JRA史上初の女性競馬実況アナ、誕生。まったく競馬を知らなかった女子大学生が入社面接で「競馬実況をする覚悟がありますか?」に返したトンデモないアンサー
集英社オンライン / 2024年4月27日 16時0分
この春、女性としては史上初となる、“JRAの競馬実況アナウンサー”が誕生した。ラジオNIKKEIに籍を置く藤原菜々花アナウンサー(26)だ。あらゆるスポーツのなかで最も実況が難しいと言われる競馬だが、藤原さんは入社面接時まで「まったく競馬を知らなかった」という。そんな彼女にJRA競馬実況デビューに至るまでを聞いた。(前後編の前編)
JRA史上初の女性実況アナウンサーが誕生
近年の競馬界は女性の活躍が目覚ましい。ここ数年で女性騎手が続々とデビューし、2024年には初のJRA女性調教師も誕生した。そんななか3月3日に、JRAとして史上初となる“女性実況アナウンサー”がデビューした。
「春を思わせるやわらかな明るい日差しがコースを照らしています」
競馬の実況としては聞き慣れない高く澄み渡った声が、晴天の中山競馬場に響き、観客席はざわめいた。実況を担当したのは、ラジオNIKKEI入社5年目の藤原菜々花アナだ。フィギュアスケートと日向坂46を好む彼女は、同ラジオ局に入社するまで競馬とは無縁の生活だったが、見事に実況デビューを果たした。
実況後、藤原アナのXのアカウントには、DMやコメントが500件以上殺到したという。それだけ反響が大きかった女性による競馬実況は、どのようにして実現したのか。
立教大学では放送研究会に
もともと藤原さんがアナウンサーを志すようになったのは中学生の頃。当時、所属していた放送部で顧問を務めていた、元NHKキャスターの前田朱由さんに憧れたのがきっかけだった。さらに放送技術を競う学生大会に出場するなかで、他校の生徒からファンレターをもらったことに感激し、本格的に希望進路が固まるようになる。
「放送部の大会に出場した際、他校の生徒から『話している姿が好き』『陰ながらファンでした』というお手紙をいただいたんです。そのとき、自分の声で誰かを喜ばせられたらと思い、中学生の頃から将来の夢はアナウンサー一筋でした」
その後、進学した立教大学で、放送研究会に入る藤原さん。在学中には『湘南ビーチFM』というラジオ局で、4時間の生放送番組を担当した時期もあり、ラジオ局アナウンサーの道も意識するようになる。
就活時は全国各地の放送局にエントリーし、その一環でラジオNIKKEIを受ける運びとなった。
二次面接で頭が真っ白に
「ラジオNIKKEI」は1954年設立の放送局で、2003年に「日経ラジオ社」に商号を変更し、現在にかけてラジオNIKKEIの愛称で知られている。開局した当初から、平日は株式市況、週末は中央競馬の実況中継を中心に編成され、今もメインコンテンツは変わらない。
入社試験を受ける段階で、当然のように藤原は会社概要を調べていたものの、競馬の対策はせずに面接に臨んだそうだ。
「もちろんラジオNIKKEIが競馬に注力している会社だとは知っていたのですが、当時は競馬コンテンツに携わっている局のアナウンサーが全員男性だったんです。なので、お恥ずかしい話ですが、私は競馬に関わることはないだろうと、競馬の知識がほぼゼロの状態で面接に挑みました。
ただ実際のところ、当時のラジオNIKKEIは、性別関係なく競馬実況を担当するアナウンサーを募集していたそうです。そんなことも知らない私は、二次面接で競馬に関する質問ばかりされ、『あなたは競馬実況をする覚悟がありますか?』と聞かれ、頭が真っ白になりました(苦笑)。
挙げ句の果てに、二次面接では“架空実況”の実技試験もあったんです。ディープインパクトなど歴代の名馬を6頭ほど使って、即興で実況をしてくださいって。
もちろん競馬実況がどんなものかわからなかったので、かつて運動会の徒競走を実況した記憶を思い出して、『ディープインパクトさん、頑張ってください!』なんて、いま思うととんでもない実況をしてしまいました(笑)。
まったく手応えもないまま二次面接が終わり、会社のエレベーターを降りた瞬間、競馬実況を調べて聞いてみたんです。そしたら競馬実況の難しさと、それをこなすアナウンサーの技術の高さに驚き、そこから競馬実況に興味を持ち始めました。レース映像を見ながら、独学で競馬実況を練習して、三次面接で、少しはリベンジを果たせたかなと思います」
競馬予想が業務の一環
こうして無事に内定を勝ち取った藤原は、ラジオNIKKEIのスポーツ情報部に配属される。ゆくゆくは競馬中継に携わるという前提のもと、本格的に競馬の知見を深めながら、競馬実況の練習に打ち込むようになる。
「とはいえ、競馬は専門用語が多くて、最初は先輩がなにを話してるのかもわからないぐらいでした。『仕掛け』とか『上がり3ハロン』とか、わからない単語が登場するたびに、先輩に意味を聞いてメモしてはの繰り返しでした。あとは当時、活躍していたアーモンドアイという牝馬に惹かれ、勝手ながら推し馬を作って学んでいました。
入社したての頃だと、業務の一つに『レースの予想』が組み込まれているんです。毎週末のレースから、来そうな馬を順番に5頭選んで、理由を書いて先輩に送ります。そうすると必然的に馬のことを調べたり、過去のレース映像を観たりするので、自然と勉強になりました。
ちなみに自分の予想は、担当している番組内で紹介しているのですが、成績はイマイチで本命馬が全然こないんです(笑)。それがリスナーにもバレて、『当たらない人』認識されてしまっているので、もっと精度を上げて頑張りたいです。そうした馬券の復習も競馬の勉強に役立っていますね」
3日で36レース分の実況練習することも
こうして競馬への理解を深めていく藤原は、同時並行で実況練習も始めるようになる。
「まず初めは、過去のレース映像を見ながら、自分でも実況していました。事前に『塗り絵』という、レースの枠順に合わせてジョッキーの勝負服や帽子、馬名を書いたカンペを作るんです。それを見ながら実況していくのですが、最初は塗り絵を作るだけでもすごく時間がかかりました。
そこで塗り絵を見ながらの実況に慣れてきたら、実際に競馬場で生のレースで試していくんです。競馬が開催されている土日は、午前か午後のどちらかに競馬番組のMCを担当しているので、空いている合間の時間で練習していました。なかには『実況練習強化期間』もあって、1日12レース、3日間で計36レースを練習するときも。もう実践あるのみで、毎週末ひたすらに練習の繰り返しでした」
短くて1分ほどで終わるレースもあるなか、最大18頭の馬を見分けながら、正確に隊列を実況していくのは至難の技だ。あらゆるスポーツで最も実況が難しいと言われる競馬だが、技術を磨いていくうえで苦労したポイントはどこなのか。
「まず単純に馬名を覚えるのが大変でした。塗り絵と呼ばれるカンペはあるものの、レース本番の短い時間では見る余裕もないんです。まず馬名を覚えるため、塗り絵に馬名の由来を書くなどして、いかに覚えやすくするか工夫していました。
ただ、いくら馬名を暗記しても、しばらくは各馬の勝負服を見たときパッと名前が出てこないんです。ふだんなら人の名前を認識するときって、顔から連想することが多いじゃないですか。ですが実況の場合は、騎手の勝負服から、馬名を思い出さなきゃいけない。いつもと勝手がまったく違うので慣れるまでが大変でした。
あとは双眼鏡で馬を追い続けるのが難しかったです。馬のスピード感がわからず、双眼鏡も重いので、気がついたら視界から馬が消えていることも多々あり、最初はできるようになる未来がまったく見えなかったです」
急に決定した競馬実況デビュー
それ以降は、局アナとしての業務を実践しながら、その合間に実況の練習を続ける日々が続いた。そして間もなく入社5年目を迎えようとしていた2024年3月1日。急に転機が訪れる。
「実況、やってみるか?」
突然、上司から大役を任されることに。藤原にとっては待ちに待ったデビューだったが、実は担当を任されたのは、そのわずか2日後のレースだった。
「上司に呼ばれたときは、『いよいよ来たか』と覚悟した気持ちでしたが、まさか2日後のレースを任されるなんて予想だにもしなかったですね」
土日の競馬番組の合間に、競馬場で実況練習を繰り返して、入社5年目で実況デビューを告げられる。
取材・文/佐藤 隼秀 写真/岡村智明
〈Xのトレンド1位に入り、DMやコメントが殺到! JRA史上初となる「女性競馬実況アナ」が誕生した歴史的瞬間と、あわや大失敗のデビュー舞台裏〉へ続く
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