根底にあるのは喪失不安。パワハラや迷惑行為を繰り返すビジネスパーソンが自己を正当化する「とんでもない」メンタル
集英社オンライン / 2024年5月12日 12時0分
〈「それ、僕の仕事じゃないんで…」Z世代に多い“言われたことしかやらない”若手社員。強い自己愛ゆえの「自分は何でもできる」という幻想的万能感〉から続く
ハラスメント、あるいは人の足を引っ張るなど、ときに合理的とは思えない言動をしてしまうビジネスパーソンたち。だが、実は彼らには彼らなりの行動論理があるのだ。
書籍『職場を腐らせる人たち』より一部を抜粋・再構成し、迷惑をかける人の根底に潜む喪失不安を解説する。
なぜ職場を腐らせる人は変わらないのか
まず肝に銘じておかなければならないのは、職場を腐らせる人を変えるのは至難の業ということである。ほとんど不可能に近いといっても過言ではない。その理由として次の四つが挙げられる。
①たいてい自己保身がからんでいる
②根底に喪失不安が潜んでいる
③合理的思考ではなく感情に突き動かされている
④自分が悪いとは思わない
本記事では①と②についてそれぞれを解説する。
① たいてい自己保身がからんでいる
平社員が叱責されてパワハラと騒ぐのも、不和の種をまくのも、責任転嫁するのも、あるいは上司が部下に過大なノルマを押しつけるのも、根性論を持ち込むのも、相手によって態度を変えるのも、煎じ詰めればわが身を守るためだろう。
少なくとも本人は、そうすることが自分の身を守るためになると思っており、たいてい自己保身がからんでいる。
もちろん、自己保身のためと思っているのは本人だけで、長い目で見れば必ずしもそうはならず、むしろ逆効果の場合も少なくない。たとえば、過大なノルマを押しつけたり根性論を持ち込んだりして、部下に発破をかければ、業績があがって上層部から認められ、わが身も安泰と上司は思っているのかもしれないが、実際にはそんなに単純ではない。
過大なノルマを押しつけられた部下が窮余(きゅうよ)の一策として不正に手を染め、それが発覚して大問題になれば、管理責任を問われるかもしれない。場合によっては、不正を指示したのではないかと疑われかねない。
また、根性論を「バカの一つ覚え」のように繰り返す上司に嫌気が差して、部下がどんどん辞めれば、日常業務を回すことさえできなくなり、業績うんぬんどころではなくなるかもしれない。
こうしたリスクが伴うことをあらかじめ想定しておかなければならないはずだが、当の本人は一切考えておらず、発破をかければかけるほど、部下が奮起して頑張り、それに比例して業績もあがるはずと思い込んでいることが多い。このような単細胞につける薬はない。
そもそも、自己保身願望は防衛本能に由来し、人間が動物である以上、誰にでも多かれ少なかれ備わっている。だから、本人が追い詰められ、ピンチと感じるほど、知らず知らずのうちに自己保身願望が頭をもたげる。そして、自分を守るためになると思えることなら何でもやらずにはいられない。手負いの獣が死に物狂いで戦うのと似ている。
それが結果的に他人を傷つけたり、周囲に迷惑をかけたり、場合によっては法に触れたりする事態を招いても、「自分を守るためには仕方がない」と正当化する。
「自分を守るためには何でもする」という必死さが「自分を守るためなら何をしてもいい」という理屈に転換されることだってあるだろう。そうなれば、罪悪感も良心の呵責も覚えずにすみ、心穏やかでいられる。
自分から喧嘩を仕掛けておきながら「自分を守るためには仕方がない」と正当化する人と同じ心理が働くわけで、自分が悪いとは思わない。当然、反省も後悔もしないわけで、こういう人を変えるのは至難の業だ。だからこそ、自己保身がからんでいると実に厄介なのである。
② 根底に喪失不安が潜んでいる
自己保身願望の根底に喪失不安が潜んでいると、自己正当化に拍車がかかるので、さらに厄介だ。ほとんどの場合、「失うのではないか」「失ったらどうしよう」という不安の対象になるのは、本人が管理職であろうがパートタイマーであろうが、現在の地位や収入である。
それが本人にとって大切であるほど、喪失不安が強まり、「自分にとって大切なものを失ったら困るから、それを守るためには何をやってもいい」という自己正当化の心理が働く。これが怖い。
その怖さは、過去の歴史を振り返れば一目瞭然だ。いかに多くの戦争が、領土や住民、資源や財産など、かけがえのない大切なものを守るためには、やむを得ないという口実で引き起こされてきたことか。
開戦に際して、大衆の喪失不安をかき立てるプロパガンダが盛んに行われた例は枚挙にいとまがない。喪失不安が強くなるほど、たとえ攻撃であっても正当化しやすいので、戦争を始めたい為政者からすれば思う壺だろう。
しかも、否が応でも喪失不安をかき立てられるのが現在の日本社会だ。特別な技術も資格もコネもない40代以上の人が一度職を失うと、同等の収入と待遇が保証される職を見つけるのは難しい。
だからこそ、「わが身を守るためには仕方がない」と自己正当化して、他人を蹴落とすために陰で足を引っ張ることも、自分自身の落ち度が問われるのを避けるために責任を転嫁することも平気でやるのではないか。
たしかに、コロナ禍が喪失不安を激化させたことは否定しがたい。だが、新型コロナウイルスの流行以前から、「斜陽産業」と呼ばれていた百貨店や新聞社などでは人員削減の動きがあった。コロナ禍を経て、かつては「花形産業」として羨望のまなざしが向けられていたテレビ局でも、早期退職を募集するようになった。
これでは、喪失不安にさいなまれる人が多いのも、そのせいで心身に不調をきたす人が跡を絶たないのも無理もない。
社内失業者たち
おまけに、日本の企業には、事実上、社内で仕事を見つけられない、いわゆる「社内失業者」が400万人もいるという。これは企業に雇用されている正社員の1割に相当する数らしい(『貧乏国ニッポン―ますます転落する国でどう生きるか』)。
社内失業者が多い最大の原因として、雇用の流動性が低いことが挙げられる。日本型雇用の3本の柱だった年功序列賃金、終身雇用制、企業別組合は、いずれも維持するのが困難になったが、人材が過剰となっているところから、人材が足りないところへの移動、つまり転職は欧米ほど活発にはなっていない。いまだに、「勤める会社をたびたび変わると、履歴書が汚れる」と思い込んでいる人もいるようだ。
そのせいか、最近は飲食業や建設業などで「空前の人手不足」といわれており、一部では「人手不足倒産」まで起きているにもかかわらず、そういう業種への人材の移動が必ずしも盛んに行われているわけではない。接客の現場に立ったり肉体労働に従事したりすることを忌避する心理が働くのかもしれないが、低い雇用流動性を示す徴候の一つのように見える。
このように雇用の流動性が低く、社内失業者が多いと、何としても今いる職場にしがみつくしかないという心境に傾きやすく、どうにかしてしがみつきたいと願うだろう。それがいいか、悪いかは別にして、辞めたら次がないのだから、そうするしかないと考えるのは、わからなくもない。
とくに、リストラの脅威をひしひしと感じている人ほど、同期を引きずりおろすことや邪魔者を蹴落とすことも、自分の椅子を守るためには仕方がないと正当化するはずだ。
たとえば、第1章事例11で紹介した不和の種をまく50代の男性社員、Aさんは、周囲の目には「働かないおじさん」のように映っており、社内失業者といっても過言ではない。それをAさん自身も薄々自覚しているからこそ、喪失不安にさいなまれ、「○○さんが~と言っていた」と吹聴して社内に波風を立てる常習犯になったとも考えられる。
その背景には、自分の部署で「最下位になりたくない」という願望も潜んでいるように見える。所属集団内で最下位になることを避けようとする傾向は誰にでもあるが、これは相対的な優位性を確保すると同時に自分の椅子を守るためであり、優越感と安心感を覚えて精神の安定を保とうとする自己防衛にほかならない。
このような傾向は、自分が周囲から見下されているのではないかとか、集団から排除されるのではないかとかいう不安に比例して強くなる。だから、自分が崖っぷちにいると感じるほど、他の誰かを引きずりおろすような真似をしがちである。
リストラへの不安にさいなまれており、〝崖っぷち感〟が強そうなAさんは、最下位になりたくない一心で、不和の種をまくことを繰り返しているのではないだろうか。
写真/shutterstock
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