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わずか22席の劇場がコロナを乗り越え大盛況。鵠沼海岸のミニシアター「シネコヤ」

集英社オンライン / 2022年6月15日 13時1分

コロナ禍のあおりを受け、歴史あるミニシアターの閉館が相次いでいる。日本全国にあるミニシアターのスクリーン数は419(2021年12月末時点)。シネコンに比べると圧倒的に少ないが、そこでは大作映画とは一味違う、映画館や映画館主のこだわりが詰まった厳選の偏愛作品が上映されている。映画のうまみが倍増する、全国にある魅力的なミニシアターをシリーズで紹介していく。

写真館をリノベーションしたシネマ+小屋=シネコヤ

鵠沼海岸駅で降りて海岸方面へ3分ほど歩くと、左手に見えてくる「シネコヤ」

“映画と本とパンの店”を謳ったミニシアター「シネコヤ」(神奈川県藤沢市)がオープンして、今春で5周年を迎えた。元写真館をリノベーションした昭和レトロな建物で、客席数もわずか22席とこぢんまりしていることから、ちょっと遠慮してシネマ+小屋=シネコヤ。



しかしそこには一歩足を踏み入れた瞬間、個人宅のプライベート空間に招かれたような居心地の良さとゆったりとした時間が流れている。シネコヤのトレードマークになっている猫のごとく、自分のお気に入りのスペースを見つけてまったり過ごしたい。

右側に写真館「カンダスタジオ」の名残が

江ノ島に向かう観光客を尻目に、小田急江ノ島線・鵠沼海岸駅で下車し、鵠沼海岸商店街(マリンロード)を歩くこと約3分。昔ながらの酒店や雑貨店などを眺めながら、見えてきたのが「シネコヤ」の文字。元写真館の面影を残した大きなショーウインドーと共に、以前の店名「カンダスタジオ」の文字が刻まれた電灯看板の存在がニクい。

扉を開けて、まず目に飛び込んでくるのが美味しそうなパンの陳列棚。緑豊かな神奈川県山北町の空き家を改装した工房で、自家製天然酵母を使って焼き上げた「Desture-デスチャ-」の商品だ。

人気はつぶつぶの食感が魅力の、甘すぎないピーナツバターサンド(中央奥)

トレードマークの猫が愛らしい。コーヒーは同じ鵠沼商店街にある「カフェ香房」の自家焙煎オリジナルブレンド

天井まで映画関連の本がぎっしり。館内にはビリー・ホリデイの曲が流れる

ジュリー・アンドリュースが表紙を飾った1977年12月号のロードショーも

蔵書は3000冊を超える

訪れた人が好きな映画を書き込むノート。各人の思い入れあるリストを眺めるのも楽しい

さらに奥へ進むと喫茶スペースがあり、周囲をぐるりと本やパンフレットが取り囲む。本は、ざっと3000冊。店主・竹中翔子さんの所有物もあれば、鎌倉在住者から寄贈された1970年代からの「キネマ旬報」も揃っているという。

家の延長のような空間が広がるシアタールーム

照明や手すりなど、味のあるインテリアは写真館のときのまま

そしてシアタースペースは、趣を感じる白い欄干がアクセントの階段をのぼった2階に広がっている。

ここは紛れもなく“映画と本とパンの店”。映画鑑賞はもちろんのこと、コーヒーとパンを片手に書籍を読み耽るもよし、映画観賞後の余韻に浸るのもよし、過ごし方は思いのまま。自由な空間作りはシアタールームにこそ表れており、座席はアンティークなソファから木の椅子まで様々。何より驚くのは、廊下とシアター部分がカーテンで仕切られているのだ。

階段を上がると、赤いカーテンの奥にシアタールームが

映画館の常識を覆す試みについて、竹中さんが説明してくれた。
「各席にサイドテーブルがあって飲食もできるので、上映中も薄明かりがあるくらいが良いかなという思いがありましたし、お客さんの中には映画館の暗闇が苦手という方もいらっしゃいます。おうちの延長のような空間でリラックスして鑑賞できる環境を提供しようと思いました」

竹中さんがアンティークショップで買い集めたというこだわりのソファとテーブルがずらり

今後はシアター内の壁にも本棚を設置する予定だという

映画作りから、映画館作りに夢がシフト

オーナーの竹中翔子さんは1984年生まれ

おすすめの映画や本が掲載された竹中さん手作りの小冊子(左)。バックナンバーも読むことができる(右)

今では、お得な入場割引と手作りの小冊子「月刊シネコヤ」が毎月届くファンクラブの会員は約250人。入場割引のみのメンバーズ会員は約300人。だが着実にファンが増えてきた開館3年目の2020年にコロナ禍が深刻化し、他の映画館同様に緊急事態宣言中は休業を余儀なくされた。

「地元の年配の方々をはじめ、安定してお客さんが来てくれるようになった矢先の出来事だったので、なかなか厳しかったなと思います。スタッフを削減し、職員はほぼ私1人に。給付金などを得てウチは何とかやっていけるレベルでしたが、最初の緊急事態宣言(2020年4月〜5月)明けのときは、こんなにも人が来ないものなのか?という経験もしました」(竹中さん)

試行錯誤の末、現在は木・金・土・日の営業に。コロナ禍で関係が深まった神奈川県下のミニシアターや自主上映活動団体らと「かながわ映画部(仮)」を発足し、連携企画もスタートさせた。

地元の強みを生かした上映が大盛況

大ヒット上映中の『かぐやびより』以外にも、竹中さんのこだわりが感じられるセレクト

そして今、うれしい悲鳴が上がっている。地元・藤沢市にある福祉施設「さんわーく かぐや」の活動を追った津村和比古監督によるドキュメンタリー映画『かぐやびより』(2022)の上映で、4月17日の先行上映より満席回が続出し、ロングラン上映となっているのだ。

『かぐやびより』上映期間中は、入り口脇に「さんわーく かぐや」の作業所で作られた作品が

「ご近所にある作業所が舞台で、津村監督から“上映するならシネコヤで”とお話をいただき、小さな劇場ならではの応援ができればと日本で最初の上映を決めました。はじめはゴールデンウィークを乗り切れるかな?という不安もあったのですが、地元紙に取り上げていただいたこともあって蓋を開けたら物凄い反響に。連日、関係者の舞台挨拶を行ったり、作業所で作られた作品を販売したりしています。この地域ならではの映画館の在り方を考えさせられるきっかけとなりました」(竹中さん)

今後も『かぐやびより』の海外映画祭出品へ向けてサポートしていく方針だという。さらに、自主製作者のDCP(デジタルシネマパッケージ)制作支援事業を計画中。また「鵠沼アートフェスティバル」の一環で行っている子供の映画制作ワークショップも継続して実施予定だという。確実にここが、地域の文化交流の拠点となっていることがうかがえる。

ちなみに、竹中さんが当初抱いていた映画製作の夢は?

「今はまだその気持ちはないのですが、90歳ぐらいになったら作りたいな。“おばあちゃん、映画監督デビュー”みたいな感じで。様々な人生を知った上で作る映画はどんな内容になるのか。自分でも楽しみです」(竹中さん)

含蓄に富む映画が完成しそうだ。

シネコヤ
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6
https://cinekoya.com

取材・文/中山治美 構成/松山梢

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