イギリスの作家・イラストレーターのアリス・オズマンが2018年に発表したグラフィックノベル(原作コミックス)『HEARTSTOPPER ハートストッパー』は、世界23カ国以上で翻訳出版、全世界で発行部数100万部の売上をもたらしたベストセラー作品。
ゲイであることをカムアウトされイジメを受けていた過去を持つ高校生のチャーリーと、新学期に席が隣になったラグビー部に所属する1学年上の優しいスポーツマン、ニックが友情以上の感情を抱いていくというストーリー。ただのボーイズラブ作品ではなく、LGBTQ+をテーマに、メイン二人以外にもトランスジェンダーやレズビアンなどさまざまなセクシュアリティのキャラクターが登場し、学校や家庭内にも存在する偏見や無理解といったリアルな現実が描かれています。
イギリス発の青春BL!Netflix『HEARTSTOPPER』4つの魅力
集英社オンライン / 2022年6月18日 13時1分
イギリス発の青春BLコミックス『HEARTSTOPPER ハートストッパー』がNetflixオリジナルドラマシリーズとして配信中。全世界23カ国以上で翻訳出版された、日本でも評価の高い本作の魅力を探る。
2021年に日本でも翻訳版が刊行されるやいなや「『このマンガがすごい!2022』オンナ編」第19位にランクインするなど大きな話題となりました。
そんな同作がNetflixオリジナルドラマシリーズとして、2022年4月より配信スタート。原作からの再現度の高さや非常に優れたLGBTQ+レプリゼンテーションを実現しているなど原作同様、大きな注目が集まっており、本国イギリスなどではTOP10入りを果たしている。さらにアメリカの映画評論サイト「Rotten Tomatoes」にて評論家スコア100%、観客スコア98%と高いスコアを獲得。5月にはシーズン2・3の制作決定が発表されました。
本稿では、同ドラマの魅力を【ストーリー】【キャラクター】【映像】【音楽】4つの軸で解説していきます。
【ストーリー】原作の行間を埋めるオリジナル要素
現在刊行されている原作コミックス4巻のうち、ドラマで描かれているのは原作の2巻まで。物語の流れは原作に忠実ではあるものの、ドラマでしか描かれないストーリーやキャラクターなどオリジナルの要素も取り入れられています。そのオリジナル要素こそが、ドラマの魅力を引き立てる重要なポイントなのです。
例えば、主人公チャーリーの友達でトランスジェンダーのエルというキャラクターがいるのですが、原作ではあまりスポットが当たっていません。しかし、ドラマでは彼女とチャーリーの関係性を掘り下げたり、同じくチャーリーの友達であるタオと親密になっていく過程が描かれたりします。
ドラマでは重要人物として登場する(左から)エルとタオ
ただ改変しているのではなく、原作で描かれていなかった“行間”部分を埋め、よりストーリーを深く掘り下げるための重要な要素として、オリジナルのストーリーが取り入れられているのです。そのおかげで登場キャラクターの心情やキャラクター同士の関係性の深まりが丁寧に描写されています。
オリジナル要素が違和感なく取り入れられているのは、作者のアリス・オズマンがドラマの製作総指揮と全話脚本を務めているから。作者自らが原作では描き切れていなかった部分をドラマに書き起こしたことで、原作に忠実でありながらさらに魅力を引き立たせるストーリーになった印象を受けました。
【キャラクター】再現度が高すぎる本気のキャスティング
筆者はドラマ視聴後に原作を読んだのですが、キャラクターの再現度の高さに度肝を抜かれるほど、「そのまんま!」と感じました。
調べてみて、その理由に納得。原作を忠実に再現するため、メインキャラクターであるチャーリーとニックのキャストをキャラと同世代の若者にしようとオーディションを決行。製作総指揮を取ったアリス・オズマン自らもオーディションの審査員として参加していました。
そこで選ばれたのが、ジョー・ロック(チャーリー)とキット・コナー(ニック)です。ジョー・ロックを起用したのちにニック役のオーディションをしたところ、すぐにジョー・ロックとキット・コナーは打ち解け、「最初のキスシーンを再現するというお題で化学反応を起こした」とアリス・オズマンが語っています。
また、ジョー・ロックは『HEARTSTOPPER』が俳優デビュー作となっている新人です。加えて、前述したチャーリーの友人エルはトランスジェンダーのヤスミン・フィニー、エルの友人であるレズビアンの「ダーシー」はノンバイナリーのキジー・エッジェルが演じるなど、キャラクターをより深く理解し演じられる俳優たちを起用しています(ちなみにこの2人も本作で俳優デビュー)。
ただ、話題性のある俳優を起用するのではなくキャラクターのイメージに合うまでとことん追求していく。キャスティングに対しての本気度が伺えるのと同時に、だからこその再現度の高さには納得せざるを得ません。
【映像】キャラクターの心情を表現した効果的なアニメーション
原作の再現度の高さは映像のスタイルにも表れています。例えば、コミックスのコマ割りや構図を引用したカットが多数用いられていたり、原作の絵を基にしたイラストや枠線・トーンなどを駆使したアニメーションが用いられていたりするのです。
特に後者のアニメーション表現は、キャラクターの心情を表現するのにとても効果的なアクセントになっています。1話「出会い」のチャーリーとニックがはじめて出会うシーンでは、実写映像の上に落ち葉のイラストが舞っているアニメーションが重なっています。
ほかにも、2話「恋心」でニックがチャーリーの手を握ろうとするシーンでは手の部分にパチパチと火花が散るようなアニメーション、3話「キス」ではじめてニックとチャーリーがキスをするシーンでは花が舞っているアニメーションなど、キャラクターたちの感情が動く要所要所のシーンに表現されています。
ニックとチャーリーの近づく手に火花が
コミックスで描かれている表現を実写で再現していることはあるのですが、このような効果的なアニメーションが入ることで感情の“揺れ”をより感じ取ることができます。キスシーンで花が舞っているのを見ると、「心に花が舞うほど喜びに満ちているんだな〜」と心がポカポカするんですよね……。
さらにアニメーションに加えて、シーンによって映像のカラーコレクション(映像の色彩補正)やフレア(光の反射)を取り入れる表現も駆使しています。原作の再現度を高めるために、実写ででき得る限りの映像表現を詰め込んでいる。本作に関わるクリエイターたちのこだわりも感じられるのです。
【音楽】ドラマを最大限に盛り上げるZ世代のアーティスト
最後に紹介したい本作の魅力は、劇中に流れる数々の音楽です。音楽は、原作にはないドラマならではの要素。各話ごとにアメリカ、イギリスなどのアーティストの楽曲が複数流れます。なんといっても、この楽曲センスが素晴らしい。
1話冒頭に流れるのは、南アフリカ出身ロンドン在住の24歳、ベイビー・クイーンの「Want Me」。物語の幕開けを彩るかのようなエレクトロサウンドとキャッチーなメロディが印象的な本楽曲ですが、チャーリーの胸の内と重なるかのような切ない歌詞が綴られています。
2話で女子高に転入したエルが友達をつくろうと悩むシーンでは、ノルウェー出身の23歳、ガール・イン・レッドの「Girls」が流れます。爽やかでゆったりとしたギターサウンドと、自身も同性愛者であるガール・イン・レッドが綴る同性愛についての歌詞。エルが「友達になりたい」と見つめる目線の先にいるのは、後にレズビアンだと分かる「タラ」とダーシーです。先のストーリーを見越しての選曲なのか否か……楽曲を知っていた方の中には、意味深に捉えた人もいたかもしれません。
ほかにも、フィリピン出身の22歳、ビーバドゥービーやイギリス出身の24歳、ローラン・ヒバードなど、多くのZ世代アーティストたちの楽曲が起用されています。
作品に登場するキャラクターたちのティーンエイジャーならではの悩みやセクシャリティに対する繊細で複雑な心情を表現したかのような歌詞、青春ドラマに相応しい爽やかなポップチューンは、若い世代のアーティストだから生み出せるのだと感じます。
ドラマを最大限に盛り上げてくれる楽曲たちにも、ぜひ注目して見てほしいです。
心温まる物語を体験してほしい
原作1巻の巻末には、原作者のアリス・オズマンがこのようなコメントを記しています。
“読者の方々がこの作品を読んでくれる理由はそれぞれです。ロマンスが読みたい、LGBTQ+への共感、画が好きだから、話が好きだから。でも、多くの読者が『HEARTSTOPPER』に惹かれる理由は「心が温まる感じ」じゃないでしょうか。私がそうだからです。”
主人公たちが自身のセクシャリティに悩むシーンはあるものの、キャラクター同士の友情や愛情に満ち溢れた関係性や、作品そのものが非常に明るくポジティブなトーンやテンポで描かれているため、アリス・オズマンのコメントの通り、まさに見ていると心が温まるのです。
シーズン2・3の制作も決まり、さらなる盛り上がりを見せるはず。各話30分前後と非常に見やすい長さなので、サクッと見られるのもポイント。今から見ても遅くはないので、ぜひ本作を見て心を温めてみてはいかがでしょうか。
文=阿部裕華
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