共同親権導入後、別居親の同意が求められる場面で想定される膨大なトラブル…病院、学校、保育園では、手術の同意から海外修学旅行のパスポート取得まで思わぬ混乱の可能性
集英社オンライン / 2024年4月24日 8時0分
〈「共同親権は海外で一般的」は本当なのか?「親の権利」から「子の利益」へ移行する、親権にまつわる世界の潮流〉から続く
4月19日から参議院で審議入りした「共同親権」導入を含む民法改正案。大きな論点である「別居親の同意が必要な場面」について掘り下げて考え、導入後に医療機関・教育機関・保育機関で予想される大混乱について指摘する。
【図を見る】子どもに関する意思決定で揉めるケースと揉めないケースの条件整理
「2人で決められる」に潜む落とし穴
離婚後の両親が共に親権を持つ、共同親権。本記事では、重要な論点となっている「別居親の同意が必要となる場面」を掘り下げて、共同親権導入後に何が起きるのかを考えたい。
まず、共同親権を推進する主張には、「共同親権を導入すれば、離婚後も別居親が子どもに関する意思決定に関与できるので子どものためになる」という内容が見られる。しかし、現行の法制度においても、いわゆる高葛藤でない(=両親が対等に話し合える)場合、必要に応じて別居親も離婚後に子育てに関与できている。
(*高葛藤事案:DV、ハラスメント、虐待など双方に争いがある事案。経済的DVや心理的ハラスメントは加害側に自覚がない場合がある)
一方、高葛藤な場合、現行の法制度であれば同居親が子どもについて単独決定できているが、共同親権導入後は相手と対等に話し合える関係ではないにもかかわらず、互いの意見を擦り合わせる必要が生じ、必然的に揉める場面が増える。
つまり、揉めるかどうかをわける上で重要なのは「共同親権か否か」ではなく「高葛藤か否か(=両親が対等に話し合える関係か)」である。本質と無関係な共同親権を導入したところで、改善するケースは特にない一方で、高葛藤なケースでは状況がむしろ悪化する。
この悪化するケースである「高葛藤な場合」×「離婚後は共同親権」は非常に重要なため、具体的に何が起きるのかをさらに掘り下げていく。
「高葛藤な場合」×「離婚後は共同親権」の子どもに関する意思決定について、推進派と反対派の主張には大きなギャップがある。
推進派は、「離婚後も両親が子どもに関する意思決定に関与できる」ことのメリットを強調するが、そこには以下2つの前提があることが忘れられていることを指摘する。
・高葛藤なため同居親と別居親が対等に話し合える関係ではない
・同居親が単独決定可能な範囲(急迫の事情がある場合、監護・教育に関する日常の行為)が条文ではあえて曖昧に記載されている
さらに、両親がそれぞれ意思決定できるということは、双方の意見が対立したままの場合、いつまで経っても意思決定できない状況が頻繁に発生することを意味する。具体的には次のようなケースが想定される。
共同親権による意思決定が困難となるケース
<想定ケース1(永遠に合意できない)>
・同居親は同意したが、別居親はいつまで経っても頑なに同意しない。話し合っても平行線のままで結論が出ない
<想定ケース2(意思決定の応酬)>
・話しあっても合意に至らなかったり、最初から話し合うつもりがない場合、一方の親が同意を求める相手(学校、医療機関等)に「○○に同意する」と連絡(*以下、「○○」には、手術、進学、海外への修学旅行(パスポート取得)、転居、習い事など子どもに関して親の同意が必要なあらゆる意思決定が入る)
・その後、もう一方の親が同じ相手に「○○に同意しない」と連絡
・以降、双方が真逆の連絡を相手に繰り返すこともあり得る
・結果、相手(教育・保育機関、医療機関等)は同意を得られたのか否かを判断できず大混乱に陥る
子どもに関係するすべての人が被る不利益
こうした状況で共同親権の不利益を被るのは、主な被害者を挙げただけでも以下の3者に広がっていく。
①離婚後の同居親と子ども
②子どもの意思決定に関係するすべての人(教育・保育機関、医療機関等)
③家庭裁判所 関係者(裁判官、調査官、書記官等)
共同親権を選択した場合、「高葛藤な場合」×「離婚後は共同親権」の子どもに関する意思決定で想定される出来事による不利益は広範囲に連鎖していく。
公的機関が不利益を被る可能性も
<「被害者① 離婚後の同居親と子ども」が被る不利益>
「高葛藤な場合」の家族では、同居親と別居親は対等に話し合える関係ではないため、別居親の同意が必要なあらゆる場面で揉める恐れがある。運よく合意に至ったとしても、同居親と子どもは時間的・心理的負担を被り、最悪の場合は次回以降は○○の検討自体を諦めることもある。
当事者同士では解決できず膠着状態に陥った場合、子どもが望む○○をいつまでも実施できず、最悪の場合は意思決定できないまま時間切れになる恐れもある。別居親の同意を得られないために進学先を決定できない、修学旅行に行けない、手術を受けられないという悲惨な状況が生まれる可能性がある。
<「被害者② 子どもの意思決定に関係するすべての人」が被る不利益>
教育・保育機関、医療機関、塾、習い事などの関係者も他人事ではない。膠着状態に陥ったり、双方が真逆の意思決定を応酬して、親の同意を得られたのか判断できない状況になれば確実に業務に支障が出る。訴訟リスクを回避するために本来は実施すべき○○を断念せざるを得ない事態もあり得る。
これが手術であれば子どもの健康や生命に関わる事態となる。現に、別居親(=面会を禁止された父親)が子ども(当時3歳の娘)の手術前に自らは同意していないと主張して病院を訴えた結果、手術時はまだ結婚中で親権があったことなどを考慮して大津地裁が病院側に慰謝料の支払いを命じたという判例がすでにある。
この件の支払額は5万円と少額だったが、医療機関が「親権を持つ親の同意を得る前の手術は訴訟リスクがあるので避けるべき」と今後考える十分な理由になるだろう。全日本民医連は今年3月11日付で共同親権に対する懸念を声明として表明。ただ、類似のトラブルに巻き込まれることが予想される教育・保育機関からは反対声明をまだほとんど確認できず、改正案の問題意識が当事者に十分に広がっていないことが懸念される。
<「被害者③ 家庭裁判所 関係者」が被る不利益>
同居親が単独決定可能な範囲(急迫の事情がある場合、日常に関すること)が改正案の条文では非常に曖昧であることに関連して、当事者同士では解決できず膠着状態に陥り、家庭裁判所に持ち込まれる紛争が激増することが確実視される。しかし、現時点においても家庭裁判所は期日が2か月以上空くほど人員不足。
今回の改正案に備えて本来は人員を増員すべきだが、実際は真逆で削減方針。このような状況で共同親権が始まれば、家庭裁判所がパンクすることは目に見えている。現に、各地の弁護士会の反対声明においても、反対理由のひとつとして家庭裁判所の人員不足への懸念が多く見られる。以下、一例を列挙する。
・札幌弁護士会「離婚後共同親権を導入する家族法制見直しに反対する共同声明」(2024年3月8日)*末尾で家庭裁判所の人的・物的体制の強化や財源確保の必要性に言及
・金沢弁護士会「共同親権について、十分かつ慎重な審議を求める声明」(2024年3月21日) *3段落目で家庭裁判所について、人的体制(裁判官、家裁調査官、書記官、調停委員等)の強化、物的体制(調停室、待合室等)の充実の必要性を具体的に指摘
・福岡県弁護士会「離婚後共同親権の導入について、十分に国会審議を尽くすことを求める会長声明」(2024年3月22日) *末尾で家庭裁判所の人的・物的体制の充実の必要性に言及
共同親権のせいで修学旅行に行けない?
「共同親権」導入を含む民法改正案が4月19日から参議院で審議入りした中、反対署名は22万筆を突破(4月22日時点)。4月上旬まで8万筆程度だったことを踏まえると、驚異的な伸びである。この背景には、3月から4月前半にかけての衆議院での審議中に法案の穴がつぎつぎと露呈したことが大いに関係していると考えられる。
例えば、3月14日の衆議院本会議では立憲民主党・米山隆一議員が「手術日まで2〜3か月の余裕がある手術は、同居親が単独決定できる『急迫の事情』に当てはまるのか」を質問。これに対して自民党・小泉龍司法務大臣は「手術まで2〜3か月の余裕がある場合はこれ(急迫の事情)に当たらないが、手術日が迫ってきた場合はこれ(急迫の事情)に当たる」と答弁。
医療機関勤務の方であればすぐにわかるとは思うが、小泉龍司法務大臣の見解は現場の実態と大きく乖離している。昨今の医療逼迫も踏まえると、同意から手術日まで準備期間も含めて数か月を要するケースは多々あるだろう。また、手術日直前まで親の同意を得られるかわからない状況では医療機関が手術日決定(リソース確保)を避ける恐れもある。
つまり、手術日が延々と決まらず、単独決定可能な手術直前は永遠に訪れないジレンマに陥ることが容易に想像できる。法案は机上の空論ばかりで、現場の運用を全く考慮していないことを象徴する答弁と言える。
(*国会質疑で露呈した欠陥については筆者のtheLetter「3人に1人が不利益を被る共同親権。「離婚禁止制度」を超えて「少子化促進制度」になり得る危険性」(2024年4月9日)参照)
また、4月2日の衆議院法務委員会では立憲民主党・枝野幸男 議員が約18分間にわたって、同居親が単独決定可能な範囲にパスポート取得(≒海外の修学旅行参加)が含まれるか否かを徹底的に追及。その結果、法務省の竹内努民事局長は答弁中に自らの主張の矛盾をあっさり認めてしまうほど深刻な答弁不能に陥り、共同親権が理由で修学旅行に参加できない子どもが出る恐れを払拭できないことも明白となった。
そして、これらはあくまでも一例であり、審議中に判明した穴は他にもある。今回の「共同親権」導入を含む民法改正案はすでに衆議院を通過したとはいえ、多少の修正でどうにかできる代物ではなく、まだまだ議論の余地が山積みの法案といわざるを得ない。
文/犬飼淳
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