。

しかし、90分の映画を45分で観たり、8時間ある長大な作品を倍速再生して4時間で観てしまったら、その鑑賞体験の内容はぜんぜん違うものになってしまいます。そのうえで著者は昨今の倍速再生を、黎明期の映画のような新しい体験としてこれから定着していくのかもしれない、と位置付けています。

つまり、本書は世代論を語っているわけでも、現在の若者はけしからんと言っているわけでもないのです。もしも真面目に倍速視聴について議論したいのであれば、何が倍速試聴を可能にしているのか、試聴される作品たちがどういう背景をもっているのか、を理解するべきでしょう。

テクノロジーとコンテンツは、産業の動向に合わせて変化をしていくものです。したがって、映画と絵画のどちらがすぐれているかを議論するのが不毛であるのと同様に、1倍速再生と2倍速再生を比較してどちらが良い鑑賞方法なのかを議論するのは不毛なのです。

むしろ重要なのは、倍速視聴が普及しつつあるのと同様に、今後また新しい鑑賞方法が現れて普及していく可能性があることを前提に考えていくことです。

目、耳、鼻から複数コンテンツを受容

そのような倍速再生とニューメディア嫌悪の双方について、それぞれもっと露悪的に過激にした世界を描くのが芥川賞作家、本谷有希子の小説集『あなたにオススメの』に収録されている中編、「推し子のデフォルト」です。

近未来を舞台に、通信用のチップを身体のあちこちに埋め込んで、さまざまな「コンテンツ」に耽溺する主人公「推子」の子育てと、ママ友「GJ」との交流を描く本作。

「おおきくなったらAIになる」と口を揃える幼児たちと、そのような世の中に疑問を禁じ得ない主人公のママ友。個性がそれなりに重んじられている現代からの反動なのか、洗脳のように子供たちが「等質」になるべく教育されるディストピア小説でもあります。

主人公は両耳で別々の音声コンテンツを倍速再生し、ARレンズでさらに映像コンテンツを消費しています。一方、主人公のママ友は、我が子の個性を伸ばすどころか、抑圧することを求めてくる社会の風潮に抗いながらコンテンツ漬けになることも忌避しています。

もっとも、あらゆる配信サービスを貪欲に摂取している主人公にとって、必死で社会に抗おうとするママ友の姿は、あくまでも「コンテンツ」でしかありません。

主人公は、ママ友のことを生身のコンテンツとみなし、仲良くしているのです。子どもたちの個性を抑圧しつつ、友人の個性を消費する、冷酷でうすら寒い人間関係がここにはあります。

本作の著者は、明らかにこのような主人公の姿をグロテスクなものとして描いており、それは少し引いてみると来るべきニューメディア(埋め込み型デバイスでの超倍速鑑賞)に対する、先取りの嫌悪表明とも言えるでしょう。

この作品で興味深いのは、「コンテンツ」を栄養サプリ(機能性食品)のような「機能性創作物」として描いていることです。『映画を早送りで見る若者たち』で取材された若者たちも、メッセンジャーアプリなどで仲間たちとのやりとりから脱落しないために「コンテンツ」を受容しており、それはやはり「機能性」が重視されているのです。

なお、ネットフリックスが登場するよりも前から、映画の本数は年を追うごとに増加し蓄積されてきました。この世に存在しているすべての映画を鑑賞するためには、これから百年以上、一睡もせず倍速で再生し続けてもおそらく足りないでしょう。

「推し子のデフォルト」の主人公は常時、複数の感覚器(目、耳、鼻)で平行して複数のコンテンツを浴びています。想像しただけで読んでいるこちらが疲弊するようなおぞましい状態ですが、より強い刺激を得るためには有効な方法なのかもしれません。

記憶や感覚を脳に“書き込む”時代へ

本作のような状態になる前に、脳の処理容量が限界を迎えそうですが、最近では脳に直接電子回路を取り付ける技術の開発も進められています。機械を脳に埋め込むことで処理能力がブーストされれば、生身の脳の容量を超える情報量も難なく処理できるようになるはずです。

さて『映画を倍速で観る若者たち』ではスマホやPCのディスプレイで映画コンテンツを観るスタイルがとりあげられ、『あなたにおすすめの』ではARレンズや腕などへ埋め込むチップでコンテンツ鑑賞(消費、体験)が描かれていました。

現実の現代の技術では、すでに頭蓋骨に穴を開けて電極をさしこんで、コンピューターと通信することが可能になっており、将来的には情報を脳に外部から「書き込む」ことも構想されています。

脳科学の最先端とそのビジネスへの応用について紹介した『ニューロテクノロジー――最新脳科学が近未来のビジネスを生み出す』によれば、医療用として開発が進められているニューラリンク社の技術では、脳に障害を持ち、会話が難しい重度の患者の脳に電極をとりつけて、意思を読み取って他の人とコミュニケーションを可能にするべく研究が続けられています。

ニューラリンク社は、テスラ社やスペースX社で知られる大富豪で起業家のイーロン・マスク氏が率いる企業です。fMRI(磁気共鳴機能画像法)によってヒトの脳のリアルタイムの図像情報が得られるようになり、図像処理を得意とする人工知能の深層学習が活用されることで、瞬間瞬間の脳の状態が解明されつつあります。

いま紹介した事例は「読み取り」の技術ですが、通信は双方向のものなので、当然外部から記憶や感覚を「書き込み」することも理論的には可能です。つまり将来的には「倍速視聴」どころではなく、脳の限界まで圧縮された密度で「コンテンツ」が流し込まれ、それを体験し消費することが可能になるかもしれないのです。

音楽や映画は「時間芸術」と言われ、その上演されている時間は身体や集中力が拘束されるのは当然だと考えられてきました。しかし、時間は主観的には脳内で経験されるものです。

2時間の映画を倍速で観るのに必要な時間は1時間ですが、電極をとおして音楽や映画の体験を流し込むだけであれば、「鑑賞」や「体験」に必要な時間はもっとずっと短縮できるかもしれません。

そんな時代がやってきたら、レコードやカセットテープ、レーザーディスクが過去のものになったように、パソコンやスマホのモニターや、スピーカーも過去のものになるのでしょう。そしてきっと、倍速視聴で育った先行世代のひとびとはこう言うのです。

「『書き込み』はけしからん! コンテンツは『倍速』で観るものだ!」と。

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