史上初めてシュールな笑いで天下統一した、〝カリスマ〟松本人志の影響力…「テレビの現場がお笑いの論理で動くようになり、お笑いがわかっている人が売れる時代に」
集英社オンライン / 2024年5月7日 17時0分
ダウンタウンと松本人志が生み出した笑いは、芸能界で天下を取り、ひとつの時代をつくった。そのセンスが〝シュール〟と評されることもあった松本人志が〝笑いのカリスマ〟と呼ばれるようになったのはなぜか。お笑い評論家のラリー遠田氏がその笑いの独自性を分析する。
【画像】お笑い芸人の地位を劇的に上げ、テレビをお笑い芸人のものにした松本人志氏
本記事は、書籍『松本人志は日本の笑いをどう変えたのか』(宝島社) より、一部抜粋、再構成してお届けする。
松本人志の笑いは「発想力重視の笑い」
松本さんの笑いについてはさまざまな切り口で語ることができると思いますが、あえてもっとも特徴的な部分を挙げるとすれば「発想力重視の笑い」ということです。
松本さんの笑いのなかには、どうやって考えたのかわからないような斬新な発想があります。初めて見たときから圧倒的に面白くて衝撃を受けました。ただ、その発想のルーツや背景のようなものがあまり見えてこなくて、得体が知れないところがありました。
例えば、初期の漫才で「太郎くんが花屋さんに花を買いに行きました。さて、どうでしょう?」という有名なクイズネタがあります。これはいわゆるシュールな笑いと言われるようなものです。
このように文脈をずらしたり、突飛な発想を見せたりするシュールな笑いというもの自体はダウンタウン以前にもありました。演劇でも漫画でもそういうものはつくられていたし、そこに影響を受けた芸人やタレントもたくさんいました。でも、松本さんがやっていた笑いは、既存のものに影響を受けている感じがほとんど見られず、圧倒的にオリジナリティがありました。
タモリ、たけし、さんま、とんねるず、ウンナン、爆笑問題とさまざまな笑いのスタイルを持つ芸人さんがいたなかで、松本さんだけが「笑いのカリスマ」と呼ばれるようになったのは、極端に発想力に偏った笑いを実践してきたからでしょう。そこに多くの人が衝撃を受けたのです。
それはいわゆるベタな笑いの対極にあります。爆笑問題の太田光さんもダウンタウンの笑いについて〈爆笑問題と彼らは芸風がまったく違います。俺らは簡潔に言ってベタ。シンプルに笑いが欲しいタイプ。松本さんがつくったものはシュールな笑いなんですよ。客に向かって「これがわかるか」というアプローチ。〈笑われる〉のが俺なら、〈笑わせる〉のがダウンタウン〉〈そんなダウンタウンの笑いが、まさかその後主流になっていくとは思っていなかった〉と書いています(『週刊文春WOMAN』2024春号)。
太田さんが言うように、ダウンタウンの特別なところは受け手を選ぶマイナー志向の芸風のままでメジャーになったというところです。シュールな笑いをやる芸人や演劇人はそれまでにもいましたが、ダウンタウンほど国民的な支持を得るまでには至っていませんでした。
例えば、タモリさんも本来はサブカル的な笑いの感覚を持った人ですが、毒のあるブラックな笑いの要素を抑えて『笑っていいとも!』(フジテレビ)などに出演して、大衆的なスターになりました。メジャーになっていく過程である程度は丸くなっていくのが普通なんですが、ダウンタウンの場合はシュールなネタや尖った芸風をそのまま見せて、その圧倒的な面白さで世間をねじ伏せていったのです。
松本さんは、それまで誰も見たことがなかった新たなお笑いの景色を見せてくれました。だから、若い世代を中心にした当時のファンは「こんなの見たことない!」と驚き熱狂したのです。
テレビをお笑い芸人のものにした松本人志
松本さんはさまざまな企画をプロデュースすることで、お笑い業界全体を活性化させてきました。おそらく「人はどういうときに笑うのか?」「こういうふうにすれば笑いやすくなるんじゃないか」と四六時中お笑いのことを深く考えるなかで、数々の名企画が生まれたのでしょう。
松本さんは『笑点』(日本テレビ)でやっているようなものとは違ったスタイルの「フリップ大喜利」を発明して、『IPPONグランプリ』(フジテレビ)のような大喜利番組を生み出しました。また、『すべらない話』(フジテレビ)では、芸人のエピソードトークをひとつの番組にすることに成功しました。
「笑ってはいけない」という状況を設定することで笑いを増幅させるというアイデアが画期的だった『笑ってはいけない』シリーズ(日本テレビ)は、15年間にわたって大晦日の風物詩として人気を博しました。この「笑ってはいけない」のシステムを応用した芸人同士の笑わせ合いは『ドキュメンタル』(Amazonプライム・ビデオ)にも採用されています。
松本さんが考案した企画によってテレビ業界はかなりの恩恵を受けましたが、松本さんがテレビに与えた影響はそれだけではありません。特筆すべきは、芸人が活躍する番組が爆発的に増えたことです。
芸人はお笑い系のバラエティ番組だけではなく、さまざまな場面で重宝されるようになりました。ロケに出て何かをレポートしたり、リアクション芸を見せたりするのはもはや当たり前で、情報番組や報道番組に出てコメンテーターをしたり、俳優としてドラマに出演することも珍しくありません。テレビの全ジャンルを芸人が覆いつくしていると言ってもいいでしょう。
ひと昔前までのテレビでは、ここまで芸人の占有率は大きくありませんでした。かつてはバラエティ番組にも文化人や知識人と呼ばれるような人たちが出ていて、じっくりと含蓄のあることをしゃべったりもしていました。しかし、今ではそういう人をテレビで見かける機会はめっきり減って、即興で面白いことを言える芸人ばかりが重宝されています。
テレビ全体がお笑い化して、芸人のものになりつつあるのです。そういう時代になったのは、もちろんひとりひとりの芸人の日々の努力のおかげですが、そのなかでも松本さんの影響は大きいです。
今、テレビで活躍している芸人の大半は、松本さんの影響下にあります。松本さんの背中を見て育ってきているので、与えられたお題に対して即興で面白いことを返すコメント力がある人も多い。もともと芸人はその場の空気を読む能力が高く、求められたことを的確にやることができるし、芸人がしゃべっていれば場が保つということもあります。テレビのスタッフもますます芸人を頼りにするようになっているし、そのことで芸人の笑いの技術レベルもどんどん上がっています。
今のテレビの現場では、芸人以外のアイドルや俳優やアーティストにも、芸人的なスキルや立ち振る舞いが求められるようになっています。テレビの現場がお笑いの論理で動くようになり、お笑いがわかっている人が売れる時代になりました。
お笑い芸人の地位を劇的に上げた
ひと昔前までは「明るく楽しいクラスの人気者」のようなタイプの人が芸人に向いていると思われていました。松本さんはどちらかというと根暗で内向的なところがあり、決して明るい性格ではありません。でも、そんな松本さんが発想力とセンスを武器にして成り上がっていったことで、「ボソッと面白いことを言う内向的な人間」こそが面白いのだという価値観が生まれて、それが広まっていきました。
1980年代のバブル期まではお笑い界でも勢いやノリ、明るさが重視されていました。だから体育会系や運動部で明るく楽しくやっているキャラクターが強かった。代表的な例がとんねるずです。
でも、松本さんは自分の中にそういう資質がないことをわかっていたし、若い頃はそういう人たちにコンプレックスも抱いていました。明るくてスポーツができて女性にモテる男が偉いという風潮に逆らって、本当に面白いことさえできればその価値観を全部ひっくり返せると考えたのです。自分が勝てる武器としてお笑いを見つけたのでしょう。
その価値観を広めて世間に定着させたことで、松本さんのカリスマ性も高まりました。その結果として「松本がやっていることだから面白いはずだ」「理解できないほうが笑いのセンスがない」とまで考える人も出てくるようになりました。笑いに関する信頼感を得て、松本さんが絶対的な笑いの基準になったのです。
『M-1グランプリ』(朝日放送)では、芸人も視聴者も全員が松本さんの評価を気にしています。ほかの審査員の点数がよくても、松本さんに低い点数をつけられたら芸人は深く落ち込みます。でも、評価してもらえれば、たとえ負けてしまったとしても、「アイツらは面白いヤツだ」と思われてその後の仕事につながります。そのくらい松本さんの目線が絶対的なものだったんです。
松本さんのカリスマ的な魅力が世間に広まったのは『遺書』『松本』(ともに朝日新聞出版)というベストセラー本の影響もありました。ここで披露された松本さんの笑いに対する哲学や思想のようなものは、これ以降に出てくる芸人に大きな影響を与えました。松本さんのスタイルに憧れて「信者」を自認する芸人は今でもたくさんいます。
ただ、これらの本で書かれていた攻撃的で挑発的な言葉は、松本さんにとってはお笑いの地位を上げるためでもあったそうです。当時は芸人が世間から軽く見られていて正当に評価されていなかった。そこで、松本さんはあえて笑いというものはどれほどすごいのか、というのを強調することで、芸人の評価を高めようとしたのです。
実際に芸人の地位は劇的に上がりました。かつては芸人は「イロモノ」として歌手や俳優に比べて下に見られがちでしたが、今では「芸人は笑われるものじゃなくてカッコイイものだ」「面白いことがカッコイイ」という価値観が当たり前になっています。この変化は間違いなく松本さんの存在があったからでしょう。
いずれにしても、松本さんの芸や思想は、さまざまな形で受け継がれており、下の世代の芸人はみんながそれを当たり前のように実践しています。松本さんが切り開いてきた笑いの価値観は、本人の手を離れても日本の文化のひとつとして受け入れられ、根づいているのです。
文/ラリー遠田
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