ヤクザ、吉原、不倫…毎日300km15年間走りぬいたタクシードライバーが見た「人間」たち…嫌な目にもたくさん遭ったけど続けられたのは母を「不憫」に思う心から
集英社オンライン / 2024年4月22日 17時0分
家業の倒産をきっかけに、50歳にして上京し、タクシードライバーとなった内田正治さん。65歳で退職するまでの15年間、毎日300キロを走行してきた悪戦苦闘の日々を綴った書籍『タクシードライバーぐるぐる日記』が評判だ。4月8日から日本版ライドシェアが始まったことで話題のタクシー業界、上野・浅草を走りまくったあの頃の話を聞いた。
ボンネットに這いつくばる客引き、吉原の人間模様
――50歳からの15年間のタクシードライバー経験をもとに書かれた本が好評ですね。現役時代は、どちらを走っていたのでしょうか?
内田正治(以下同) 上野周辺です。一番走ったのはなんといっても上野・浅草間の浅草通りですね。
――となると、外国人観光客が多かった?
当時は今ほど多くないですね。それよりも吉原へのお客さんのほうが印象に残りました。吉原は鶯谷、浅草、三ノ輪が最寄り駅で、どの駅からも遠いから、男性も女性もタクシーを使うことが多いんです。「吉原」と行き先を告げるお客さんは、照れくさそうに笑っていたり、逆にぶ然として無言だったり、その人のキャラクターが出ます。
私の入社前はまだバブルで、吉原の客引きが過激だったそうです。お客さんを乗せたタクシーが吉原に到着すると客引きに取り囲まれたり、ボンネットに這いつくばって、奪い去るようにお客さんを自店に誘導することもあったり。ビビっちゃうよね(笑)。
――それだけ吉原を走っていると、内田さんはやはり吉原の優良店をご存知なんでしょうか?
いや、私は全然わからない。「いい店知ってる?」なんて聞かれたら、吉原のど真ん中の交差点で「ここが中央ですよ、選び放題ですからお好きなところへ」ってお伝えしていました。
お店と裏で繋がっているドライバーもいたみたいですけどね。お客さんに指定されてそのお店にたまたまお連れしたら、店員が「トランク開けて」って指示してきて、タクシーで使う掃除道具一式をプレゼントしてくれるようなこともあったようです。
――粋なサービスですね。吉原で働く女性を乗せることも?
そうですね。特に最寄り駅である鶯谷駅は出勤する女性がお使いになることが多いので、吉原との往復で稼げる。それを専門にしているドライバーも多かったですよ。
私は少し離れた浅草橋駅でよく「付け待ち」していました。千葉あたりから出勤されるのか、総武線をお使いの方がいらっしゃるんですね。みんな若くて普通の女性。言われなければわかりません。
気さくにあれこれ話をしてくれた女性もいました。「80歳くらいのおじいちゃんのお客さんがいて、アレは全然できないけどずっとなめてるの」とか「ものすごい下着を持ってきては、着てくれって言うんだ」とか……。「運転手さんの娘が風俗で働いていたらどうですか」なんて聞かれちゃったこともありました。「よく考えてのことなら尊重します」と無難にお答えしましたが。
思えば吉原の女性で、ヘンなお客さんはいませんでしたね。やはり究極のサービス業だから、同じくサービス業の我々を思いやってくださったのかもしれません。
ときにはお客さんに説教!
――吉原以外にも夜のお仕事の女性は多そうですね。
夜の女性といえば今でも思い出すのは神田のお客さん。「練馬まで乗せてやって」と男性がその女性を乗せ、1万円渡してくれたんです。そして走り出して男の姿が見えなくなった途端、女性から「そこで停まって」と言われました。つまりお釣りは9,000円以上! したたかだなぁ〜と思いました。男の親切を踏みにじり、私の営業を邪魔して…でも私がその立場でも、そうしますけど(笑)。
それと、上野から千住のほうへお送りしたホステスのお客さんも思い出します。すごい絡み酒で、「右に行って」と言っときながら「なんで右に行くんだ」、左に行けば「反対だ」と理不尽な要求の繰り返し。
さすがに頭にきて急転回、南千住警察署の前で「時間がかかりますが警察に状況を説明しましょうか、今なら引き返せますが」とハッタリをかましてしまいました。たぶん本当に警察署に入っていっても「当事者同士で」と言われるだけですが(笑)。
なのに「酔っていてごめんなさい」と急にお客さんの態度が変わったので思わず振り返ると、若いアイドル系のきれいな子。いつもチヤホヤされて叱られたこともなく、まさかタクシードライバーごときに反撃されると思わなかったのでしょうね。
元の目的地にお送りして、降りるとき「初めて説教されて目が覚めました、叱ってくれてありがとう。お釣りはけっこうです、少しですが迷惑料です」と思いがけず丁寧なお言葉で、手を差し出してきて握手して、「今度(お店に)きっと来てください」と名刺までいただきました。あれから10年経つし、そろそろ行こうかな(笑)
タクシーはラブホではない!
――他に無理を言うお客さんといえば、イメージ的にはヤクザの方とか。
そうですね、道を間違えると大変なことになりそうでいつも必死でした(笑)。あの人たちはよく電話をしていて、「親分これから飲み会は勘弁してくださいよ〜」とか言っているんですよ。でも実際に無理難題を言ってくる人は少なく、「ご苦労さん」って声をかけていただくことのほうが多いです。
――後ろでエッチなことが始まってしまうなどは……?
同僚が「ホテルでもないのに始まっちゃって参ったよ」って愚痴ってきたことがあります。「何が始まったの?」と聞いたら「女がしゃぶっちゃってよ〜、終わってなんて言ったと思う? 『出し過ぎ』だって! 急ブレーキかけて振り落としてやろうと思ったよ」(笑)。
タクシー運転手は、キスくらいだったら、当たり前でなんとも思わない。邪魔にならないし、ご自由にどうぞ。でも、「この2人、夫婦じゃないな」ってのはわかるもんです(笑)。
――さまざまなお客さんがいる中で、絡んでくる方のかわし方を体得されましたか?
だんだんとうまくなりました。どんなことを言われても「おっしゃる通りですよね、私なんか世の中の役に立たないタクシー運転手で申し訳ないです」ってへりくだって聞いていれば、そのうちお客さんの機嫌は直っちゃいますよ(笑)。
タクシー運転手をやりきれた理由
――そもそも、タクシードライバーを始めたきっかけは家業の倒産だったとか……。
そうです。地元・埼玉で父親が興した卸業をやっていたのですが、流通変革のあおりで会社が傾いている中、親父が投資で失敗して倒産。大学生の息子と老いた両親を養うために、50歳で資格もない私にはタクシーしかなかったんですよ。
倒産の一番の被害者は母でした。父の借金の保証人にさせられていて、裁判所の被告人席に座らされて泣く母にはかける言葉がありませんでした。振り返ると4人姉妹の次女だった母は物心ついたばかりの頃「ちょっとお泊り」と言われて親戚の養女にされ、結婚すれば父に振り回されて結果は倒産、被告人席です。晩年くらいは守り抜いてやりたかった。
倒産してすぐは憔悴しきってなにかしでかさないか心配でしたが、上京して数年経って、「私の人生で今が一番、幸せ」と言ってくれました。友人もでき、体もまだ元気で、なんの心配もなく暮らせる幸せを味わってもらえたと思います。
そのとき母に「あなたは幸せ?」とも聞かれてね。母の前では気楽に振る舞っていたけれど、明け方のロッカールームで毎日「また長い1日が始まるのか」と重いため息をついていた私には即答ができませんでした。毎日、このまま逃げちゃおうと考えていた頃です。
深夜3時の上野駅のタクシープールで、付け待ちのタクシーばっかりで人がいないとき……。視界になにか動くものが写って「あっ、お客か」と期待したらお客ではなくて。私は一体なにをやってるんだろうなあと思って辛かった。今、思えば母がいなければ15年もタクシードライバーをすることはできませんでした。
――でも、内田さんのお話はどれも軽快で楽しいものに感じます。辛い日々だったドライバー時代をこのように振り返られるのはなぜでしょうか。
いいことも悪いこともあったけど、最後までやり遂げたからですね。苦労した母を守り抜くという目的は果たした。それに、嫌な気持ちはもう本に書いて吐き出しちゃったからかな(笑)。
ただ、タクシードライバーって嫌な目に遭うことはたくさんあるけれど、実際にお客さまを乗せている時間ってほんの少し。苦しいのはほんの一瞬なんです。社内の人間関係もほとんどなくて、人と顔を合わせるのは朝礼で5分、納金で5分の計10分。労働条件さえ改善できれば、こんなに気楽でいい仕事はありません。
人手不足が深刻なようですが、若い人にも心から勧められる職業になってほしいですね。
取材・文/宿無の翁
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