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バンタム級に敵なし。モンスター・井上尚弥に階級転向の壁はあるか

集英社オンライン / 2022年6月9日 13時16分

WBAスーパー&IBF世界同級王者の井上尚弥が、WBC同級王者ノニト・ドネアを破り、日本人初の3団体統一王者となった。これで23戦無敗となった井上は、目標とするバンタム級での4団体統一にリーチをかけ、さらに階級転向をも視野に入れることとなる。

試合後のボクサーとは思えない顔

6月7日、さいたまスーパーアリーナ。地下にある無機質な会見場にも、超満員だった観客の興奮と熱気が伝播していた。会見場の席はすべて埋まり、記者や関係者が立ったまま並んだ。

しばらくすると、俄かに通路が騒がしくなる。昔の知り合いとの再会だったのか、やや高い声が響いて、チャンピオンになった井上尚弥(29歳、大橋)が室内に入ってきた。

「最高の日になりました」



壇上で席に着いた井上は冒頭の総括で簡潔に語って、笑みを洩らした。その顔は肌艶も良く、試合後のボクサーとは思えないほどきれいだった。背後に飾られた本人のパネル写真と変わらない。

記者からの質問を待つ間、井上は右手でペットボトルを取って、ゆっくり口に水を含む。さあ、何でも聞いてくれ。その余裕が見え、マイクを握る手がどこか浮き立った。

WBA、IBF、WBC世界バンタム級の3団体統一戦、WBAスーパー&IBF世界同級王者の井上が、WBC同級王者ノニト・ドネアと2年7カ月ぶりに対戦した。結果は、2ラウンド1分24秒TKO勝利。井上はこれで23戦無敗となり、日本人初の3団体統一王者となった。

試合はほとんど一瞬で終わったが、そこに井上というボクサーの歴史的強さが凝縮されていた。

井上は、布袋寅泰の「キル・ビル」のギター生演奏の昂揚が残るリングに上がった。生気に満ち、緊張もリラックスもしていない。その間にある高い集中力を保っていた。心の揺れが少しも見えず、それは一つの境地に達した者だけが出せる気配だろう。落ち着いて見えるが、同時に殺気も漂い、肌が粟立つ凄みがあった。

「ドラマにするつもりはない。判定ではなく、KOで倒す」

井上はそう宣言していた。

2年7カ月前のドネアとの対戦、井上は2ラウンドに左フックで右目を負傷し、8ラウンドには鼻血も噴き出し、本意ではない“流血戦”となった。11ラウンドの左ボディでダウンを奪い、判定で勝利を収めた。結果的に、ボクシング界の歴史に残るドラマになった。

しかし、本人が求めたのは圧勝だ。

「2ラウンド、いかないよ」の真意

「人生はどこまでたどり着けるかを知る旅。培った経験をすべて使う」
そう語っていたドネアも、静かに覇気を放っていた。泰然とした立ち姿に、老練さが浮かぶ。WBC正規王者、WBC暫定王者を破り、一つの極みに達しようとしていた。

試合は、真の王者の対決になった。

1ラウンド、ゴングが鳴ると、ドネアがいきなり左フックを入れ、フィリピンの閃光を放つ。間合いをはかりながらもフットワークを使い、前へ出る。計量後も、そこまで体重を戻していない。スピードを維持し、一気に勝負する作戦だったか。

「右目に左フックをもらった瞬間、効いたわけじゃないけど、目が覚めたというか。立て直さないとなって。1ラウンドは絶対取りたかったので、それ以上のインパクトを与えないと、と思っていました」

そう語った井上は、前回の悪夢が蘇る光景を振り払うように攻防のテンポを上げた。残り10秒の合図が出た時だった。井上は「少しだけエンジンをかけた」と明かすが、右クロスカウンターを入れ、ダウンを奪う。それが本人の手応え以上のダメージになった。

ドネアが立ち上がったところでゴングが鳴り、1ラウンドが終了した。

「2ラウンド、いかないよ」

インターバルで、井上はセコンドにそう話していたという。旺盛な戦闘意欲を自ら制御するための自戒でもあった。相手を警戒すべき、という気持ちと、すぐにでも倒したい、という気持ちがせめぎ合う。
「どれだけのダメージか、分からないところもあったので、様子を見ようと思っていました。自分を落ち着かせるためにも、あえていかないよ、と口にしたんですが。(ゴングが鳴ったら)行っていましたね(笑)」

4団体統一とスーパーバンタム級

2ラウンド序盤、井上は左ジャブで警戒しながらドネアと向き合う。しかし間合いへ踏み込むスピードで上回ると、左フックをヒットさせ、ドネアをぐらつかせる。これで獲物が弱ったのを見透かした肉食獣のように、怒涛の攻撃に出る。

連打を浴びせた後、うまくロープを使いながら、強烈な左フックを再び当てた。膝が折れそうになって耐えたドネアを、無慈悲に打ち続ける。仕上げも左フックだった。

ドネアはコーナーで崩れ落ちた。

「(ドネアが)ダウンしたのを見て、”夢じゃないか”と思いました。うまくいきすぎて」

井上は口の端だけで笑った。学生時代からの憧れで、尊敬すべきチャンピオンを完膚なきまでに叩き潰した。

「(強気の発言で)自分にプレッシャーをかけることで、トレーニングの意気込みだったり、向上心だったりを上げたいと思ってやってきました。発言したからには、目標に到達するまでやらないといけないって。その不安に打ち克つことの大切さを実感しています」

強気の発言を貫いて、大きなイベントで熱狂を生み、晴れやかな勝者となった。

自分を追い込むリスクを背負ったのは間違いない。Amazonプライムビデオの配信だけでなく、スポンサーも集まっているが、期待を裏切ると自身の価値も暴落する。有言実行は、胆力と実力の証か。

涼やかな表情に潜む不敵さに、彼の中の怪物が垣間見えた。では、モンスターが次に照準に捉えてるものとは?

「バンタム級での4団体統一が目標なので、年内に統一戦を…。リーチがかかったので、そこは行きたいと思いますが。新たなステージとしては、スーパーバンタム級に上げたいですね」

年末、WBO世界同級王者のイギリス人ポール・バトラーとの4団体統一戦が行われるとなったら、さらに注目を集めることになるだろう。

会見後のフォトセッション、井上は三つのベルト、一つを腰に巻き、二つを肩に下げ、ポーズを取った。左右に陣取ったカメラマンに顔を向け、サービスで力こぶを作る。白い歯がこぼれ、シャッター音が鳴った。

撮影/スエイシナオヨシ

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