新作のたびに新アレンジを加える魔曲、劇場版『名探偵コナン』メインテーマ27年の歩み「いわば『太陽にほえろ!』の弟分」「サックスのイメージが定着したのは『世紀末の魔術師』で」
集英社オンライン / 2024年4月17日 19時0分
公開から3日間で観客動員数227万人、興行収入33億円とシリーズ歴代No.1のロケットスタートを切った劇場版アニメ第27作『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』。サックスのメロディーが印象的なメインテーマは、誰もが一度は聞いたことがあるであろうナンバーだが、実はこの楽曲、劇場版作品ごとに異なるアレンジが加えられている。音楽をこよなく愛し、コナンのメインテーマに魅せられたノンフィクション作家の前川仁之氏がその変遷をひもとく。(前後編の前編)
いわば『太陽にほえろ!』の弟分
『名探偵コナン』(青山剛昌、小学館)は、原作漫画の連載が30年目の大台を迎え、毎年恒例の劇場版アニメが今春で27作目を数える、超人気長寿作品だ。連載3年目にアニメ化されるにあたって作られたテーマ曲(以下、メインテーマ)を手がけたのは、1960年代から幾多のヒット曲や劇伴(映画・テレビドラマのBGM)を作り続けてきた大野克夫氏である。
大野氏には、昭和後期の人気刑事ドラマ『太陽にほえろ!』の劇伴を作った実績があった。『コナン』のメインテーマは、推理モノに加えて刑事モノの要素もある物語の世界観に合わせて作ったらしく、『太陽にほえろ!』のメインテーマに雰囲気のよく似た、いわば弟分のような曲になった。
そしてこれが、物語本編を知らない人々まで惹きつける、最高にカッコいい名曲となったのだ。ほかでもないこの私も、メインテーマから『コナン』に興味を持ったファンのひとりである。
『コナン』制作陣と大野氏の偉大なところは、その後、劇場版がシリーズ化されると、新作のたびにメインテーマに異なるアレンジを施すようになったことだ。これがどんなに大変なことか、作曲した大野氏本人が20年前のインタビューで語っている。
「毎年出すのは大変だけど、中でもメインテーマをどうするかが一番大変。毎回アレンジを変えているんですが、もうネタ切れなんですよ(笑)」(JASRAC「作家で聴く音楽 第十五回」)
裏を返せば、劇場版アニメ『名探偵コナン』の27年間には、楽曲アレンジのためのネタ、コツ、アイデアがたくさんつまっているということ。以下、『コナン』メインテーマの魅惑のアレンジ変遷史をひもといてゆこう。
「メインテーマ=サックス」が定着した第3作『世紀末の魔術師』
記念すべき劇場版アニメ第1作『時計じかけの摩天楼』では、オリジナル(テレビアニメ版)ではサックスが担当していたメロディーをトランペットにし、ピアノが哀感漂う合いの手を入れるアレンジが施された。
大きな変化はイントロに見られる。オリジナルでは「ファ・ソ・ラ♭・ファ」の繰り返しだったところ、「ファ・ミ♭・ファ・ソ・ラ♭・シ♭・ド」と駆け上がるメロディーで、さらに動きが増した。いずれにしても、管楽器がリードする大人な雰囲気は、これぞ『コナン』だなあという感じで安定している。
第2作の『14番目の標的(ターゲット)』においては、〝コナン読み〟が初めて採用された。「標的」と書いて「ターゲット」と読んだりする、アレだ。
この作品では、イントロが「ド・シ♭・ラ♭・ソ・ファ」と下降するパターンになり、コピーがしやすくなったのは画期的だ(たとえば口笛なんかでも吹きやすい)。のちに定着していくのだが、なぜか本作のバージョンだけ1小節少なくなっている。「音飛びしたのか?」とあせるので実はちょっと苦手だが、イントロだけで敬遠していたら、マジでもったいない名演なのだ!
そもそも疾走感を盛り立てるパーカッションがカッコいいし、1コーラス目のメロディー担当はなんとエレキギター。どうもカッコいいなと思っていたら、日本音楽界を代表するギタリスト、高中正義氏の演奏だった。結果的に、曲の終盤でAメロ’の音域が「ファ・ラ♭・ソ・ラ♭・シ♭・ド」と上限を更新するという金字塔を打ち立てることになった。ここは激アツだ。
第3作『世紀末の魔術師』では、アルトサックスが主役。しかも、イントロ(前作と同じ下降パターン)からテンションを効かせてアドリブを奏でるはりきりっぷり。「『コナン』のメインテーマ=サックス」のイメージはオリジナルとこのバージョンで定着したか。
この頃のアレンジは、奏者と担当を決めて、わいわい気楽にやったセッションという感じが強い。劇場版がこんなに長く続くとは、まだ想定していなかったのではないだろうか。歴史探偵(?)として気になるのは「制作陣はいつ、新作のたびに新アレンジを加えるという方向で覚悟を決めたか」だ。
続く第4作『瞳の中の暗殺者』では、原点回帰というか、オリジナルとほとんど変わらないアレンジだった。個人的には、ここが制作陣にとってのターニングポイントだったとにらんでいる。腹をくくって、〝新作のたびに新アレンジ〟という前人未踏の野へと乗り出すか。それとも流用や、別のメインテーマ作曲路線へと方向転換するか――。
アレンジの幅を広げた第5作『天国へのカウントダウン』
はたして、第5作『天国へのカウントダウン』のアレンジは、覚悟を決めて果敢に踏み出したことを強烈に印象づける新機軸となった。大きな変化だけで3つもあるのだ。
まず、イントロ前の〝プレ・イントロ〟が初めて加わった。それまでは、いきなりイントロに入るか、パーカッションが短く前置きする程度だったが、本作ではコントラバスがズドドンッ、ズドドンッと「シ♮・ド・ド・シ♮・ド・ド」というリズムを刻んでイントロを用意する、2小節もの導入部があるのだ。
そういえば、『太陽にほえろ!』にも、「ド・ミ♭・ド・ミ♮・ド・ミ♭・ド・ミ♮」という2小節のプレ・イントロがあったっけ。先祖返りというか、兄弟のきずなというか、いい話だ。
続くイントロパターンも新しく、ストリングスが16分音符で下降・上昇する速いパッセージになった。ファン界隈では「天国アレンジ」と呼ばれているらしいこのパターンは、単に新しいだけでなく、クラシカルな雰囲気を醸し出す頼もしい手段となり、その後も重宝されてゆく。イントロに呼応して、全体的にストリングスやフルートを多用したアレンジになるのも聞きどころだ。
ざっくりいって、ポップスやジャズに寄せるなら第2作と第3作の下降パターン、クラシカルにいくなら第5作のパターンと、選択肢が増えたカタチになる。
そして! これまではイントロ→Aメロ→Bメロ→Aメロ’→間奏と来て、ふたたびAメロから楽器を変えてリピートする(2コーラス目に入る)のが通例だったが、第5作では初めて、間奏後のAメロ部分はコード進行だけそのままに、アドリブで弾くパターンになった。その結果、アドリブが終わってBメロが出てきたときの〝再会〟感がいっそうカッコよくなる。
プレ・イントロ、クラシカルなイントロパターン、2コーラス目のアドリブ、と3つの要素が加わったことで、その後のアレンジの幅が広がった。この変化は、先のことも見すえての決断だったように思える。「この曲とは長い付き合いになりそうだ」と腹をくくるエポックになったと推理するゆえんである。
実際、ここからしばらくは第5作までに出そろった各要素をいじったり組み合わせたりしてアレンジする安定期に入る。たとえば、第6作『ベイカー街(ストリート)の亡霊』はホームズの地元イギリス・ロンドンが舞台になるので、前作のクラシカルなアレンジが活きてくる。
次の第7作『迷宮の十字路(クロスロード)』は大野克夫氏の故郷・京都が舞台。プレ・イントロを新たに作り、しかも鼓の「ポンポン」という音を加えるお茶目なアレンジとなった。大野氏の父親は玄人はだしの尺八奏者だったそうで、ここでの和楽器使用には家族への想いも込められているのかもしれない。
独創的なプレ・イントロが光る
第10作『探偵たちの鎮魂歌(レクイエム)』、第11作『紺碧の棺(ジョリー・ロジャー)』
第5作から第9作まではプレ・イントロの使いまわし(第5作・第6作・第9作、第7作・第8作が同じ)をしているが、第10作と第11作では、新しいプレ・イントロを1回こっきりで使っている。
第10作『探偵たちの鎮魂歌(レクイエム)』は、ヒーロー感漂うコードの一打(たぶんCm7)でイントロを導くパターン。劇中では、仲間が人質となったことを知ったコナンくんが駆け出すシーンでインサートされ、効果抜群だ。イントロ後のメロディーはギターデュオでつむがれる意欲作でもある。
続く第11作『紺碧の棺(ジョリー・ロジャー)』は初見殺しの〝コナン読み〟が強烈な作品。その謎めいたタイトルに合わせてか、プレ・イントロもミステリアスな雰囲気に。これはオーギュメントコードを2回使った音作りだ(D♭aug→Caug)。
ちなみに、本作の2コーラス目のアドリブ・ソロはキーボードが担当している。この使い方は実は『コナン』史上初で、めちゃくちゃカッコいいので必聴だ!
……と多様なアレンジのほんの一端をつまみ食いしてきたが、ここまで一貫して手をつけてこなかった、音楽的には非常に大事な要素がひとつある。第11作まで、Fマイナー(ヘ短調。楽譜で記すときは♭が4つになる)を主調とする〝調性感〟だけはかたくなに守られてきたのだ!
そこにまで手を加えるようになると、アレンジの幅はまたドカンと広がるわけだが……。後編では、第12作から最新作となる第27作までのメインテーマのアレンジ変遷を解説する。
取材・文/前川仁之
〈「完全に魂を持っていかれた」…劇場版『名探偵コナン』最新作メインテーマのアレンジに悶絶! 『戦慄の楽譜』『ハロウィンの花嫁』での革新的変化とは?〉へ続く
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