放送作家・鈴木おさむは、なぜ辞めることを決意できたのか? BAD HOPの冠番組で再び目にした“奇跡のよすが”と、テレビドラマ界に残した爪痕
集英社オンライン / 2024年3月29日 19時0分
〈「多分、僕はSMAPが解散したときに『死んでしまった』のだと思います」作家業引退の鈴木おさむが直面した“40代の闇”とは?〉から続く
新刊『仕事の辞め方』(幻冬舎)を上梓した放送作家の鈴木おさむ氏。脚本を担当した最新ドラマ「離婚しない男」は、再生回数がテレビ朝日の歴代記録を更新するほど話題になったが、その裏には苦悩と絶望とコンプレックスがあった。またABEMAの番組で人気ヒップホップグループ・BAD HOPが見せてくれたという、最後の「奇跡」とは?
サイバーエージェントに感じたカルチャーショック
––––サイバーエージェントとの仕事を始めたのも40歳ぐらいですよね。テレビ業界で長く働いていたがゆえに、カルチャーショックを受けたそうで。
(鈴木おさむ、以下同) それまで「ネット」って自分から遠いというか……少し怖いイメージすらあったんです。というのも、僕は堀江貴文さんと同い年なんですが、2005年ごろにライブドアがフジテレビを買収しようとしたじゃないですか。自分が働いている場所を、自分と同い年の人が買収しようとしているという事実に恐れ慄きました。
そこでネット業界に対する先入観ができてしまったのですが、実際にサイバーエージェントと仕事をすると、テレビ業界と比べてすべてが速くて驚きました。
––––「速い」とは?
テレビ業界のプロデューサーは、普通30代ぐらいから土俵に立ち始めるのに、サイバーエージェントでは20代の子が裁量を持っていて、すごい売上を叩き出しているんですよ。それだけじゃなくて、誰かが「これ面白い」と言ったアイデアが形になるのもすごく速い。「この文化なら面白いもの作れるわ」と納得してしまいました。
––––エッジの効いた企画も多い印象です。
そうですね。立ち上げから関わらせてもらった番組「フリースタイルダンジョン」では、ラッパーたちと親交ができました。
最近でも、2月に解散したBAD HOP(神奈川・川崎を拠点とする8人組ヒップホップ・クルー)のバラエティ番組「BAD HOP 1000万1週間生活」の企画演出を担当させてもらったのですが、これは「フリースタイルダンジョン」からの縁です。メンバーのT-Pablowは初代モンスターとしてレギュラー出演してくれていましたし。
来年2月19日東京ドーム公演で解散することになったBAD HOPと、実はこの一週間まるまる、ある番組を撮影してました!
— 鈴木おさむ (@suzukiosamuchan) November 12, 2023
めちゃくちゃおもしろいものが撮れました!
途中、大トラブルも発生したんだけど、仕事に向かう僕の顔を見た妻が「久々にワクワクした顔してるね」と言いました。… pic.twitter.com/TjSE9buiK1
BAD HOPが見せてくれた“奇跡のよすが”
––––「BAD HOP 1000万1週間生活」はネットでも話題になりましたね。
あの番組は文字どおり、BAD HOPが共同生活をしながら1週間かけて1000万使う企画で、メンバーに解散前にいろんなことを体験してもらおうと思っていたんです。初めて合コンに行くとか、豪遊するとか、地元の保育園におもちゃを寄贈するとかして、1000万円使い切る。でも、中盤でT-Pablowが韓国のカジノへ行って、40分で300万使ってきちゃうんですよ。折り返しの段階で、残高が200万程度になってしまって。
––––番組が成立しなくなる危機。
撮影が続けられるのか不安だったんですが、妻からは「久々にワクワクした顔してるね」と言われて(笑)。たしかに、あの緊張感は久しぶりだった。
T-Pablowは帰国してから「悔しい」と言って、まだ収録が残っているのに、勝手に韓国行きのチケットを取っちゃうんですよ。カメラクルーも行けないし、予算もないのに(笑)。でも、なんか彼に賭けてみたくなって、僕が「これを使ってくれ」って自腹で100万円を渡したんです。
彼が不在の間も番組は撮影し続けていたのですが、その間T-Pablowとまったく連絡が取れなくなってしまって、僕も「ヤバいかも」と思いました。何かあったのかもしれないし、100万円渡しちゃっているし(笑)。
でも、撮影が終わる直前でT-Pablowがようやく帰国して、みんなの前でバッグをいそいそ開け始めたんです。そこから出てきたのは、1000万円だった。
––––奇跡のような展開ですね。
本当に奇跡ですよ。「SMAP×SMAP」でずっと追い続けていた“奇跡のよすが”を、引退前の最後のタイミングで、また見ることができた。その瞬間、アドレナリンが湧き出ました。
T-Pablowは「ありがとうございました」と言って、100万円の札束を渡してきたんですけど、僕はライブの資金に使ってほしいと断ったんです。で、無事撮影が終わって帰ろうとしたときに、マネージャーさんから「少し待っていてください」と言われたので現場で待機していました。
そうしたら部屋にBAD HOPの8人が入ってきて、「お礼です」と言って時計をプレゼントしてくれたんです。撮影が終わってから、8人で店に行って買ってきてくれたようで。僕は時計に詳しくないので値段はわからないんですが、託した100万円の数倍はするらしいです。数倍返しをサラッとする……なんてカッコイイ人たちなんだ!と。
「離婚しない男」のベッドシーンは、なぜ笑えるのか?
––––以前、鈴木さんは「社会から認められていると感じたことがない」と話されていたので、作家業引退宣言には少々驚きました。実は、まだやりたいことがあるんじゃないでしょうか?
小説や脚本も書かせてもらっていますが、自分はやっぱり放送作家です。なんとなくですが、物書きとして一番は小説家、次が脚本家、その下が放送作家という序列があるように感じていて。その点で、コンプレックスをずっと抱いていたんです。
放送作家としてヒット作に恵まれたとしても、バラエティ番組は「みんなの仕事」。「これが自分の作品だ」とは言いにくい。一方、小説は作品として自分にコピーライトがつく。
もちろん脚本も創造力が大事ですが、やっぱり原作が一番です。僕は脚本も書いてきましたが、初めて担当したドラマ「人にやさしく」(2002)から、長いこと手応えを感じられないでいました。
––––手応えがないと言いながらも、「引退することに悔いはない」と言い切られているのはなぜでしょう?
爪痕は残せたのかな、と思えたからかもしれません。ちょうどSMAPが解散したあとに放送が始まったドラマ「奪い愛」シリーズで、やっと自分なりの解を見つけることができたような気がしています。
––––同シリーズは昼ドラのような強烈な展開に笑いが混ざった世界観で、中毒者が続出したように思います。
くだらないことを、クソ真面目にやるとおもしろい。これを「奪い愛」のときに発見しました。そんな自分の作風を「笑ってはいけないドラマ」と勝手に名付けているんですが、視聴者がツッコミたくなるようにしたい。とはいえ、おもしろいがメインになってしまうとコメディに見えてしまうので、あくまでもサスペンスのような演出に徹しています。
––––最後の作品となったドラマ「離婚しない男―サレ夫と悪嫁の騙し愛―」は、廃業宣言をしたからこそ振り切れたそうですね。
「離婚しない男」は企画が立ち上がったときに、テレビ朝日さんから「ベッドシーンも含めて挑戦したい」というオーダーがありました。これまでだったら「今の時代に描けるのか?」「炎上しないか?」「不快に思う人はいないか?」とかいろいろ躊躇していたと思いますが、「もういいや、辞めるし」と吹っ切れました。
とにかく“昭和の香り”を漂わせたかったんですよね。当時の作品に漂っていた色気とか「見てはいけないものを見てしまっている感覚」を、作家業の最後に作ってみたかった。今の時代で、どこまで作れるのか挑戦してみたいという気持ちもありました。
––––ベッドシーンが多いものの、いやらしく見えないような気がします。
コメディで包んでしまえば、ベッドシーンが生々しくなく描けるんだと思います。もちろん、色っぽさはある程度大事だとは思うのですが、生々しすぎると役者さんにもストレスがかかる。視聴者を惹きつけるのも大事ですが、まずは現場で役者さんが挑みやすいようにしたかったんです。
演じるときに「これはコメディなんだな」と感じられれば、役者さんも少し肩の力が抜けるような気がしています。際どいシーンもセリフがあまりにもくだらなすぎると、おかしいでしょう?
––––役者さんの怪演ぶりも話題になっていますね。
作品が話題になって、演者さんたちにも還元できればうれしいですね。ありがたいことに「笑ってはいけないドラマ」は配信とすごく相性がいいようで、「離婚しない男」はテレ朝の番組で歴代トップの再生回数になったそうです。
––––コンプレックスが昇華できた、ということでしょうか?
完全に昇華できたわけではないですが、この前、テリー伊藤さんからも「ドラマのフォーマットをひとつ発明したね。きみにしか作れない世界観だよ」と褒めていただいたんです。それが、すごくうれしかった。
思えば「SMAP×SMAP」のコントも、くだらないことを大真面目にやるスタンスで作っていたんですよね。あのかっこいいメンバーが、すごく真面目にコントをやっているからおもしろい。
もしかすると「笑ってはいけないドラマ」は「SMAP×SMAP」の延長線上にあったのかもしれません。放送作家をやっているうちに身についたスキルだったと思うと、感慨深いです。そう考えると、改めて自分の作家人生に悔いはありませんよ。
文・インタビュー/嘉島唯
写真/山田秀隆
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